元ホワイト鎮守府より、憎悪を込めて。   作:D535Rave

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自己犠牲の果てに

 

「だから違うと言っているだろう。旅行に行くんじゃ無いんだ。釣り道具や水着は不要だ」

 

 

 アロハシャツを着た妖精からアミューズメントグッズを引き剥がす。船の上には沢山の妖精がいるが、その殆どが遊んでいるか、もしくは寝ているかのどちらかであった。

 

 明石の溜め息が耳に痛い。額につけた懐中電灯の位置を調節しながら、機械の取り付けを進める。通信機器も船のエンジンも、その全てが妖精によって生産されるが、秋に発案してから数ヶ月経つというのに全く進歩が見て取れない。

 

 冬の寒さに身を震わせ、暗がりに光る鎮守府のクレーンを見る。どうしてこうなってしまったんだろうか。俺は現実から目を背けるように、あの秋の日を思い起こした。

 

 

 

 

 

 

「理論的には可能ですが、私は賛成致しかねます」

 

 

 明石ははっきりとした口調で否定した。

 

 

「9ヶ月で間に合わせるとなると、小規模の艦艇しか作れません。妖精さんを載せる以上、その全てがこの鎮守府で作る必要があります。普段の開発や改修を考えると、装甲や武装に時間がかけられません」

 

 

 そしてなにより、と明石は顔を歪めて言う。

 

 

「危険性が大きすぎます。隠密作戦となる以上、護衛が付けられません。制海権がある程度確保されている海域ならまだしも、攻勢作戦に何の武装も無い小舟で赴くなんて、自殺行為に等しいです」

 

 

 まぁ正論だな。俺のちっぽけな命で戦況が変わるとは思えない。

 だが諦めきれなかった。唯一考えられる現状打破の案を、そうやすやすと手放す訳にはいかなかったのだ。

 

 明石に土下座をする勢いで頼み込む事で、協力者をなんとか得た。

 大本営がこの案に強い興味を持ったのだ。彼らは大本営の研究機関に属する妖精を貸与し、資源や情報を寄越してくれた。

 そして情報を深海棲艦に漏らさないよう、作戦行動に関わらない艦娘や他の鎮守府へこの事を喋るのは駄目だぞと言われた。

 大量の妖精を引き連れ、白衣を翻す幼い顔立ちをした女性の声を思い出す。彼女も提督適任者の1人だったんだろうか。

 

 

 初対面にも関わらず、何故か強い嫌悪感を抱いたのを覚えている。自尊心の低い俺が人を嫌だと思う事はそうそうないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はこのへんにしておこうか。やはりエンジン周りが難しいな」

 

 

「暗号機やレーダーは既存の物を応用すれば良かったのですが、妖精が乗る船を作るのは初めての事なので……」

 

 

 明石が再度、深いため息をつく。うぅ、本当にごめんな。この件で一番苦労を被っているのは彼女である。

 

 

「手間を掛けさせてすまない。極秘作戦だが、給料にはしっかり反映させておくから」

 

 

 私が気にしているのはお金でも時間でも無いですよ、とぶつくさ言いながら、フリーサイズのベンチコートを投げてくる。

 彼女の気遣いを無下にした上、作戦に付き合わせるのは酷だと自分でも思う。

 白い息を吐きながら、冬の寒さに凍えているアロハシャツのバカ共をベンチコートのポケットの中に入れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋が過ぎれば冬になり、雪が溶けたら春の息吹が地表を覆う。

 

 3つの大規模作戦を経て、自覚出来るほどに自分の練度は上がっていった。だが艦娘達は未だに俺の事を信用していない。

 

 萩澤提督の強い指導により、暴力を行った艦娘に対する処罰が実行されてから、直接的なヘイトを向けてくる艦娘は減ったように感じる。

 だが、嫌いだという感情、いやむしろ憎む様な目線を、艦娘達は俺にぶつけてくる。

 俺を外敵や細菌とするならば、彼女達はそれを排除せんとする白血球の様だ。

 好きの反対は無関心だと、わかった素振りでひけらかす中学の同級生が居た。それは全くの嘘であると断言出来る。

 

