私は滅多に旅商人も訪れないような寒村で産まれて、結婚を考える年頃になった頃に奴隷として売られた。家族のため、兄妹のため……いくら言い聞かされても売られる事実には変わりがない。だけど私には両親を恨むつもりは毛頭なかった。
何故なら、売られたおかげで私はこんな豊かな生活が出来るようになったのだから。
□■>>猫耳さん、かく語りき。_
私が商品として運ばれた先は、フォーリッツ王国にある冒険者が多く集まる街の奴隷商館だった。来た当初は地獄を覚悟していたけど、整ってると言われる容姿のおかげか、高く売れる目処がついたためか……一般奴隷用のそれなりに綺麗な部屋に入れられた。
そこで見せられたのは、安価な奴隷たちを教育する"場面"。鞭で打たれて泣き叫ぶ彼等は、容姿が整っていなかったり、病気を持っていたり、人気のない種族だったり。何らかの問題を抱えていて安く売りさばかれる予定の奴隷たち。
奴隷商人はそれを見せながら私達にこう言うのだ、売れ残ればお前たちも同じように扱うと。その言葉を聞けば当然のように全員が頷くことになる。誰だって少しくらいはまともな暮らしがしたい。あんな思いはしたくない。
もしも良い主人に飼ってもらえれば一般的な幸せはなくとも、平穏に暮らすことが出来る。誰もが訪れる客を観察し、少しでも見どころのある主に買って貰おうと必死だった。
流れていく日々の中、私はシュウヤさまに出会った。彫りは浅いが整っている容姿に、落ち着いていながら人の良さそうな雰囲気を持つ青年。着ている服も上等なもの。
商人たちが言うにはわずか数ヶ月で中級冒険者にまで上がった出世頭で、今回は性処理用の奴隷を探しに来たという話だ。
奴隷たちの目が変わるのがわかった、醜悪な男の性奴隷になれと言われるなら絶望だろうが、彼は見た目的にも優良なら、出世という点でみても優良物件。もし気に入られて妾にでもなれれば、子供を産んで育てる事だって許して貰えるかもしれない。
当然ながら起こる女性たちの壮絶なアピール合戦、それを運良く制したのは私だった。
彼に連れられて行った一軒家、驚いたことにここを買って住んでいるという。普通の市民ですら苦しい生活を送っている。そんな人間が少なく無いというのに、彼はこの年で既に自分の家を持っている。私は純粋に驚いていた。
玄関を通るまで、私は道中で彼から先輩の奴隷が居るという話を聞いていたために警戒していた。どんな美女や美少女が待ち構えているのか、戦々恐々としていたが、問題のその子と出会った時には拍子抜けしてしまった。
確かにその子は美少女だった、柔らかそうなラインを描く、ほんのりと赤みがさした頬。よく手入れされているのであろうさらさらの金髪。大きくぱっちりとした蒼穹の瞳。まるで人形のような造形の中で、尖った耳がその存在を強く主張していた。
何よりも、美少女だけど女として見るにはあまりにも幼すぎる彼女を見て、思わず威圧的な態度を取ってしまった。今にして思えば、どれほど愚かだったのだろうと思う。
今でこそシュウヤさまがあの子をとても気に入っていて、入り込む余地が無いことも解っている。当時は必死過ぎて気付いてすらいなかった。
幸いだったのは彼女、"先輩"が寛容な人物であり、私の粗相も笑って許してくれたことだろう。それだけじゃなく夜伽で地位を奪ってやろうと無謀にも挑んだ結果、這々の体で逃げ出すはめになった私を、自分の身を犠牲にして助けてまでくれたのだから、お人好しと言ってもいいかもしれない。
獣のように先輩の身体を貪る主を見ながら、自分一人じゃ絶対に無理だと思い知り気張るのを止めた。それからは楽なものだった、先輩とのんびり家事をしながらお茶やお菓子を楽しむ日々。
買い物に行く先で向けられる他の奴隷たちの羨望の視線から、私は自分がどれほど恵まれているかを実感していた。
ただ、ふたりがかりでも夜のお相手だけは大変だったけれど。
□
一緒に暮らす時間が長くなるほど、主人でもあるシュウヤさまが凄い方だというのが解ってきた。聞いたこともない力を持っていて、いろんな魔法を使いこなし、便利な道具をいくつも創りだす。
途中で奴隷仲間に加わったユリアも言っていたが、私達は並の貴族より遥かに優雅な暮らしをしているようだ。それも大半がシュウヤさまのお力によるもので、だからこそ国を出て新天地を目指すという選択にも何の不安も抱かなかった。
むしろ新しい冒険にわくわくしていたくらいだ。不安を抱いていなかったのはユリアも同じようで、私達の予感は見事に的中した。信じられない速度で豪華な家を作ってしまい、奴隷である私達にはまたしても個室が与えられた。
