ご主人さまとエルフさん   作:とりまる。

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高い買い物

 奴隷オークション会場。行きたいと言ったのはボクのワガママです。せめて彼女が良い主に拾われるように願い、行く先だけでも見届けたいと思ったのですよ。

 

 多少揉めはしました。

 

 ですが微妙な顔で反対しようとするご主人さまを、喋らせてはダメだと押し切って連れて来てもらうことには成功したのです。

 

 当日の朝早く。ご主人さまとふたりで、ガマガエル屋敷に併設されている会場へ足を運びました。

 

 入り口付近の人影はまばらです。

 

「あぁ、そっちの子は奴隷ですね、ちょっとまってください……はい」

 

 ご主人さまが受付を済ませているのを横で待っていると、何やらシールのようなものを渡されていました。

 

「左胸の上に見えるように貼ってください。それでは、オークションをお楽しみ下さいませ」

 

 登録証のようなものでしょうか。服の上にはっつけるタイプとは……この世界の文化レベルも変なところで侮れないのです。

 

 魔法の存在があるからか、地球と比較すると微妙に歪に感じるのですよね。

 

 受付から入ってすぐの所でご主人さまに呼び止められて、部屋の隅まで移動します。シールを貼り付けるのでしょうけど、何故部屋の隅に?

 

 疑問に思っているとご主人さまがボクの服を指差しました。

 

「取り敢えず、服脱いで裸になれ」

「はい……はい?」

 

 今、なんて言いましたかねこの変態野郎は。

 

 まさかノーマルなバトルスタイルに飽きて、アクロバティックな戦法でも研究しようという腹積もりですか? 流石にそれは可能な限り抵抗しますよ、ボクはノーと言える日本人なのです。

 

「誤解するなよ。会場内だと奴隷と客の区別をつけるために、あとは出品される奴隷側に無闇に客側の情報を与えないため、持ち込み奴隷は全裸にして登録証を見える場所に貼っつけるのがルールなんだよ」

 

 な、なん……なん!? こ、言葉が出ません。

 

「ま、またボクをそうやって……」

「事実だ。俺としてはお前の裸をそこらの変態どもに見せたくはないんだがな」

 

 ……ま、マジ話なんですか。どうしましょう、急に心が折れそうになりました。だから反対してたんですね。

 

 でも詳しい説明くらいは欲しかった…………あれ? 相手に話をさせたらダメだ押しきれと力尽くで攻めたのはボクでした。なんということでしょう。

 

 あと変態はご主人さまも同類なのです。

 

「主人のマントの中に隠れるくらいは大丈夫らしいから、嫌ならひっついてろ」

「うぅ……ぐすっ、わかりました」

 

 しょうがないのです。マントで隠してもらいながらローブとワンピース、アンダートップを脱ぎ捨ててパンツ一枚になると、脱いだ服をご主人さまに預けます。

 

 それから殆ど起伏のない左胸の上部に貰ったシールをぺたりと貼り付けました。これは会場内でのみ有効な魔法がかけられていて、会場内にいる間はどう頑張っても剥がせません。

 

 でも会場から外に出ると簡単かつ綺麗に剥がせるんだとか。どんな技術の無駄遣いですか。

 

 とりあえずこれで準備は万端なのです。意図せずに羞恥プレイですが、そこら辺ボクは元男! 上半身裸を見られるくらいなら平気、へっちゃらなのですよ!

 

「さぁ、行きましょう」

「あぁ、パンツもだからな?」

「!?」

 

 

 うぅ、すーすーするのです……。何とか会場内に潜入出来たのですが、恥ずかしくて死にそうです。さっきからすれ違う一部の変態たちがじろじろと見てくるのです、こんな毛も凹凸もない貧相な身体見ても楽しいことなんてないでしょうに!!