 好きの反対は、何処まで突き詰めても、結局は『嫌い』なのだ。

 

 パサパサとした食感が舌に残る硬いブロック菓子を口に放り込む。

 鳳翔はとうとう飯を持ってくるのを止めた為、雷の都合が合わない時間は携帯食糧やレーション、缶詰等で間に合わせる事になっている。

 

 雑音の混じったラジオからは、舞鶴主体の春季大規模作戦の成功を称える内容が聞こえており、豪華なパレードや観艦式の様子をしつこい程主張している。

 

 荒れた胃に、優しさの欠けらも無い栄養調整食品はきついらしい。吐き気を我慢しながら、隈が刻まれた顔を窓に向ける。

 

 俺は英雄になれる器じゃねぇよな。

 

 コンクリートの壁と床、そしてもはや雑巾の様な汚い布団の上に、安物の寝袋が置かれている。

 その他の家具と言えるものは元々粗大ゴミ置き場にあった机と椅子、そしてストーブ。

 

 明石が気を使ってエアコンを付けてくれなかったら、本当に死んでいたかもしれない。

 

 独房の様なこの部屋を、毎晩屈辱に口をふるわせ歯をかみ締めながら勉強した机を、悔しさによる涙と不眠による涎で異臭を放つ枕を、もはや役割を果たしていない布団を、俺は拳を握りしめながら見渡す。

 

 例え他の提督の様に華々しい戦果を上げられなくても、俺はこの大規模作戦を絶対にやり遂げてみせる。

 その為に9か月、努力してきたのだ。

 

 深く軍帽を被り、ブロック菓子の梱包を丸めてくず入れに捨てる。

 もはや意地である。艦娘の信頼を得る為という当初の目標は既に過程の1つに成り下がってた。

 だが人類を守る為でもない。

 この地獄のような1年を肯定してやる為に。毎日死んでいった、殺していった自分の為に。

 

 どんな手を使ってでも、艦娘は沈ませない。

 

 

 

 

 

 

 

「司令官」

 

 

 廊下で暁とすれ違う。

 

 

「その、あの、思い詰めてないかしら? 大丈夫、よね?」

 

 

 大丈夫とは一体どういう事を指すのだろうか。精神状態の事なら、鎮守府に着任する前から壊れていたし、寧ろ正常とも言える。

 身体的な面では、正直ガタが来はじめていたが、まぁ肉体労働では無いから悪影響は及ぼさないだろう。

 

 あいまいに、問題無い事を告げる。だが暁の不安げな表情は変わる事が無く、それどころかより一層顔色が曇っていく。

 

 

「新しい無線連絡システムが導入されたって聞いたわ。不安なの。だって、司令官」

 

 

 暁が目を開き、浅く呼吸を何回かする。

 

 

「まるで、死にに行くような目をしているんだもの」

 

 

 嘘を吐いた。前線司令部はあくまで安全な内陸にあると。死ぬつもりなんて無いという事を。

 暁は屈託の無い笑顔でそれを信じ、良かったわ。と言った。

 

 

「宮下元帥から激励の言葉を託されたわ! 全力を尽くせ。ですって!」

 

 

 1年間、彼には本当にお世話になった。この環境の中で、艦娘に愛想を尽かしたり、逃げようと思わなかったのは第六駆逐隊と萩澤提督、そして宮下元帥のお陰である。

 会う度に、彼に繋がれた管の数が増えていったのは心配だったが、戦果という形で彼に恩返しを出来たらなと思う。

 

 暁と拳を合わし、外へ出る。

 日差しが眩しい。あの夏の日、加賀から浴びせられた痛烈な罵倒を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海賊艇の様な、小型艇にほんの気持ち程度の機銃を付けた船を見渡す。見た目からでは漁船とほぼ判別できない。こんななりで深海棲艦蔓延る海域へ突入しようとするなんて、よく大本営を納得させられたと思う。

