ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第12話 ミネルバ

 

 

 

「どうやら成功、というところですかな?」

 

民間シャトルを合間に挟むことによって何とかミネルバを振り切ったガーティ・ルー。そのブリッジで、艦長であるイアンは一息ついたように隣に座るネオに向かって言葉を吐いた。

 

「ああ、ひとまずはな。ポイントBまでの時間は?」

 

「2時間ほどです」

 

ふむと、ネオは航路表と敵艦を捕捉した最後のデータを照らし合わせる。

 

「大佐は、まだ追撃があるとお考えですか?」

 

「来るさ。そう考えて予定通りの針路をとる。予測は常に悪い方へしておくもんだろう?特に戦場では」

 

簡潔に答えたネオに、イアンも同感だとうなずく。あの手の類はきっと追ってくるだろう。先の大戦から一隻の船を任されてきた艦長としての勘も、データから予測される傾向も同じような結論を出していた。

 

「大佐。彼等の最適化は?」

 

「概ね問題はないようだ。みんな気持ち良さ気に眠っているよ。ただ、アウルがステラにブロックワードを使ってしまったようでね。それがちょっと厄介ということだが」

 

マスク越しで表情が分からないが、口元は硬らせないまま、ネオは航路表に目を向けたまま淡々と答える。イアンとしても、彼らの有用性は理解しているつもりではあるが…。

 

「まったく。何かある度に、「ゆりかご」に戻さねばならぬパイロットなど、ラボは本気で使えると思っているんでしょうかね?」

 

彼らの維持費にも膨大な費用と人員が割かれる。この船の一つのフロアを丸々「ゆりかご」にしなければ、彼らをまともに運用することすら危うい。そんな金がかかる兵器だ。役に立ってもらわねば投じた金も報われないだろう。

 

そう考えているイアンに、ネオは航路表から目を離してわかりやすく肩をすくめる。

 

「それでも、前のよりはだいぶ〝マシ〟だろう?こっちの言うことや仕事をちゃんと理解してやれるだけ。呻き声や叫び声が聞こえないだけ儲け物さ」

 

前の「彼ら」は、ゆりかごなんて処置はなく、電極による不安定な記憶や人格の改竄が限界だったという。それに作戦中に命令を無視したり、統率が取れないというデメリット面があまりにも大きすぎた。

 

前任者も最終的には調整不足だった「彼ら」の一人にブリッジごと貫かれたと聞く。そんな末路だけはイアンもネオも御免だった。

 

「今はまだ何もかもが試作段階みたいなもんさ。艦もモビルスーツもパイロットも。——世界さえも、な」

 

「ええ、解っています」

 

そう言って、二人はブリッジから見える深淵の宇宙に視線を向ける。まだ始まったばかりだ。これからなのだ。これから全てが回り始める。

 

止まっていた自分たちの時間が立ち上がり、霞んでいた世界が形を成していく。

 

「やがて全てが本当に始まる日が来る。我等の名の下にね」

 

 

 

////

 

 

ミネルバのハンガーは戦場と化していた。

 

「何やってる!ザクのフィールドストリッピングなんざぁプログラムで何度もやったろうが!その通りやればいいんだぞ!」

 

作業員たちの戦いは、戦いが終わってから始まる。特に今回はアーモリーワンから無理やり搬入したザクや、物資の調整が山盛りな上に、帰投したインパルスの調整もある。

 

「ウィザードの点検はしておけよ!いつ戦場に放り出されてもおかしくないんだからな!」

 

ひとまずの混乱状態から脱したミネルバのハンガーは、次の戦場に備えてその支度を整えていく。そんな喧騒の中、工具をまとめて管理している場所へ無重力の中を飛んできたヴィーノが、先にいたヨウランへ声をかけた。

 

「ヨウラン、36番の電機工具だってさ」

 

「了解っと」

 

電子部品用の工具がまとめられた場所から、ヴィーノから伝えられたコネクタの予備品と接続用の工具をヨウランは手際良くまとめていく。

 

そんな彼の横目に、ヴィーノは疲れたように背筋を伸ばしてから頭の後ろへ手を回した。

 

「しかし、まだ信じられない。実戦なんてマジ嘘みてえ。なんでいきなりこんなことになるんだろう?」

 

「仕方ないだろ?こうやって攻められてたんじゃさ」

 

戦いなんてそんなもんさ、とヨウランは答えつつ工具を一纏めにし、必要な部品も揃えて持っていく。

 

