ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第33話 自重すると言ったな?あれは嘘だ

 

 

「まずはホワイトグリントのデータを下限値として、各部強度の向上と軽量化。マユちゃんとアスカ夫妻の協力のもと、駆動系や動力系を全て最新フォーマットに移行しました」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

ハリーとマユの案内の元、トランスヴォランサーズ所有の大型倉庫の三番目にやってきたラリーたちが、ハリーに放った開口一番がそれだった。

 

「うわぁ…この人PMCでモビルスーツ開発してる…うわぁ…」

 

クロトやオルガがドン引きする中、ラリーたちが見る先には、〝どこにも存在しない〟フレームで構成されたモビルスーツの内部フレームが横たわっている。

 

外装や、防御用の装甲も何もついていないが、基礎骨格を見ただけでも、地球軍でも、ザフトでも、モルゲンレーテ社製でもない見受けられない新基軸のフレームだ。

 

周りにいる白衣を着た科学者や研究者、データをまとめる技師も錚々たるメンツであり、呆然とするシンとラリーを見つけたアスカ夫妻が仲睦まじくこちらに手を振ってきているが、こっちとしてはそれどころじゃない。

 

リークやトールは頭を抱えている。第一声がそれだったためラリーは思わず額に手を添えて項垂れる。

 

しかし、そんなことではハリーは止まらない。端末とスクリーンを併用しながら集まったスタッフやラリーに説明を開始する。

 

「さらに、各部スラスターも増強。アストレイや、ムラサメのコンペから出たデータを元にモーションパラメーターの再設計、センサー類もザフト、連合問わずに良いものを取り付けたわ。見た目は古いけど、中身は本物よ。最大稼働出力は計算上でもキラのフリーダムの2倍は硬いわよ」

 

「ほんとに馬鹿じゃないの?」

 

「ひ、人が乗ることを考慮してるのか?これ…」

 

配られたスペック表を見るだけでも、ハリーたちが作ろうとしているMSの性能が理解できる。

 

これは〝SEEDの技術で作る高高速域対応型MS〟だ。並のモビルスーツとは比較できないスペックも、この前提条件から大きく逸脱したものに起因する。

 

ムウが発したセリフを聞いてフレイとサイが再び白眼を剥いていた。

 

「当然よ。ねぇラリー?」とラリーを見て答えるハリーとマユからラリーは明後日の方向に視線を逸らす。マリューたちは顔をひくつかせた。

 

「外装は知り合いのところで製作中だけど、あのユニウスセブンのゲテモノMSとやり合うんだもの。前のホワイトグリントを軽く捻れる機体にはしないとね」

 

「最近、シモンズ博士が高負荷実験とか深海水圧実験とかしてると思ったら!!思ったら!!」

 

「ほんとにほんとに馬鹿じゃないの?」

 

ジャジャーンと言わんばかりに、ハリーが紹介する数々の開発案件。最近、拗らせていた部分が形を潜めたから、年相応に落ち着いたと思っていたのに!!その瞬間にラリーが膝から崩れ落ちた。どうやら彼女の頭のネジは本格的に吹っ飛んだらしい。

 

「なによぉ、これくらい平気でしょ?」

 

「さも当然のように、なに言ってるのこの人!?モルゲンレーテの共同開発技研費の額を見て目を疑ったわ!!なんだよ、企業資産を上回っている開発費ってのは!!ウチは傭兵業だぞ!?」

 

「怖いよぉ〜ほんとにこの人知らない間に作ってるから怖いよぉ〜」

 

フレイ含めた作業員たちが、ハリーが作り出した化け物に阿鼻叫喚の叫びを思い思いに上げる。その一部始終を見ていたキサカも、いつもの厳格な顔つきが身を潜めて、見たこともない真顔になっていた。

 

「と言うわけで、さっさとデータ取りの実験をするわよ!乗った乗った!」

 

「え!?乗るの!?まだフレームですけど!?」

 

「コクピットに乗れば変わらないわ!はやくする!!」

 

作っちゃったんだから諦めなさい!と、言わんばかりに、ハリーはパンパンと手を叩いて膝から崩れ落ちていたラリーを無理やり起こすと、コードや記録装置が付いた特製のヘルメットを渡してまだフレームしかないMSのコクピットに手を引いて連れてゆく。

 

「ラリーさんも大変だなぁ…」

 

ラリーの顔は死んでいたが、ハリーがここ最近見せてなかった満面の笑みを浮かべているのを見て、キラは心の中で自分の恩師の恋路の行方に手を合わせるのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「あつい」

 

ここはサウナ。

 

湯気が立ち込める木製の部屋の中で、軽音部の練習から合流したシャニ・A・ベルモンドは、タオルを頭に引っ掛けて汗を流しながら呟く。

 

ここはオノゴロ島にある有数の温泉保養施設だ。以前、ラリーたちがオーブに立ち入った時にカガリが貸切で用意した場所であり、このサウナもフィンランド式を取り入れた本格的なものだった。

