ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
第21話 ユニウスセブンの異変
《はい、マユでーす》
受話器越しから聞こえる声に、耳を傾けながらシンは久しく聞いていなかった妹へ言葉をかけた。
「あ、マユ?」
《お兄ちゃん!やっと繋がるようになったんだね!》
オーブにいるマユと連絡を取るのは、地球を出てから実に一週間ぶりだった。今回はカガリの極秘護衛任務のこともあって、渡航期間やアーモリーワン内部での通信もラリーやフレイたちからも厳しく制限されていたからだ。
久々に聞く兄の声に、マユも嬉しそうに声を上げる。
ザフトの新型機奪取という予想外の展開で、ミネルバに乗艦することになったシンは、議長や艦長の計らいもあり、こうやってオーブにいる家族と衛星通信で連絡を取ることができたのだった。隣ではリークやトールが家族や、ガールフレンドに連絡を取り合っている姿が見える。
「さっきまで少しゴタゴタに巻き込まれててさ。あ、けど安心しな。ちゃんと言われたお土産は買ってこれたから」
《さっすがお兄ちゃん〜!ラリーさんは大丈夫そう?ハリーさん、また変なことしてない?》
そう問いかけてくるマユに、シンは一瞬言葉を濁した。この通信室に入る前に、ラクスそっくりのミーアにしつこく絡まれるラリーと、それを射殺すような目つきで見つめるハリーの姿を見たシンは、マユへ返す適切回答を持ち合わせていなかった。
「あ、あぁ———。ラリーさんは大丈夫だ。うん、元気もりもりさ。何事も心配ないよ」
《…なんだか、マユ、嫌な予感がするんだけど?》
なぜかマユの声のトーンが数段下がったような気がした。衛星通信だというのに耳に添える受話器が冷たくなっている気もする。なんだろう、なるべく誤魔化したつもりなのに、なぜ妹は察したような言葉を発するのだろうか。
妹の零度の声に、「気のせいだよ、うん。大丈夫」と抑揚のない言葉で答えることが精一杯のシンは、軽い笑いを返す。お兄ちゃんはそんな妹がとても心配です。
「なんだって!?」
そんな会話をしていると、通信室の反対側から驚いたザフトの士官の声が響いた。リークやトールも気付いたようで、二人とも受話器を早々に置いてゆく。
「あ、ごめん。マユ、電話切るぞ」
《はーい。お兄ちゃんも気をつけて帰ってきてね〜》
危機感のない別れの言葉を交わして、シンも受話器を置くとリークたちに続いて通信室から出た。
そして、開口一番に聞いた言葉に三人は耳を疑うことになる。
////
「ユニウスセブンが動いてるって、一体何故?」
通信士官から連絡を受けたデュランダルと、その場に居合わせたカガリは、事と重要性を認識しながら原因を議長へ問いかけた。だが、デュランダルもわからないと首を横へと振る。
「だが動いているのです。それもかなりの速度で。最も危険な軌道を」
「しかし、何故そんなことに?あれは100年の単位で安定軌道にあると言われていたはずのもので…」
「隕石の衝突か、はたまた他の要因か。兎も角動いてるんですよ。今この時も。地球に向かってね」
モニターに映し出された様子では、確かにユニウスセブンの軌道はズレており、進路の先には地球圏がある。その先に向かったことを想像して、カガリの顔は青ざめた。
「落ちたら…落ちたらどうなるんだ?オーブは…いや地球は!」
「あれだけの質量のものです。申し上げずとも、それは姫にもお解りでしょう」
「人為的に起こる冬…いや、それよりも、もっと深刻な事態か」
今にも倒れそうなカガリの横にいるアスランが言葉を発すると、議長も頷く。あれだけの質量を有した物体が地球に直撃すれば、それこそ想像できない災害が起こるだろう。巻き上がった放射性物質と暗雲により、人類は史上初となる人的災害で冬を迎える可能性もある。
「原因の究明や回避手段の模索に今プラントは全力を挙げています。姫には大変申し訳ないのですが、私は間もなく終わる修理を待って、このミネルバにもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました」
