元ホワイト鎮守府より、憎悪を込めて。   作:D535Rave

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寒すぎてサミュエル・B・ロバーツになるわ



工廠稼働につき、提督の心労もさることながら

 

 

 今更何をしに来たんですか、と目線で訴えかけられる。

 怪しい液晶が鈍く点滅する施設の中、油の臭いが漂う機械に囲まれて、我が鎮守府が誇る工廠の主は不快感を露わにしていた。

 

 

「働きすぎだ。勤務時間外にも関わらず工廠にいる姿や、労働時間を虚偽申告しているとの報告があった」

 

 

 もちろん少ない方でな、と手に持っていた資料を渡す。

 

 明石はそれを手に取ることも無く、手元にある艤装に目線を戻し、作業を再開する。

 

 

「鎮守府の心臓であるお前が体調を崩すと、艦隊全体に悪影響を及ぼす。今日はもう切り上げて休んでくれ」

 

「……わたしは艦娘です。多少寝なくとも、稼働出来るように作られています」

 

「俺は提案をしに来たんじゃない。これは命令だ。残りは俺がやっておく」

 

 

 散らかった作業場を見る。赤いレンガで囲まれた工廠の中では、装備の模型や紙の資料、ビーカーやフラスコ、バケツ等が混在しており足の踏み場もない程だ。

 

 

「妖精と話が出来なく、知識も無い貴方が、何をやれると言うのですか」

 

 

 想像していた通りの、冷たい態度だ。だが先程の響と比べてしまえば可愛いものである。

 

 

「雑用係と思ってもらって構わない。艤装の掃除や、ゴミ出しくらいなら俺にも出来る」

 

 

 明石は少し迷った後、背中のクレーンを折りたたみ、はぁ。とため息をついて俺を見る。

 

 

「とりあえず着替えてください。制服を汚して迷惑するのは貴方では無く鳳翔さんなので」

 

 

 

 

 

 

「これがペイント弾です。最近演習において大本営から指導があり、実装されたものです。ただ、やはり実戦での使用感との違いや、補充の大変さからあまり現場の評判は良くないですね」

 

 

 薄緑色の作業服に身を包み、説明を頭に入れる。結果的に明石の仕事を増やしてしまう事を避ける為、一言一句聞き逃さないよう注意する。

 

 艤装にペンキが入り込むし、服も汚れちゃうので、皆さん整備手伝ってくれないんですよね……。と明石がぼやく。公開演習での艦娘の痛々しい姿を見た『善良な一般市民』のありがたいご指摘により、服を破かないペイント弾の導入が進められているらしい。

 現場の事情を見ずに、少数のクレームに簡単に屈するのは民間も軍部も同じようだ。また、艦娘という存在が世間にどれだけ受け入れられていないかも窺い知ることが出来る。

 

 

「そういう周りがやりたがらない仕事で構わない。他には?」

 

「他にはですね……。おっとっと、ていっ!」

 

 

 明石が地面に走っている太めのコードにつまづき、両手を回しながらバランスを取る。背中のクレーンを稼働し、机に重心を預けることによって倒れるのを防いだ。

 

 

「どうです! 見ました!? 今の! あっ……」

 

 

 満面に喜色を湛えた笑顔で振り返ってくる。どうやら普段の彼女はテンションが高いようだ。

 赤面する明石を視界から外してやる。相変わらず嫌われているのは間違い無いだろうが、こうして艦娘達の素の部分を見るのは良いものである。

 

 

「し、失礼しました……。え、えっと……。あとは、ゴミを分別してくれるとありがたいです」

 

 

 資源の乏しい我が国にとって、リサイクルは非常に大切な要素である。戦時体制に移行し、資源問題に研究費を注ぎ込んだ事によって、高効率の資源循環が可能になった。それにより分別も厳格化されており、特に軍部はその模範となる為に時々ゴミの視察が来るほどだ。

 

 

