ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
「プラント最高評議会、議長のギルバート・デュランダルです」
「ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「同じく副長のアーサー・トラインであります」
ミネルバのドックの近くにある執務室で挨拶を交わしたザフト勢の三人。握手を交わすデュランダルと、敬礼をするタリアたちに、カガリと同じく議員の制服を来たウナトとホムラが改めて礼を打った。
「オーブ連合首長国代表、ホムラ・ナラ・アスハです」
「オーブ連合首長国宰相、ウナト・エマ・セイランです。この度は議員の帰国に尽力いただたこと、代表とともに感謝の言葉もない」
「いえ、我々こそ不測の事態とはいえ議員にまで多大なご迷惑をおかけし、大変遺憾に思っております。また、この度の災害につきましても、お見舞い申し上げます」
ユニウスセブン落下の影響で、オノゴロ島の北部と東側、そして住民地区であるヤラフェスや島にも波浪が押し寄せて来た。深刻な災害には至らなかったものの、直撃を受けていた場合、島国であるオーブにとってはひとたまりもないものになっていた。
「お心遣い痛み入る。ともあれ、まずはゆっくりと休まれよ。事情は承知しておる。クルーの方々もさぞお疲れであろう」
限定的にはなるが、クルーの下船許可の手続きも進めているとホムラが言う。ブルーコスモス盟主であるアズラエルとの強いパイプを持ちつつも、プラントとの関係性も良好さを保っているオーブ。
そして被った損失をしっかりと請求する毅然とした国家運営も相まって、アジアや大西洋の各国の顔役としてオーブの権力というものは大きなものになっていた。
今のタリアやデュランダルたちは、オーブの恩恵にあやかるしか手立てはない。
「ありがとうございます」
「まずは議長共々、行政府の方へ。申し訳ありませんが、ご報告せねばならぬ事も多々ございますので」
「わかりました」
デュランダルを筆頭に、タリアとアーサーもホムラたちについて行く。そんな中、ブリッジから出て行く艦長たちを見つめるメイリンが、不安げに瞳を揺らしていた。
「…お姉ちゃん…」
父が死んでから、単身地球圏へと向かった姉がいる地。母の悲しみと父の死で変わってしまった姉が今なにをしているのか、メイリンには知る手立てがなかったのだった。
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「これがユニウスセブンでラリーを落とした敵のデータよ」
民間軍事企業「トランスヴォランサーズ」の基地内。帰還したラリーたちは、地下にある作戦会議室で、すし詰めになるような形で立ち会議へと興じていた。
長いテーブルに出されたのは、ファイル状の映像端末であり、そこにはユニウスセブンでラリーが邂逅した歪なMSのシルエットや、戦闘時のブレた映像が映し出されている。
「かなり歪な形状をしていますね。けれど、どこのものかは見当がつきます」
最初に意見を出したのは、普段は陰険な仲であるハリーの横に居たマユ・アスカだった。この歳でありながら、マユ自身、技師と個人の棲み分けができており、技師としてはハリーとタッグを組ませれば、建設的で核心的な意見を出す傾向がある。
マユが指さした場所も、全員が疑問視していたものを裏付けるものとなっていた。
「ここ。この駆動系の特徴は、連合軍系列のものと特徴が一致します。あとここの取り付け形状と、この部分も」
駆動部や駆動系に付随するものは、MSのレスポンスを確立する上で重要な要素となる。そしてそれは、機体を作り上げてゆく上でより顕著に出てくるのだ。
ザフト系と、地球軍系。それぞれが独自路線で進化を遂げて来たものだ。
ダガーならX100系フレームを準拠として量産システムが確立されており、新型機でもそれらの発展型となる。いくら輪郭やシルエットをゲテモノにしようが、駆動部を挿げ替えることは難しい。それこそ、機体そのものを改変するほどに。
