【完結】最強の聖騎士だけど聖女様の乳を揉みたいので魔王軍に寝返ってみた 作:青ヤギ
正規の続きは『改稿後』の章から投稿されたものになります。
叛逆の聖騎士
魔王城は険しい渓谷の深部にそびえている。
人の足で入り込むのはもちろん、馬の足ですら走破するには困難を極める土地だ。
常に悪天候で日の明かりは滅多に差さず、昼間でも夜のようにドンヨリとしている。
こんなところを好きこのんで定住地にしようとする人間はいない。
だからこそ魔王軍はこの地を拠点に選んだのだろう。
もっとも、聖騎士としてのチカラを使えば無事に辿り着くことは容易だ。
なんせ空を飛べるからな。
クソッタレな聖都を抜け出して、まっすぐ魔王城にやって来た俺は、さっそく交渉を持ちかけていた。
「というわけで俺を魔王軍に入れてくれ魔王様!」
「うん、君はいわゆるバカだね」
魔王城の最深部。
高い天井に届かんばかりにでかい椅子の上でふんぞり返っている魔王が呆れたように溜め息を吐く。
「単騎でこの城を攻めてきて来たのかと思ったら……まさか本当に傘下に加わる気だったの?」
「だから最初からそう説明してるじゃないか。でも誰ひとり聞いてくんねーから、ここまで来るしかなかったんじゃないか」
警戒する気持ちはわかるが、どいつもこいつも「聖都最強の聖騎士が簡単に国を裏切るわけねーだろ!」と聞く耳持たずなのはどうなのかね。
しかも俺の「聖女様の乳を揉みたい!」という崇高な悲願をバカにしたもんだから、思わずプッツンしてしまった。
結果的に、強行突破する形になったが……
まあ結果オーライということで。
というか……
「まさか魔王が女の子だったとはな」
いったい、どんな化け物が待ち構えているかと思いきや。
最深部にいたのはどう見ても人間にしか見えない少女だった。
それも聖女様にも負けない、とびっきりに美しい少女だ。
聖女様の美しさが『清廉』ならば、こちらはまさに『魔性』と呼ぶべき美しさだった。
艶光る長い黒髪。流し目の似合う赤いツリ目。際どいところだけを隠した露出の多いドレス。
蠱惑的な美貌と艶めかしさは、奮起してやってきた勇者の戦意を削いで、そのまま魅了してしまいそうな危うさがあった。
「長年人類を苦しめてきた魔王の正体がただの小娘で拍子抜けしたかい?」
少年のような口調で、されど声色はあめ玉を転がすように愛らしく「くすくす」と余裕げに笑う魔王。
見た目は確かにただの少女である。
だがその纏うオーラとカリスマ性は少女のものではない。
対面した瞬間にわかった。
意識を強く持たない者は、この場で卒倒すると。
魔王の覇気に屈服してしまうと。
「……へえ、ぼくを前にして立っていられるのか。さすがは聖都最強の聖騎士だね。ここまで来れたのもまぐれではないらしい」
魔王は興味深げに俺を眺める。心臓を鷲掴みにされるかのような眼光。
確かに常人ならば、このプレッシャーに耐えられないに違いない。
鍛えた聖騎士ですら膝を屈するかもしれない。
俺も正直に言うと危なかった。本当にギリギリだった。
もし少しでも……
魔王に乳があったら即死だった!