「わかった。この工具で金具部分を外して行けば良いんだな。説明ありがとう。帰投し、充分睡眠を取ってくれ」

 

「……よろしいのですか? 結構数ありますし、手伝いますけど」

 

 

 こういう所で艦娘達の元々の性格の良さを感じる。俺に敵対的なだけで、普段は親しみやすい子達なのだろう。

 丁重にその申し出を断り、なおも食い下がる明石を「明日も休みにするぞ」という脅し文句で追い返す。どんだけ社畜精神なんだよ。もっと休みなさい。俺が言えたことでは無いが。

 

 窓の外で大型クレーンの赤いランプが光っている。もうすっかり夜だ。明日の執務に影響が出ない内に終わらせなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 キュルキュルと魚雷を回して解体し、溝に着いた染料を薬品を染み込ませた布で拭き取る。気付けば周りには無数の妖精が出てきており、小さい体を器用に使って作業をしてくれている。

 

 なるほどな。会話が使えなくとも、行動で意思疎通を図る事は出来るみたいだ。

 前より状況が良くなった事に安堵する。加えて、より細かい指揮は取れるのかと思ったので、手持ち無沙汰そうにしている妖精達にジェスチャーでゴミの分別をするよう促す。

 

 ほぼ無音の工廠で変な動きをするのは恥ずかしかったが、それでも妖精達は茶化すこと無く真剣に考えてくれるようだ。

 これまでこいつらはふざけるばっかりで役に立たないちんちくりんの妖怪なり損ないだと思っていたが、本来は頼りになる小さき人類の相棒であったな。

 こうして意志を伝え合う事で関係性が深まるのは艦娘と一緒だ。

 

 大体の内容はわかったのか、妖精の幾つかが繰り返し頷く。そして何処から取り出したのか、数枚の写真を渡してきた。

 何の疑問も抱かず受け取り、1枚裏返す。

 そこには一糸まとわぬ姿で顔を突き合わせる加賀と瑞鶴が写し出されていた。

 

 思いっきり写真を叩きつける。何の意志も汲み取ってくれてねーじゃねぇか!!! 

 2人のあられも無い姿が目に焼き付いて離れない。普段特に攻撃的な態度を取る加賀と瑞鶴だからこそ、その官能的な様子が衝撃的だった。

 頭を抱える俺の前で妖精どもがジェスチャーをしてくる。「どっちの胸が良かったか」だって? 

 

 同じ正規空母でありライバルでもある加賀と瑞鶴。様々な違いはあるが、やはり男性の目をひくのは胸部装甲の差であろう。

 一般的に悲惨とされている瑞鶴の胸。だが俺はそこに一石を投じたい。彼女はスレンダーなだけであって、決してその胸部装甲は薄くは無いのだ。加賀という圧倒的火力によって相対的に小さく見えるかもしれないが、正規空母らしくちゃんとつくべきものはついていると俺は考えている。

 だからといって加賀の胸が良くないと言っている訳では無い。おっぱいと言うのは大小でその良さを語れるほど、浅いものでは無いのだ。俺は写真を寄越してきた妖精を掴み、山積みになったゴミへと本気でぶん投げる。なんなんだよこの茶番は。

 結局投げた妖精はふわふわと浮かんでことも無さげに着地し、他の妖精もそれに続いて移動する。

 

 まぁ仕事してくれるんだったらなんでもいいよ。

 俺は腕を伸ばしてストレッチをし、硬いコンクリートの床に座り作業を再開する。

 

 

 

 

 

 妖精が居ると仕事効率が段違いだ。山のようにあったゴミは、ものの1時間であらかた片付いてしまっている。分別されたゴミを台車を使って保管場所へと輸送していく。この調子なら日付が変わる前に寝る事が出来そうだな。

 工廠へと戻ると、人の気配を感じる。こんな遅い時間に一体誰だ? 

