ある日の城内にて。
「もふもふですわぁ」
「かわいいの〜」
曹洪と于禁が屈み込んで目を輝かせながら何かを撫で回していた。
「うにゃあ」
「にゃう」
そう漏らしたのは二匹の猫……いや、アイルーだ。黄巾党討伐戦にて合流したアシュリーとハンゾーの二匹はザイユについて陳留へとやってきたのだった。
色々とごたついていたこともあり城の面々への紹介などが後回しになっていたのだが、落ち着いてきたので改めて顔合わせしているのだ。
「ニャー……ちょっと撫ですぎニャ!」
「あら、ごめんあそばせ」
「つい夢中になっちゃったのー」
「ボクらはおもちゃじゃないニャ!」
はじめは悪い気がしなかったため受け入れていた二匹だが、流石にもう気持ちよさよりも苛立ちが勝ったようだ。毛を逆立てて二人を威嚇している。
「ゴホン。改めて、ボクはアシュリー。旦那さんのオトモアイルーニャ」
一つ咳払いをしてどんぐりの意匠をした鎧を身に着けているアイルー、アシュリーがそう挨拶して青色の鉱石を刃にした得物を掲げる。
「ボクはハンゾー。旦那さんのキッチンアイルーニャ」
黒い毛並みに和風な料理服を身に着けたハンゾーはそう言ってぺこっと一礼する。
「「かわいい〜」」
「「ニャーッ!?」」
再び撫で回される二匹。彼らの力なら抜け出せるだろうが、怪我させてはいけないと強く抵抗せずにいる。
「今更だけど、喋る猫なんて化け猫とか妖かしの類じゃないの?」
「いや。あいつらはアイルーという、獣人種に属するモンスターだ」
「モンスターって、大丈夫なのか?」
曹操の質問に対するザイユの答えに、夏侯惇がそう尋ねる。曹操をはじめ、周りも彼女と同意見のようでザイユへと視線を向けている。
それも仕方あるまい。今までオオナズチやキリン、ラージャンといった危険なモンスターとばかり遭遇していたため、彼女達の中ではモンスター=危険な存在として認識されているのだ。
「問題ない。アイルーは友好的な種族でな、自分達以外の種族とも積極的に交流を図ろうとする個体や集団も多い。村や街では、商人や鍛冶屋、農場の手伝いをしている奴らもいる」
「成る程ね。じゃああの子達も?」
「ああ。アシュリーはオトモアイルーとして、俺の狩りを手伝ってもらっている」
「そうなの?にわかには信じられないわね」
モンスターの脅威を知る曹操達はその発言に驚いた。アシュリーの体躯は確かに猫よりも大きい、ちょっとした子供くらいの大きさだが、それでモンスターとまともに戦えるのだろうか。そう疑問を抱かずにはいられなかった。
「何も正面切って斬り掛かるのが全てじゃない。あいつにはよく助けられている」
「見かけによらないわね。もう一匹の方は?」
曹操達の注目が今度はハンゾーへと向かう。忘我を身に着けたアシュリーとは違い、ハンゾーはまるで板前のような服を身に着けていた。
「ハンゾーはキッチンアイルーだ。うちの料理長を務めている」
「料理長って……料理できるの?猫なのに?」
「アイルーだ。疑問に思う気持ちもわからんでも無いが、腕は確かだ」
とは言うが、鍋どころか包丁も握れない様に見えるのに、どうやって料理をするのだろうか。全員が訝しんだ。
「言っておくが、あいつの料理は絶品だぞ」
「あなたがそこまで言うなんてね。今度その腕前を見せてもらわないとね」
曹操も料理の腕前に関しては覚えがある。その為ザイユが褒めるハンゾーの腕前に興味をいだいた。
「旦那さん、そろそろ助けてニャーッ!」
「いい加減ゾワゾワしてきたニャーッ!」
「もふもふ〜」
「お日様の匂いですわ〜」
結局、二匹が解放されたのはそこからさらにしばらく経ってからだった。
◇――――――
燦々と照りつける太陽の下、畑いじりをしていたザイユは実った作物を収穫していた。
その手には赤い植物が握られており、それを見てザイユは満足げに頷いた。
「ザーイユはん」
「何してるの?」
「……む」
背中から話しかける声に振り向けば、李典と陳登が立っていた。
あまり見ない組み合わせにザイユは気になり、とりあえず尋ねてみた。
「二人とも、どうした?」
「いや何、ザイユはんに助言貰お思たら途中で会うてな」
「それで折角だから一緒にって誘われて。ボクはまた次でいいって言ったんだけど」
「それも面倒くさいやろ。んでザイユはん。その草は何や?」
「ボクも気になる」
李典と陳登。性格の違う二人が一緒にいる理由が分かり、ザイユは内心で頷いた。頭の中にはお調子者で明るい李典に引き摺られる陳登という光景が目に浮かび、ちょっとだけ陳登に同情した。
しかし当の二人の興味はザイユが手に持っている植物に向けられている。
「これは火薬草だ。アシュリー達が持ってきた種のお陰で漸くまとまった数が揃ってな」
「かやく草……聞いたことないなぁ」
