「ご、ごめんなさい! 覗くつもりじゃなかったんです」
「誤解です! 誤解なのです!!」
顔を真赤にしながら何度も頭を下げる金髪の猫耳さんと、顔を真赤にしながら誤解を解こうとするボク。森のなかではカオスな光景が繰り広げられていました。
「別に見られて困る事じゃないから、気にしないほうがいい」
「てめぇはもうちょっと気にしやがれなのです」
何で他人事みたいな顔してるんですかぶちのめしますよこの野郎。こうなったのも大半はご主人さまのせいじゃないですか、そのマジカルなんとか噛みちぎりますよ!?
「大体誰のせいだと思ってるんですか!? ご主人さまが最初から変なことしなければこんな事にはなってません!」
「その格好で凄まれてもなぁ……」
ご主人さまが膝に座っているボクの背中を撫でます。……だ、だるくて力が入らないんだから仕方ないじゃないですか。
「ひょっとして気にいったか? この体勢」
「ふざけんなデス!」
それこそ誤解です、頬をつつかないでください! 何にやにやしてるんですか、勝手な想像でボクを貶めないでください!
「あ、あのー……」
「はっ!?」
猫耳さんの言葉で我に返りました、これじゃどこでもふたりだけの世界に入るバカップルみたいじゃないですか! これはいけません、うっかりいつも通りの……じゃないですね、違いますいつもは全然違います。とにかく彼女の話を聞くのが再優先です。
「そ、それで君はどうしてこんな所にいるんですか?」
「それは……あ、いえ、あの……」
今度は逆にこちらから疑問を投げかけてみると、彼女は一瞬何かを言いかけてすぐに言葉を濁しました。
「この先にある集落に住んでるんだろ?」
「ッ!?」
ご主人さまがそう言うと、彼女は明らかに動揺した顔を浮かべました。青ざめていることから知られたらいけない系統なんですかね、その割には呑気な会話が発生してしまいましたが。
「あ、貴方達は何が目的でここに来たんですか?」
彼女は先ほどとは打って変わって表情を硬くすると、こちらを睨みながら聞いてきます。……でも漂っている凄まじい今更感でなんか緊張感が保てません。
「それはさっき見てたようなことをするため……」
「ちぇすとぉっ!」
顎に向けて右アッパーを放ったら片手で防がれました、誤魔化すにしたって内容が無茶苦茶です。本気にされたらどうするんですか、ボクまで変態扱いは我慢なりません。
「冗談だ、"俺達も"フォーリッツから逃げてきたんだよ、お尋ね者だ」
……"俺達も"? 一体ご主人さまは何を知っているんでしょうか。
「ご主人さま?」
「前に風の噂で聞いたことあるんだよ、北の樹海には逃亡した奴隷やら、国を追われた亜人達が住んでいる隠れ里があるって。探索に行った冒険者も何も見付けられなかったからただの噂扱いだったが」
そういう情報があるなら先に言って欲しかったんですがね。まぁそれはいいとしても、普通に煙が見えてましたが何で見付けられなかったんでしょうか。
「あの煙のある場所を中心に大分広い範囲にな、外部の者を惑わす隠蔽と迷いの魔法が張り巡らされていた。近づく時にハッキングして俺達も内部の人間と認識するように書き換えておいた」
だからそういう大事な情報はボクたちにも教えておいて欲しいのです、万が一ニアミスしたらどうするんですか。
「リアラ様の結界に干渉した!?」
聞き耳を立てていた猫さんが目を見開きました。リアラ様という人が結界を張っているみたいですけど、というか他人の魔法に干渉するとか普通はできないはずなので驚くのは無理もないですね。
「因みにマコトとルル、ユリアには伝えてある、昨日は推測できる方向に何かないか調べて貰ってたんだよ。だから煙が見付かって集落があることを確信したんだ」
「あ、あれ……ボクだけ仲間はずれですか?」
何故ボクだけ伝えられていないのか。色々言いたいことが出てきましたね、お留守番殿堂入りだからですか? こういった方面じゃ役に立たないからですか……?