 

 

「やっほー提督。珍しいじゃんここにいるなんてさー」

 

 

 気の抜けた声で喋りかけてくるのは重雷装巡洋艦北上(きたかみ)。そのゆったりとした様子とは裏腹に、数々の武勲を上げてきた歴戦の艦娘である。甲標的(こうひょうてき)による先制雷撃理論の確立、魚雷による飽和攻撃や空中機動など、戦果以外の分野でも結果を残してきた生粋の天才。

 長門を鎮守府最高戦力とするならば、鎮守府最強は北上である、というのが艦娘達の総意だ。

 

 

「いやー、提督もとうとう機械弄りの楽しさに気づいちゃったかー。いいねぇ。しびれるねぇ♪」

 

「俺がここに来たのは掃除のためだ。妖精と喋れないため装備の開発はまだやれてない」

 

「ありゃそっか。まぁでも整理整頓も大事だしねー。明石っち喜んでたでしょ」

 

 

 明石から向けられたのは敵意とか殺意とかそう言う類のものだったと思うが、ここで首を横に振ると彼女の名誉を無為に損なってしまうことになる。

 憮然とした表情で肯定する。明石も態度や表情に出てないだけで、心の中では少しくらい感謝の念を持ってくれている筈だ。恐らく。きっと。だといいな。だから嘘はついていない。そういうことにしておこう。

 

 作業を再開すると、北上が寄りかかるようにして距離を詰めてくる。わざわざ気を使って体5個分くらい離れたのに。体臭とか大丈夫だろうか。

 おさげが肩にあたってこしょばい。今までの人生で体験した事のない不思議な感覚に頭が混乱する。安心感とでも言うべきなのだろうか? 

 ただ、勘違いしてはならない。もう怒られるのは響で充分である。あの恐ろしい体験を二度としたくなかったので、こちらからは絶対に体が触れることがないよう用心する。

 

 

「装備開発さ、明日またやってみようよ。ほら、提督がここに来て1ヶ月経ったわけだし、妖精さんもきっと協力してくれるって。わたしも手伝うからさ」

 

 

 母親が子供に語りかけるような、優しい笑みだった。汚く錆び付いた心が浄化されていくのを感じる。

 

 戦争において技術の向上と生産は重要である。簡単な話、敵より強い装備を敵より多く配備すれば、戦争は勝てるのだ。それほどまでに、質は大切であり、数は正義なのである。

 開発の中止。改修の停滞。元々この鎮守府は練度が高いといっても、1ヶ月間何もしていないツケは必ず来る。

 

 

「わかった。明日な」

 

 

 絶対に失敗は許されない。2週間後に迫る大規模戦闘。

 轟沈艦を出さない為にやれる事は全てやらなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北上に早めに切り上げるよう言い残し、工廠を去る。

 その時にそっと写真を回収する。当人達にこれがバレたら首が飛ぶ(物理)どころではないだろう。提督が艦娘に解体されるなんて笑えないぞ。

 

 誰もいない、私室へと通じる暗い廊下を歩く。今日は夜戦演習は無いようだ。

 周りに気をつけつつ、写真を再度見る。加賀と瑞鶴の写真だが、湯けむりや手で大切な所は隠れているようだった。しかし風呂場で何やってんだこいつら……。百合百合かと一瞬思ったが、双方の顔は苛立ちを表している。ケンカでもしていたのか? 

 歩きながら2枚目をめくる。着替え中の妙高だった。

 鼻血が出そうになるのを上を向いて堪える。これはまずい。お前そのキャラでこんな過激な(以下自重)

 当分説教中に顔は見れないな。しかしどうやって撮ったんだろう。妖精の事だから、未知の不思議な力でどうにでもなるんだろうが。

 

 集中しすぎていつの間にか私室に着いていたようだ。この写真は色んな意味で危険すぎる。ただ処分するのもな……。シュレッダーにかけるにしろ燃やすにしろ、人が写っている為あまりそう言うことはしたくないんだよな。いや決して、勿体無いとかそういうことでは無く。

 少し期待しながら最後の写真を見る。

 

 

 

 

 

 真っ黒な背景に、赤い文字で「後ろ」と書かれていた。

 

 

 

 

 全身に鳥肌が立つ。即座に振り返ると、蛍光灯に照らされた大井がゆらゆらと歩きながら近づいて来るのが見えた。

 

 慌てて扉を開き、私室の中に滑り込む。

 

 工廠から着いてきていたのか? 何の目的で? 