 

 世の中にはご主人さまの同類が溢れています。

 

 会場内にはボクだけじゃなく他の首輪付きもそれなりの数がいました。

 

 ボクと同じように主人に抱きついてマントで身体を隠してもらっている女性奴隷や、顔を真赤にしながら主にリードを引かれて歩いている、ボクより年下に見える男の子。ちょっと痛々しい格好の年若い少女。

 

 奴隷の扱いは千差万別です。ご主人さまはその中でも最高にマシなレベルだというのがよく解りました。

 

 暴行の跡も見受けられないので余計に目立つのでしょう、何人かの男性や女性が舐め回すようにボクの身体を見て来ます。ここにいるどの首輪付きも少なからず鞭の傷跡が残ってますし、気になるのでしょう。

 

 会場はコンサートホールみたいな形状でした、舞台を中心にして扇状に席が広がっています。流石にホールのように厳密に席が並べられているわけではなく、テーブル付きのソファーが置いてある感じです。

 

 ご主人さまが中程の席に座ったので、ボクも膝の上に乗るようにして座ります、背後から抱きしめられますが仕方ありません、有象無象の変態どもにじろじろ見られるよりはマシです。

 

 ウェイターっぽい格好の仮面を付けた男性がドリンクと簡単なオツマミを持って来て、ボク達の眼前に置きます。オツマミはチーズにベーコンを巻いた物とキャベツの漬物でしょうか。量的にはひとり分ですね。

 

 隣を見ると必死に甘えて肉を分けてもらっている、痩せこけた女性奴隷の姿が見えます。どうやら食べたかったらご主人さまに媚びを売れって事みたいですね。

 

「食べていいですか?」

「あぁ」

 

 ご主人さまに一言断ってから楊枝を使って口へ運びます。中々によく出来ていますねこれ、コンビニあたりで売ってそうな味です。

 

 近くの席にいた奴隷たちがぎょっとした表情を浮かべてボク達を見ました。すぐに羨ましそうというか憎らしそうというか、複雑な顔に変わります。

 

 ……あの子たちが奴隷として普通の扱いなのです。

 

 この世界の基準で言えば、ボクが甘やかされてるって言われても仕方ないことだと思います。

 

 改める気はないですけどね。

 

「そろそろだな」

「…………」

 

 席について少しすると、舞台の照明が強くなりスーツに身を包んだ男の人が出てきます。

 

 蝶の仮面をつけているのがなんとも不気味というか間抜けというか、忌憚無く言うと気持ち悪いです。その男性の宣言により、オークションがスタートしました。

 

 

 予想はしてましたが、見ていてあまり気分のよいものではありません。

 

 絶望しきった顔の少年少女が酷く扇情的な格好で舞台の上に立ち、震える声で自己アピールをしていきます。少しでも良い飼い主に買ってもらえるように、でも悪い飼い主に目をつけられないように。

 

 自分の時の事を思い出して胃が痛くなってきます。あの恐怖感と絶望感は筆舌に尽くし難いものがあるのですよ。もしもボクにお金があれば、全員買っているかもしれません。

 

 今のボクと見た目が同じくらいの黒い兎耳の少女が、下卑た笑顔を浮かべる男に買われていきました。

 

 舐め回すようにボクの身体を見ていた奴のひとりです。震える少女のこれからのことを考えると胸が痛みます。見ていられなくて視線を逸らしている間にオークションは進み、今日の目玉の商品が出される番がきました。

 

「それでは、本日最後にして最大の目玉になります。ご紹介するのはアルファダの高原地帯にのみ生息するという幻の種族、エルフ、マーメイドと並び称されるホルスタウロスの少女です」

 

 その言葉に一気に会場がざわつきはじめます。

 

「場所が場所だけに亜人狩りの魔の手が伸びにくい場所に住む種族で、その種族の女性は凄く男にウケる特異体質を持ってるんだと。絶滅種のエルフやマーメイドほどじゃないが貴重種扱いだな」

 

 業の深い話です……あのガマガエルも笑みが止まらなかったことでしょう。元凶である少年にもガマガエルにも腹がたちますね。

 

 舞台に立った裸に近い格好の彼女は、多数の視線を受けて震えながらも決して俯かないようにしているのでしょう。

 

 見ていて辛いものがあります。彼女の身体に傷はありません、高級奴隷として傷を付けるわけにはいかなかったのでしょうね。

 

 高価ですから、よほど酷い主に拾われない限り無碍に扱われる事はないでしょう。

 

「……辛くないか」

「辛い、ですけど、知らないままなのも嫌です」

 

