ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第48話 堕天飛翔

 

息が苦しい。

 

コクピットの中がヤケに狭く感じる。

 

自分の荒い息がよく聞こえる。心臓の鼓動も。操縦桿を握る手。手足のように挙動するモビルスーツの動き。理想通りに動くモニターの視界。

 

全てが純然に動く視界の中でも、その息苦しさが無くなることはない。

 

フットペダルを踏み込む。機体は飛翔し、敵から放たれた攻撃を難なく避けられるはずなのに。

 

「くぅ…うぅ…っ!!」

 

飛び上がった機体の爪先が焼かれる感覚が、鉄の骨子を通して五感に届く。何もかもがギリギリの戦いだ。全てを重く感じ、全てがワンテンポ遅れているようにも感じる。

 

理想通りの動きをしていると言うのに、その答えはどこまでも噛み合うことがなかった。

 

「右側…!!」

 

エクスカリバーを操るキラは、その未知の領域にいる相手と立ち回りながらも、奮戦するクルーゼのサポートに回ることしかできなかった。

 

動きは見えるのに…!!

 

クルーゼとマイブリスの戦いを目にしながら、キラはその戦いの展開速度について行くのがやっとだった。

 

片腕を破壊されていると言うのに、敵の動きは衰えるどころか、より精度を上げて、早くなっていっている。

 

時折、自分に向けられるハイレーザー砲の砲口に、キラはぞくりと背筋を凍らせるばかりだと言うのに、クルーゼはその動きを完全に捉え、抑え込んでいたのだ。

 

こちらに向けられたハイレーザー砲の砲塔。その僅かな隙を確実に逃さず、自分から逸れたハイレーザー砲にビームライフルの閃光を打ち込む。

 

その一閃を避けたマイブリスは、嫌がるように背部のミサイルポットから火を吹いて弾頭を打ち上げていくが、クルーゼの判断は早かった。

 

空いた手に持っていたビームサーベルを出力させた状態で投擲し、ミサイルが打ち上がる間際の真上へと到達すると、ビーム刃へライフルを向けた。

 

「名付けて、ビームコンフューズ!」

 

ビームサーベルへ、更に外力としてビームを当てることで、粒子を拡散させて敵からのビームや実弾などを撃退する。前大戦時にラリーがクルーゼに行った攻撃を、彼は久々の地球の戦いで完全に再現したのだ。

 

地上では減衰率が高くビームの威力は著しく落ちる。とはいえ、高熱を発するビーム粒子はマイブリスが打ち上げようとしていたミサイルを食い潰し、あっという間に誘爆させた。

 

『くっそ!こいつ…強ぇ!』

 

対抗手段でもあったミサイルをこうも簡単に…!!狭苦しいコクピットの中でロイは目の前にいる可変MSに底知れぬ恐怖を感じていた。

 

マイブリスも相当仕上がっている機体だ。

 

機体スペックなら、現存するどの機体の性能を圧倒できるほどの防御力と、火力、そして機動性を有しているはずなのに、相手はその一手先を容赦なく繰り出してくる。

 

引き撃ちへと持ち込もうとすれば、相手は即座に優位と見た立ち位置に目星をつけて距離を取り、削ぐようなビームを撃ち放ってくる。

 

近づいて殴って気持ち良くなるような単純なパイロットでは断じてない。近距離を制し、遠距離も制する。明らかに熟練された腕を持つパイロットだ。

 

しかし、その抜きん出た力を感じるパイロットは相手に二人だけだ。レイテルパラッシュを駆るウィン・Dが苦戦する流星。そして、データにはないもう一人。あとの二機…キラ・ヤマトと、シン・アスカの機体には鋭さや機敏性はあるが、こちらを陥れるという驚異性を感じることはなかった。

 

この戦闘中でも、キラ・ヤマトのMSはどこかぎこちなさそうな動きをしており、見方を変えれば味方の邪魔をしかねない危うさがあるように見えた。

 

そして、その事実は覆しようのないものになる。

 

個の優位性というものは、『軍勢』の中で煌めくものだとロイは知っている。流星という存在が如何に優れたものであっても、個という単一優勢では勝ち取れるものは少なく、守れる範囲も狭くなる。

 

大西洋のエージェントが紛れたオーブ軍も、流星をこちらが引き受けているので、軍勢としての数的優位を取り戻しつつある。爆撃機が基地に到着するのも時間の問題だ。

 

『上等だぜ…クソ流星野郎。釘付けにはさせてもらうぞ』

 

ならば、今自分がなすべき事をしよう。ロイは空になったミサイルタンクを捨て去り、二連装ハイレーザー砲とビームサーベルを構えて、自分よりも優位な相手に吠え、立ち向かう。

 

それが、彼自身…いや、彼らの存在意義でもあるのだから。

 

 

 

 

////

 

 

 

トランスヴォランサーズ、極秘格納庫。

 

地下41階という海底に作られた格納庫へと降りたハリーたちは、物資の運び込みを進めながら上から響いてくる音へ耳を澄ました。

 

「外の音、だんだん激しくなってきてるわね」

 

かなり深い場所だというのに、ここまで揺れと爆音が聞こえてきている。高速域で地下へと向かえるエレベーターに乗る間際に感知した、あのゲテモノMS。今回の作戦はオーブというよりも、その裏にいる者の力を垣間見ることになった。

 