「でも…まさかこれでこのまま、また戦争になっちゃったりはしないよね?」

 

「と思うけどね」

 

飛び上がったヨウランについて来たヴィーノも、不安げにそう呟く。彼らの向かう先には、ザフト軍のものではないモビルスーツがハンガーに鎮座しているのだった。

 

 

////

 

 

「正座」

 

「はい」

 

アーモリーワンから合流したオーブの船。

 

武装パッケージではなく、高速連絡艇のパッケージが備わるオーブの宇宙船「ヒメラギ」から降りた整備長、ハリー・グリンフィールドはラリーが扱っていたキラ用のメビウス・ストライカーをひと目見るや、すぐにラリーに向かって抑揚のない声でそう言った。

 

ラリーも流れるようにその場に正座する。

 

「ラリー、言いましたよね?ブリーフィングで。ザフト軍への介入はしない。目的はあくまでカガリちゃんとフレイちゃん達の保護だって。ねぇ?聞いてた?私言ったよね?」

 

「はい、存じております」

 

「そ れ が !」

 

ビシッという効果音が聞こえて来そうな動きで、ハリーはハンガーにあるメビウス ・ストライカーを指差した。

 

「なんで機体をここまでボロボロにした挙句、きっちりザフトの新型と戦闘をこなしてるの!?馬鹿なの!?馬鹿じゃないの!?もしくはアホなの!?」

 

任務はあくまでオーブ要人の保護だし、先行してシンの機体が出ているのだから、無理はしないだろうとタカを括っていたのもある。それにラリーが無理な機体の振り回し方をする回数も減りつつあったのもあって、ハリーはすっかり忘れていたのだ。この男が本気を出したときの異常性を。

 

「いや、だってあの状況だと下手するとアーモリーワンとかもやばそうだったし、追い払えたら良いかなって——」

 

「正座」

 

「ッス」

 

アーモリーワンで何事もなければ良いと思ってはいたが、自分の知る物語と同じ軌跡を辿り始めた状況に、ラリーが敵が逃げて出てくるであろう宙域を予測させるには十分過ぎるものではあった。

 

ハリーに話をして通じるとは思えないが、自分という不確定要素がある限りどんな状況に陥るか予測はできない。先行するシンのこともあり、ラリーは奪われた新型機が出てくる場所へと急行したのだが、そこで予想外の敵と邂逅を果たすことになるとは…。

 

「だいたい、この機体の数値は何!?何と戦えばこんな馬鹿みたいな数値が叩き出せるの!?キラくん用に調整していたからなんとか許容値に収まってるけど、一般機なら空中分解してもおかしくない数値よ!?」

 

ハリーが差すのはキラのメビウス・ストライカーから採取された負荷のデータだ。数値を見る限り、叩き出された値はリミッターを外してあるキラ用の設定許容値の限界ギリギリだ。

 

「存じております」

 

「だからアンタには可変機乗せたくなかったのよ馬鹿ぁ!!」

 

そう地団駄を踏むハリーに、ラリーはただただ謝るほかない。

 

ラリー用のメビウス・ストライカーが無い理由は単純で、「メビウス・ストライカーがラリーの全開機動に耐えられずに空中分解する危険がある」故にだった。

 

「なんです?アレ」

 

到着したヴィーノが怪訝な顔をして正座するラリーと説教するハリーの構図を見つめる。ヨウランから工具を受け取りながら、フレイの手伝いをしているシンは困ったような乾いた笑いをした。

 

「あはは…まぁ、気にしないであげて。工具ありがとうな。助かるよ」

 

「あちゃー、これは制限かけないと…無理な動きをしたら駆動系が飛んじゃうわね」

 

彼らの上ではキラのメビウス・ストライカーの点検ハッチに上半身を突っ込んでいたフレイが、手拭いで玉になった汗を拭いながら顔をしかめる。

 

シンの機体は腕部の駆動系だけだったので、パラメータを調整すれば誤魔化しは効くが、こちらは大元の制御が悲鳴を上げている。対処するとするなら、駆動部へ伝達される電気制御の部分を制限しなければならないだろう。

 

隣では明かりを照らす係となったトールが居て、二人ともミネルバから借りた作業用ツナギを着用していた。

 

「こっちもダメだな。新しい部品に交換しないと…しかし、ウチの船じゃ何ともなぁ…」

 