「それもザイユさんのいた地方の植物なの?」
「ああ。ニトロダケは何とかなっていたんだが、薬草だけでは中々生えてこなくてな。怪力の種は持ってきていたが、他はなかったからな。赤の種を採って来てくれて助かった」
アシュリーとハンゾーと合流した時、彼らから途中で採取したと複数のアイテムを受け取った。その中に赤の種等があり、ザイユは受け取ってすぐそれらを畑に植えたのだ。
「何やよーわからんけど、どんな草なんやそれ?」
「薬草みたいに、薬効があるとか?」
「いや、これに薬効はない。だが狩りが楽にはなる。見てろ」
そう言ってザイユは農場端に置いてある、収穫物の一次保管用の箱から赤いキノコを取り出す。
「このニトロダケと火薬草を調合すると爆薬になる。それをタルと調合すればタル爆弾になり、モンスターに対する強力な攻撃手段になる」
「うーん……さっぱり分からんなあ。ちょっと見せてもらえへんか?」
「いいぞ。待ってろ」
ザイユは調合用の道具を取り出すと、火薬草とニトロダケを調合し始める。二人はそれを興味深げに見物するが、その視線も気にせずザイユは調合を終えてると、二人にその成功物を見せる。
「危険だから触るなよ」
「これがばくやく言うんか。何や変なにおいすんな」
「素材はあの草とキノコだよね。なんで危険なの?毒があるとか?」
「いや、毒はない。だがこれに衝撃や熱が加わると」
「「加わると?」」
「爆発を起こし、周囲が吹き飛ぶ」
その言葉を聞いて二人は爆薬に触りかけた手を止める。その顔には変な汗が浮かんでいた。
「ふ、吹き飛ぶなんて、ザイユはんも冗談が上手いなぁ」
「事実だ。丁度質を確認しようと思っていたからな。ついてこい」
「「ええ……」」
返事も待たずに歩き出したザイユについていくと、練兵場へと到着する。
ザイユは端に置いてあったザイユの半身ほどの大きさのタルを抱えると、練兵場の中央へ徒歩を進める。そして持ってきた爆薬と大タルを調合し始める。
その様子を李典達は勿論、この場にちらほらいた兵士達も気になるのか視線を向ける。
「終わった。離れてろ」
指示されて距離を取る二人。ザイユも調合が終わった大タル爆弾をしっかりと地面に置き直すと彼女達の近くへと下がり、地面に落ちていた大きめの石を拾う。
「フンッ」
そして大タル爆弾へ向かって投げる。石はタルを貫通し中の爆薬へと到達……したと思った瞬間、大きな爆発を発生させてタルが弾け、周囲が吹き飛んだ。
「な……っ!?」
「嘘やろ……っ」
表情を驚愕で染め上げる周囲に反し、ザイユは顎に手を当てて何やら考え込んでいた。
「むう、やや爆発が弱いな。土壌の違いによるものか……?まあ許容範囲ではあるから、良しとするか」
一人頷くザイユに、恐る恐る李典と陳登が声を掛ける。
「ざ、ザイユはん、今のは一体……」
「ん。あれが大タル爆弾だ。爆発の衝撃と熱により、モンスターにダメージを与えることができる」
「何で草とキノコで、あんな事が起こせるの……?」
「詳しくは知らん。火薬草とニトロダケを調合すると爆薬が出来る。モンスターを狩るにはそれだけ知ってれば十分だからな」
「ええ……?」
唖然とする二人だが、李典は視線を再び爆発跡に向けると、顎に手を当ててぶつぶつと考え込む。
「……あの衝撃……あれに組み込めば……強度は……」
「あ、あの……」
「ザイユはん!」
「何だ」
急に顔を上げてザイユを見上げる李典に表情を変えずに返すザイユ。
「あの……ばくやく、やったか?何個かもらえへんか?」
「何に使うつもりだ」
「前にザイユはんから聞いた武器の製作が進みそうなんや。頼む!この通りや!」
頭を下げる李典。その様子を驚いた様子で見ている陳登。
当のザイユはやはり表情一つ変えずに淡々と返答する。
「すぐには無理だが、暫くすれば貯蔵に余裕ができるだろう。その時でよければ都合しよう」
「ほんまか!?おおきに!」
その返事に大喜びの李典に、やれやれと思いつつも口を緩める陳登。ザイユは相変わらず無表情だが、心なしか嬉しそうに見える。
「ちょっと、何の騒ぎ!」
「「「あ……」」」
しかし、騒ぎを聞きいて駆けつけた曹操の声に、李典達の表情が強張る。
「ここで何をしていたのかしら、ザイユ?」
脱兎のごとく姿を消した李典と陳登。当然取り残されたザイユが曹操に詰められる事になった。
「……何故だ」
◇――――――
ある日のこと。畑の手入れも終わり、日課の鍛錬も終えて一息ついていたザイユだったが……。
「俺があいつらの世話役、だと」
「ええ」
曹操に張三姉妹のことに関してと呼び出され出向いてみればそう告げられた。
「それは構わんが……何を考えている」
「……本当、変なところで鋭いわね」
