沈み行く母艦、瑞鶴から飛び立つ偵察機「彩雲」。瑞鶴から加賀への言葉を託された妖精たちは基地へ帰還するも、母の最後を伝えられずにいた。
ある日、彩雲の妖精たちは瑞鶴の沈んだ地点から先の偵察を命じられる。情報を持ち帰ろうとする彼女たちに、深海棲艦の艦載機が追いすがる。


偵察機「彩雲」の妖精さんたちが主役の話になります。
妖精さんたちがどんな風にしゃべるかのかはわかりませんので、独自解釈や妄想が多分に含まれる話になりますが、楽しんで頂けたら幸いです。

*2020年3月15日加筆修正しました。

*轟沈描写を含みますので苦手な方はご注意ください。

*本作は、pixiv様にも投稿させていただいております

1 / 1
彩雲の彼方から

 

 黒い雲に覆われた空。鉄が焼ける臭いや煙。耳をつんざくような破裂音。風防越しに伝わる空気の振動。

 幾度も攻撃を受け、破損し、焼け焦げた箇所がいくつもある航空甲板の上で、カウリングに合わせて絞った細長い胴体、面積を絞った細長い主翼、若干前倒しになっている垂直尾翼を持つ独特の外観の艦載機、偵察機彩雲(さいうん)が発艦の準備を進めている。

 

『始動準備!』

 

 座席に座る操縦員の合図で電信員と機長はイナーシャハンドルを差し込み、重いハンドルを2人で必死に回す。

 

『点火!』

 

 合図で操縦員が発動機を始動させる。2000馬力を誇る(ほまれ)エンジンがうなりをあげ、推力排気管が排気を噴き出し、3枚羽のプロペラが回り始める。

 始動を確認した機長と電信員は、姿勢を低くして尾部に向かって歩き、翼に飛び乗り、座席に滑り込んだ。その間も、操縦員は発艦準備を進める。方向舵、水平尾翼、主翼、プロペラピッチの確認を進め、エンジンの暖気をまつ。

 彼らの間近で、敵艦載機が落とした航空爆弾が炸裂した。風防が爆風で震える。いつまでも命中しないという保証はない。エンジンの暖気が終わるのを、刻一刻と待つ。

『暖気終了!』

『発艦位置へ!』

 操縦員はブレーキから足を離し、彩雲を発艦位置まで移動させる。発艦位置にたどり着くと、主翼前縁の油圧作動式のスラットを開き、さらに後縁のファウラーフラップを下げる。

 

「頼んだわよ……」

 

 すぐそばから聞こえた弱々しい声に、妖精たちは同時に振り返る。

「情報を、必ず提督さんに、伝えて…。そして、私たちのことも……」

 大破し、浮力を維持して浮いているのがやっとの母艦、空母瑞鶴(ずいかく)は、虚ろな瞳で彩雲の妖精たちを見つめる。

 これが妖精たちが見る、おそらく最後の、母の姿。他の妖精たちはもう退艦した。残すは、この彩雲だけ。

 母艦との別れ。その現実を前にして、妖精たちは目頭が熱くなり、視界がにじむ。でもすぐ表情を引き締め、叫ぶように言った。

 

『わかりました!』

『必ず伝えます!』

『今まで、お世話になりました!』

 

「……今日まで、ありがとう」

 煤で汚れた顔に瑞鶴は、ぎこちない笑みを浮かべる。

「それから、加賀さんに、伝えて」

 エンジンがあげる爆音にかき消されそうな彼女の声に、妖精たちは耳を傾ける。

 

 

「             」

 

 

 妖精たちは彼女の相方、加賀への言伝を聞き届けた。

『必ず、伝えます!』

「……元気でね」

 妖精たちは礼をすると、前方に向き直る。操縦員はスロットルレバーを押し込み、エンジンの回転数をあげる。ブレーキから足を離し、機体が滑走を始める。そして彼らは甲板から、

 

 落ちた。

 

 速度が足りず、飛び立つことができない。

 操縦員は海面までの距離と速度計を見ながら、操縦桿を引き起こすタイミングを見計らう。通常なら風上に甲板の先を向け、滑走と向かい風を合わせた合成風力を利用して発艦するが、母艦が大破した状態でそれは望めない。不足した速度は、甲板から降下して稼ぐ必要がある。

 海面に近づくにつれ、速度が増す。操縦桿を握る手や額に、汗がにじむ。やり直しはきかない。チャンスは一度きり。

 海面が目前に迫る。

 

『今!』

 

 必要な速度に達した瞬間、操縦桿を手前に引く。揚力を得た翼が空をつかみ、尾部に2本の、白色の識別帯が描かれた彩雲が、空に舞い上がった。

 機体が高度を上げ水平飛行に移ると、妖精たちは風防を閉める。そして敵、深海棲艦から逃れるために彩雲は速度を上げ、瑞鶴から遠ざかっていった。

 

 

「……無事に、飛び立ったわね」

 