 これはボクのわがままなのです。本当に誰のためにもならない、何の意味もない自分勝手なわがまま。それでも自分を抑えられずここに来た以上、目をそらすことは許されません。

 

 物見遊山で人の進退を見に来て、やっぱ辛いのでやめなんてボク自身が許せません。

 

「開始額は金貨100枚から、最低入札額は金貨1枚、皆様奮ってご参加ください!」

「105!」

「110!」

 

 開始の合図を受けるやいなや参加者が次々と手を挙げはじめます。値段はあっという間に金貨200枚を超えました、王都に小さな家が買える値段です。

 

 血走った眼で金額を積み重ねていく彼等を見て、背筋に冷たいものがはしります。

 

 得体のしれない罪悪感に痛む胸を抑えていると、突然目の前に袋がぶら下げられました。何事かと思って背後を振り返ると、ご主人さまの困ったように笑う顔が目に入ります。

 

「……あの?」

「白宝金貨、1枚で金貨100枚分の価値がある。これが13枚……こっちに来てから少しずつ貯めてた俺の全財産だ」

 

 解っていましたが、やはりご主人さまは凄いお金持ちでしたね。どうやって稼いだのかは気になりますが、なるほど色んな女性に狙われるはずです。

 

 でもボクにそれを見せてどうしようというのでしょうか。まさかあの子を助けてくれるのかと、ほんの少しだけ期待を込めて見つめます。

 

「……悪いが、俺はお前にベタ惚れでね、他の奴隷を欲しいとは思ってない。ルルだってお前の面倒を見させるつもりで買ったんだ、思ったより腹黒で面白い奴だったけどな」

 

 あんまり嬉しくない告白なのです。でも、だったらなぜこんな事をするのでしょう。

 

「奴隷の解放制度は知ってるよな?」

「はい……」

 

 奴隷は条件次第でその身分から外れて市民に戻ることができます。具体的には主人の元で三年間問題を起こさず従属した実績があり、主人の了解を得た上で自身の買値の三倍を支払って身柄を買い戻す事ができるのです。

 

 といっても殆ど利用されていないというお話ですけどね。

 

 奴隷の身分でお金を稼いで主人に許可を得る事の難易度を考えれば、自ずと分かります。

 

 現実に使われるのは可愛がっていた奴隷を妻にするために、今まで仕えた報酬と言う形式で三倍相当の金貨を渡し、解放して結婚というのが一番多いケースだそうです。

 

「言ってなかったが、期間が過ぎたらお前を奴隷から解放するつもりだったんだよ、ひとりで旅に出るもよし、俺と組んで冒険するのも良し。お前次第だけどな」

 

 ご主人さまの言葉はちょっと意外でした、絶対に手放さないものだと思い込んでいたのですが。

 

「もちろん、俺はずっと傍に居て欲しいと思ってる。だから……ちょっと卑怯な手を使わせてもらおうと思ってな」

「卑怯な手?」

 

 何でしょうか?

 

「ソラが望むならあの子を買ってもいい。だけどその分の金は借金だ、自力で返し終わるまで絶対に手放さない」

 

 今の値段は金貨300枚、この時点で既に奴隷の身分じゃ一生かけても返しきれるような金額じゃありません。

 

「…………」

 

 餌をちらつかせた上で自主的に繋がれにいこうとさせる。とんでもなく邪悪な思考なのですよ。条件を飲めばボクは多分、借金を負い目に彼に逆らうことは本格的にできなくなるでしょう。

 

「……どうする? あまり時間はないぞ」

 

 競売はヒートアップしていく一方です、決断が遅れれば彼女は助けることは出来ません。彼女のために自分の身を犠牲にすることがボクに出来るのか……って、あれ?

 

 冷静に考えたら、借金を受け入れたからといってご主人さまとの関係性がどう変わるのでしょうか。うん、たぶん何も変わらない気がしますね。

 

 解放するつもりと言ってますが本当に手放す気があるかどうか、元々からして怪しいものですしね。だったら何でそんな条件付けまでして金貨をぶらさげてきたのか……もしかして、いわゆるツンデレってやつなんでしょうか?