故にマユが指摘したところは、技術屋から見てもパイロットからみても肯ける意見だった。
「となると、相手は地球軍…それも特殊工作部隊か」
それか、国というバックアップをもった自分たちのような傭兵集団か。とにもかくにも、名も売れていない暗黒組織に違いはない。
「アズラエルさんや、ハルバートン閣下の目の下でそんな部隊を動かせる存在は、ユーラシアやアフリカ圏には存在しない。となると…」
「——やはり、大西洋連邦か」
アズラエルの私兵としても任務を請け負うリークは、第八艦隊から地球連邦の上層部まで上がったハルバートン閣下の行動理念も深く理解している。彼らの持つネットワークは力強く、地球圏の過激派を抑える抑止力としても機能している以上、表立っての支援や、反発行動がユーラシアやアジア圏で起こることはない。
ラリーも、相手取ったネオやオッツダルヴァの言動、その機体の在り方から見て、彼らのバックに大西洋の影があることは感じ取っていた。
「けれど、何故大西洋はこんな危険な真似を?ユニウスセブンが落下したのも大西洋諸国でしょ?」
「口実が欲しいんだよ。コーディネーターを打ち滅ぼし、青き清浄なる世界のためにって事をするための口実がな」
クロトの疑問に、資料を見つめていたオルガが簡潔に答えた。自分たちのような存在を嬉々として生み出すような輩だ。宇宙にいるコーディネーターを滅ぼすことができるなら、地球を滅ぼしても何とも思わないだろう。
「けれど、あの機体が大西洋連邦のものだったとしても、オーブやプラントが不利になることは明白ね。何せ、首謀者が旧ザラ派のコーディネーターなんだから」
データをまとめるように声を発したのは、マリュー・ラミアスだ。ムウの横に立つ彼女はモルゲンレーテの特別技師として在籍しつつ、トランスヴォランサーズにも籍を置く指揮官の一人だ。
ムウとの間に授かった一歳と数ヶ月の子供を抱きながら、こんなキナ臭い話にマリューを巻き込むことをムウは躊躇っていた。
だが、ユニウスセブン落下の影響を受けて、マリューが事の真相を知りたいとムウに食い下がったため、嫁に弱いムウが折れたのだ。
その背後にはオーブ軍から引っ付いてきたナタル・バジルールや、アーノルド・ノイマン。前大戦のアークエンジェルの主要スタッフのほとんどが顔を揃えて話を聞いている。
「打って出ると思いますか?あれほどの大戦からまだ2年。痛手から立ち直っていない国もあるというのに」
「逆よ。あの大戦からもう2年なのよ、向こうにとってはね。外交関係での抗議から始まり、そこからどう手を出してくるか。なにせナチュラル主義のカルト集団だからね」
トールの声にハリーが返す。唾棄すべき思想であるが故に、その恨み辛みの根源は深い。先の大戦から2年という月日は、ヤキンドゥーエの雪辱を晴らすための準備期間としたら充分すぎるものだ。
「複雑な気分だな。世界は前に進み出してるって言うのに」
ムウの言う通り、確実に世界は良い方向に進んでいるというのに、個人という少数勢力によって、その行先に費やした努力や労力を根こそぎ奪われてしまうのだ。
それに尽力してきた側の人間からしたらたまったものではない。
「オーブの内部も、きな臭いことになってきている。ウズミ様が病床に附している間に、不穏な動きをする氏族も多い。ブルーコスモス内は?」
オーブ軍からやってきていたのは、ムウたちだけではない。高官へと昇格していたレドニル・キサカも、この極秘的な話し合いに参加していた。キサカの言葉に、ブルーコスモス側の人間としてフレイも答えた。
「ジブリール派と、アズラエル派で二分されている状態ですね。けれど、大西洋連邦と強いコネクションを持つジブリール派が、ユニウスセブンの件を公表したら、情勢は変化する可能性が高いです」
「破裂だな」