 

 瑞鶴は大事に育てた子供を見送るように、暖かい表情を浮かべ、なんとか動く右手を、遠ざかる彩雲に向かって伸ばした。彼女は頭をあげ、黒い雲で覆われた空を見やる。

 

 

「最後に、あの綺麗な雲、もう一度、見たかったな……」

 

 

 その視界に、矢尻のような形をした敵艦載機が入る。敵機は、胴体下に吊り下げた爆弾を、切り離した。

 

 

 

 

 発艦に成功した妖精たちは、遠ざかる瑞鶴を振り返った。傷だらけの母は、笑みを浮かべている。

 

 直後、破裂音と共に、彼女が炎に包まれた。

 

 妖精たちは風防に張り付き、声を上げた。彼女は空に手を伸ばしながら、海の底へと引きずりこまれていった。

 だが、悲しみに暮れる時間はない。操縦員は操縦桿を倒して機体を左へ傾け、旋回に入る。直後、先ほどまでいた位置を、機銃弾の閃光が駆け抜けていく。後ろには、矢尻のような黒い物体、深海棲艦たちの艦載機が追いすがっていた。

『後方より、敵艦載機接近。数は、30機以上!』

 電信員の妖精は、いつもより大きめの声で、後方の状況を伝える。後部席に設置されている7.9mm機銃の銃口を敵に向け、弾幕をはる。機長は涙を拭い、機内で叫んだ。

 

 

『情報を伝えることを最優先!振り切れ!』

 

 

 機長の命令にすぐ反応し、操縦員がスロットルを押し込む。瞬く間にエンジンが回転数をあげて彩雲は加速し、敵機との距離を広げていく。敵機たちは追いつこうと必死に速度を上げるも、距離は一向に縮まらない。

 彩雲は全速力で、敵機を振り切った。回転数を上げた誉エンジンが、甲高い音を上げ続ける。

 

 母艦の最後を看取った妖精たちが上げた、悲鳴のような、高い音を。

 

 

 

 

 

 基地に帰還した彩雲の妖精たちは、滑走路に降りると機体から飛び降り、急いで空母艦娘たちに言って提督に情報を伝えた。

 想像だにしない位置に出現した深海棲艦に、基地内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。彩雲の持ち帰った情報をもとに、すぐに艦隊が編成され、討伐に向かった。

 

 結果として、敵艦隊は殲滅された。

 味方の損失は、彩雲たちの母艦だった空母1隻を含む、戦艦1隻、駆逐艦4隻。不運にも偶然出くわした彼女たちは皆、海の底に消えた。

 

「ありがとう」

 髪をサイドテールにまとめた空母加賀は、情報を持ち帰ってきた彩雲たちに礼を言った。

「あなたたちのおかげで、私たちはすぐ手が打てた。感謝するわ」

 彼女たちの情報のおかげで基地は危機を脱したというのに、当の彩雲の妖精たちの表情は晴れない。ふと彼女たちが顔をあげると、他の妖精たちが、いつの間にか彼女たちに近づいてきていた。その中には、零戦虎鉄、と書かれた飛行服を着ている妖精もいる。

「……辛いと思うけど、教えてくれないかしら」

 集まった妖精たちの言いたい言葉を、加賀は代弁する。

 

 

「あなたたちは、見たのでしょう?」

 

 

 彩雲の妖精たちの表情がこわばる。加賀の表情が曇る。

 

 

「あの子の、瑞鶴の迎えた、最後の瞬間を」

 

 

 妖精たちは、皆俯く。

 

 

「聞かせてくれないかしら?あの子の、最後の、言葉を……」

 

 

 彩雲の妖精たちの瞳から、雫がこぼれ落ちる。止まらない。決壊したダムのように、次々溢れ出し、とめどなく頬を流れていく。

伝えなければならない。母と、瑞鶴とそう約束した。なのに、そのときになって、口から言葉が出てこない。

 彼女たちは言えなかった。母が、瑞鶴が沈んだことを、まだ受け入れることができないでいる。

 そんな妖精たちに、加賀は静かに言った。

「ごめんなさい。今はまだ、辛くて言えないわよね」

 加賀は、できるだけ柔らかい笑みを浮かべながら、妖精たちに言う。

「落ち着いて、気持ちの整理がついてからでいいから、話してちょうだい」

 妖精たちは泣きながら、加賀に頷いた。彼女だって辛いはず。自分の相方を、片翼を失ったのだ。でも、妖精たちは母艦の最後を伝えることが、まだできなかった。

 

 

 

 

 深海棲艦。

 

 突如海に現れたこの謎の存在に、人類は制海権を喪失。奪われた海を取り戻すため、人類は唯一対抗できる存在、艦娘を生み出した。

 そして、今日も深海棲艦と艦娘との戦いが、この広い海原のどこかで、繰り広げられている。

 

 

 