「ちょ、ちょっと待って下さい! リアラ様は結界に何かあったなんて一言も!」
「痕跡を残すようじゃ二流だよ、二流」
なんかカッコつけてイキってますけど、どこのスーパーハカーですかあんたは。あ、でもこの台詞からかうのに使えそうですね。
「ぷっ……痕跡を残すようじゃ二流だよ、二流……くく」
「とはいえどんな奴が魔法をかけたかまでは解らなかったからな、魔法が使える魔物の可能性もあったし古代の遺跡がある可能性もあった。何より旅続きでみんな疲れてたからな、拠点兼要塞造りを優先したんだ」
そうですか、まぁ余裕はありましたが逃亡生活でストレスが溜まっていない訳もありません。取り敢えず落ち着ける場所が欲しかったのも確かですね、だから顔を撫で回さないで下さい。動けない相手にそれは卑劣ですよ。
「とにかく! 貴方達を見逃すわけにはいきません!」
金猫さんが尻尾の毛を逆立てます、それはそうですよね。彼女たちからしたらボクたちは侵入者ですものね。
「あぁ、出来ればそちらの代表と話がしたいんだが、取次を頼めないか?」
「それには及ばぬ」
ご主人さまが猫さんに取次を頼もうとした時、幼い少女の声が聞こえました。そちらに顔を向けると、青い巫女服のようなものを着た金色の髪の少女が木々の合間から姿を表しました。
整った顔立ちに鮮やかな蒼い瞳。風になびく髪は絹糸のようにサラサラで、肌の白い美しい少女。その綺麗な髪をかき分けるように顕になっている耳は……まるでエルフみたいに長く尖っていました。
◇
意外と友好的なエルフらしき少女に案内されて、ルル達を加えたボクらは彼女たちの集落を案内されていました。
あっさりと通してくれた理由は彼女によると「わしに感付かせることもなく魔法を書き換える相手じゃぞ、感情だけで敵対するほど血の気が多くないわ」ということで、ご主人さまと軽く火花を散らしながらも争う気はなさそうでした。
集落は木造の簡素な建築物が立ち並び、あまり大きくはないみたいです。人口はそこまで多くないみたいですが、人種は豊富のようです。見るだけでも猫耳、犬耳、牛耳、狸耳、狐耳……基本的な亜人種は網羅してますね。
案内してくれた少女がリアラ様でこの集落の代表なのでしょう。先導されるまま家々の中心にある少しだけ大きめの家に入ります。ご主人さまを見上げると小さく頷かれます。まぁいざとなったら守ってくれるでしょう。
家の中は物が少なくあまり裕福とは言えないような環境です。隠れ住んでるのだから仕方ないとはいえ、近くで観察してみると猫さんの髪の毛もあまり手入れがされてるとは言いがたく、苦しい生活なのでしょうか。
「して、お主らが態々こんな辺境まで来た理由はなんじゃ?」
地面に敷かれている草で編んだ座布団らしきものに全員が着席したのを確認すると、リアラさんが口を開きました。
「私達はフォーリッツ王国から逃亡してここまで来ました」
ご主人さまがいつもと違って真面目な顔、真面目な口調で答えます。色々とツッコミたいですが我慢しないといけませんね。彼女がエルフかどうかも聞きたいんですけど、まだそのタイミングじゃありません。
「ほう、何か罪を犯したのかの?」
「いえ、国王がこの子……ソラに目を付けまして、軍を動かしてきたのでそれから逃れる為に、人の手の届かないここまで」
彼女の鋭い目がこちらに向けられました、まるで心を見透かされてるようで居心地が悪いです。
「ふむ、その子はエルフか……? いや、違うな……まさか、わしと同じハイエルフか?」
ボクに視線が集まります、ここでまさかの新事実発覚ですか? というか"わしと同じ"ってことはリアラさんもハイエルフ? 頭が混乱してきました。
「あの、ハイエルフってなんですか?」
おずおずと手を上げたのは我が家の方の猫さん、ルル。そうですね、まずはひとつずつ疑問を潰していかなければ。
「……わしとしても、同族である可能性があるのなら把握しておきたい。少しだけわしの話を聞いてもらいたいが、良いかの?」
「えぇ、問題ありません」
代表であるご主人さまの承諾を得て、リアラさんが話を始めます。
「ハイエルフという種族はの、古代人が永遠の命を求め、魂を繋ぐための器として作った人形じゃ。しかし、作られた器が使われる前に古代人の間で大きな戦乱が起きた。その大戦によって古代文明は跡形も残さず滅びたのじゃ。……しかし生き残った一部の古代人が器を使ってハイエルフとなり、生き残っていた他種族の古代人達と子を為して、エルフという種族が産まれた」
なんかいきなり神話っぽくなったんですけど、何ですかその壮大な設定、知りませんよ!