ふぅ、危ない危ない。
この美貌でおっぱいまで聖女様クラスだったら興奮して意識が飛ぶところだった。
いや、ないわけじゃないが聖女様に比べるとペッタンコも同然だ。
ナイチチに救われた。感謝かんしゃ。
「……なんか失礼なこと考えてないかい?」
「気のせいですよ魔王様」
おっと、いけないいけない。
これから上司になる御方を怒らせてはいけない。
うんうん、聖女様ほどじゃないけど魔王様も素敵ですとも。
乳はともかく、黒ニーソに包まれたムッチムチの絶対領域とかすごくエロいと思います。
「お、お待ちください魔王様! その者を信用してはなりません!」
改めて交渉に入ろうとすると、話の腰を折る介入者がやってくる。
ボロボロの身体を引きずってまでやってきたのは、先ほど相手した魔王軍の幹部。
確か四天王のひとりで名前は……
「なんだ、まだ動けたのか。《デカケツ》のルチェ」
「《氷結》のルチェだ! おのれ人間め! どこまでも私を愚弄しおって!」
青みがかった銀髪を怒気で逆立たせて「ぐぬぬ」と悔しげに睨んでくるルチェ。
彼女もまた魔王と同様に、見た目だけなら人間にしか見えない美女である。
「くっ! 私は、まだ負けてはいない! 魔王様をお守りせねば!」
しかし、その気骨は武人そのもの。
たとえ瀕死の重傷を負っていても、主人である魔王を守るため、這いつくばってでも戦おうとしている。
さすがは魔王軍最高幹部である四天王のひとり。
同じ武人ならばその忠義に満ちた行動に感服することだろう。
だが俺は別のところに感服していた。
この女……
やはり身体にぴったり張りつくボディスーツが非常にエロい!
聖女様ほどではないが大きな乳房が床との間で潰れているところとか、くびれたウエストから広がるムッチムチのヒップの輪郭がなんとも目に毒だ。
四つん這いになっていることで強調されたそのヒップのデカさを見たら、誰だって『デカケツ』と呼びたくもなる。
しっかりトドメをさしたつもりだったが、どうやら彼女の美貌と色気を前に手元が狂ってしまったらしい。
つくづく禁欲が祟っているな。
「魔王様! ソイツは聖騎士ですよ! 聖女に忠誠を誓う騎士がそう簡単に裏切るものですか! きっと罠に決まっています!」
「うーん、でも魅力的な提案ではあるよねー。なんせ聖都最強の聖騎士だ。戦力として申し分ない。このとおり君たち四天王まで倒すほどの実力があるわけだしね」
「ぐっ……」
魔王の指摘に口を噤むルチェ。
負けた手前、強くは言い返せまい。
「し、しかしそれでも! 人間を魔王軍に迎えるなど反対です! そもそもこの戦いは人間どもが我々を害したことが原因じゃないですか!」
「なに? どういうことだ?」
聞き捨てならない発言だ。
魔王軍は人間界を侵略するために戦っているのではなかったのか?
ルチェは怨敵を見るような目で俺を睨む。
「私たちはもともと荒廃した魔界から抜け出し、新天地を求めて人間界に来ただけだ!」
ルチェいわく、魔界は度重なる魔王同士の闘争によって荒れはて、とても住める場所ではなくなってしまったのだという。
目の前にいる若き魔王は魔王の中でも珍しい穏健派で、苦しむ魔族を率いて人間界にやってきたらしい。
「人間界で最初にしたことも『僅かでもいいから土地を分けてくれ』と交渉しただけだ。……だが返事は砲撃の嵐だった! 無抵抗な我々を貴様ら人間は問答無用で虐殺しようとしたんだ!」
マジか。人類最低だな。
「その後も奴らはたびたび我々を魔界に追い返そうと嫌がらせを続けた! 毎晩まいばん拠点の傍で楽器隊を率いて騒音を鳴らしおって! おかげでこんな辺鄙な土地で城を構えるしかなくなったのだぞ! ここまでされたら宣戦布告するしかないではないか!」
マジか。人類やることせこいな。
ということは……
「じゃあ、この戦争は人類の自業自得ってこと?」
「そういうことになるね~」
魔王があっけらかんと答える。
嘘だろ~?
聞いてた話と違うじゃん。
さてはあの老害どもめ、事実を隠蔽してたんだな。
これ以上、好感度は下がらないと思っていたよ。
こりゃ裏切って正解だわ。
待ってて聖女様! 必ずそのクソッタレな国から解放するからね!