 彩雲の妖精たちは、基地の波止場に来ていた。一見静かに見える、基地周辺の海。波も風も穏やかだが、この海原が、今は戦場になっている。

 敵が近海をうろついていないか探るために、今日も基地から偵察機が飛び立っていく。百式司令部偵察機や、彩雲、2式艦偵などがこの基地には多数配備されていて、偵察航空隊という飛行隊が編成されている。

 元々、作りすぎた余剰の機体や、使い方を理解できない提督たちが持て余していたものを、この基地の司令官がかき集めたものだ。

 敵戦闘機を撃ち落とす零戦などの艦戦や、敵艦に致命傷を与える艦攻、施設や敵艦を攻撃する艦爆に比べれば、偵察機は地味な存在。

武装はしていても、それは自分を守るために使うもので、味方を積極的に助けるものではない。

 もっとも、偵察機は敵勢力圏内での単機や少数での行動が基本なので、戦場では孤独な存在。故に最後を、誰にも看取られることがない。

 だが、地味でも孤独でも、その役割は重要で、時に勝敗を大きく左右する。

 一度命令が出れば、広大な空に飛び立ち、味方の目になって情報を集め、必ず持ち帰ることは勿論、味方が来るまでの敵の監視もときには行う。

 だが偵察機が観測し、集める情報は敵の動向だけではない。味方がどう動き、誰が沈んだか、そんな瞬間を目撃することも多い。

 

 彩雲たちが、自分たちの母艦が沈む瞬間を、目撃したように。

 

 かつて、日本が先の大戦で戦ったとき、彩雲は大戦末期、特攻機の誘導や、戦果の確認まで行った。艦隊の目となって、情報を得る。どんなに残酷で凄惨なことでも、目を逸らすことは許されない。

 味方機が火だるまになっていても、敵機に迫られていても、助けることはできない。

 

 見届け、情報を持ち帰ること。

 

 それが、最優先とされる。

 

―――偵察機は、帰ってくるまでが任務よ!

―――どんな状況でも、あきらめず、必ず帰ってくること。

―――いい?

 

 かつて苦楽を共にした母の言葉が、妖精たちの脳裏をよぎる。母艦を失ったあの日から、妖精たちは気持ちが沈んでいた。

 日々、波止場にきては、海を、空を眺めている。彩雲の妖精たちは、今いる基地へ瑞鶴が着任したときに彼女に配属され、沈む直前まで、彼女と共に過ごしてきた。偵察機の乗員として、彼女たちはこれまで見てきた色んな母を、思い起こした。

 

 訓練中に、指導役の加賀を間違って爆撃し、全員で平謝りしたときの達成感が滲む表情

 

 全員で、初めて戦果を上げたときの笑顔

 

 加賀と口論になったときの、苦々しくも、楽しそうな顔

 

 でも、その母は、もういない。

 

 波止場で待っていれば、いつか帰ってくるのではないか。そんなことあるはずないと分かりながらも、気持ちの整理のつかない妖精たちは、毎日のように波止場にやってきて、ただただ、海を眺め続けた。

 

 

 

 数日後、機体の整備が完了した彩雲の妖精たちの下に、司令官から命令が伝えられた。

『敵拠点の捜索?』

「ええ」

 加賀から命令を伝えられた彩雲たちは、渡された作戦指令書に目を通す。

「先日の、思いもしない敵艦隊の出現。その後も、あの海域では敵がまちかまえているように、何度も現れるの。提督は、あの海域に敵が拠点を構えているんじゃないかって、考えているの」

 深海棲艦は先日の一件で、たまたま拠点に近づいた彼女たちを、これ以上進ませないと、排除するために襲撃を行った可能性がある。そう提督は考えているようだ。

「敵がその後も待ち伏せをやめないのは、拠点を移動させる準備を行う時間稼ぎか、或いはこの基地を襲撃する準備を終えたのか。はっきりしたことはわからないけど、調べる必要があるの」

 加賀は腰をおろし、3人の妖精を見つめる。

「行って、くれるかしら?」

 妖精たちは、同じタイミングで言った。

 

『了解!』

 

 加賀は頷いた。

「それと、これは私からの、個人的な命令」

 彼女の表情に、一瞬悲しさがにじむも、すぐにいつもの引き締まったものになる。

「彼女の後を追おうなんて考えず、必ず、帰ってきて」

 加賀は小指だけを立てる指切りの状態をつくると、妖精たちの前に出した。

「まだあなたたちから、彼女の最後を聞いてないもの、それに……」

 妖精たちは、加賀の言葉の続きを待つ。

「そんなこと、あの子は望まないと思うわ」

 妖精たちは加賀の小指に集まる。

「……きっと。いえ、絶対に」

彼女たちは、同じタイミングで頷いた。

 

 彩雲たちはすぐに準備を終え、愛機に乗り、空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 雲の上を、彩雲は目的地に向かって飛ぶ。周囲に味方がいない、1機だけの孤独な旅路。周囲に目を光らせ、監視窓から下方も警戒し、予定の飛行ルートを飛ぶ。

