ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第38話 悪魔囁く闇の産声

 

 

 

 

「さて…それで、具体的にはいつから始まりますか、攻撃は」

 

薄暗い部屋の中、ジブリールはワイングラスを緩やかに揺らしながら、熟成された赤ワインの香りを楽しむ。ワインは良い。香りが熟成されてゆくほど、その旨味も際立ってゆく。この数年…いや、前大戦が始まった頃から、ジブリールの内にある計画は熟成を始めていた。

 

その計画の幕が切って落とされようというのだ。

 

だが、上機嫌なジブリールとは違い、通信先である〝大西洋連邦大統領〟の顔は浮かばないものだった。

 

《そう簡単にはいかんよジブリール。ユーラシア連合の協議も収拾できていないのだからな》

 

そう言う彼の顔は渋い。

 

彼もまた、強いナチュラル至上主義者だ。前大戦でガタガタになった内政をその手腕で立て直した政治力もさることながら、その地位まで上り詰めたのは彼自身のナチュラル至上主義の考え方にもある。

 

大西洋連邦の人口は多くがナチュラルだ。コーディネーターを蛮族と唾棄する民意が多かったことは、彼自身にとっても大きな追い風となっただろう。

 

だが、大西洋連邦と対をなすユーラシア連合の動きに彼は苦虫を噛み潰す思いだった。忌々しい「三隻同盟」を皮切りに、ユーラシアの政策はコーディネーターとの同調方向へと舵を切っていたのだ。

 

《プラントは未だに協議を続けたいと様々な手を打ってきておるし、声明や同盟に否定的な国もあるのだ。そんな中、そうそう強引な事は…》

 

「おやおや。前にも言ったはずですよ。そんなものプラントさえ討ってしまえば全て治まると」

 

《ユーラシアを無下にはできん》

 

仮に、ユーラシアを抜きにして大戦を始めたとしても、ユーラシアのトップにハルバートンがいる以上、あらゆる手で大戦の妨害をしてくるはずだ。もっと言うならば、ユーラシアと大西洋の戦争に発展する危険もある。

 

理想的なものは、大西洋とユーラシアが手を組み、共にコーディネーターを打つために立ち上がると言う図式だ。地球圏の勢力が二分されている状況下で戦争状態に突入しても、国民の胆力が削がれることになる上に、ユーラシアという国力を無視することもできない。

 

すると、ジブリールはたっぷりとテイスティングしたワインを一口運んでから、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「それはすでに手を打ってあります。…明日にでも彼らはこちら側に転がり込みます」

 

その笑みに、大西洋連邦の大統領はぞくりと背筋を凍えさせた。深淵のような瞳から放たれる言葉は、深く言わずとも彼が何をしようとしているのか容易に想像することができた。

 

ユーラシアでも、現体制に不満抱く武官や将校は多くいると聞く。そしてジブリールが属するブルーコスモスにも。元はナチュラルに比率を置く国家と組織だ。それのトップが融和へと舵を切ったところで、それについて行く者は多くない。ついて行くとしても意識改革からのスタートなのだから、2年という短期間で変えられるものなど、たかが知れている。

 

ジブリールは、その2年という時間に目をつけた。この短期間故に、反感を覚える者たちのストレスは最高潮に達している。

 

爆発寸前の火薬倉庫にマッチを投げ入れるという簡単な作業。それだけで彼らに焚きつけることなど造作もない。

 

「プラント…コーディネーターが居なくなった後の世界で、一体誰が逆らえると言うんです?赤道連合?スカンジナビア王国?あぁ怖いのはオーブですか」

 

ハッと大統領が懸念する〝先の世界〟のことをジブリールは鼻で笑った。そんなことを懸念するほど、世界は前時代的なものではない。

 

ナチュラルとコーディネーター。

 

その種族がいがみ合う世界が、そんなロートルな物の上に成り立ってるという考えを持つこと自体が既に時代遅れなのだ。

 

「世界を動かすのは人の心や感情論でも、ましてや政治面のマネーゲームでもない。もっと単純、しかして複雑なものです」

 