「ご安心ください魔王様! 俺が必ずや人類を屈服させ、皆さんが安心して暮らせる土地を解放してさしあげましょう!」
「勝手に話を進めるな聖騎士!」
意気込んでいる間もルチェの抗議は続く。
「そもそも! 魔王軍に入りたい理由が『聖女の乳を揉みたいから』だと!? そんなバカげた理由で国を裏切るわけが……」
「俺の夢をバカにするなあああああああああ!!」
「ひうっ!?」
怒声を発すると、ルチェは思いのほか可愛らしい悲鳴を上げる。
しかし、そんな声を出しても俺の怒りは静まらない!
「お前ら被害者ヅラしてるけどな! 俺だって被害者なんだよ! なんだよあの聖都とかいうクソ国家! 主食は豆とか野菜ばっか! 肉も魚も食えない! ワインも神官どもが独り占め! エロいこと禁止だから娼婦館もエロい本もない! 毎日3回祈りを捧げないといけないだ!? 毎日3回したいのはオ○ニーだよ! 少しでも背信的なこと口にしたら即異端審問! やってられっか!」
「お、おう……」
「そんな非人間的な暮らしの中、聖女様のおっぱいだけが俺の希望だった! 生きる糧だった! 寂れた日常に光をくれた! だから俺はあのおっぱいを手に入れる! そのためならすべてを捨てても構わない!」
「君の覚悟はよく伝わったよ。フェイン・エスプレソン」
「魔王様!?」
「国よりも惚れた女性を選んだってことだろ? ぼく嫌いじゃないよ。そういうラブロマンス的なの」
「はたしてそうでしょうか!? ただの性欲では!?」
おう、魔王が理解を示してくれた! 俺の熱意が通じたんだな!
「でも、君ほどの実力ならわざわざ魔王軍に入らなくとも単独で聖都を滅ぼせるんじゃないかな?」
「それはさすがに買い被りすぎだ。アイツらの強さは俺がよくわかっている。俺ひとりで攻略するには限界がある」
「この魔王城を攻略してよく言うよ」
途端、魔王の眼が鋭くなる。
「そもそも……ぼくらを利用して聖都を滅ぼすより、ぼくと決着をつけたほうが早く君の目的は果たせるんじゃないのかい? 戦いを終わらせて聖女を解放したいなら――ここでぼくの首を取ればいい。そうすれば人類の勝利で終わる」
「魔王様!? 何をおっしゃっているのです!?」
挑発的に首を指差し、くつくつと魔王は笑う。
「どうする? ここで最終決戦としゃれこむかい?」
「お断りだ」
「おや? 自信がないのかい?」
「いや、たとえ相手が魔王だろうと勝つ自信はあるさ」
「ほう……」
「ただ……目的を果たすまでは死ぬわけにはいかないんでね」
そう、聖女様の乳を揉むまでは死んでも死にきれない。
だからこそ……
「
べつに未来が見えたわけじゃない。
ただ長年の戦いの経験で、わかってしまうものがある。
この魔王を相手にすれば、どんな末路が待っているのか。
結果がわかりきっているのなら、やはり選択肢はひとつだ。
魔王軍に寝返り、聖都を滅ぼし、聖女様のおっぱいを揉む!
それが俺の進むべき道だ!
「それにさ。そっちの事情を聞くと人類は一度とことん痛い目を見たほうがいいみたいだしな」
「だから加勢するって? ここまで来るとさすがに薄情じゃないかな。確か聖都以外の土地はほとんど侵略したと思うけど、その中には君の領土だってあったはずだろ? ぼくらを恨んでないのかい?」
確かに、生まれ育った故郷を奪われたことに思うところはある。
あのときはまだ聖女様からチカラを授かっていなかったから魔王軍に手も足も出なかった。
いまならその仕返しもできよう。
だが……
そんなことに何の意味がある?