 船内には無数の妖精が走り回り、昼寝をし、のんびりと談笑している。波が穏やかなのも合わさって、ここから1000km離れた所では激しい砲撃戦が繰り広げられているなんて考えられないほどだ。

 備え付けられた機械から、はがきくらいの大きさのレシートのような薄い紙が出てくる。数少ない、まじめに働いている妖精の指導を受けながら、暗号を解読する。

 暗号技術を身に着けるにあたって、まず最初に取り掛かったのは数学の勉強だった。暗号技術に数学の知識が使われているのはなんとなく知ってたし、せめて高校の基礎範囲でもやっておいた方がよいのではと思い、独断で進めたのだ。

 毎日少しずつ、空いた時間を使って勉強をした。そして半年が経ったところで数Ⅲの微積が終わり、同時に暗号で必要とされる知識はこれとは比べ物にならないほど膨大なことが分かった。

 要するに何も分からない、何も出来ないということを、半年かけてようやく理解したのだ。

 結局俺がしてるのはタイピングや筆記などの雑用。人間が使うペンは妖精には大きすぎるから、代筆をする必要がある。

 27匹の妖精共がプラカードを持ち、掲げたアルファベットをそのまま機械に打ち込んでいく。

『M』 M…… 『Y』 Y…… 『M』 M…… 『S』S……

 解読した文章を紙に認める。どうやら萩澤提督の支援艦隊が敵と戦闘状態に入ったようだ。

 傍受した敵側の暗号情報を元にした作戦を立案し、無線で長門達に指示を出す。

 

 

「装甲の硬い敵は足止めで構わない。まずは駆逐艦、次に補給艦だ。高速艦は敵軍へ浸透し、空母は制空権を取った後その援護を」

 

『わかっている』

『気が散るから話しかけないで!』

『作戦行動前に3回は聞きましたわ』

 

 

 実に円滑なコミュニケーションだ。いや、これでも萩澤提督のお陰でかなりマシになっているんだけれども。

 海図を睨み、敵の位置を書き込んでいく。さて、次の指示を考えなくては……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正確な敵の位置と編成の解明によって、我が艦隊は常に先手を打ち続けた。

 確かな情報と支援艦隊との高度な連携により、怖い程敵が溶けていく。

 我らの空から目障りな敵を叩き落とし、敵の主力艦を殲滅していく。

 重要な拠点を次々と確保し、海図を青色に染め上げていく。

 

 9ヶ月もの間、全てをなげうって編み出した作戦の数々は、実にあっさりと、敵主力艦隊壊滅という形で幕を閉じた。

 

 

『追撃も可能だ。夜戦を視野に入れた進撃を行うか?』

 

「いや、戦果としては充分だ。帰投してくれ。偵察機のローテーションを忘れるな。鎮守府で会おう」

 

 

 長門は会いたくないと言わんばかりに無線を雑に切った。普段はこの態度によって意気消沈している所だが、今の俺は気分が良い。61cm四連装魚雷をペン回しの要領で弄びながら、支援艦隊を送ってくれた提督達に戦果を暗号文で伝える。

 ウフフ。向こうは円滑な交信に驚いているのかな。他の鎮守府にはこの通信システムの詳細は伝えられていないとの事だったが、この作戦の成功によって提督が前線に向かうのが当たり前になるのかもしれない。そうしたら俺はその分野のパイオニアとなる訳か。悪い気分ではないな! 

 

 窓から海面を見る。恐らく長門達が倒したのであろう敵の残骸が、海流に乗って流れてきた。黒色の粒子を零しながら炎に巻かれている様は、敵でありながら……いや、砲を突き合わせた者同士だからこそ、追悼の意を表さずにはいられなかった。

 念の為にレーダーを見て、生体反応が無いことを確認してから脱帽する。帽子を胸に持ってくるこのポーズが、軍人としての立ち振る舞いに相応しいかはわからなかったが、とにかく行動をとりたかった。

 横を見ると妖精達も同じように鎮魂を願う表情をしている。いつもおちゃらけているのにこういう時はしっかりするんだな、と感心する。

 