 

 元々執務室の横に備え付けられた資料室だったこの部屋には、施錠できる鍵が無い。

 扉に背中を預け、体重をのせて外から開けられないようにする。

 静まり返った廊下に、大井の足音が響く。カツンカツンと近づいてくる死の恐怖。こんな薄い扉なぞ、艦娘が出力を上げれば容易く粉微塵になるだろう。

 足音が扉の前で止まる。

 

 

「大井だよな!? 何で俺の後を付いてきたんだ!?」

 

 

 質問をしても、返答は沈黙ばかりである。帰ったのかと思い、そっと扉を開けて様子を見てみる。

 

 

 充血した目で、魚雷を握りしめる大井の姿がそこにあった。

 

 慌てて扉を閉める。

 あぁ死ぬ。あまりにも短い人生だった。走馬灯が見える。

 宙ぶらりんになった父の影。焼け焦げた家の匂い。貧乏を理由に虐めてきた同級生の顔。無表情で見下ろしてくる軍人。憎しみをぶつけてくる艦娘達。

 

 ろくな人生では無かった。これまで生きてきて、俺より底辺を歩いている人間を見たことがない。橋の下や駅で寝ているホームレスでさえも俺より幸せそうだった。

 

 震えながら最後のときを待つ。これまで何度も消えてしまいたい、死んでしまいたいと思ったことはあったが、いざ死に直面すると抑えきれない恐怖が脳を支配する。

 

 

 死にたくない、死にたくない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆逐艦の元気な総員起こしの声で目が覚める。

 ドアに寄りかかって寝ていたため、背中が痛い。どうやら俺はまだ生きているようだ。

 扉をそっと開け、誰もいないことを確かめる。

 昨日のあれはなんだったのだろうか。大井が攻撃してくる事は珍しくなかったが、ちゃんと理由はつけている印象だ。

 

 全く身体が休んだ気がしなかったが、また一日が始まる。切り替えなくては。

 

 

 

 

 

 夏期大規模作戦。大湊の提督の強い主張もあり、開戦して以降初めてとなる横須賀鎮守府以外の艦隊が主力として展開される。

 今まで横須賀鎮守府が作戦の主導を握ってきたのは、もちろん宮下元帥の能力によるものだ。彼の卓越した指導力とカリスマ性、艦娘に対する知識は他を寄せ付けない程であった。

 ここの艦娘達は常に前線に立ち、主力として戦果を挙げ続けていたことを誇りに思っている。その思いを踏みにじる形となったのが今回の俺の着任。

 

 卓上演習版を囲むようにテーブルが置かれ、その上に今回の作戦内容を表すプリントが配られている。

 このプリントは、大規模作戦が発案されてから、他の提督や元帥に教えてもらいながら作った渾身の作戦である。アドバイスを貰いすぎてもはや俺が関与した所が殆ど無いほどだ。アハハ。

 

 

「全員揃ったな。では作戦会議を始めさせてもらう」

 

 

 一斉に冷たい目線が集まる。ここに呼ばれてるのは艦種別のリーダー格に該当する者達であり、初期から元帥を支え続けた歴戦の猛者である。つまり俺の着任を良しと思っていない奴らの寄せ集めであり、会議が始まる前から殺伐とした雰囲気が漂っている。

 

 

「プリントに書いてあるように、今回の作戦は支援艦隊での参加となる。大湊(おおみなと)に新しく作られた基地航空隊との連携であり、陸上攻撃機の初実戦である。目的はヘス海台の解放だ。ここまでで何か質問はあるか」

 

 