「なあ魔王様。あのとき俺たちは戦いに負けて土地を奪われたんだ。勝ち取った土地をどうこうしようが、それは勝者の特権じゃないか。負けたやつがどうこう言うことじゃねえよ」
「……」
俺の返答が意外だったのか、魔王は虚を突かれたように目を見張る。
魔界ではどうだったかは知らないが、土地の奪い合いはこの世界の住人が過去からずっと続けてきたことだ。
そんな当たり前のこと、すでに終わったことに対して、今更どうこう言うつもりはない。
それよりも大事なのは未来だ。
いつまでも過去に拘らず、明るい未来に目を向けるべきなのだ。
そう、聖女様のおっぱいを揉むという明るい未来をな!
「それに俺がいま真っ先にぶっ潰したいのは聖都なんだよ。アンタたちの話を聞いたら、余計にチカラを貸したくなった。だから……」
魔王に向けて膝をつき、頭を垂れる。
「どうか、この裏切りの聖騎士を存分にお使いください、魔王様。元聖都最強の名にかけて、必ずや魔王軍に勝利をもたらしましょう」
「……」
あ、あれ?
沈黙が長い。
もしかして外しちゃったかな?
心配になり、チラッと魔王のほうをうかがい見ると……
「ぷっ……あははははっ!」
とつぜん魔王は見た目相応の子どものようにお腹を抱えて笑い出した。
あら、かわいい。
「気に入ったよフェイン! 人間にもこんな面白いやつがいたとはね!」
ふわっと羽が浮かび上がるように魔王は椅子から離れる。
膝をつく俺の前に降り立った彼女は、そっと手を差し伸べた。
「リィムだ」
「え?」
「ぼくの名前。魔王リィムさ。これからよろしくねフェイン」
そう言って魔王――リィムは、魔王らしからぬ愛嬌に満ちた笑顔を浮かべた。
もしも聖女様に出会うよりも先に、この魔王の少女に出会っていたら。
きっと「彼女のためなら、どんなことでもする!」と、決意するほどに惚れ込んでいたに違いない。
そんな心を虜にするような笑顔だった。
「ま、魔王様! まさか本当にこの男を魔王軍に加えるおつもりですか!?」
「うん。ぼくは基本、来る者は拒まずだからね」
「ありがとうございます魔王様! 俺がんばって人類ぶっ倒します!」
「じょ、冗談じゃない! いくら魔王様の決定でもこればかりは……他の魔族たちも何て言うか!」
「ふぅむ。ルチェの意見も一理あるね。そういうわけだフェイン。まず君は信頼を勝ち取るところから始めようか」
「信頼っすか?」
「ああ、君が真に我々の仲間に相応しいか、これから証明してもらうよ」
そう言うなり、魔王はひとつの水晶玉を空中に浮かべる。
「ちょうど君以外にもお客さんが来たようだしね」
水晶玉の中には、この魔王城を目指して進軍する聖騎士たちの姿が映し出されていた。
「どうだいフェイン? かつての仲間に剣を向けられるかい?」
◆
地上から見れば、その光景は「真昼にも関わらず星が煌めいている」ように見えただろう。
空を埋め尽くさんばかりに輝く、色の異なる無数の光。
それらは流星のように一方向に直進していた。
いまとなってはそれが聖騎士たちの『進軍』の光景であると誰もが知っていた。
魔王軍の恐るべき牙から守ってくれる、チカラなき人々にとっての希望の流星。
流星が降り立つ大地には救済が降り立つ。
聖騎士たちに命を救われ、聖都に避難した民衆たちは、そう信じていた。
……では、それは魔王城においても同様か?