規範。もしくは極めて単純化された反復するルール。あるいは直線的な思考の羅列。

 

ネットワーク、資本、それらを管理する複合企業もろもろが生み出したシステム。

 

だからこそ、創り上げる者とそれを管理する者が必要だ。

 

「システムを管理しなければ荒廃するのが世界です。誰だって自分の庭には好きな木を植え、芝を張り、綺麗な花を咲かせたがるものでしょ?」

 

誰だってそうだ。複雑に入り乱れたシステムよりも、整然としたシステムのほうがわかりやすいし、飲み込みやすい。

 

「人間という生き物は、そういうものが好きなんですよ。きちんと管理された場所、物、安全な未来がね。それを提供しようと言うのですよ、我々が」

 

そうやって人は、世界をより良いものにしようとしてきた。そうしようとしてきた。

 

街を造り、道具を作り、ルールを作って。

 

資本主義、共産主義、主義主張と紐付けで道徳や人道を作った。

 

そして今、それをかつてないほどの壮大な規模でやれるチャンスを得た。

 

「…国家解体戦争。コーディネーターと同調しようなどという愚かなユーラシアの人間には理解できない崇高な思想だ。限りある資源、限りある市場、資材、人材。それを我々が適度に分配しようと言うのだ」

 

だから、システム上のバグや矛盾点を解消しましょう。そう言ってジブリールはワインを楽しみながら微笑む。

 

「邪魔をするものは討って、殺して、早く次の楽しいステップに進みましょう。変革には血が流れるものです。いつの時代でも」

 

大西洋はその時代を作るために多くの資金と人材と命を捧げてきた。その対価を得る資格がある。大統領にその価値観を擦り込ませ続けてきた男は狂気的な笑みを浮かべたまま、大統領へ囁く。

 

「その先にある、我々ロゴスの新たなる世界システムの構築という礎のためにね」

 

それはまさに、悪魔のような囁きだった。

 

 

 

 

 

////

 

 

 

アルザッヘル基地より数百キロ離れた場所に展開していたユーラシア連合所属の宇宙艦隊。その旗艦であるメネラオスⅡに乗艦していたデュエイン・ハルバートンは、大西洋連邦がプラントに提示した条件を目にして怒りを露わにしていた。

 

「どういうつもりなのだ!大西洋連邦は!!」

 

シートにノーマルスーツの手袋を叩きつける。あまりにも下劣で、品性のない要求だ。第一、ユニウスセブン落下時に増援を送ったのはハルバートン指揮下の艦隊であり、帰還した指揮官からも所属不明、しかし連合軍所有の機体に酷似した機体の妨害を受けたと聞いている。

 

その情報はすぐに外交ルートを通じて、大西洋連邦へ報告されたというのに、それで打ち上がってきた要求がコレだ。ハルバートンの怒りは最もだった。

 

「こんな通告、通らないことはわかりきっている。これはある種の宣戦布告に他ならないぞ!!正気なのか!?まだあの大戦から立ち直っていない世界を、再び戦乱の世に戻すつもりなのか!」

 

「閣下!メネラオス、発進準備完了致しました!」

 

下士官の報告に頷き、ハルバートンは着慣れたノーマルスーツのヘルメットを被ると艦長席の隣に設けられた座席へと腰を下ろした。

 

「まずはプラント政府に連絡を。議長には私が話をする。メネラオス旗下、全艦隊は発進準備!すぐに出すようにクルーに連絡を」

 

「しかし閣下自らがプラントに出向くことは」

 

「こういう時にトップが動かなければ、下の者たちは納得せん!大西洋連邦と、ここまで話が拗れた以上、相応の責任を互いに取らねばなるまい」

 

ハルバートンの答えを聞いた副官は敬礼で返し、艦長席へと着席する。副官を務めてくれる者も、前大戦から共に歩んでくれた戦友だ。何食わぬ顔で付き従ってくれる彼のことを、ハルバートンは誇りに思っている。

 

デュエイン・ハルバートンにとって、権力というものに執着などありはしなかった。あってはならないとも彼は思っている。

 