ハリーは残った機体とフレームを積み込んで、せっせと〝ハンガー〟を使えるものへと調整していく。この地下に来たのは、逃げ込むためではない。作業着に着替えたフレイや、クルーゼの妻も習うように余剰パーツや予備武装を点検し、指定されたコンテナへと搬入して行く。

 

「爆撃機、新たに六機出現!シン!お前から見て二時の方向だ!」

 

ハリーたちが準備をする中、その「船」のブリッジは暗闇に包まれており、低出力を維持するために最低限のモニターや機器の明かりが灯っているだけだった。

 

早期管制システムである「オービット」でシンに指示を出す管制官、ニック・ランドールは、刻一刻と悪化して行く情勢を見つめながら顔をしかめた。爆撃機の数は増える一方で、しかも広範囲に展開している。キラやラリーも援護に向かえればいいが、現れた所属不明機との戦闘で手一杯と言ったところだ。

 

このままでは撃退する前にシンの機体のエネルギーが尽き果ててしまう。

 

「艦長!!」

 

ニックが怒声のような声を上げるが、ブリッジの艦長席に座る男性は何も言わないまま深く、くたびれた地球連合軍の帽子を被って沈黙を守っている。副艦長席に座る女性も、何も言わない艦長と同じようにジッとその時を待っているように見えた。

 

「データ受信、完了!物資の積み込みも終わりました!」

 

オペレーターとしての職務に復帰したサイが、長く掛かっていた作業を終えて報告する。基地内に残されていたデータや、これまでの戦術データの全てが、この船に集約された。

 

それを聞いた瞬間、座っていた艦長は立ち上がり、指示を放つ。

 

「よし、艦起動と同時に特装砲発射準備!できるな?」

 

開く事を想定していない出口を前に言う艦長の言葉に、長年彼からの操舵を担ってきた操舵手は軽い敬礼と共に頷く。

 

「お任せあれ!」

 

トランスヴォランサーズの社長であり、前大戦からメビウスライダー隊が所属する船の艦長を務めてきた男、ドレイク・バーフォードの言葉が走ったと同時、暗がりにあったブリッジに灯りが灯り、各オペレーターが忙しなく動き始めた。

 

「各員、発進シークエンスを始めます。非常事態のため、プロセスC-30からL-21まで省略!」

 

副艦長席に座るのは、長らく戦線から離れていたマリュー・ラミアスだ。普段の若奥様からは考えられない毅然とした顔つきと声で、オペレーターたちへと指示を出して行く。

 

「主動力、オンライン!出力上昇、異常なし。基地内のコンジットへオンライン!パワーをアキュムレーターに接続!」

 

「接続を確認、フロー正常!定格まで20秒。生命維持装置異常なし!」

 

彼らも、共に流星たちと戦ったクラックスや三隻同盟の仲間たちだ。何度も繰り返した予行練習と同じように、淀みのない動きで火が入っていなかったエンジンへとエネルギーを送って行く。

 

「CICオンライン。武器システム、オンライン。FCS、コンタクト。磁場チェンバー及びペレットディスペンサー、アイドリング、正常」

 

「外装衝撃ダンパー、最大出力でホールド。主動力、コンタクト」

 

「エンジン、異常なし。全システム、オンライン。発進準備完了!」

 

格納庫から、この2年で積もったホコリが落ちて行く。固定ブリッジが解放され、閉ざされていた水門が開き、海底航行に備えて注水が始まった。

 

ドレイクは艦長席に備わる放送端末を持ち、全艦放送で言葉を発した。

 

「総員、艦長のドレイク・バーフォードだ。しばし我が家とは別れる。だが、こうなることを予測され、我々は力を蓄えてきた」

 

本来ならば、あの大戦から使われる事なく、役目を終えて朽ちるはずだった船。それに手を加えて、動かし、来るべきではない…しかし、いざという時のために備えて準備をしてきた。

 

故に、今自分たちは足踏みする事なく、進まなければなるまい。

 

「世界が再び、私利私欲と策謀にまみれた戦乱へと戻る事を防ぐため、我々は飛び立つ。生きて、我々が去っていった者たちから引き継いだ使命を果たす」

 

「ゴットフリート、一番。目標、前方隔壁!」

 

「衝撃及び突発的な艦体の損傷に備えよ。微速前進。ドミニオン、発進!!」

 

直後、爆音が響く。海上が白泡を纏って、高く水柱が立ち上った。

 

『なんだ!?』

 

ラリーのスピアヘッドを追い立てていたレイテルパラッシュは、突如として巻き上がった白波に意識が削がれる。その隙をラリーは見逃さなかった。

 

「よそ見!!」

 

放たれたビーム砲は、レイテルパラッシュの脚部を掠めた。直撃は免れたが、機動性を維持するためのスラスターが焼き切れる。顔をしかめるウィン・Dは、安定しないレイテルパラッシュを扱いながら、白波から現れた巨大な影を見た。

 

「待ってたぜ、バーフォード艦長…!!」

 

白波を突き破って空へと上がったのは、漆黒の船。大天使の異名を持つ姉妹艦とは違う、主天使の異名を与えられた船は、本来ならば潰えていたはずの翼をはためかせて、大空へと舞う。

 

「あれは…ドミニオン!!」

 

その瞬間、優位だったオーブ軍の状況は、一変した。

 

 

 

 

 

 

 


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