その問いに堂々と首肯できる者がいったい何人いるだろう。
そこは、まさに地獄だった。
希望や救済など入り込む余地などないと思うほどの惨状に、聖騎士たちは息を呑んだ。
「なんという有り様だ……」
「これをフェイン殿がひとりで……」
「いったい、どれほど激しい戦いがここで繰り広げられたというんだ!」
あちこちに抉り込んだ瓦礫の山。
攻撃の余波によって削れたのであろう大地。
鼻を覆いたくなるほどに濃い硝煙。
そして巨人が通れそうなほどに大きい門には焼き爛れた穴が穿たれていた。
フェインが単騎で見事、魔王城に侵入を果たしたのは明白だ。
もはや半壊に近い魔王城の有り様から、常人の予想を越える戦いがあったことを物語っている。
「フェ、フェイン殿は無事なのでしょうか?」
平騎士のひとりが恐る恐る呟いた。
自分たちは一歩遅かったのではないかと。
惨状に反して、あまりにも静かすぎる。
事はすでに済んでしまったのかもしれない。
フェインの勝利で終わったなら、それは喜ばしいことだが……もしもこの静けさが、その逆の結果であったなら?
「もしや、フェイン殿はすでに魔王の手によって……」
「バカなことを言うな!」
「ひっ!?」
失言をこぼした平騎士に少女の一喝が入る。
フェインの義妹、シュカ・エスプレソンである。
「兄上ほどの聖騎士がそう簡単に死ぬものか! 次に不敬なことを口にすれば、その首を斬り落とすぞ!」
「も、申し訳ございませんシュカ様!」
とても年端もいかない少女のものとは思えない迫力に、ひと回りも年上の平騎士は情けなく頭を下げた。
親族の前で身内の死を仄めかす発言をするのは確かに不謹慎だが……それでもシュカの怒りは常軌を逸していた。
敬愛する兄が絡むと性格が豹変する《翼将》シュカ。
彼女の前でフェインを侮辱することは文字通り死を意味する。
「よせシュカ。こんなときに仲間同士で衝突してどうする」
「ギャロッド殿……」
憤怒するシュカを嗜めたのは同じ《十二聖将》のひとりである青年、《嵐将》ギャロッドだった。
エメラルド色の長髪と瞳。鋭く引き締まった顔の輪郭。多くの町娘たちを魅了する美丈夫だが、その纏う気迫はまさに歴戦の武人のそれである。
「我々は敵の本拠地の前にいる。いまこそ一致団結して戦うべきときだ。にも関わらず《十二聖将》自らが不和を起こし、それが敗因の要因となったとあっては……兄上に顔向けできないのではないかね?」
「……申し訳ございません」
フェインの引き合いに出されたことで、シュカは素直に大人しくなった。
まったく、とばかりギャロッドは内心で溜め息を吐いた。
兄が心配なのはわからなくもない。そのせいで気が張っていることも理解できる。
だがそれでも、やはり、この娘は騎士には向いていない。心があまりにも幼すぎる。
ギャロッドは常々、シュカに騎士団長を任せることに不安を覚えていた。
実力は確かにあるが、感情に振り回されて我を忘れてしまうのは、騎士団長としては致命的だ。
体格においても、戦いに向いているとは言いがたい。
聖女ミルキースのあのありえないサイズほどではないが、過剰に膨らんだ胸元の脂肪は、明らかに戦闘の邪魔であろう。
そもそも成人にも満たない小娘に剣を持たせること自体、ギャロッドは疑問をいだいている。
最愛の婚約者を守るために戦っているギャロッドにとって、女とは守るべき対象である。
目の前の娘も、剣よりも花を手に取って、穏やかに過ごす生活のほうが相応しいのではないかと、どうしても考えてしまうのだ。
……だが、魔王城攻略とあっては、彼女もいまや貴重な戦力だ。
