ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
ミッションの内容を説明する。
オーダーは僕、ユウナ・ロマ・セイランと僕に賛同にしてくれた氏族のご子息ら数名で結成したレジスタンスから出資することになった。
現在、オーブ首長国連邦は主権を狙う氏族たちの暗躍によって、大西洋連邦との同盟路線へと舵を切ろうとしている。
オーブ議会や、行政府も、残念ながら氏族の手に落ちているだろう。
事もあろうに彼らは、最も障害たるアスハ家の当主ウズミ様と、現代表であるホムラ様の二名を暗殺した。それも、他の入院患者がいるはずの病院を爆破テロに見せかけてだ。
この事件には大西洋のエージェント数人が関与している情報を入手しているが、オーブの実権は彼らのものだ。トランスヴォランサーズが主犯格として内外へ報道されている以上、下手に抗議しても揉み消されるか…あるいは別の手段を用いていくる危険性が高い。
君たちへのオーダーは二つ。
まずは、カガリ・ユラ・アスハの奪還と保護だ。
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「アレックス殿!こちらです」
オーブのパイロットスーツに身を包んだアスランは人払いされたオーブ軍のMSデッキを駆け抜けていた。目的はすでにエンジンに火が入ったムラサメに搭乗すること。
今回の任務はアスラン自身の単独ミッションだった。ユウナが行ったブリーフィングでは、この任務を任されるのはラリーか、キラの二人かと話が出ていたが、ユウナ自身がアスランを指名したのだ。
協力者であるオーブ軍高官に導かれるまま、アスランは無人のムラサメへと乗り込む。操作手順はすでに把握している。エンジンの出力を上げたムラサメは、氏族派閥の誰にも気づかれることなく、静かに基地から飛び立った。
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タイミングは僕が手引きをする。彼女とは直日に結婚する手筈になっている。だが、僕としてはその強引な政略結婚を受け入れるわけにはいかない。
作戦は結婚式の最中に行う。
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アスラン、済まない。ちゃんと一度、話をしようと思っていたんだが…もう動けなくなってしまった。
オーブが世界安全保障条約機構に加盟する事は、もう知っているだろう。そして私は今、ユウナ・ロマとの結婚式を控えて、セイラン家に居る。
急な話だが、今は情勢が情勢だから仕方がない。
今、国にはしっかりした、皆が安心出来る指導者と態勢が、確かに必要なのだ。
この先、世界とその中で、オーブがどう動いていくことになるかは、まだ判らないが、例えどんなに非力でも、私はオーブの議員としてすべき事をせねばならない。
ちゃんと話しもせずにこんなこと、ほんとは嫌なんだけどな。ごめん。皆が平和に幸福に暮らせるような国にするために私も頑張るから。
だから…
「勝手に一人で決めて…ハツカネズミになってるのはどっちだ…!!馬鹿野郎!!」
カガリの側近から渡された手紙を思い返すたびに、アスランは腹が立って仕方がなかった。何が平和のために頑張るだ。あんな涙と震えた文字にまみれた手紙を読んで、納得できると思っているのか…!!