そう議長が言うと、艦長であるタリアがミネルバが向かう進路をカガリとアスランへ見せた。
「幸い位置も近いもので。姫にもどうかそれを御了承いただきたいと」
「無論だ!これは私達にとっても…いやむしろこちらにとっての重大事だぞ。私…私にも何かできることがあるのなら…」
そう言って焦りを隠せないカガリに、議長は優しく手を置いて落ち着かせる。
「お気持ちは解りますが、どうか落ち着いて下さい、姫。プラント政府も地球軍との連携も視野に連絡を取り合っているところです。今はなんとしてもユニウスセブン落下を阻止せねばなりません」
必然的に、議長が急遽結んだラリーたちとの契約も継続されることになる。地球軍からは、宇宙にいる宙域艦隊に連絡を入れ、ザフトと共同でユニウスセブン落下防止作戦が立案されているようだ。
軌道を外れる原因が何かはわからないが、何としても食い止めなければならない。
最悪の事態になる前に。
////
「点検作業は損傷がひどいものから!装甲板の交換なんて、誰にでもできるんだから自分のやれることを把握して動きなさい!」
ミネルバ艦内のドッグは慌ただしくなっていた。指揮系統を把握したフレイは、ミネルバの現場主任と綿密なコンタクトを取った上で、点検と交換作業の指揮を取っている。
眼下では不慣れなミネルバの技師やスタッフが指示に従ってザクの装甲板や、点検に取り掛かっていた。
「こりゃあ、ひどいな。キラくん、6番と32番の電機工具を」
「トールも手伝って!」
「はいよ!」
通信室から戻ったリークも、先に作業をしていたキラに付き合うように自機や、ほかのメビウスライダー隊の機体の点検を開始していた。特に、キラの機体やラリーのメビウスの消耗も激しいため、マードックやほかのスタッフも総掛かりで作業に当たっている。
「とっ散らかってたら作業は遅れるんだから、使わない資材はあっち!そっちの保護材は25番コンテナに!ザクの補修用のデータを!」
喧騒に包まれるドッグの中で、部品の整理や必要資材の取り出しを任されているヴィーノとヨウランは、作業場の隅で部品を片付けながら会話していた。
「ふーん。けど何でユニウスセブンが?」
「さぁね。隕石でも当たったか、何かの影響で軌道がずれたか」
「地球への衝突コースだって本当なのか?」
会話に加わってきたハイネに、ヴィーノは頷く。ユニウスセブンの落下進路は間違いなく地球を捉えているのだ。
「まったく。アーモリーでは強奪騒ぎに続いてさ。奪われた三機もまだ片づいてないのに今度はこれ?どうなっちゃってんのさ」
怒涛を通り越して天変地異だ。そう言って天井を仰ぐハイネに同意するレイも、今はザフトの内情よりも訪れた危機にどう対応するが重要だと認識していた。
「とにかく、落下軌道にユニウスセブンが入った以上、落下阻止限界点までになんとかしなければならない」
「なんとかするっていったって、あんな巨大な質量、一体どうするんですか?」
「砕くしかないだろ?」
「砕くって?あれを?」
ハイネの言葉に首を傾げるヴィーノ。あんな巨大なものを?どうやって?そんな疑問はあるが、方法として一番現実味があるのは巨大な質量を分散させることだ。
「隊長の言う通りだ。軌道の変更など不可能だ。衝突を回避したいのなら、砕くしかない」
「でもデカいぜあれ?ほぼ半分くらいに割れてるって言っても最長部は8キロは…」
「そんなもんどうやって砕くの?」
「プラント政府も、そこを悩みところにしているようだな。幸いにも地球軍からもコンタクトはあったらしい。人数が揃えば、対応できることも増えるさ」
手段は分かってあるが方法は検討中となる。それを決めるのは上層部であり、自分たちは決まったことを即座に実行できるように現場へ先行投入されるわけだ、とハイネは言った。
「衝突すれば地球は壊滅する。そうなれば何も残らないぞ。そこに生きる人たちも」