後部ハッチで主要部品の点検をしていたマードックも頭を抱える。飛ばせないことはないが、万全の修理とは言えない。ここで出来るのはせいぜい応急修理くらいだろう。

 

コクピット周りでは、リークとキラがソフト面と電子制御機器の点検が行われている。

 

「キラくん、回路の106番とAの0番をバイパスさせたからチェックプログラム走らせてくれない?」

 

「わかりました。構築するので少し待ってください」

 

正座と説教をするラリーとハリーの横で着々と進められるメビウス・ストライカーの点検。その光景にハイネは気が遠くなるような感覚を覚えながらも、なんとか正気を取り戻していた。

 

「待て待て待て!!」

 

ハイネの言葉にその場にいる全員の視線がオレンジ色の彼へと向けられる。ハイネは少したじろいだが、数回咳払いをして改めて全員へ言葉をかける。

 

「アンタら、何平然とミネルバのドックでそっちの可変機を点検している!!そしてヴィーノ!ヨウランたちも!なぜ当たり前のように手伝っている!!」

 

そう言って目を向ける先では、メビウス・ストライカーの足元で標準的な点検作業をするヴィーノとヨウランがいた。

 

「だって隊長のザクの点検してくれたの、アルスターさんなんですよ?」

 

「手伝うのは当然じゃないすか。整備の腕がいい人に悪い人はいません」

 

「無垢な目で口走るのやめろよ!!マジで!!」

 

今度は許容量を超えたハイネが地団駄を踏んだ。そんなやりとりを遠い目で見つめながらカガリはやってきたデュランダルへ何とも言えない顔で一言呟く。

 

「あーー…なんだか、すまない」

 

「ええ…まぁ。しかし、本当にお詫びの言葉もない。議員や事務次官まで、このような事態に巻き込んでしまうとは。どうか御理解いただきたい」

 

降りてきたタリアとアーサーもその状況に目が点となる中、カガリはこちらはこちらと言わんばかり真剣な顔つきに戻して、改めてデュランダルと向き合う。

 

「議長、あの部隊についてはまだ全く何も解っていないのか?」

 

「そうなります。艦などにもはっきりと何かを示すようなものは何も分かってはいません。しかし、だからこそ我々は一刻も早く、この事態を収拾しなくてはならないのです。取り返しのつかないことになる前に」

 

「ああ、解ってる。それは当然だ、議長。今は何であれ…世界を刺激するようなことはあってはならないんだ」

 

その意見にはカガリも同意だった。敵勢力がどうであれ、ザフトが新型を作った事実がどうであれ、あれをそのまま野放しにはできない。それこそ、前大戦の同じ轍を踏むことになりかねない。

 

「ありがとうございます。アスハ議員ならば、そう仰って下さると信じておりました。よろしければ、まだ時間のあるうちに少し艦内を御覧になって下さい」

 

そう言ったデュランダルに、タリアが少し顔つきを強張らせたが、彼は治めるようにタリアたちへ視線を向けた。

 

「一時的とは言え、いわば命をお預けいただくことになるのです。それが盟友としての我が国の相応の誠意かと」

 

《民間シャトル収容完了、エアロック密閉確認。ハンガーへの格納を開始します》

 

タリアからの声が艦内放送によって遮られる。同時に閉鎖されていたエアロックから搬送ユニットに乗ったシャトルがゆっくりとハンガーへと入ってきた。

 

「あれは?」

 

「民間シャトルです。おそらく明日の進水式に向けた来賓の方を乗せているかと」

 

カガリからの問いにそう答えるデュランダル。来賓?となると、進水式に参加する予定だったザフト軍の高官か?そう考えてカガリがシャトルへ目を向けると、開けられた非常口から小さなピンク色の玉が飛び出してきた。

 

テヤンデイと備わる羽のようなパーツをパタパタさせながら出てきた物に、隣にいたアスランが思わず目を剥く。あれにはかなりの見覚えがあったのだ。

 

「あぁ、ラクス様!」

 

シャトル乗組員の声が聞こえると、非常口からふわりと飛び出した人物が、ほかの機材や壁をうまく使って、デュランダルとカガリの前へと降り立った。

 

「お助けて頂き、ありがとうございます。この船の艦長にお会いしたいのですが」

 

「ラ、ラクス・クライン!?」

 

そう驚いたタリアをよそに、アスランとカガリは互いに顔を見合わせる。

 

物語は大きく動き出そうとしていた———。

 

 

 

 

 

 

 

 


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