父であるウズミが爆破テロの犠牲になってからというもの、国葬の葬儀の準備と、急遽決定したユウナ・ロマ・セイランとの結婚のせいで、彼女は氏族派の議員たちの手によってほぼ幽閉状態となってしまった。
まさに絶海の塔に囚われた姫君と言える。あんな形でしかSOSを出せない彼女に、アスランは納得する反面、年相応の腹立たしさを抱いて仕方がない。
とにかく今は、早く式場である岬へと向かうしかない。アスランはヘルメットのなかで目を鋭くさせながら、スラスターのスロットルをあげるのだった。
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先行したドミニオンは、ユウナらレジスタンスから指定された〝抜け穴〟から先にオーブ沖合へと離脱する中、基地内で最終調整が進められる戦艦、アークエンジェルも発進の時を迎えつつあった。
「定格起動中。コンジット及びAPUオンライン。パワーフロー正常。遮蔽フィールド、形成ゲイン良好。放射線量は許容範囲内です」
「外装衝撃ダンパー出力30%でホールド!気密隔壁及び水密隔壁、全閉鎖を確認。生命維持装置正常に機能中!」
各員が忙しく起動準備に入る中、ブリッジに通ずる扉が開き、マリュー・ラミアスがオーブ軍の制服に身を包んで現れた。
「艦長がブリッジへ!」
「あー、ナタル?」
マリューがブリッジに上がってきたと同時、声を張り上げた副艦長席に座る、ナタル・バジルールへマリューは申し訳なさげに声をかけた。
「何でしょうか、ラミアス艦長」
「やっぱり、貴女がこちらの席にお座りになりません?」
バジルールは地球軍から退役したあとも、オーブ軍で艦隊指揮や後任の育成に従事しており、戦線から離れたマリューよりも多くの経験やスキルを身につけている。
にも関わらず、この作戦へ志願した彼女は、艦長席に一切の興味を持たずに颯爽と歩んでは副艦長席へと腰を下ろしたのだ。
弱々しいマリューの声に、ナタルは深く被った軍帽越しにマリューの顔を見上げて、真摯な声で答えた。
「元より人手不足のこの艦です。火器管制官と副艦長として私は従事いたします。それに、そこは貴女の席でしょう?ラミアス艦長」
貴女がうまく使ってくれるなら文句はない。そう言わんばかりの顔つきと副音声がマリューには聞こえたような気がした。ナタルとめでたくお付き合いすることになった操舵手であるアーノルド・ノイマンは、まったく変わらない彼女の頑固さに小さく笑う。
マリューも観念したように軍帽を被ると艦長席へと腰を下ろした。
「主動力コンタクト。システムオールグリーン。アークエンジェル全ステーション、オンライン!」
アークエンジェルの発艦準備が進む中、デッキと繋がる連絡橋の上で、見送る形となったシンは両親と言葉を交わす。
「母さん、父さん」
ユウナや、彼に協力したオーブ軍兵によって難を逃れたシンの家族や、リークの家族たちが見送る中、シンの両親は愛情深く息子を抱きしめてから、恩師であるラリーへ視線を向け、頭を下げる。
「ラリーさん。息子を頼みます」
「はい、任せておいてください」
父の言葉に、ラリーはいつもと同じように答える。これはラリーがシンを守るのではなく、シン自身が己の身を守った上で戦うことを見守る誓約でもあった。
一人前のパイロットとなったシンの肩に手を置いて、シンの父は言葉を紡ぐ。
「シン、お前の力を尽くせ。さすれば、必ず道は開く」
「わかったよ、父さん」
両親が離れると、入れ替わるように妹であるマユが力ない様子でシンへと抱きつく。再び、前の凄惨な戦いになろうとする世界へ飛び立とうというのだ。普段は気丈に振る舞うマユでも、今日ばかりは弱々しいものだった。
「マユ」
「……帰ってこなかったら、怒るんだから。絶対、帰ってきて。ラリーさんも連れて帰ってきてね」
「ああ、お兄ちゃんに任せておけ」
差し出された妹の小指に、自分の小指を絡ませて約束する。自分たちは必ず戻ってくると。
「母さん」
キラも、オーブに暮らし始めてから共に生活をしていた母であるカリダ・ヤマトと別れを言葉を交わす。また心配をかけるねと申し訳なさそうに言うキラに、カリダは手を握りながら微笑んだ。