「じゃからエルフと人の間に子供が作れる、獣人も作れるが、そちらもハイビーストと呼ばれる戦闘用の器が元になっているからの」
「じゃあ、リアラちゃんはその古代人ってこと?」
ここで勇気のある葛西さんがまさかのちゃん付けで質問を投げかけました。確かにそれだと彼女は器を使った古代人ってことになりますけど、そうするとボクがハイエルフだって言う説明がつかないですよね。
「いいや……わしは今から300年ほど前の魔術師じゃよ、ある古代遺跡を探索中にハイエルフの器を見付けた。世紀の発見じゃ、当然守って研究したいと思った、じゃが同行者の中に居た売って金にしようとする者との間で意見が割れてのう。最終的に決裂し殺し合いが起きてしまったのじゃ」
彼女はそっと顔を伏せました。
「その中で命を失いかけたわしは、生き残るために苦肉の策としてハイエルフの器を使うことを決めた。 それからは世界にたった一人の種族として今日まで生きて来たのじゃ。それで……お主はどうやってその体を得た?」
鋭い眼光がボクを射抜きました。知っているご主人さまは堂々としていますが、葛西さんとルルが困惑しているようで、何度もこちらをチラ見しています。ボクだってどういうことか解りません。
「解りません、死んだと思って気付いたら、こうなってました」
……そろそろルル達にも教えるべきなのかもしれません。
正直に言うとリアラさんはまた瞑目しました。ボクは堰を切ったようにご主人さまと同じ故郷の産まれであること、そこで死亡し、気付いたらこの身体になっていたこと、今は奴隷になって主人に飼われて居ることを話しました。
「……そうか、お主も大変じゃったな」
座りながら近付いて来たリアラさんが、ボクの頬に手を触れました。涙を浮かべた彼女が優しく抱きしめてくれます。
「300年間、わしは孤独じゃった。慣れた身体を失い、力も失い、ただひとりの種族として生きて来た。この肉体は人を惹き付ける、故に人里から離れ、人目を逃れ続けてきた。じゃから同胞と出会えて本当に嬉しいのじゃ……」
300年、その孤独はボクにはわかりません。でも彼女が本気で寂しかったんだというのだけはわかりました。
「……お主は、この集落とどんな関係を望んでおる?」
身体を離したリアラさんがご主人さまに向かって問いかけました。
「人は一人では生きていけません、こちらで作れるものや持ち込めるものもあります、物々交換を主体とした交易を……そして可能ならば友好を」
「ふむ……分かった、お主が王国から逃れてきたということを信じよう。ただし、信じる代わりにひとつだけ条件がある」
「条件ですか?」
なんだかまた火花が散ってる気がするんですが……。
「ここの住人は人間に反感を持っている者が多い、獣人を奴隷として扱う人間が出入りするには無理がある、彼女たちを奴隷から解放すること……それが交易の条件じゃ」
これはまた無理難題ですね、ご主人さまが手放す訳ありません。といっても新天地でも他の住人ともめるのは厄介ですし、ボクたちで協力しあって悪く扱われてないよーと主張するしかないですかね。
「解りました」
そうですよね、解りますよね……え?
「シュウヤさま!?」
「ご主人さま?」
「元々あの国を出た時点で奴隷に拘る必要はありません。そろそろ頃合いでしょう、もうひとり拠点に居ますが、そちらも解除しておきます」
ご主人さまは淡々として、全く気にしてないみたいに言います。
「え、本当に、いいんですか? ボクには莫大な借金だってあるんですよ、それなのに」
「構わない」
そっとボクの首に触れた指が離れると、その手にはチョーカーが握られていました。奴隷契約の証、ご主人さまなら簡単に解除出来るのは知っていましたけど、実際に外されると本当にあっさりでした。
ボクが呆然としている間に、不安そうにしているルルの首輪も取り払っていました。ほ、ほんとうに、こんな簡単に?
「これでふたりは自由だ、この後はどうするのも自由、制限はしない」
「しゅ、シュウヤさま、私は離れませんからね!」
必死な様子のルルが腕に縋り付いています。ボクは、どうすればいいんでしょう、もう自由なんですよね? 好きに、どこへでも行けるんですよね。
……でも、どこへ行くのです?