『間もなく、目標海域に到着する』

 機長から言葉に、全員が身を引き締める。敵が拠点を構えているかもしれない、母が沈んだ海。

色んな感情が交錯するも、それらは脇に置いて、眼下を見つめる。

『下に何か見えます!』

 電信員の妖精の言葉を聞き、操縦員が機体を左に傾け、下方を見る。

 海面に見えたのは、人型のようだが腹部にあたる部分が異様に膨らむ深海棲艦。

『あれは、ワ級?』

 機長が手にした双眼鏡を覗く。物資の輸送や、沿岸での強襲揚陸に用いられる輸送型。その周囲には、砲を備える型が見える。

『護衛はイ級やヘ級。進行方向は、私たちと同じ……』

 電信員がカメラで様子を撮影する。全員が確信を抱いた。

伝えられたとおり、この先には、何かがある。

『このまま直進。彼らに気づかれないよう高度をあげる』

 彩雲は高度をあげ、機首を深海棲艦たちの進む先へと向けた。

 

 

 あれからしばらく飛ぶと、次第に雲が濃くなり、海面の確認が難しくなってきた。

『雲の下に出よう。海面を確認したい』

『了解』

 操縦桿を前に倒し、操縦員は機体の高度を下げる。雲を突き破って海面を確認すると、彼女たちは言葉を失った。

 

 眼下に見えるのは、小さな島。そこには、夥しい数の深海棲艦が停泊している。島の一部は滑走路になっていて、脇には深海棲艦の艦載機が丁寧に並べられている。だが彼女たちの視線は、ある一点に釘付けになった。

 その島の海岸に、白い人型の深海棲艦が、一人佇んでいる。姫級かは不明だが、周囲とは違う禍々しい、異様な存在感が、この島の主であることを匂わせる。

『間違いない……。ここは、この海域の拠点だ!』

 提督の予感は当たった。だが直後、砲台らしきものから閃光が迸った。

『回避します!』

 操縦員はすぐ機体を旋回させる。すると機体の後方で砲弾が弾け、生じた爆風が機体を揺さぶる。

 深海棲艦にはもうこちらの存在がバレている。でも偵察機である彩雲には、自衛のための旋回機銃しかない。

機長が双眼鏡で島をよく見る。拠点の滑走路や海上の空母ヲ級、ヌ級から、艦載機が次々飛び立ってくる。

『情報は十分。増速して敵を振り切れ!』

『了解!』

『基地へ伝達。深海棲艦の拠点を発見!』

『はい!』 

 機長の指示に、操縦員と電信員は即座に反応する。操縦員はスロットルを押し込み、機体の速度を上げ、電信員は揺れる機体の中で、無電を基地へ送る。

 深海棲艦たちは、対空戦闘を始める。彩雲の付近に対空機銃の弾が殺到、信管が反応して炸裂、爆風で機体が左右に上下に揺れる。彩雲が回避行動をとっているその隙に、敵艦載機たちが迫ってくる。

『敵艦載機、後方に接近!』

 電信員は無電を急いで打ち終えると旋回機銃に取り付き、敵に銃口を向ける。引き金をひき、銃口から閃光がほとばしる。

 数が多い。40機以上はいる。さらにその後ろには、増援の姿が見える。1機ずつ落とすには、時間も弾もない。

 

 だが彩雲には、自慢の脚がある!

 

 電信員は、せめて真後ろを取られないよう威嚇する。

『敵も速い。降下して振り切れ!』

 操縦員は操縦桿を前に倒し、彩雲は降下で速度を稼ぐ。低空に降りると、敵深海棲艦たちの合間を高速で駆け抜けていく。それに敵も続く。付近にいる深海棲艦たちは、彩雲に味方の艦載機が追従しているために、誤射を恐れてか砲撃が止み、ついていけないと判断した敵機は1機、また1機と追撃を断念して離脱していく。

 機長は後ろを振り返る。いつもなら逃げきれているが、未だに追ってくる敵機との距離が開かない。

『振り切れません!追いつかれます!』

 機銃を撃ちながら電信員が叫ぶ。

『増槽を切り離せ!』

『まだ中身が少し残っています!』

『翼内にもある。帰るには十分だ!』

 機長の指示で、操縦員が機体下部に吊り下げた増槽を切り離す。残りはまだあったが、彩雲は翼内に燃料タンクがまだある。基地へ帰投するには十分な量だ。

 少しでも重量を軽くし、加速する。徐々に、敵艦載機との距離が開き始めた。

 

―――やった、このままなら……

 

 皆に安堵が生じた。刹那、機体に衝撃が走り、甲高い音が機内で児玉し、妖精たちは体に痛みが走るのを感じた。

機長が上方を見上げると、前方から急降下で速度を増した敵機が、彩雲と交差、後方へと去っていった。

 先日逃がした教訓か、敵は偵察機が来た場合、逃がさないよう上空に味方を待機させていたのかもしれない。

『みんな、無事……』

 機内の様子を見た機長は言葉を失った。胴体にはいくつも穴が穿たれ、風防には赤い液体で幾何学模様が描かれている。前の操縦員も、後ろの電信員も、前のめりにぐったり俯いている。機長も破片で軽く切った程度で済んでいるが、左腕から血が流れだしている。

 機体の状態を確認した機長は、目を見開いた。

 

―――まずい!