 神通(じんつう)が細い指をぴんと伸ばし、挙手する。

 その訓練の熾烈さと、鬼神の如き活躍ぶりから水雷戦隊に属するもの全てに憧れと畏怖の感情を植え付けた、軽巡最強の名を冠する者。

 普段はお淑やかで落ち着いた子らしいのだが、未だに淑女らしい所を見たことが無い。俺と会う時は必ず逆手に魚雷を持つからな。気を抜いたら殺される。

 

 

「横須賀に鎮守府を構えてから、今日に至るまで、我々は常に第一艦隊として戦ってきました。何故今回の任務では支援艦隊なんでしょう」

 

 

 予想していた質問だ。先日加賀に使った言い訳は通用しないだろう。他のはぐらかし方を使わなくてはならない。

 

 

「最大の理由は練度の循環だ。大湊も(くれ)も、既に作戦を遂行出来るだけの装備と人員が揃っている。大規模作戦を経験する事で、更なる練度の上昇を計るつもりだ」

 

 

 加賀の細い目が俺を捉える。どういう意図かは分からなかったが、少なくとも顔面に爆撃をかまされるような答弁ではなかったらしい。

 神通は「承知しました」と絶対承知してない態度で引き下がる。

 

 

「次、私でいいか?」

 

 

 凛とした声が会議室に響く。日本海軍の象徴でもあった戦艦長門(ながと)。SF地味た艤装に身を包み、長い黒髪と健康的に薄く焼けた肌が特徴の彼女が、紅い眼で俺を見下ろしてくる。

 目線で質問するよう促す。相変わらず長門の艤装はお腹を出していて、どうしても鍛えられた美しい腹筋が目に入ってしまう。

 

 

「陸上攻撃機とやらの詳細が知りたい。横須賀の基地から飛ばす事は出来ないのか?」

 

 

「現状、陸上攻撃機及び陸上戦闘機の開発に成功しているのは大湊のみだ。今からその装備の輸送を行うのは、敵の兆候偵察部隊に勘づかれる可能性がある」

 

 

 って元帥さんが言ってました! 

 他にも陸軍の面目を立てるだとか海域がどうとか説明されたけどよくわかりませんでした! 

 俺の言葉を聞いた長門が、細い眉をひそめて質問を続ける。

 

 

「偵察部隊だと? そんな話初めて聞いたが。深海棲艦が民間人に紛れ込んでいるというのか?」

 

 

「元帥が空爆に巻き込まれた事件。大本営はあれも暗殺未遂だと考えている。周りに工業地帯や軍の施設もない場所だったからな」

 

 

 元帥の話をした瞬間、ただでさえ凍てついていた部屋の温度がさらに下がるのを感じた。これは地雷だったか。気づかないふりをし、回答を続ける。

 

 

「あくまで仮定だが、人型の深海棲艦がいる以上、可能性はあるかもしれない。もちろんこのような話は混乱をもたらすだけだから、本来は非公開なのだが」

 

 

 まぁここらへんも大湊の提督から聞いた話なんだが。

 初めて作戦の主導権を握れるってキャッキャしてたな。挙げた戦果と所有する戦力の割に、随分とフランクな人だった。

 話題を変えたつもりだったが、部屋の雰囲気が変わることはない。

 それどころか艦娘達の視線は鋭さを増すばかりであり、行き場のない怒りは、すべて俺への質問追及といった形でぶつけられた。

 

 開発はどれだけ進んだの。新艦建造はどうなっている。私達の資源やバケツを他の鎮守府に渡すのは癒着問題に発展するのではないでしょうか。護衛任務や遠征だけでは身体がなまってしまいます。

 

 作戦自体は悪くないものであり、いまさら俺が着任したことについてとやかく言っても、元帥が戻る事がないというのは艦娘達も理解していた。

 ただ、彼女たちが元帥と育んだ絆や情といったものは、理屈で押し流せるほど簡単なものではないのだ。

 第一作戦部隊から外された屈辱もあるのだろう。この後俺は、半分八つ当たりのような艦娘達の非難に晒され続けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お昼まで絞られたわけだ? いや~大変だったねー。ほんとは皆良い人達なんだけどねぇ」