キサカの言葉にその場にいる全員が同意する。これまでの均衡が崩れかねない局面に差し掛かろうとしているのだ。下手を打てば、地球圏で再び大きな争いが起きかねない。
「止める手立てはないのか?」
「かなり厳しいところではあるが、奴らも手を出してくるには手回しが必要だ。俺たちにできることは、それに備えての準備だ」
「目下の問題は、ユニウスセブンの新型機。あれが量産されていたら、世界のMS事情はひっくり返るぞ」
オルガが言うのは、あのゲテモノMSを扱える〝生体CPU〟が開発されていたときの懸念だ。
ラリーとステイシスの戦闘を見るだけでも、常人のパイロットでは安易に踏み込めない戦闘機動をしているのは明白。あんなものが複数量産されていただけでも、各国の被害は甚大なものになるだろう。
「マユちゃん。例の試作品は?」
「すでに取り付けて調整済みです。インナーフレームも滞りなく」
予定表と計画表をすり合わせながら答えるマユに、トランスヴォランサーズの経理と会計を担当していたサイ・アーガイルがおずおずと手を上げた。
全員の視線が集まるなか、フレイの無事な帰還を喜ぶ前に、前々から気になっていたことを問いかける。
「あのー、ハリーさん?最近、うちの三番倉庫にやけに人の出入りがあるんですが?」
「だって作ってるもの。打倒〝ホワイトグリント〟の機体を」
「——え?」
全員が目を点にする。そんな最中にも、ハリーとマユの目はギラギラと光っていた。あーこれは知っている。ラリーは眉間を揉んで既視感を噛み締めた。
これはスーパースピアヘッドを紹介された時と同じ顔だ、と。
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《この未曾有の出来事を、我々プラントもまた沈痛な思いで受け止めております。信じがたいこの各地の惨状に、私もまた言葉もありません。各国に対する被害については、プラント政府としても支援の手を——》
「やれやれ、やはりだいぶやられたな。パルテノンが吹っ飛んでしまったわ」
複数のユニウスセブン落下によるニュース映像が流れる中、非感そうにギリシャにいる老人がそう呟いたのを、ジブリールは鼻で笑った。
「あんな古くさい建物、なくなったところで何も変わりはしませんよ」
「あれは人類の遺産だぞ?…で、どうするのだジブリール」
老人たちが見るものは、ミネルバ艦内から放送されたギルバート・デュランダルの演説だ。発信源を特定し、近域にいる地球軍を嗾けてみたが、既のところでオーブに逃げ込まれてしまった。
《受けた傷は深く、また悲しみは果てないものと思いますが、でもどうか地球の友人達よ、この絶望の今日から立ち上がって下さい。皆さんの想像を絶する苦難を前に我等もまた、援助の手を惜しみません》
「デュランダルの動きは早いぞ。奴め、もう甘い言葉を吐きながら、なんだかんだと手を出してきておる」
すでに手を打ちつつあるデュランダル。ナチュラル、そして地球圏へ友好的な態度をとりながら、しっかりと自己の立場を織り混ぜるあたり、政治者として余程の手腕があることは見て取れた。
だが、それも無駄になる。
ジブリールは笑みを浮かべた。
「…皆さんのお手元にも、もう届くと思いますが。ファントムペインが、たいそう面白いものを送ってきてくれました」
アップロードした映像を見る老人たちの目が変わってゆくのが、手に取るようにわかった。
「これは…」
「やれやれ結局そういうことか」
その映像は、メテオブレイカーを破壊しようとする〝ジン〟が映し出されたものだ。それも綺麗に、ファントムが消え去ったようなプラント内の揉め事を示すような形で。
「最高のカードです。これを許せる人間など、この世の何処にも居はしない」
そしてそれは、この上なく強き我等の絆となる。
今度こそ奴等の全てに死を、です。青き清浄なる世界の為に。
「そのために、まずは別れてしまった地球の勢力図を書き直しましょうか。先人たちの尊い犠牲をもってして、ね」
そう言ったジブリールの目には、残忍な光が宿っていた。