 

 右主翼には小さな穴があき、翼内タンクから燃料が漏れている。エンジンは被弾してなさそうだが、プロペラは回転していても、煙が出ている。だがそれよりも、危機が差し迫っている。

 高度がみるみる下がっている。風防からは、海面が近づいてくるのがはっきりわかる。 このままでは、海面に激突する。

 そうでなくても、敵機が後方にまだいて、距離を詰めてきている。

 

『しっかり!起きて!』

 

 機長は操縦員を揺さぶるも、起きる様子はない。機長は狭い風防と計器盤の間から身を乗り出し、操縦桿へ手を伸ばす。

『機長!』

 後方の電信員が目を覚ました。

『動けるか!』

『腕は動きます!』

『撃ちまくれ!』

 答える時間も惜しい。電信員は機銃に取り付き、敵に向かって撃ち始める。

 機長は操縦員に呼びかけ続ける。敵の艦載機は、ただ背後をついてくるだけ。機銃を撃ってくる様子はない。いや、撃つ必要がないのだ。

 彩雲は海面に向かって降下している。このまま放っておいても、いずれ海面に激突して終わる。その瞬間を、深海棲艦は待っているのだ。

『起きろ!早く起きて!』

 機長は操縦桿をつかみ、引っ張りながら操縦員に呼びかける。直進における速度を優先した彩雲は、主翼面積が小さく、翼面荷重が零戦に比べ高く、操縦桿が重い。まして今のような不自然な姿勢では、なおさら重く感じられる。

 

 でもまだ、落ちるわけにはいかない。彼女たちには、まだ果たしていない、母との約束があるのだから。

 

 

 

 操縦員の妖精は、暗闇の中で、波に揺られているような心地の中にいた。意識は朦朧としていているものの、腕の痛みだけは感じるらしい。

―――ここまでか。

 操縦員は諦めていた。

 母が沈む瞬間を見たあの時から、彩雲の妖精たちは心のどこかで、どうにでもなれ、と思っていた。

 深海棲艦を倒し、平和な海を取り戻す。そう母艦だった瑞鶴と誓い合ったが、その母が海の底へ引きずり込まれた。

 約束をした相手を、達成したとき喜び合う相手を、彩雲たちは永遠に失ってしまった。だから、諦めていた。

 

 

―――この海の底に、お母さんが……。

 

 

 思えば、この海域は彼女たちの母艦が沈んだ場所。

 

 

―――ここで落ちたら、お母さんのところに、いけるかな?

―――待っていて、くれるかな?

 

 

 操縦員は、全ての感覚を放棄しようとした。

 

 

『後は、お願いね』

『……今日まで、ありがとう』

 

 

 まどろみの中、母の言葉が脳裏をよぎる。

 

 

『最後に、あの綺麗な雲、もう一度見たかったな……』

 

 

 母艦を飛び立った直後、無線から聞こえた、瑞鶴の言葉。

 

 綺麗な雲。

 

 それが何を意味するのか、彼女は思い出した。

 

 ある日、訓練を終え基地へ帰投するとき、ふと空を見上げた瑞鶴が言った言葉。彼女の視線の先にあったのは、赤や緑で彩られた雲。それは、昔から吉兆の予兆の1つとされた現象。

 

 

 彩雲。

 

 

 この機体の名前の現象。その美しさに目を奪われたときの、母の言葉。

 

 母はまた見たいと、海に出るたびに言っていたが、結局見ることはなかった。沈む間際でも、もう一度見たかった、と言うほど望んでいたのに…。

 

 

『あなたたちは、絶対に落ちないわ』

『だって、幸運の空母所属の、吉兆の予兆が名前の、艦載機だもの』

 

 

 幸運の空母と言われた母に、幸運の予兆とされた現象の名の偵察機。でも、戦場は残酷だった。この海は、戦場は、彼女たちの母を飲み込んだ。

 

 

『情報を、必ず提督さんに伝えて…』

『そして、私たちのことも……』

 

 

 彩雲の脳裏に、母の最後の言葉がよぎる。

 

 

『それから、加賀さんに、伝えて』

 

 

 飛び立つ直前、エンジンのあげる爆音の中、母が紡いだ言葉が、記憶の底から浮かびあがってくる。

 

 

―――海に出るとき、私はいつも、あなたの傍に、必ずいる。

―――だから、悲しまないで。

―――私の、大好きな、加賀さん。

 

 

 限られた言葉の中に、自身の全ての想いを込めた、瑞鶴の最後の言葉。相方、片翼だった加賀に伝えなければならない、母の想い。

 