 

 

 北上の気抜けする声が身体に染み渡る。朝から始まった作戦会議は、途中で俺への査問会議となり、予定を大幅に超えての終了になった。

 

 

「悪い事ばかりではない。有意義な意見交換も出来た。今の俺に足りないものも確認したし、次の作戦会議はもう少しまともなモノになるだろう」

 

 

 小さい青写真らしきものを妖精と一緒に眺める。妖精サイズに合わせてあるためとても小さく何を書いているのかイマイチわからない上に、他の妖精が落書きやら意味不明な数式やらを書いていくため意味をなしているのかすら怪しい。

 おもむろに妖精達がノコギリを取り出し、鉄やボーキを斬り始める。

 

 金属の製造方法は詳しく知らないが、酸化鉄や酸化アルミニウムって還元とか分解とかしなきゃいけないんじゃ? 

 

 

 怪訝な目線を向けていると、それを察した北上が補足をしてくる。

 

 

「妖精さん達がどのように資材を扱ってるというのは、実はよくわかってないんだよ。わたし達がわかっているのは、決められた資源を渡して、その量のバランスで開発出来る装備が変わってくるって感じ」

 

 

 加えて、元帥はほぼ100%の確率で欲しい装備を手に入れていたことを説明される。要するに提督の資質が高ければ高い程、無駄にする時間と資源が減り、艦隊の戦力が高まっていくわけである。

 

 喋っている間に、煙が上がって装置が口を開ける。小さい鉄のくずや燃え残りが散乱するテーブルの上に、何とも言えない表情のぬいぐるみらしき物体が2つ鎮座している。

 

 

「あちゃー……また失敗かぁ……」

 

 

 これで5度目の失敗である。もはや見慣れたぬいぐるみ達を脇にどけ、装置を軽く掃除する。

 

 

「さっきは資材が足りないかなって思ったけど、今度は入れすぎちゃった感じかねぇ」

 

 

 空気が悪くならないよう、北上が気を使って喋りかけてくれる。

 

 

「すまないな北上。オフにも関わらず手伝ってくれたのに、上手く開発出来なくて」

 

 

 現在開発しているのは酸素魚雷である。北上は会議で遅れた俺の代わりに開発の準備をやってくれた上、こうしてアドバイスもつきっきりで行ってくれている。

 自分が情けなくて仕方が無かった。ここに来てからそれなりに艦娘の事や高校範囲の勉強、戦術や戦史を学んでいるのだが、提督の資質とやらが育っている気配が全く無い。

 

 北上が気にしないでよ。と微笑んで資材を機械に入れていく。妖精達が集まり、喧喧囂囂(けんけんごうごう)と談議を始めた。(もちろん声は聞こえないが、小さい口を大きく開けて語り合っているのは遠目からでもはっきりとわかる)

 

 床に座り、涙を浮かべるペンギンのぬいぐるみを強く握り締める。会議で言われた言葉が頭の中を支配する。大淀曰く大本営からも戦争始まって以来の無能提督だと罵られているらしい。

 

 ただただ、恥ずかしかった。

 20にもなっていない素人に対して要求することが多すぎるのでは、と思う所もあったが、それ以上に頑張っている艦娘達に酬いる事が出来ないのが、辛いのだ。

 

 歯を強く噛み締めていると、隣に北上が座ってくる。手袋を外し、笑いながら俺の眉間に指をさしてくる。

 

 

「なんで、北上は俺に優しくしてくれるんだ?」

 

 

 この鎮守府で俺を提督と呼んでくれる艦娘は非常に少ない。その中でも北上は、最初に俺の事を提督だと認めてくれた。

 

 ほほに付いた汚れを拭いながら、北上がきょとんとした声で答える。

 

 

