絞り出した何か

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絞り出した何か


義姉妹UMP

「ああ、くそっ!さみい」

 

 バイトの帰りに自転車を漕いでたら突然振ってきやがった。天気予報はなにをしてるんだ!職務怠慢だぞちくしょーめ。

 

「ああ、はやく沸け」

 

 すぐに電気ケトルでお湯を沸かした。待ってる間にカップ麺の準備をする。今日は父親が用事があるとかで、家に一人だ。

 

「っと、母さん。ただいま」

 

 形だけ言っておく。もちろん返事なんてない。まあ仏壇が返事を返したらきっとそれはホラー小説の導入か何かだろう。

 

 カチリ

 

 お湯が湧く音が鳴ると同時に、ポケットに入れていたスマホが震えた。このパターンのヴァイブレーションは着信だ。

 

「父さん?どうかしたの?」

 

「ああ、実はな……父さん再婚しようと思うんだ」

 

「ああ、うん。……えっ?」

 

「じつは一年前からな、おつきあいしてる女性がいたんだよ」

 

 ああ、知ってたよ!去年から明らかに外食が増えたし、よくわからない出費も増えてたもんな!あんた露骨すぎんだよ。

 

「別にいいよ、父さんがその女性のことが好きなら」

 

 どうせ俺も大学を卒業できれば家を出る。老後に一人じゃ寂しいんだろう。好きにすればいいと思う。

「それで……だな」

 

「ん?」

 

「実はその人には娘さんたちがいるんだ」

 

 その日、俺は二人の義妹ができた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「なあ父さん、新しい母さんはどんなひとなんだ?」

 

「ん?そうだな……一番なのは笑顔だな」

 

「笑顔……か」

 

 俺の実母も、よく笑う人だった。どうやらあの頃の明るい家が、再び戻ってきそうだ。

 

「ああ、もちろん娘さんたちも美少女だぞ。どっちもよく似ている双子だよ」

 

「もう会ったの?」

 

「いや、写真で見せてもらっだけだよ、確か名前は……」

 

 父さんが言い終わる前に、家の外からエンジン音が聞こえる。どうやら引越しの荷物が届いたみたいだ。

 

「どもー、引っ越しの〇〇ですー」

 

 間髪入れずに元気な声が聞こえる。

 

「っと、また後でな」

 

 父さんは足早に業者の人を迎えに行ってしまった。

 

「ほら、お前も手伝え」

 

「はいはい、わかったよ」

 

 肩をすくめながらも、俺も荷物を持ちに行く。

 この後、三人分とはとうてい思えない量の荷物を運ぶことになったのは言う必要もないだろう。女って引っ越しも大変だなという言葉を、心の奥底にグッと飲み込んだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 荷物が届いた日の昼過ぎ、俺と父さんは街に出ていた。というのも、駅に新しい家族を迎えにきたのだ。約束の時間まではまだ余裕あり、外の見えるカフェで休憩している。

 

「まったく、早く着きすぎだよ」

 

「ごめんな、でも遅れるわけにもいかないからな」

 

「たしかにそうだけどさ……」

 

 だからと言って、2時間も前から待機するのはやりすぎと思わざるを得ない。しょうがない、少し暇つぶしをしてこよう。

 

「父さん、少し本屋に行ってくるね。ここにいる?」

 

「ああ、時間までには戻ってこいよ。移動するときは連絡する」

 

「うん、わかった」

 

 特に欲しいものもないが、時間は潰せるだろう。カフェを出てエレベーターへと向かう。

 

「あれ、45姉あの人って」

 

「ああ、ほんとね」

 

 ふと、美少女にすれ違った。まるで姉妹かのように似ている二人だった。不思議でもなんでもない。少し先に行けばここらじゃ有名なパンケーキの店もある。きっと彼女らもそこへと向かってるのだろう。

 

 二度見したくなる気持ちを抑えて、俺はエレベーターへと進もうとした。

 

「ねえねえ」

 

「そこのおにーさん?」

 

 進もうとした俺の両腕を掴んだのは、さきほどすれ違った美少女姉妹だった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「それで、男女で行くと割引されるから一緒に行って欲しいと?」

 

「うんうん、私たち貧乏だから少しでもせつやく?したいんだよねぇ」

 

「べつにお兄さんが嫌っていうならべつの人を捕まえるけど」

 

 そう言いながら、髪の色が暗い方は近くを通りがかったおじさんの方を見る。なるほど、うまい手口だ。俺の中で犯罪と美人局の2つが天秤にのしかかる。

 

 でもな、世の中には便利な解決法があるんだよ。

 

「わかった、これで好きなだけ食べな」

 

 俺は財布からなけなしの諭吉先生を取り出し、よそ見をしてる明るい方の手に握り込ませる。

 

「それじゃ!」

 

 鬼ごっこで培った俊敏性で、俺は姉妹の間を縫ってその場を離脱した。ふふふ、唖然としておるわい。俺は二度三度階を変えて変えてから、ようやく目的の本屋へとたどり着いたのだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「っと、そろそろ時間か」

 

 手にとっていた本を戻して、俺はカフェへと戻る。今日は面白そうな小説を見つけたから、その直前までのことなど完全に忘れていた。

 

 忘れていた頃にやってくるのだ。こういうことは。

 

「やあやあ」

 

「お兄さん?」

 

「……ど、どうしてここに?」

 

 カフェのレジに並ぶと、またもや後ろから襲撃を受けた。完全に油断してたとは言え、なんというスニーキングスキルだ……。まったく気づかなかったぞ。

 

「どうしてってそりゃ~」

 

「あなたが私たちのお兄さんだからだよ」

 

「はい……?」

 

 聞き違えだろうか、であってほしい。そうだきっと勘違いしてるんだ。もしくはお兄さんのあとに括弧をつけて中に意味深とか書かれてる系のやつだなきっと。

 

「わからなかったのお兄さん」

 

「私たちが」

 

「今日から」

 

「あなたの妹になるんだよ」

 

「「よろしくね、お兄さん」」

 

 誰か嘘だと言ってくれ……。すがるように父さんの方を見ると、これまた目の前の姉妹にそっくりな女性と向かい合って座っていた。

 

 この日、新しい家族との生活が始まろうとしていた。

 




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