 

『落ち着いて、気持ちの整理がついてからでいいから、話してちょうだい』

 

 

 海の底へ消えた母、瑞鶴。

 母の最後を知りたいと望む片翼、加賀。

 

 偵察機の使命は、情報を必ず持ち帰り、伝えること。

 

 どんなに辛い出来事でも、どんな凄惨な光景でも、目を逸らすことも、逃げることも許されない。

 彩雲の妖精たちは、着任したときから沈むその瞬間まで、母、瑞鶴の生きざまを、彼女の紡いだ物語を、見つめてきた。

 最後に彼女から加賀へ、言葉を託された。

 

 操縦員の妖精は、ふと思った。

 

 ここで落ちたら、母の紡いだ物語が、託された言葉が、海の藻屑となって消えてしまう。

 加賀は、瑞鶴の最期や想いを知る機会を失い、心の中でわだかまりを抱えたまま、生きていかなければならなくなる。

 

 加賀へ伝えなければならない。

 

 母が沈む直前、妖精たちはそう約束をした。その約束を守れずこのまま母の下にいったら、きっと、彼女は怒るに違いない。

 

 

―――やっぱり、まだ……、まだ。

 

 

 母の言葉を、彼女の紡いだ物語を、ここで、沈めるわけにはいかない。

 

 

―――ここで、落ちるわけにはいかない!

 

 

 ふと暗闇の中に、一筋の光が差した。妖精は、その光に手を伸ばし、つかんだ。すると妖精は、体が引っ張り上げられるような感覚に襲われた。光の源が、次第に近づいてくる。

 そして、視界を覆っていた暗闇が晴れ、彼女の小さな瞳に、ある風景が飛び込んできた。

 

 透き通るような、青い空に、白い雲が。

 

 そして、その彼方に、あの日見た、赤や緑に彩られた雲を、妖精は見た。

 

 

 

 

『……しっかりしろ!聞こえないのか!』

 耳元で響いた声に、操縦員の妖精は現実に引き戻された。機長が後ろから身を乗り出し、操縦桿を必死に起こそうとしている。

 視界一杯に、海面が広がる。状況を即座に理解した操縦員は、機長の両手の上から操縦桿をつかむ。操縦桿がいつもに比べ重い。

 海面に迫るプロペラが生み出す風が海水をわずかに巻き上げ、飛沫を風防にたたきつける。痛む両腕に力を込め、操縦員は叫んだ。

 

 

『上がれええええええええええええええええええ!』

 

 

 

 

 

 

 海面に激突するかと思われた刹那、彩雲は機首を引き起こし急上昇した。水平飛行にうつったところで機長は自分の座席に戻る。

『起きるのが遅いぞ!』

『すいません!あの世に片足突っ込んでいたもので!』

『そうか!残念だが、まだ片足突っ込んだままだぞ!』

 機長の言うとおり、海面への激突は回避できたが、まだ危機から脱していない。

 敵機が後ろに迫っていて、電信員が機銃で応戦している。操縦員は、計器類を急いで確認する。一目でエンジンの様子がおかしいことに気づく。温度計を見ると、エンジンオイルの温度が上がりすぎている。エンジンが過熱しているのだ。

 急いでカウルフラップをあけ、エンジンとオイルを風に当てて冷やす。

 右主翼に衝撃が走った。

 

『右主翼被弾!火災発生!』

 

 電信員が叫んだ。敵の機銃弾が燃料タンクを撃ち抜き、火災が発生した。

 

『右主翼からの燃料供給停止!消火装置作動!』

 

 機長は右主翼からの燃料供給ルートを閉鎖し、消火装置を作動させる。主翼内の炭酸ガス噴射装置が作動し、被弾箇所で起こった火災が瞬く間に鎮火される。

 

 

―――絶対、帰らないと!

 

 

 操縦員は、操縦桿とスロットルを握り締める。だがその思いとは裏腹に、彩雲の速度は落ちている。

 降下しつつ速度を増すが、カウルフラップを開いているせいで抵抗が増し、速度が落ち、敵は引き離せない。ふと、後方で響いていた銃撃が突如止んだ。

『弾切れ!』

『予備は!?』

 電信員の妖精の顔が、蒼白に染まった。

『あ、ありま、せん……』

 旋回機銃の弾がなくなった。もう彩雲は、丸腰。自慢の脚も、今はない。

 それを悟った敵機たちは速度をあげ、彩雲の真後ろについた。まだオイルやエンジンの冷却は終わってない。方向舵で機体を滑らせようものなら、速度がまた落ち、今度こそ逃げきれなくなる。だがこのままでも、間もなく追いつかれる。

 妖精たちのできることは、もうない。

 弾がつき、速度が落ち、回避行動もできない偵察機を撃つことなど、母が嫌いだった七面鳥撃ち同然。

 

『来ます!』

 