 

サウナストーンに水がかけられ、部屋に更に蒸気が発生してゆく。熱波に包まれるそこは、裸で腰にタオルを巻いた歴戦の勇者たちの憩いの場だった。

 

「まじかよ…ラリーさんが落とされるほどの機体か」

 

「凄まじい性能だったよ。あの中に人が乗っているとなると、人外的な機能性を持っているな」

 

久々に帰ってきたリークと言葉を交わすオルガたち。アズラエルの個人的な依頼や傭兵家業もあって、リークたちが家にいる期間はかなり変動的だ。

 

故に、トランスヴォランサーズは請け負った仕事に一区切りがついた後は、こうやって保養施設で休息を兼ねたリフレッシュ期間を設けているのだった。

 

「シンも腕をあげたよなぁ、そいつとやりあったんだろ?どうだった?強かったか?」

 

オルガからの問いに、ラリーの隣に座っているシンは少し困ったように頭を掻いた。

 

「あの時は無我夢中で…あんまり」

 

オッツダルヴァのステイシスを見た途端に、意識が遠くなる感覚を味わって、すぐに全てがクリアになった感覚は覚えている。自分が何をしようとしているのかを正確に理解して、その通りに体が動いてくれているような感覚だ。

 

自分という個が鮮明になるが故に、リークやキラの声が届かなかった部分もある。あの戦いはシンにとっては苦い経験となっていたのだ。

 

「次やったらどうなるか…」

 

「はい!次はないです!!」

 

笑顔でそういうリークに、シンは間髪入れずに声を上げた。笑顔でそう言ったことを言うリークもまた、色々と思うところがあるようだ。そうなったリークは普段は生意気な口を聞くオルガたちすら敬語になる程おっかないのだ。

 

わかっていればいいよといつもの口調に戻るリークに、シンを含めオルガたちも胸を撫で下ろす。

 

「けど、アスランはいいのか?カガリとあのお坊ちゃんのこと」

 

トールが思い出すのは、あのいけ好かない笑みを浮かべたユウナ・ロマ・セイランのこと。モルゲンレーテ社の去り際にも、カガリの肩に無粋に手を置いて、父の事情で本名を名乗れないアスランに、あからさまな眼差しを送っていた男だ。

 

あんなやつにカガリとの関係をもたれることを、ここにいる誰もが是としない。不満げなトールの声に、当の本人であるアスランは…。

 

「…アスラン?」

 

上の空のアスランの横顔を、キラは見つめた。その顔はいつか見たことがあるものだった。アスランがヤキンドゥーエ戦の前に見せた、父への思いを燻らせている顔だ。

 

〝何故気付かぬかッ!我等コーディネーターにとって、パトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!〟

 

脳裏に響く、ザラ派のパイロットの声。あれはまるで悲鳴のように思えた。少なくとも、アスランにとってあの言葉は、父がもたらしたものがいかに重たいものかを再認識させるには、充分すぎる力を持っていたのだ。

 

「アスラン」

 

「え、あぁ、なんだ?キラ」

 

覗き込んできたキラに気がついたアスランは、取り繕うように顔色を変えるが、その様子に親友であるキラはジトと目を細める。

 

「あの通信のことを考えてるの?」

 

「そんなに顔に出ていたか?…すまない」

 

「アスラン。アンタもしかしてザフトに戻るつもりか?カガリを残して」

 

オルガの言葉に、ぎくりと顔を硬らせる。

 

「俺は…」

 

確かにその考えは頭の片隅にはあった。今オーブにいるデュランダル議長に頼めば、なんらかの手を打ってザフトへの復隊も叶うだろう。

 

父の残した遺恨を償うためにも、自分はやはりプラントに戻るべきなのだろうかと、そんな思考が巡るアスランを見て、トールは行儀悪く頬杖をついた。

 

「オーブも、そして地球圏の政治状況が一変するだろう。ユニウスセブンで現れた不明機も、おそらく…」

 

「地球圏の勢力、だろうね」

 

宇宙戦を想定していた自分たちが乗るミネルバを急襲するように現れたのは、明らかに地球軍のものであった。ハイネやレイが出てくれたことと、オーブ軍の助力があったから窮地を脱することはできたが…。

 

「もし、主犯格がコーディネーターと知られれば、世界を再び二分する戦いに発展しかねん。そんな状態で、あの嬢ちゃんを一人にしてみろ?政権を狙う氏族だって政界に出てきてるんだ。誰があの子を守るんだよ」

 

隊長であり、オーブ軍の二佐という立ち位置を持つムウも、アスランの自分一人な考え方に苦言を申す。カガリを今一人にしたら、誰が彼女の受け皿になるというのか。そうなる覚悟を持って、アスランはオーブに身を寄せることにしたのではないのか?