 そのまま外を眺めていると、船に軽い衝撃が伝わった。

 船の運転をしている妖精を見る。どうやら漂流物に船がぶつかったようだ。

 一旦船を止めるようジェスチャーをし、確認に向かう。見ると重巡ネ級の様だった。もう既に事切れており、身体中から死を意味する粒子がこぼれ落ちている。

 手を合わせた後、何故か積まれていた釣り用のタモでネ級の艤装を押しやる。目には穴がぽっかりと空いており、苦悶の表情が見て取れる。

 可哀想だな、とネ級の顔に手を触れた瞬間。

 強く右手を掴まれた。ネ級の目に光が宿り、傷口からは黒煙が吹き出している。

 そんな、ありえない。レーダーには確かに映っていなかった。一度沈んだ艦は、ダメコンを抜きにしてその場で蘇る事は無いというのに。

 まさか提督適任者である俺が触れた事によって━━

 

 

 

 

 

 

 強い痛みに目を覚ます。記憶が少し飛んでいたようだ。周りの妖精はパニック状態に陥っており、蜂の巣をつついた様に動き回っている。

 どうやら俺はネ級に殴り飛ばされた後、船のドアを突き破って機械に叩きつけられたらしい。ガラスで浅く切れた肌を、人間の治療方法を知らないらしい妖精達がハンマーやノコギリで懸命に処置しようとしている。

 身体中が痛い。力の入らない部位もあるから、恐らく骨が何ヶ所か折れているんだろう。

 ネ級が船のタンクを貪る不協和音が聞こえる。

 最後の最後に、気が緩んでしまった。大勝に浮かれた結果がこの有様だ。

 制服の袖で額の血を拭い、覚悟を決める。元々捨て身のつもりで海に出たんだ。むしろ作戦終了まで生き残れただけ幸運だろう。

 近くにいる妖精を掴み、壊れたドアから海へと投げ捨てる。飛び回っている妖精、引き出しの中に隠れた妖精、地面に伏せている妖精……次々とひっ捕らえて、船からなるべく遠くへ逃がしてやる。

 幾つかの妖精が、何かを察したように俺の体へとしがみついてくる。ポケットの中に入り込み、歯や爪を立てて引き剥がされまいと懸命に力を振り絞っている。

 ごめんな、と小さく呟き、最後まで抵抗していた妖精も投げ捨てる。

 ネ級が動き、船が大きく揺れる。彼女の口元には血と燃料が混ざりあった物がこびり付いており、顔に空いた穴からは黒い煙が吹き出している。今さっきまで轟沈判定だっただけあって、向こうはかなりの満身創痍っぷりだ。

 半壊している艤装を乱暴に投げ捨て、船内へと入ってくる。あまりの恐怖に膝が笑い、立てなくなる。尿を漏らし、みっともなく狭い船内を這い回る。

 その醜態ぶりを暫く静観していたネ級だったが、おもむろに機銃をこちらに向け、そして━━━

 

 瞬間、足をバットで殴られた様な痛みを覚える。木片が突き刺さり、肉が裂け黄色い脂肪と白い骨が見える右足が視界に入ってしまう。

 あぁ、見なきゃ良かった。今までの人生で経験した事の無い痛みが俺を襲う。涙があふれ、呼吸する度に涎が吹き出す。

 どうやら、この重巡深海棲艦は、艦隊壊滅の元凶である俺を、なるべく時間を掛けて、じっくりといたぶるつもりのようだ。

 

 

「やめてくれ……」

 

 

 ネ級が跪き、俺の左手の小指と薬指を口に含む。彼女の口の中は氷水の様に冷たく、ざらりとした舌で指をなぞってくる。

 

 

「やめて……」

 

 

 ひとしきり俺の指を弄んだ後、その強靭な顎で一気に指を噛み切る。ネ級の歯と俺の骨が擦れる音を聞いた。どくどくと血が溢れ、激痛にのたうち回る。

 ネ級は満足そうな顔で俺を見下ろしてくる。口から俺の指を、まるでタバコを咥えるように見せつけてくる。

 