 電信員が悲鳴を上げる。迫る敵機の機銃の銃口が、鈍く光る。妖精たちは覚悟を決め、両目を固く閉じ、身を小さくした。

 

 

 爆発音が、彼らの耳に響いた。

 

 

 だが、機体に来るはずの衝撃が、全くない。妖精たちは恐る恐る目をあける。

彩雲は、まだ飛行を続けていた。

 電信員が後方を確認すると、彩雲の真後ろをとっていた敵機が、炎に包まれながら海面へと落ちていく。その後続の艦載機たちも、上方から飛来する機銃弾を受け、撃ち落とされていく。

 その銃撃に混じって響く聞きなれた音に、妖精たちは顔を跳ね上げる。上方から聞こえてくるのは、聞きなれた空冷星型エンジン、栄エンジンの発する音。太陽を背にして、1機の灰色の鳥、零戦21型が降下してくる。

『……あれは!』

 妖精たちは目を見開いた。ただの21型ではない。

 

 尾部に描かれた白色の2本の識別帯。

 桜の模様の撃墜マーク。

 尾翼に描かれた、EⅡ―102の機番。

 

 彩雲たちも所属していた瑞鶴飛行隊の撃墜王、零戦虎鉄こと岩本妖精のかる21型が、そこにいた。

 

 

 零戦は急降下しながらすれ違いざまに7.7mmと20mm機銃を同時に撃ち、彩雲の後ろの敵機を撃ち落とす。そして降下で速度を増した状態で上昇し、上空から再び銃撃をみまい、彩雲に迫る敵を全て叩き落とした。

 敵を掃除した零戦は速度を合わせ、彩雲の真横に並ぶ。

 

『遅れてすまない!まだ飛べるか!?』

 

 機上電話から、岩本妖精の声が機内に響く。機長が出る。

 

『はい!なんとか!』

『これより敵拠点を襲撃する。君たちは基地へ戻れ!』

『了解!』

『無事でな!』

『あなたも!』

 

 岩本妖精は、手を振りながら機体を旋回させ、ようやく追いついた後続の零戦隊と合流し、拠点から上がってくる敵艦載機たちの波へ飛び込んでいく。

 彩雲たちの後ろで空戦が始まり、機銃や回転数を増したエンジンの音が児玉する。ついで爆弾を抱いた九九式艦爆や、魚雷を吊り下げた九七式艦攻が拠点に一直線に向かっていく。

 全機に、白色の2本の識別帯が描かれている。皆、母の敵をとる機会をまっていた、瑞鶴飛行隊の妖精たちだった。

『冷却完了!』

 エンジンとオイルの冷却が済むと、操縦員は直ぐにカウルフラップを閉じ、スロットルを押し込んだ。

 誉エンジンが息を吹き返し、一気に速度を上げる。

『……間に合ってよかった』

 機上電話から聞こえたのは、加賀の声。

『あなたたちの得た情報は受け取ったわ。あとは任せて』

 下方に海面を、加賀を含む艦娘たち、3つの艦隊が進んでいくのが目に入る。

 

『瑞鶴を沈めた報いは、受けさせてやるわ……』

 

 冷凍庫から漏れ出る冷気のような冷たい加賀の声に、妖精たちは思わず身を震わせる。

『加賀さん』

 操縦員が、機上電話で加賀に話しかける。

『帰ったら、お伝えしたいことがあります!』

 加賀は何も応えない。問いたださないあたり、その内容を察しているのだろう。

『ですから、ご無事で』

『……わかったわ。あなたたちも』

『約束します!』

 手短に答え、彩雲は基地へと機首を向けた。

 

 

 

 

 それからしばらく飛ぶと、海に浮かぶ孤島、基地の滑走路が見えてきた。

『見えました!もう少しです』

 だが、プロペラの回転が、次第に遅くなり始めた。手動でポンプをまわして燃料をエンジンに送り、停止を防ぐ。それを繰り返しながら脚を出し、着陸準備を進める。

 だが、滑走路端にたどり着く前に、エンジンが止まってしまった。

『全員掴まって!』

 操縦員は叫ぶと、彩雲の機首を下げる。エンジンの止まった彩雲は、ただのグライダーと同じ。だが彩雲は主翼面積が絞られているため、ある程度速度を得なければ早い段階で失速してしまう。

 操縦桿で角度を調整しながら降下し、速度をかせぎ、失速を防ぐ。

 機首を下げた状態で、彩雲は滑走路までたどり着いた。チャンスは1度きり。やり直しはできない。

 操縦員は侵入角度や速度に気をつけながら姿勢を調整し、彩雲を滑走路におろす。

 着陸脚が地面に接した瞬間、衝撃で機体が一瞬はねた。操縦員はブレーキをゆっくり踏み込み、彩雲を減速させる。

 着陸時の速度が速すぎたのか、エンジンが止まっているにも関わらず彩雲は滑走路を突き進んでいく。機長が叫んだ。

『フラップ下げ!機首上げ!』

 操縦員は主翼のファウラーフラップを目一杯下げるが、被弾したときの損傷のせいか、下げ角が浅い。速度が、いつもに比べ落ちない。

 操縦桿を手前に引く。少しでも抵抗を大きくし、減速する。

 

 滑走路の端が迫ってくる。

 

―――止まれえええええええ!