「地球、滅亡…」
「だな」
漠然としすぎて実感は湧かないが、誰が見ても失敗すればどうなるかなんて一目瞭然だ。
「でもま、それもしょうがないっちゃあしょうがないかぁ?」
暗い雰囲気の中、陽気な口調でそう言ったのはヨウランだった。
「不可抗力だろう。けど変なゴタゴタも綺麗に無くなって、案外楽かも。俺達プラントには…」
地球外、コロニーやプラントに住む若者特有の価値観。本人は情勢や状況から、何気なく言ったつもりであったが、それを聞いた人物にとっては許し難いものだった。ハンガーにいるキラたちの元へと訪れたカガリがヨウランの言葉を聞いたのがまずい事だった。
「カガ…」
アスランの静止を聞く前に床を蹴ったカガリ。文句の一つでも言わないと気が済まないと顔をしかめるカガリ。だが、彼女が口を開く前に一人の影がカガリとヨウランたちの間に割って入った。
「よくそんなことが言えるな!しょうがない!?案外楽だと!?」
声を荒げたのは、キラからお願いされて電子部品を取りに来ていたシンだった。突然の怒声に、ヨウランやヴィーノたちも驚いた表情へ変わる。
カガリもいつもは飄々としているシンの怒りの声に、自身が発しようとしていた言葉を忘れるほどだった。
「お前たち!これがどんな事態か、地球がどうなるか、どれだけの人間が死ぬことになるか、ほんとに解って言ってるのかッ!?」
「わ、悪いって…けど、地球とプラントのゴタゴタがあるのもさぁ」
「それはそれ、これはこれだろ!?仮に地球が滅べば、食料供給を地球の穀倉地帯に依存しているプラントはどうなる!?今度は水や食べ物を手に入れるための内乱が起こるぞ!!」
怒りが治らないシンと、不満そうにシンを見るヨウランの間に、困ったような表情をしたヴィーノが割って入った。
「おいおい、本気で言ったわけじゃないって!ヨウランも」
なだめようとするヴィーノにも、鋭い眼光を見せるシン。そんなシンの頭に、誰かが手を置いた。シンが振り返ると怒りの形相がすぐに無くなる。
怒りに満ちていたシンを止めたのは、ラリーだった。
「たしかに、地球とプラントの間には切っても切れない関係はある」
ラリーはヴィーノとヨウラン、そしてミネルバのパイロットたちを見つめながらそう言った。
「やれナチュラルだ。やれコーディネーターだ。そう言って俺たちは、互いに何百、何千、何万と殺し合ってきた。きっとそれは、愚かな行為だったんだろう」
過去の大戦でも、それが戦争を泥沼化させる一因としてあった。そして、その問題は戦争が終わったからと言ってすぐに無くなるものでもない。現に、プラントに住むコーディネーターと、地球に住むナチュラルの間にある格差や、差別意識が消え去ったわけでもないのだ。
「だが、それを抜きにしても俺たち人が生きていく先が危機的状況に瀕していると言うことだけは、みんな理解しなければダメだ」
シンが言うように、ユニウスセブンが地球に落ちれば、環境に大きな影響が及ぶ。そして、食料事情の半分以上を地球に頼っているプラント政府にも、確実に影響は及ぶ。首をゆっくりと締め上げるように現れる問題は、やがて人類滅亡の最終戦争に発展することもあり得るのだ。
「…今は力を合わせてユニウスセブン をなんとかしなければならない。俺たちが足並みを揃えなければ、その先にあるのは果てない闇と滅びだ」
そう言って、ラリーはミネルバのパイロットや作業員たちへ頭を下げた。
「頼む、人の未来のため、今は力を合わせることに協力してほしい」
心からの言葉だった。今は、何はどうであれ、地球滅亡の危機を脱する必要があるのだ。頭を下げたラリーは、呆然とするシンを連れてキラたちの元へと戻ってゆく。
「俺、あの人のこともっと怖い人だと思ってた」
ラリーの後ろ姿を見つめながら呟くヴィーノの言葉に、ヨウランも頷く。
「流星、か」
かつて、ザフト最大の脅威と呼ばれたネメシスも、また人であるのだとハイネは理解する。だが、その後ろ姿を見つめるレイの表情は暗く陰っているのだった。