 

 はぁ……ご主人さまともあろう者がとてもうざいのです。

 

「どうせ手放す気なんてないくせに、いじわるですね」

「解放する気があるのは本当だぞ?」

 

 ますます怪しいのですよ。

 

「一応言っておきますけど、たぶんボクがご主人さまのことを……その、"異性として"好きになることは、きっと無いのですよ?」

 

 色々諦めてはいても、ボクの人格は男なのです。だからどうしてもご主人さまを異性として、そういう対象に見ることは出来ません。

 

 慣れって言うのは恐ろしい物で身体を預ける事への抵抗は日々薄くなってますけど、それとこれとは別です。

 

「解ってるよ、俺が好きでソラと一緒に居たいんだ。それに、絶対好きにならないって訳じゃないだろう? ずっと手元に置いていたら心変わりするかもしれない」

「……"やんでれ"で"ほも"とか、うげーなのですよ」

「ホモじゃねーよ、少なくとも今のソラは紛れも無い女の子だろ?」

 

 少なくとも見てくれと言うか身体は完全に女である以上、否定できる要素がないのが悔しいです。

 

 健康診断を受けた時、ご主人さまの知り合いだという医術師に「もう少し育てば子供だって産めるようになる」と言われたボクの気持ちを理解してくれる人はどれだけいるでしょうか。

 

「正直に言えば、ちょっとでも俺を見てくれるようにな、縛り付けておく鎖を増やしたかったんだ。卑怯な手を使っても」

「最初に会った時は勇者様のようだったのに、今ではただの鬼畜外道なのです。日本人の、話ができる友達ができるーと喜んでたボクの純情を返してほしいです」

「本当に運が無かったな、好きになっちまったもんは仕方ないから諦めてくれ」

 

 舞台の上では気丈に振舞っていた彼女も、どんどん上がっていく値段が聞いたこともない額になって心が限界を超えたのでしょう。

 

 表情を殺しながら、ぽろぽろと涙を零しはじめました。その姿が、裏切られたショックで悲しむことも出来ず、呆然と声も無く泣いていたお姉さんの姿と被ります。

 

 もう、しょうがないですね。

 

 ボクの手は実際のサイズよりもずっとずっと小さくて、きっと彼女一人まともに救うことも出来ないのです。

 

 それでも……不本意ながら運がよい事に、もっとずーーーーーっと、ボクなんかとは比べ物にならないくらい大きな手の持ち主がボクの隣にいます。

 

 見捨てたことで苦しみ続けるくらいなら、見捨てなかった事で苦しみたいのです。

 

「ご主人さま、改めてお願いします。この先何年分かわかりませんけど、ボクの人生を買ってください。ご主人さまが死ぬその日までをまるごと全部。それで、いくらになりますか?」

「……500」

 

 ご主人さまが札を上げると、会場がざわめきます。

 

 苦しげに追いかける他の参加者をぶっちぎって、どんどんと値段を釣り上げていきました。いよいよやってしまったのですよ、でも不思議とスッキリした気分なのです。

 

 彼女が喜ぶかもわからないのに、憎まれるかもしれないのに。一人しか救おうとしないボクはきっと善人なんかじゃないのでしょう。でも別に善人になりたいとも思いません、これからのことを考えたら余裕なんて殆どありませんからね。

 

「金貨620枚、金貨620枚で落札です!」

 

 彼女についた値段は、同時にボクの人生の値段でもあります。望まずともこの身はエルフ、何年生きるか解りませんがご主人さまを看取るくらいは余裕で生きられるはずです。

 

 そのくらいの時間は……まぁちょっとだけ付き合ってあげるとしましょうか。

 

 なーんて、ちょっと上から目線過ぎますかね?




◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
NO BATTLE --
◆【ソラ Lv.12】
◆【ルル Lv.4】
◇―
◇―
================
ソラLv.12[120]
ルルLv.4[45]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>21
[MAX HIT]>>21
【PARTY】
[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]
[ソラ][Lv12]HP30/30 MP110/110[憂鬱]
[ルル][Lv4]HP352/352 MP24/24[正常]
================
【Comment】
「ほーんと高い買い物だったのですよ」

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