ハルバートンがユーラシア連邦のトップへと進むことができたのは、あの凄惨極まった戦争で、自身の身すら顧みずに戦いを止めるために散っていった多くの兵士や若者のおかげだった。

 

彼が願ったナチュラルにもコーディネーターにも優しい世界を実現するために、ハルバートンは2年の月日を融和への道のために捧げ続けた。

 

だが、世界はそれで変えられるほど甘くはない。現に、今まさに融和への道を断とうとする者たちがはびこり、世界は再び戦乱の世へと戻ろうとしている。ハルバートンは深く座席に持たれながら、息をついた。

 

まったく、あの戦いから、平穏な世界を2年も謳歌できんとは…。

 

「閣下、友軍の艦隊が本艦隊へ接近中です。合流まで残り5000」

 

「何?友軍への打診は行っていないぞ」

 

通信官からの報告に疑念の声を上げた艦長に、ハルバートンもブリッジから見える景色に注視した。そこには、アルザッヘル基地から上がってきた地球連合軍の船が数隻見えていた。

 

「しかし、シグナルははっきりと…これは!?熱源探知!ブルー55、アルファ!!これは…モビルスーツです!!」

 

「なんだと!?」

 

「続いて高エネルギー反応確認!来ます!!」

 

「回避!!」

 

それは突然だった。ノーマルスーツのバイザーを下げたハルバートンらが見たものは、飛来した極光に穿たれた有軍艦の姿だった。

 

「ブランツルノーに直撃!大破!」

 

「友軍から攻撃が!?」

 

いや、あれは友軍艦ではない!ハルバートンは戸惑いを隠せなかったが、力強く断言する。新型のウィンダムを出撃させた相手は、その砲塔をこちらに向けていた。

 

融和への道を歩み出していたユーラシア。その内部には、反コーディネーター派の士官もいた。彼らとの話し合いや折り合いも付けつつ、今の進路に向かっていたというのに、納得した顔をしながら、反対派は虎視眈々と機を狙っていたのだ。

 

トップの座を挿げ替えるその瞬間を。

 

「ええい、戦争屋どもめ!血迷ったか!!全艦、対艦、対モビルスーツ戦闘用意!弾幕!とにかく距離を稼げ!」

 

「ダメです!完全に捕捉されました!!」

 

「どうあっても、この戦争を起こしたいらしいな、連中は!!」

 

「ミサイル来ます!!」

 

IFF(味方識別信号)すら改変された状態であり、友軍への迎撃すら封じられた状況で挑む戦いは絶望的であった。

 

後方という無防備な位置を逆手に取られた宇宙艦隊は、奮戦虚しく、瞬く間に撃破されてゆき、ハルバートンが乗るメネラオスⅡも、その閃光の火に焼かれて行くのだった。

 

 

 

 

 

////

 

 

 

アメリカ、デトロイト州。

 

「ええ、ええ。わかりました」

 

そこに本拠地を置くアズラエル財団。執務室で電話を切ったアズラエルへ、側近が言葉をかける。

 

「アズラエル理事。大西洋連邦は何と」

 

「ブルーコスモスの技術支援も取り付けたい様子ですねぇ。まったく、戦が好きな方々だ」

 

「しかし、ウィンダムの製造比率を5倍とは…彼らの財源はどこから」

 

送られてきた発注書は目を疑うものだった。新型機であるウィンダムの製造増加と、各武装系統の新造設計、追加発注、これではまるで戦時中のようではないか。

 

顔をしかめる側近に、アズラエルも難しい表情のままだった。

 

「おそらく、我々の同胞が一枚噛んでいるのでしょうね」

 

「ロード・ジブリール殿ですか」

 

間髪入れずに答える側近の察しの良さに、アズラエルは小さく笑みをこぼした。どうやらブルーコスモス内でも、ジブリールの権利濫用ぶりは知れ渡っているらしい。

 

「彼とは今後の身の振り方について話をしなければなりません。下手をすれば、再び地球を失う惨事になりかねません」

 

アズラエルも間抜けではない。何か画策しているジブリールのことは察知はしていたが、彼が尻尾を見せ始めたのは最近のこと…フレイ・アルスターから報告があった「アーモリーワン」での事件からだ。