「あ、あの、本当にいいんですか? 借金、どうすれば?」
「所詮は口約束だ、今まで付き合ってくれた分でチャラでいい」
チャラでいいって、そんな生やさしい額じゃありませんよ。一般人なら一生遊んで暮らせる額です。ちゃんと返すって言ったのに。
「で、でも……」
「いいんだよ、いつか自由にしてやるって言っただろ?」
頭を撫でる手の感覚が、何だか遠いのです。嬉しいはずなのに、もうご主人さまの命令を聞く必要はないのに、ご主人さまなんて呼ぶ必要もないのに……何でこんなに寂しいんですか。意味がわかりません。
◇
謎の喪失感に襲われている間に、ご主人さまとリアラさんの話はトントン拍子で進んでいました。話がまとまって帰る段になって、立ち上がったご主人さまに合わせてボクも立ち上がるとリアラさんが声をかけてきました。
「のう、ソラと言ったか? 少し話がしたいのじゃが、今日は泊まってゆかぬか?」
友人と別れる直前の子供のような寂しそうな顔でした、どうしようか悩んでご主人さまに確認を取ろうと振り向きます。でもご主人さまはボクの方を見ようともしません
「……ソラはもう自由だ、どうするかは自分で決めるといい」
何で、何でそんな突き放した言い方するんですか……あれだけ人に執着しておいて、いざとなったらポイ捨てですか? それとも新しいエルフを見つけたからもう中古品には用済みってことですか? じわりと視界が滲みます。
「はぁ……」
握りこぶしを作って震えていると、突然抱きしめられました。
「やっぱりダメだ、離そうと思うほど冷たい言い方になっちまう」
背中を撫でる手が、妙に優しいのです。
「すいません、リアラさん。今日はソラを連れて帰ります、また次の機会に」
何ですか、連れて帰るって。相談したかっただけなのに、またボクの意思は無視ですよ。やっぱり自由なんて嘘っぱちじゃないですか、嘘つきめ。
「…………どうやら、あながち無理矢理という訳では無いようじゃな。ここは年寄りが引くとしようかのう。ソラよ、落ちついたら遊びにおいで」
「はい、必ず……」
ご主人さまの服を掴みながら振り返って頷きました。ボクからしても彼女はやっと出会えた同胞になるわけですから、話したいこと、聞きたい事は多いのです。
「それでは、また」
「あぁ、ではな」
ご主人さまに手を引かれて、リアラさんの家を後にします。なんだか頬に当たる風が妙に冷たかったです。
◇
みんなで家に帰り着いたあと、ユリアも加えた全員で話し合いました。ボクたちは正式に奴隷ではなくなりました。といってもフォーリッツ王国での手続き的をしてないので王国内での扱いは多分変わらないですけど、ここにいれば本当の意味で自由です。
ユリアとルルはこれからもシュウヤの傍に居ることをすぐに決めてしまい、それまでと何も変わりませんでした。
ボクにもいくつか選択肢が与えられました。
ユリアやルルと同じく、これからもシュウヤの傍で同じように暮らすか。リアラさんのところにお世話になるか。シュウヤはどちらを選んでも最大限のサポートをしてくれると約束してくれて、凄く悩みました。
悩んで悩んで、悩んで悩んで悩んで悩んで。ボクは決めました。
その日の夜、結論を伝えにシュウヤのお部屋に行くと、驚いたことにひとりでテーブルに向かって何かを作っていました。てっきりルルやユリアとよろしくやっているとばかり思ったんですが。
「どうした?」
「……どうするか、決めました」
手を止めてテーブルを片付けると、グラスに果実ジュースを注いで差し出してくれます。
「そうか……」
言葉に迷って緊張したまま視線を彷徨わせていると……ふとシュウヤの表情が硬いことに気付いてしまいました。
……なんでテキパキ話をすませたそっちがこわばらせてるんですか。なんだかんだで、こいつも人の子だったんでしょうか。
ジュースに軽く口をつけると、そのままベッドに倒れてシーツの中に潜り込みます。流石に予想外だったのか少し呆気に取られたシュウヤを睨みます。
「…………これからは自由意志ですから、今日は拒否します。絶対に何もしないでくださいね?
…………現代日本で育ち、チート能力でぬくぬく暮らしてた身のボクには、いまさら田舎の質素な暮らしなんて耐えられないのですよ。
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
NO BATTLE
◆【ソラ Lv.81】
◆【ルル Lv.31】
◆【ユリア Lv.29】
◇―
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ソラLv.81[812]
ルルLv31[317]
ユリアLv29[299]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>34
[MAX BATTLE]>>34
【PARTY-1(Main)】
[シュウヤ][Lv77]HP1432/1432 MP2530/2530[正常]
[ソラ][Lv81]HP55/60 MP733/733[疲労]
[ルル][Lv31]HP735/735 MP36/36[正常]
[ユリア][Lv29]HP1540/1540 MP88/88[正常]
【PARTY-2(Sub)】
[フェレ][Lv25]HP252/252 MP830/830[正常]
【PARTY-3(Sub)】
[マコト][Lv40]HP1450/1450 MP128/128[正常]
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【Comment】
「結局いちゃついてるじゃないですか! はぁーーーーーーーーーこれだからせんぱいは!」
「そろそろ我慢も限界なんですけど、いいんですよね、そろそろいいんですよね?」