「そりゃ提督が提督だからっしょ」

 

 

 目を丸くしている俺に向かって、北上が続ける。

 

 

「そりゃ確かに艦娘に暴力を振るう━━とか、自分の利益しか考えずに艦娘を沈める━━だとか、そういうのをしてたらわたしの魚雷の錆にしてやってたけどさ」

 

 

 北上が酸素魚雷を2つ持ち、ピースを作りながらニヤリと笑う。

 

 

「提督は充分、いやそれ以上にわたし達の為に頑張ってくれてんじゃん♪ そんなに努力してくれてる人に協力するのは、艦娘として当たり前だよ!」

 

 

 口を開き、呆然としたままの俺の肩を北上が掴む。反対の手で握りしめた2つの魚雷を装置へと向けてさらに言葉を叫ぶ。

 

 

「元帥と提督の差、それは艦娘との絆ではないかと思うのです! わたしは提督を信頼しているよ? 提督はどうなのさ!」

 

「そ、それはもちろん信頼していて……」

 

「そんなちっっっさい声じゃ妖精さんの耳には届かないよ! もっと大きく!!」

 

 

 北上の目が真っ直ぐ俺を捉える。俺は大きく息を吸い、できる限り大きく声を出す。

 

 

「俺は! 北上を! 信頼しています!!!」

 

「わたしだけじゃ駄目でしょ! 提督は提督なんだから!!!」

 

 

 背中を思いっきり叩かれる。ピリッとした痛みが心地よい。

 北上の真意に気付く。

 1ヶ月前は邪な気持ちで鎮守府に着任したが、今は違うんだということを示さなければならない。

 

 

「俺は! 艦娘達を! 信頼していますし! 絶対沈ませない!!!」

 

 

 こんなに叫んだのは久しぶりである。喉もヒリヒリしていたし、ぬいぐるみを握り締めすぎて手も痛かったが、とても晴れやかな気持ちだった。

 

 言い終わった瞬間、装置の口が開く。先程よりも濃い煙が放出され、その中に細長い影が見える。

 

 キャーーーと北上が駆け寄り、出来たばかりのそれを掴み取る。

 

 

「うおあっつ! 提督! やったよ! 魚雷だよーーー!」

 

 

 北上が魚雷を振り回しながら近寄って来る。

 残念ながらお目当ての酸素魚雷じゃなく、61cm四連装魚雷だったが、大きな前進であることには間違い無い。

 俺はハイタッチを返して、深く頭を下げる。

 

 

「ありがとう北上。君のおかげで大事な事に気付かされた。今日中に酸素魚雷を開発する事は出来なかったが、次こそは必ず入手してみせる」

 

 

 気にしないでよー。と頭を強制的に上げさせられる。この時に奥にいる明石と目があったが、すぐ逸らされてしまった。

 

 明石が何故こちらを見ていたのか気になったが、あまり詮索してもまた嫌われるだけだろう。

 こちらも目線を外し、なんとか開発を成功出来た事に安堵していると、北上が笑顔のまま喋りかけてくる。

 

「いやー嬉しいよ。わたし達魚雷全般大好きだからさー。ねー大井っちー」

 

 

 予想外の人物の名前に綻んでいた顔が凍りつく。何故大井の名前が急に? 

 

 工廠の入口から、いそいそと大井が身体を出してくる。昨日の恐ろしい様子とは一変し、どこにでも居る控えめな女の子、といった感じだ。

 

 

「大井っち、提督がここに来るまでの間にわたしを手伝ってくれてたんだー。一緒に開発しようって言ったけど、ツンデレ発動しちゃって恥ずかしがって引っ込んじゃったんだよね」

 

 

 北上が大井の豊満なバストに吸い込まれるように抱きつく。大井は顔を赤く染めて北上の背に手を伸ばす。

 

 

「やだそんな、違いますから北上さん……」

 

「またまたツンデレしちゃってからにー♡認めなようりうり〜」

 

 