 

アスランもそれをわかっているようで、悲痛そうに顔を強張らせる。どこか彼を責めるような空気を打ち破るように、ラリーは立ち上がった。

 

「いや、事態はもっと酷いことになるかもしれないな。キラ、ヴィヒタを取ってくれ」

 

キラからヤシの葉で作られた団扇状のヴィヒタを受けると、ラリーは何も言わずにその場にいる全員へ熱波を振りかける。ナーバスになる気持ちもわかるが、今はそれをリフレッシュする時だ。バッサバッサと送られる熱波に、肌の上にある汗がじわりと量を増やした。

 

「あーーあつぃい」

 

「はっはっはっ!やっぱりオーブに戻って来たらこれだよなぁ。宇宙じゃシャワーもろくに浴びれないしな」

 

人間、不自由が出れば不満もある。不満があれば気持ちも滅入る。だから、ラリーは快活に笑ってサウナという娯楽を楽しむように全員に笑みを渡したのだ。苦しいことや難しいことは、リフレッシュした後にまた皆で考えればいい。

 

「すまない、こちらにもヴィヒタを」

 

と、そんなやり取りをしてる中、今度はラリーの後ろから声がかけられる。

 

「ああ、どうぞ」

 

キラが頷いてヤシの葉を取り、ラリーに渡すと、まるでバケツリレーのようにラリーは後ろへヤシの葉を差し出し……そして固まった。

 

「元気そうで何よりだな、ラリー」

 

そこにいたのは、くたびれたブロンドの髪の上からタオルを被り、青い目でこちらを見つめる壮麗な男性。

 

あの日から2年。けれど、彼は変わらぬまま、どこか色気があるその風貌と声。そして以前はマスクに隠されていた素顔。喉元にヒュッと吸気が通り抜けた。

 

「げぇ!!クルーゼ!?!?」

 

以前は出かかって、ぐっと込み上げてきた言葉を今度は躊躇なく悲鳴のように言うラリー。アスランとムウが、ズササとクルーゼの名を聞いて身構える。

 

「失礼だな、今の私はクラウド・バーデンラウスだよ」

 

不満そうにラリーへ言葉を返すのは、紛れもなくラウ・ル・クルーゼである。今は名前を「クラウド・バーデンラウス」に変えて、〝ヘリオポリス〟でカレッジの教授をしているが…。

 

「何故お前がここにいる!!?」

 

「湯治だよ」

 

「嘘つけぇ!!!」

 

すぐさまツッコミを入れるラリーに、変わらないなとクルーゼは懐かしげに笑みを浮かべて手を振った。

 

「まぁ冗談だがね。私は妻について来たに過ぎん」

 

クルーゼの妻は、「ホワイトグリント」の調整に関わった数少ない技師の一人だ。戦後にできた伝手で、ハリーが彼女へ技術支援要請を行ったため、クルーゼの湯治も兼ねてバーデンラウス家はオーブへとやってきたのだ。

 

クルーゼ自身、オーブに来るのは承知していたが、ユニウスセブン落下の影響でここまで間延びするのは予想外だった。おかげでゼミのメンバーからはクレームの嵐だったので、出していた課題期間を延長することで収めることになった。

 

「え、クルーゼ隊長…?え…」

 

「あまりの唐突さにアスランが混乱している…」

 

ここにいるメンバーはクルーゼがヘリオポリスにいたことは知っていたが、まさかオーブに来ているとは思ってもいない。さっきまでの陰鬱さがどこにいったのか、アスランは目を点にしてザフト時代では考えられない人当たりの良い顔をするクルーゼを見つめている。

 

「まぁ安心したまえ、君の機体の性能をまた私色に染め上げてやろう」

 

「お前えええ!!誤解を生むような言い方やめろぉおお!!」

 

普段では見せない顔と声を出すラリーに、隣にいるシンもあんぐりと口を開けて呆然としている。そんなラリーへ、クルーゼは高笑いを挙げて指をさした。

 

「はっはっはっ!貴様の顔はお笑い草だぞ、ラリィイイーー!!」

 

カチーン。長らく感じてこなかった感覚。これぞKANNISAWARUといったもの。バッと立ち上がったラリーがタオルをどこぞのマスタークロスばりに構えてクルーゼと相対する。

 

「やはりお前は今ここで死ねぇ!!クルーゼェエエエ!!!!」

 

キエエエ!!と声を上げて全裸の取っ組み合いを始めるラリーとクルーゼを置いておいて、キラたちは早々にサウナを後にする。

 

「ああ、うん。いつもあんな感じだから、放っておいていいよ」

 

「シンー、滝湯行こうぜー」

 

「いいんですか!?放っておいて!?」

 

オルガたちに滝湯方向へ引っ張られながら驚きを隠せないシンに、キラは光を失った目を向けながら笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

その後、ハリーと嫁を前に正座で説教を受けるラリーとクルーゼが目撃されることになるのだった。

 

 

 

 


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