ザイユの指摘に曹操はため息を一つ吐くと、表情を真剣なものへと変える。
「正直に言って、あなたには私と彼女達との橋渡し役をお願いしたいのよ」
「橋渡し、だと?」
「ええ。彼女達の影響力については、あなたも知っているでしょう」
その言葉にザイユは黄巾党の件を思い出す。彼女達を拝する者達の集まりだが、その心酔っぷりはとてつもなかった。
「それをうまく利用して国民の士気を高められないものかと思っているのだけど」
「成る程な。いいだろう、それくらいはやってやる」
「あら?あなたのことだからてっきり反対するかと思ったわ。『これ以上彼女達を巻き込むな』、とか言って」
「確かにいい気はしない。だが彼女達を助けてもらい、剰えここに置いてもらっているのだ。その対価は必要だろう」
予想外のザイユの台詞に曹操はおろか、傍に控えている夏侯惇と秋蘭も目を丸くして閉口している。
「……何だ?」
「い、いや……」
「なんというか……」
「驚いたわ。あなたがそこまで考えてるなんてね」
「……俺をなんだと思っている」
曹操達から大変不服な見方をされていたことに若干苛立ちながらも、かくしてザイユは張三姉妹の世話役となったのだった。
ならば早速と三人を探しに出たザイユは、三人がよくいるという酒家へと向かう。
ということはつまり街中に出るということで、以前であればちょっと歩くだけで通報されていたが……。
「おやザイユさん。今日も狩りに行くのかい?」
「いや、今日は別件だ」
「ザイユのあんちゃん、注文してた道具が入ったよ」
「分かった。あとでいただこう」
「ザイユのおっさん、また狩りの話聞かせてくれよ!」
「今度な。あとおっさんじゃない」
ザイユがこの街でそれなりの時間を過ごし、更に曹操達経由ではあるが街の人々の依頼も受けてきたことで、今ではすっかり馴染んでいる。
街の人々に挨拶を返しながら歩を進めてると、目的の店へと到着した。
「いらっしゃ――、おやザイユさん。今日はいい魚が入っているよ」
「すまんな女将。今日は人探しでな」
店の中を見渡すと、店の一角に三人の姿が見えた。
「ちょっとお姉ちゃん、それちぃの」
「良いでしょ、別にー。ちーちゃんが新しいのを頼めばいいの。はい解決ー」
「いいけどー。すみません、杏仁豆腐追加ー!」
「太らないように注意してよね、二人とも」
話しながらも三人は次々と目の前の料理を口に運んでいる。食べるのに集中しているせいか、ザイユが入店したことに気付いていないようだ。
「おい」
「あ、ごめんね。今は私的な時間だから……ってザイユさん」
「「むぐっ!?」」
突然ザイユが現れたことに驚いたのか、地和と人和が喉に詰まらせかけた。
「落ち着け。ゆっくり飲み込め」
「ぅ、もぐぅ……」
「もう、びっくりさせないでよ」
地和からの抗議を聞き、ザイユはつい頬を掻く。全員落ち着いたのを確認してからザイユは本題に入った。
「曹操から、お前達の世話役を任された」
「世話役ー?ザイユさんがー?」
「曹操様から?」
「ということは、これからはザイユさんと一緒にいれるってこと?やったー!」
無邪気に喜ぶ天和と意地悪な笑みを浮かべる地和。しかし二人とは反対に、人和は訝しげな表情で何やら考え込んでいた。
「ザイユさん。曹操様から任されたのは世話役だけ?」
「……まあ、おいおいな」
「……成る程ね。分かったわ」
ザイユの表情と言い方から何かを察したのか、人和はふぅと息を吐いて料理を一つ口に運んだ。
「ところで世話役って言ってたけど、どんなことをするの?」
人和からの質問に、ザイユは腕を組んで少し考え込む。ザイユ自身、誰かの世話をするなんて初めての経験だ。
「そうだな……曹操からの伝言を伝えたり、あとはお前たちが変なことをしないように見張ったりとかだな」
「何それー、ちぃ達の事信用してないのー?」
「ザイユさんひどーい」
「私達がやってきたことを考えれば当然だと思うけど……」
文句を言う天和と地和だが、人和のツッコミに言葉を詰まらせる。
その様子にザイユはフッと笑い声を漏らした。
「お前達が悪いことするような人間じゃないのはよく知っている。何かあれば俺が味方になる、だから心配するな」
「ザイユさん……」
「なら安心ね。ザイユさん強いし」
「姉さん、そういう問題じゃないと思うけど」
ホッとしたのか、わいわいと話し始める三人。すっかり置いてけぼりのザイユだが、不意に天和がザイユに声をかけた。
「ねえねえ、ザイユさんもずっと立ってないで、座って一緒に食べようよ」
「そうだな。そうするか」
天和に誘われ、ザイユは空いてる席に座って彼女達と共に料理をつまむ。
誰かと共に食卓を囲む。城の食堂とはまた違うこの空気に、ザイユはどこか、懐かしい感覚がするのを感じたのであった。