 完全に北上の顔が大井の胸に埋もれ、視界がなくなった瞬間、大井の目が豹変し、一気に殺意を込めてくる。

 そこにはデレの要素は1つも無く、ツン等と戯けた表現では生温いほどの感情であった。

 

 ひとしきり大井と北上がじゃれている間、俺は開発の後片付けをしていた。あのまま2人を眺めていたら、魚雷が俺の急所に突き刺さり死んでいただろう。

 

 2人が片付けを手伝おうとしてきたが、それを「準備をやってくれたからな」と断った。

 まぁ本音は大井とあまり関わりたくなかったからだが。最後にお礼をもう一度言い、別れを告げる。

 

 

 

 

 

 雑巾を絞り直していると、背中を固いもので叩かれる。

 振り返ると大井の姿がそこにはあった。手にしているのは魚雷であり、例え服越しだろうと俺の身体を触れたくないという意思表示が見て取れた。

 

 

「なんだ?」

 

 

 どうせその口から出るのは悪口か暴言である。とっとと処理したかった為投げやりに問いかける。

 

 大井の口が半月の様に歪み、瞳孔を開いて語りかけてくる。

 

 

 

 

「また北上さんにその汚い身体で触れたら、地獄を見せますから」

 

 

 

 

 肩に、次いで背中に衝撃が走る。大井の演習用魚雷に吹き飛ばされたとわかったのは暫くした後だった。

 幸い頭は打ってないようだが、吹き飛ばされた為にレンガの壁に強く背中を打ち付けられて呼吸が出来ない。

 床に崩れ落ちれ、芋虫の様に醜くもがき苦しむ。

 

 

「大井っち〜何してんのさ〜」

 

「はーい♡ただいま参りまーす♡」

 

 

 外から聞こえる北上の声のおかげで追撃は去った様だ。爆風で散らかった工廠を見渡す。身体の痛みよりも、片付けの面倒臭さの方が正直大きい。

 

 クソ、と言葉を吐き出そうとするが、上手く喋れない。

 うつ伏せになりながら腕をふるわせていると、黄色いエプロンが視界に入る。

 

 差し出された手を掴んでどうにか立ち上がる。

 

 

「ありがとう明石」

 

 

 俯いたままの明石が、いえ。と短く返してくる。

 少し間を空けてから、明石が再度口を開く。

 

 

「ここまでされても、まだ艦娘を信頼してると言えますか?」

 

 

 昨日早めに切り上げさせたからか、これまでよりは顔色が良さそうだった。だが表情は曇っており、辛そうな目をしている。

 

 

「ここまでされてだって? 今こうやってまた、艦娘に助けられたじゃないか」

 

 

 これは本心だった。

 たかが背中と肩を打撲した程度、彼女達が海で受けている砲撃や銃弾に比べたら何とも可愛いものである。

 艦娘達の信頼を得るには、まずは俺が信頼しなければならない。

 

 それに例え理不尽な暴力やいじめを受けようとも、俺はそういうのには慣れているからな。

 

 圧倒的に低い自尊心、悪口や暴力の慣れ。

 

 これが唯一、俺が他の提督に誇れる長所である。

 

 無言のままの明石に執務が終わったら今日の夜も訪れることを告げ、片付けに取り掛かる。

 

 

 

 バケツに汲まれた水は黒く濁って温くなっており、陰気な男の顔を波紋で醜く歪ませながら映し出していた。

 

 

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。以下本文とは関係のない雑感です。


アンチ・ヘイトの部分と、艦娘との触れ合いのバランスが難しいです。書いている内にボリュームも増え、ハーレム・ヤンデレタグが機能するにはもう少しかかりそうです。

文章を作ることの難しさたるや。前回までは三日程度で書けてましたが、今回は二週間もかかってしまいました。本とか読んで小説の勉強したり、辞書とか買った方が良いのかしら……。

最後になりますが、お気に入り登録や感想、評価等本当にありがとうございます。励みになります。

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