不和を起こすなと言った手前、いまは自分も私見を抑え込むべきだろう。
「ギャロッド様……はたして、我々は勝てるでしょうか……」
側近のひとりが、不安げに呟く。
「フェイン殿が先陣を切ったとはいえ、《三強》であるモーレン殿とバイス殿が不在である我々に、どこまでできましょう……」
側近の不安はわからなくもない。
総攻撃と言っておきながら、けっきょくこの場に全戦力は集っていないのだから。
《十二聖将》の中でも特に秀でた実力者である《三強》。
ひとりは無論、いまも魔王城の中にいるであろう《剣将》フェイン。
そして残りの二人。
《閃将》モーレン。
《焔将》バイス。
彼らは聖都に残り防衛の任に着いている。
聖女の結界があれば防衛に問題はないとは思うのだが、けっきょく心配性を拗らせた神官どもが
我が身がかわいいばかりの神官の身勝手さには、ほとほと呆れ果てたギャロッドだったが……
『万が一結界が破られたとき、民を守る剣は必要であろう。我々が残るのは、民の心の平穏を守るためでもあるのだ』
《十二聖将》のリーダー格である《焔将》バイスにそう言われては、従うほかない。
あの二人が不在なのは確かに痛手ではあるが……だからといって負ける未来などギャロッドは露ほども想像していない。
「案ずるな。《三強》がいない以上、総攻撃としては不完全かもしれぬが、それ以外の《十二聖将》全員が揃っているのだ。むろん、この戦いに選び抜かれたお前たちも精鋭に他ならない。魔王がどれほど恐ろしい存在であろうと、負けるはずがあるまい」
ギャロッドのその発言で、平騎士たちの士気は高まった。
あちこちから「そうだ! そのとおりだ!」「おう万歳! ギャロッド様万歳! 《十二聖将》万歳!」と軍を奮起させる雄叫びが上がる。
そうである。
自分たちは必ず勝って帰るのだ。
戦いを終わらせ、聖都を真に平和にするためにも。
なにより故郷で帰りを待つ婚約者のためにも。
ギャロッドがいざ突撃の指示をかけようとしたときだった。
焼け爛れた門から、ひとりの青年が現れる。
「ギャロッド殿! あれは!?」
「む? ……なんと! あれはフェイン!」
「生きておられたか!」
聖騎士たちの間に驚きと歓喜の声が上がる。
魔王城から出てきたのは間違いなくフェインその人であった。
「ああああっ! 兄上ぇえええ!」
戦場には似つかわしくない感極まった少女の声が上がる。
無論、シュカのものである。
「兄上! よくぞ……よくぞご無事で!」
兄の無事な姿を目にしたシュカは、嬉しさのあまり駆けだした。
「シュカは信じておりました! 兄上ならきっと大丈夫だって! ああっ! シュカの兄上!」
先ほど平騎士に一喝したものとは明らかに異なる、愛おしさを抑えきれない色がその声に含まれている。
大きな乳房がだらしなく揺れるのも気にせず、シュカは敬愛する兄の胸元に飛び込もうと駆けていく。
兄妹の感動の再会。
傍目から見ればそう見える。
だが、なぜだろう。
ギャロッドの心には危機感が生じていた。
まず聞きたいことがあった。
フェイン、お前は魔王を倒したから城から出てきたのか?
もしそうならば喜ぶべき結果だが……ギャロッドの本能が訴えている。
そんな、都合のいいことがあるのか?
脳内にそんな言葉が過った刹那……
フェインが右手を天高く上げた。
ギャロッドが文字通り疾風を巻き上げてシュカのカラダを引き戻したのと、天から衝撃波が落ちたのは同時だった。
「……え? え?」
シュカは混乱した。
兄の胸の中にいるはずの自分が、なぜかギャロッドの腕の中にいる。
先ほどまで自分が駆けていた場所は、鉄槌を降ろしたかのように陥没している。
なぜ?