これで自分の処遇に不満を抱けば、街に居る他の奴隷達から刺殺されても文句は言えないと思う。感謝の意を込めて今日も出来たばかりの大事な部屋の掃除を済ませて、少し運動しようとラフな格好に着替えて外へ出る。
木々の香りに混じって、シュウヤさまとソラ先輩の匂いが漂ってきた。またふたりでいちゃついてるのかと思い家の裏手に行ってみると、髪の毛を後ろで縛った先輩が木剣片手にシュウヤ様に斬りかかっているところだった。
「ルルも練習か?」
思ったよりも鋭い先輩の一撃を難なく受け止めながら、シュウヤ様はこちらを見ずに声をかけてくる。
「はい、ちょっと身体動かそうかと、せんぱいが武器持ってるの珍しいですね」
「この間の俺とマコトの試合を見て、自分でも勝てるんじゃないかと思ったらしい」
「うがー! なんで当たらないのですか! ご主人さまのくせに生意気なのです!!」
本当に不思議なことに、先輩の攻撃はそれなりに様にはなっている。ただし身長と力が圧倒的に足りてないせいでスピードも威力もなくて、むしろ振り回されている。
軌道が素直なのも相まって、とても捌きやすい事が見ただけで解るものだった。いつ見てもセンスがなさすぎる。そもそも戦いを前提としない、運動用の剣術に見えた。
だからこそシュウヤ様には当然のようにかすりもしない、それが解っていないのか先輩の振りが乱暴になってきた。
「ほれ」
「うきゃん!?」
踏み込んだ瞬間に足をひっかけられて、転びそうになった先輩をシュウヤ様が片手で抱きとめた。ちょっと羨ましい。
「俺の勝ちぐあっ!?」
余裕な表情で勝ち宣言をしたシュウヤさまが突然悲鳴を上げて、股間を抑えてうずくまった。とても痛そうだけど、それでも先輩を放り投げず優しく地面を転がすあたり大事に思ってるんだなぁというのが解る。
「ふ、ふふふ……相手が勝ったとおもったその瞬間、それこそが最大の勝機なのです! ついに、ついにやり遂げたのですよ! ボクはこの変態野郎に天誅を下したのです!」
どうやら気を抜いたシュウヤさまにせんぱいが何かをしたようで、うずくまって震えているシュウヤさまの背中を、靴を脱いで裸足になったせんぱいが蹴りつける。……きちんと脱ぐあたり、小心者なのを隠しきれていない。
せんぱいは私たちの中でご主人さまに弄られる事が多い。よほどストレスがたまってるのか、今日は調子に乗りまくっているみたいだった。
普通は怖くて主人にあんな真似は出来ない。先輩はご主人さまが痛みじゃなく怒りで震えてる事に気付いてないんだろうか。
「いつもいつも調子に乗ってボクをいたぶった報いなのですよ! 侮ってた相手に一矢報いられたどんな気持ちですか、ねぇどんな気持ちですかー?」
たぶん、図に乗りすぎて気付いていないんだろう。
「やーい、負け犬ーざまぁみぁぁ!? ちょ、何するんですか! いきなり人の脚掴んで持ちあげるとか危ないのです! ボクは鶏じゃありませんよ! すぐに離して下さい!」
突然立ち上がってせんぱいの足を掴んだシュウヤさまは、そのまま捕まえた獲物をぶら下げるように家の横に備え付けられた倉庫の裏、その足元に隠されていた扉を開いた。
「ちょっと、どこ行くんですか、ねぇ! ちょ、何ですか、何ですかその階段は!? いや、ちょ、待って下さい、ボクが悪かったです、謝ります、調子に乗りすぎました! だから、地下はやだ、地下はやだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」
表情一つ変えず、先輩を捕らえたシュウヤさまは階段を降りて行き、先輩の絶叫は扉が閉じると同時に全く聞こえなくなった。
私は何も見なかったことにして、少し汗をかく程度に運動してから家へと戻る。結局昼食の時に戻ってきたのはシュウヤさまだけで、その日はもうせんぱいの姿を見ることは無かった。
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翌日、リビングに当たる部屋で何やらごつい首輪を付けられて、リードを引かれながらシュウヤさまにべっとりとくっついているせんぱいがいた。どうやら今日はそういう趣向らしい。
昨日とは打って変わってしおらしく、時折恥ずかしそうに顔を真っ赤にしては瞳を潤ませ、抱っこをねだっていたからきっと仲直りは出来たに違いない。
ふたりの仲が良いのは嬉しいけれど、やっぱり羨ましいな。
焼き立てのクッキーをサクリとかじりながら、私は人知れずため息をつくのだった。