 

それまで一切影すら見せなかった彼の悪行の数々の尻尾が朧げにも見え始めてきていた。

 

だが、ジブリールの真意を確かめるには、まだひと押しが足りない。故に、アズラエルは自ら彼と会談を行うことにしたのだ。

 

「アポイントは私が」

 

「頼みますよ」

 

一礼して執務室から出て行く側近を見送り、アズラエルは大きな窓から見えるデトロイトの街並みを見つめる。

 

ユニウスセブンの落下の影響はアメリカ大陸にも及んでいる。財団やブルーコスモスも、被災した地域や、家屋を失った人々への支援を始めているが、まだ全てに手が回らない状態だ。死傷者や被害すら把握できていないというのに、海の向こう側では戦争の準備を始めている。

 

まったく、やれやれだと言いたくなるものだ。

 

「しかし、一息つく暇もありませんね。こんなことなら僕も共に行くべきでしたよ、フレイさん」

 

執務室の机に置かれているのは、サイとフレイの結婚式で撮影した写真だ。父が前大戦で亡くなっているフレイは、ヴァージンロードの伴をアズラエルに頼んだのだ。

 

ジョージ・アルスターから後見人を頼まれたとは言え、アズラエルとフレイは十も離れていない年齢差だ。最初はアズラエルも渋ったが、フレイの花嫁姿を見て瞬間、歳の差などという考えは吹き飛んだ。

 

自分の手を離れてサイと幸せそうに微笑むフレイの顔をアズラエルは今でも覚えている。そんな彼女を託されたのだと自覚したのもその時だ。

 

せめて、彼女が産む子供たちが、自分と同じようなコンプレックスを抱かない世界を作ろうと頑張ってはきたのだが…。

 

「まったく、世界を守るのも変えるのも、一筋縄では…」

 

その刹那、ガラスが貫かれる音が響いた。あまりにも静かに、あまりにも鋭く。

 

体が衝撃に貫かれる。アズラエルは立ったまま机の角へ押されてバランスを崩した。一体、何が起こった?その疑問よりも先に、込み上げてくるものがアズラエルの思考を奪い去って行く。

 

「がっ…」

 

鉄の匂いと熱い液体が口に広がり、吐き出される。体を弄るように手を這わせると、その内側は真っ赤に染め上げられていた。

 

…撃たれた。

 

それだけが思考に焼き付き、アズラエルは意識を手放した。真っ赤な血が机からフレイたちとの写真へと伸び、そのまま力なく床へと落ちる。

 

「アズラエル理事、出立の手配は…」

 

執務室へと戻ってきた側近が目にしたのは、床に倒れるアズラエルの姿と、徐々に広がり始めた血の海だった。

 

「理事!?アズラエル理事!!」

 

手に持っていた書類を手放して、意識がないアズラエルの元へと駆け寄る。すぐさま彼の傷を確認すると、腹部にかけて酷い傷が穿たれているのが見えた。窓ガラスには一点の穴が空いている。

 

おそらく、アズラエルは何者かに狙撃されたのだ。側近はすぐに窓からアズラエルを引っ張って離して、止血作業へと入った。

 

「しっかりしてください!アズラエル!!」

 

呼びかけるもアズラエルに反応はない。とにかく今は止血するしかない。袖を破って傷口に押さえつける様を、離れたビルからスコープ越しに見ていた男は興味なさげに通信機を繋げた。

 

《目標の排除を確認した。これより撤収する》

 

《ご苦労。すでにポイント2-3へ工作部隊が展開済み。アズラエル財団のクライアントへは連絡を。上層部の机はすべて君たちの物になると伝えてくれ》

 

すでにアズラエルがいる施設は包囲されている。上からはヘリ、下からは工作隊が彼の息の根を止めるために展開しているのだ。

 

通信機の向こう側にいるブルーコスモス幹部の男は、ニヤリと笑みを浮かべてこう続けた。

 

《すべては、青き清浄なる世界のために》

 

 

 

 

 

 

 


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