「それ以上、魔王城に近づくことは俺が許さない。シュカ、たとえお前でもだ」
大好きな人の声。
自分を妹として大切にしてくれた声が、妹である自分を拒否している。
なぜ? なぜ? わけが、わからない……。
理解できない現実を前に、シュカは完全に頭が真っ白になった。
そんな中、シュカの危機を見事救ったギャロッドはひとり冷静にフェイン相手に警戒の色を強めていた。
聖騎士の誰よりもいち早く行動を起こしたギャロッドに、フェインは感心の笑みを向けた。
「さすがはギャロッドだ。よくいまの攻撃をかわした。《嵐将》の名は伊達じゃないな」
「フゥ、フゥ……な、なんのつもりだフェイン!?」
ギャロッドは息を荒く吐きながらフェインに問うた。
先ほどの攻撃。
ただ手を振りかざしただけだが、最強の聖騎士にもなれば、それだけで凄まじい威力を持った衝撃波を放つことができる。
常人ならば間違いなく、カラダごとミンチになっていた。
もっとも同じ聖騎士であれば軽傷で済んだだろう。
シュカのように《十二聖将》ともなれば防ぎようもあっただろう。
そうわかっていても……ギャロッドは駆け出さずにはいられなかった。
ギャロッドは大きなショックを受けていた。
あのフェインが、妹に手をあげたという事実に。
「いったい何を……血迷うたのかフェイン!?」
「俺は正気だよギャロッド。至って正気に自分の役目を果たしている」
「役目だと?」
「そうだ。たとえ妹だろうと、この城に入れるわけにはいかないんだ」
「いったい何のために!?」
「何のために? ……くくく、決まっているだろう……」
動揺するギャロッドと聖騎士たちを前に、フェインは歪な笑みを浮かべる。
「俺は悟ったんだよ。真に仕えるべき主は誰なのか。この世界の天下を取るべきなのは誰なのか。俺の幸せを約束してくれる存在が誰なのか!」
いったい何の話をしているのか。
聖騎士たちには理解が追いつかない。
ただただ、フェインの変貌に戸惑うしかなかった。
「お前たちにわかるか? 俺はいまとても清々しい気持ちだ。……くくく、もうすぐだ。もうすぐ俺の悲願は達成されようとしているのだ……」
まるで牢獄から解放された罪人が自由を謳歌するように、フェインは天を仰ぐ。
「悲願だと……それは何だと言うんだフェイン!?」
「お前たちに言ったところで理解はできまい」
「フェイン。お前はいったい……」
ギャロッドは戦慄する。
こんな凶行を起こすほどの悲願……いったい、何だと言うのか!?
「俺はこれからその悲願を叶えるためだけに生きるのだ……そう、魔王様のもとでな!」
「魔王様、だと!?」
フェインはカッと目を見開き、高らかに宣言する。
「お前たちの知るフェイン・エスプレソンは死んだ! もういない!」
「っ!?」
「俺は魔王軍幹部、フェイン・エスプレソン! 叛逆の聖騎士にして、魔王様の右腕だああああああああああああああああああ!」
「な、なんだってーーーーーー!!?」
聖騎士たちの驚愕の声が空高く広がった。
◆
「魔王様? あの男、勝手に『魔王軍幹部!』とか言っちゃってますけど?」
「した覚えはないんだけどねー」
「『魔王様の右腕』とか言っちゃってますけど?」
「言った覚えはないんだけどねー」
水晶玉を通してフェインの様子の見守る魔王リィム。
その横ですでにリィムによって怪我を回復してもらったルチェも動向を確認していた。
「ほ、本当にあんな男に任せてしまってよろしいんですか?」
「うーん。まあウチは実力徹底主義だからね~。頑張りようによってはすぐ幹部なり右腕なりにしてあげようじゃないか」
「ええ~……」
「というわけで……がんばれ~フェイン~♪ やっちゃえ~やっちゃえ~♪」
きゃっきゃっと幼児のようにはしゃぎだすリィムを横目に、ルチェは「魔王軍は今後だいじょうぶなんだろうか……」と自軍の先行きを案じるのだった。
◆
一方その頃、聖都では……
「はぅ、そろそろ祈りに集中しないといけないのに止まらな……あぁん♡ フェイン~♡」
この非常事態にも関わらず、まだ背徳的行為に耽っていた。
習作であるファンタジー作品にここまで反響があって本当に驚いております(というか、たった1話で累計入りってどいうこと~?)
本当にありがとうございます。
ここ一週間舞い踊ってました。
皆さん、そんなにおっぱいが好きか?
私は大好きだ。
感想もたくさん頂けて、たいへん励みになっております。
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