―――止まって!

―――止まってええええ!

 

 彩雲は、滑走路の端の手前でようやく止まった。機内の妖精たちは着陸できたことを確認すると、大きく息を吐きだし、座席にもたれかかった。

 際どかったが、彼女たちは無事、基地へと帰還した。ヒドイ機体のダメージを見た基地の妖精たちは彩雲に駆け寄り、座席から3人を引きずり出して担架に乗せ、急いで救護室へと駆け込んだ。

 

 

 彩雲の妖精たちは後日、拠点攻略が無事に成功したことを聞かされた。艦娘の損害も、妖精たちの損害もなかった。

 嘘か誠か、加賀が深海棲艦を前に、般若(はんにゃ)のような表情を浮かべていた、という噂が、しばらく基地内で囁かれることになったが……。

 

 拠点攻略から数日後、加賀は彩雲の妖精たちの元を訪れた。

 妖精たちは引き締めた表情で、母の、瑞鶴の最後の様子、そして、託された言葉を伝えた。他の妖精たちも、彼女たちの話に耳を傾けた。

「そう。それが、あの子の、最後……」

 話を聞き終えた加賀は、3人の妖精を胸に抱いた。

「ありがとう。伝えてくれて……」

 彼女は妖精たちを抱いたまま、震え、涙を流した。ようやく伝えられた、知ることができた、想い人の最後と、残した言葉。

 でもそれが嘘であったら、どれほどよかったか。瑞鶴に属していた妖精たちも、皆涙を流した。

 

 彩雲の妖精たちは、母との約束を、果たした。

 

 でも、加賀やみんなの涙を止めることは、できなかった。

 

 彩雲の妖精たちは加賀を、皆が泣く姿を、見つめ続ける。

 偵察機の妖精として、自分達が情報を持ち帰り、伝えたその結果をただ、黙って見届けたのだった。

 

 

 

 

 その後、彩雲の妖精たちは機体の修理と怪我が完治すると、復帰した。今は、加賀所属となっているが、識別帯の色は変わっていない。加賀が変えなくていいと、配慮してくれたからだ。

 そして今日も、艦隊の目となり、情報を集め、持ち帰る。

『もうすぐ目標海域に到着する』

 機長の言葉に、全員が表情を引き締める。

 ふと操縦員は上方を見上げる。

『機長、あれを』

 機長と電信員は風防を開け、操縦員の指差す先を見つめた。

『あれは……』

 操縦員が指差した先に見えたのは、緑や赤の光りで彩られた雲。

 

 かつて瑞鶴と見上げた吉兆の予兆の雲、彩雲。

 

『……綺麗、ですね』

 操縦員と電信員は、静かに頷いた。母がもう一度みたいと願った雲。久しぶりに見るその雲に、妖精たちは見入った。

『今日の任務、絶対成功するな』

 機長は微笑みながら言った。

『ええ』

『間違なく』

 電信員も、操縦員も頷く。

 

 白い雲を彩る、鮮やかな赤や緑の光り。母の色だと、妖精たちはふと思った。緑色の髪に、紅白の服装。母と彩雲は、同じ色だった。

 操縦員は意識を失っていたとき、まどろみの中現れた光に引っ張り上げられ、闇を抜けた先に、あの雲を見たことを思い出した。

 もしかしたら、彩雲の向こう、雲の上の彼方から、母が見守ってくれていたのかもしれない。

 海に浮かぶ、空を舞う者たちの母だった瑞鶴。海に引きずり込まれても、深い海の底から、そして、雲の上の高い空から、きっと、妖精たちのことを、見守ってくれている。

 操縦員は、雲に向かって手をふった。機長も電信員も、手を振った。

 

 かつて、母と共に見上げた空。生と死が交錯する場所の1つ。

 

 その空に、母に見守られながら、彼女たちは飛び立つ。

 

 今日も、これからも。

 

 戦いが終わる、その日まで。

 

 そして、必ず帰ってくる。

 

 母が、瑞鶴が存在したということを、伝えるために。

 

 彼女と過ごした日々を、想いを、海の底へ、沈ませないために。

 

―――偵察機は、帰ってくるまでが任務よ!

―――どんな状況であっても、あきらめず、必ず帰ってくること。

―――いい?

 

 妖精たちは、顔を見合わせる。いないはずの母の言葉が、彼女たちの耳に響いた。全員が笑みを浮かべ、一様に頷く。

 

『『『はい、行ってきます!』』』

 

 誰にでもなく、彼女たちは応える。

 

 彩雲の妖精たちは風防を閉めると、目標海域へ機首を向け、飛び立っていった。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

また投稿する機会がありましたらよろしくお願い致します。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。