 まだだ。まだ我慢しろ。

 ネ級が俺の殺害よりも自分の感情を優先してくれたお陰で、即死は間逃れている。艦娘達と同じく、やはり深海棲艦にもこうした『隙』は産まれるのだ。

 宮下元帥の教えを思い出す。本当にごめんなさい。恐らく貴方はこの様な捨て身の作戦を了承しなかったでしょう。

 暁にも嘘をついた。雷の好意も無視した。電の配慮も気づかない振りをした。

 そうした方が良いと思ったのだ。やはり彼女達の上に立つべき人間は、俺ではなく、宮下元帥、貴方のような人間です。

 

 ネ級が俺の首を片手で掴み、掲げてゆっくりと締め上げてくる。

 そうだ。絶対にここからは逃げられない。だから最期に、せめてもの抵抗を。どうせ死ぬんだったら、地獄に引きずり込んでやる! 

 右手の袖に隠しておいた、魚雷を強く握りしめる。既に信管は剥き出しにしているから、後は叩き付けるだけだ。

 魚雷を振り下ろし、ネ級の目に差し込む。唖然とした顔の深海棲艦と、口から血の泡を吹く男を光が包み込む。

 

 戦争は『損をした』と相手に思わせる事で勝利する。人類は何の価値もない男と引き換えに、大勝を手に入れることが出来た。

 産まれて初めて人の役に立てた。何と誇らしい事か。俺は満ち足りた気分を胸に抱いて、静かに目をつぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書類が入った鞄を置き、憲兵に身分証を見せ、重たい鉄の扉を開かせる。

 

 

「お前達はここで待っていろ」

 

 

 水色の長髪を靡かせた少女と、軍帽を被ったツインテールの秘書艦に命令する。

 

 コンクリートの階段を下り、黴臭い地下室へと足を運ぶ。

 古ぼけた木の扉を叩き、中へと入る。

 薄暗い部屋の中には、異常とも言える量の妖精達と、書類と実験道具に囲まれた、1人の少女の姿がそこにあった。

 その少女はこちらを見ることも無く、作業をしながら話しかけてくる。

 

 

「おや、珍しい顔だ。春季大規模作戦の戦果は私の耳にも届いているよ。どうだい……1つ酒でもやりながら昔話をしようじゃないか」

 

「……(れい)、何故お前はここにいる? 宮下元帥によって国立艦娘研究所は解体された筈」

 

 

 玲と呼ばれた白衣の少女は、楽しげに背中を揺らし、こちらには振り返ること無く返答する。

 

 

「ウフフ……。随分な言い様だな。なぜ私がここにいるのかだって? それは当然、私の力を必要としてくれている人達がいるからだろうさ」

 

「また妖精の力で大本営の爺共を取り込んだな? 宮下元帥の権力が前より小さくなってるとはいえ、只事では済まないぞ」

 

 

 少女は溜息をつき、作業を中断してこっちを向いてくる。短いポニーテールに、純朴な顔立ちの田舎娘といった印象の彼女の口から発せられるのは、想像出来ないほど暴力的な文言である。

 

 

「相変わらず前置きの長い男だな。さっさと本題に入ったらどうだ」

 

 

 苛ついた顔の少女を睨み、言葉を放つ。

 

 

「横須賀鎮守府の提督が音信不通になった」

 

「へぇ。そうなのか。受け入れ難い事だな」

 

「とぼけるな。焚き付けたのはお前だろう」

 

「そもそも彼が前線に出て指揮を執ったのは、機密事項の筈だが」

 

「あれだけ正確に指揮が行き届いていればある程度察する事は出来る。恐らく双葉も気がつくぞ。何故こんな特攻紛いの事をさせた。横須賀所属の艦娘の様子がおかしいのもお前が関与しているのだろう?」

 

 

 なるほど。流石、現代艦娘情報理論の提唱者だな。と少女はクスクスと笑い、返答する。

 

 

「あの子なら死なないよ……。妖精がついている。艦娘についても、じきにこれまで以上の戦果をあげるようになる筈だ。そもそも艦娘は兵器である以上、精神がどうなろうが大きな心配は無い。君もそう言っていただろう?」

 

 

 少女が椅子を回し、再度作業に取り掛かる。ビーカーを取り出し、桜の髪留めをした長髪の妖精をおもむろに捕まえる。

 

 何故死なないと言いきれるんだ。こいつは常に未来を見据えた様な発言をする。その圧倒的な妖精からの信頼と新艤装の開発により研究所室長にまで上り詰めたが、艦娘や他人に対する思いやりの欠如から研究所ごと追放処分を受けている。

 

 疑問をもう一度ぶつける。何故なんの経験も持っていない一般人を提督に据えたのか。何故お前が横須賀に着任しなかったのか。何故大本営は捜索隊を出さないのか。何故横須賀鎮守府の艦娘達は自分の提督を助けようとしないのか。

 一体何の根拠で、あの少年が無事と言い切れるのか。艦娘達が元通りになると言えるのか。

 

 少女は捕まえた妖精にメスを入れる。妖精の身体が痙攣し、血のように白い光の粒子が吹き出す。

 

 

「それは私が母親だからだよ」

 

 

 全く話にならない。結局何の成果も得られぬまま、時間を浪費しただけだった。

 妖精から零れた粒子をホールピペットで採取する少女を視界から外し、狭い部屋を後にする。

 階段を上がると、五月雨が満面の笑みで走りよってくる。

 

 

「提督! お疲れ様で……うぁ、うあああぁ〜!」

 

 

 五月雨が自分の足に躓き、盛大にこけかける。それを予知していたのか、同じくかけよってきたグラーフが抱きかかえるように五月雨の体を支える。

 

 

「お疲れ様だAdmiral。随分と疲れた顔をしている。帰ったらこの私がコーヒーを入れてやろう」

 

 

 2人の笑顔に、曖昧に返事をする。

 確かに昔は、艦娘とは兵器であるべきだとして、そこに私情を挟むつもりは全くなかった。

 だが彼女達は人間と同じく感情を持ち、喋り、食べ、睡眠を取り、泣き、笑うのだ。

 絆されてしまったと言っても良い。何年もの間一緒に過ごす事で、彼女達に沢山の事を教わり、救われてきたのは紛れもない事実だ。

 

 帰る準備をしますか、と言う五月雨に1つの指示を出す。

 舞鶴に待機させている武蔵達に出撃準備をさせる。あの少年の正確な居場所は不明だが、今回の大規模作戦の展開海域からある程度は予測がつく。

 玲と呼んだ、あの少女が考えている事は未だにはっきりとはしなかったが、とにかく彼の無事を優先する。

 足早に、施設を後にする。夏だというのに、全身を寒気が襲うのを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埃が舞う部屋の中で、少女は妖精の腹を捌き続ける。猟奇的な場面にも関わらず、両者の顔には笑みが含まれている。

 

 

「どいつもこいつも、口を開けばミヤシタ、ミヤシタと……」

 

 

 光を出し尽くし、抜け殻となったポニーテールの妖精が、山積みとなって机を占領している。

 

 

「あのジジイも、とうとうくたばる」

 

 

 部屋中に笑い声が木霊する。狂気が渦巻き、妖精にも伝播していく。切り落とされて首だけになった妖精までもが狂ったように笑い転げている。

 

 ひとしきり笑った少女は、怪しい光に包まれた実験器具を眺めながら呟く。

 

 

「ようやくミヤシタに甘やかされた目障りな機械共を壊す準備が出来た。艦娘への恐怖を植え付けられ、全てを否定され続けたあの子は、自己犠牲の果てに何を見せてくれるのかな」




以下本文とは関係無いです






遅れてしまいました。週一くらいに更新するのが理想だったのですが、一ヶ月以上間が空いてしまう始末……。
コメント欄でも、エタるのを心配してくださっている方々が多くて本当に励みになりました。エタるって失踪するっていう意味ですよね?

ハーレムタグが機能するまでもう少し。頑張ります!

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