「忘れないで。貴方の家は此処よ。私はいつでも此処にいて、そして貴方を愛してるわ」
ギュッと握られる手に力が篭る。たとえ実子でなくても、共に過ごした日々は本物だ。カリダは立派になったキラを誇りに思う。だから——。
「だから、必ず帰ってきて」
トランスヴォランサーズで大きな任務があるたびに交わしてきた言葉だ。キラは母の手を握りらしめて笑顔で頷く。
「うん、行ってきます」
ドッグ内にアラームが鳴り響く。連絡橋が外され、アークエンジェルは発進準備へと入ってゆく。
「ムウさん、こっちは任せとけ!」
「マリューさんたちを任せますよー!」
残留し、ユウナやレジスタンスの補助をするオーブ軍人に混ざって、オルガやクロトが離れてゆくムウやキラたちに手を振っていた。当面は水面下での情報戦になるだろうが、レジスタンスが立つときは、彼らが大きな役に立つだろう。
「まったく、元気のいいひよっこどもだ」
そんなオルガたちを見て、ムウは小さく笑った。自分たちがオーブを離れても、彼らがいるなら大丈夫だろう。
だからこそ、自分たちは己が果たすべき使命を果たそう。
「注水始め!」
「ラミネート装甲、全プレート通電確認。融除剤ジェルインジェクター圧力正常。APUコンジット。分離を確認」
「150…180…調圧弁30。FCS及び全兵装バンク、レミテーターオンライン。フルゲージ」
ドッグ内が海水で満たされてゆく。ドミニオンはバーフォード艦長指揮の元、先に出発した。こちらは計画通りにことを進める。
「メインゲート開放後、拘束アーム、解除。機関20%、前進微速」
拘束アームが解除されたアークエンジェルは、開かれたメインゲートからオーブ近海の海底へと出る。艦長にマリュー。副艦長にナタル。操舵手はノイマン、サイやミリアリアも乗せた大天使は、大きく上へ、上へと登ってゆく。
「水路離脱後、上昇角30。機関最大!各部チェック完了。全ステーション正常!」
「海面まで10秒、現在推力最大」
「浮上後、離水!アークエンジェル発進します!」
水しぶきを上げて飛び立った白き船は、青空のした姫君を迎えるために空をかけてゆくのだった。
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まずはオーブ軍のムラサメを奪取し、味方の識別コードを使って式場へと接近、そのまま祭壇へ上がったカガリを保護し、君たちは離脱してくれ。退路はどうにかして確保しよう。国境警備を担当する部隊にも話は通してある。
カガリを奪還したのち、君たちはドミニオンでオーブ国外へと脱出してくれ。
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《今日、ここに婚儀を報告し、またハウメアの許しを得んと、この祭壇の前に進みたる者の名は、ユウナ・ロマ・セイラン。そしてカガリ・ユラ・アスハか?》
「はい」
厳かに、ユウナとカガリの〝結婚式〟が進む中、オーブ空軍に衝撃が走った。
《アンノウン接近中!アンノウン接近中!スクランブル!》
オーブ近海の沖合に突如として戦艦クラスの船が浮上したのだ。それを合図にするように、オーブ軍基地から飛び立ったムラサメが、指定のコースを大きく外れ、オーブや内外の著名人が招かれている結婚式場へと向かっている。
《第二護衛艦軍、出港準備!》
まさにオーブ軍からしたら寝耳に水の事態だろう。誰もこの突如として起こった事態に対応できていなかった。ある一部の者たちを除いて。
《この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアは其方達の願い、聞き届けるであろう。今、改めて問う。互いに誓いし心に偽りはないか?》
「はい…ほら、カガリも」
勿体ぶるような形で式を遅らせるカガリ。それに苛立たしさを隠して式を進めようとするユウナ。まるで絵に書いた政略結婚だ。ウナトが描いた道を、二人は面白いように歩いている。〝そう見せている〟にもかかわらず、面白いほどに誰も二人の様子に疑問をもたない。
カガリを抱きとめるように胸元へ彼女の頭を持っていくユウナ。その胸ポケットには、ハンズフリー状態にした通信端末が仕舞われている。
そのことを知るのは、ユウナと、カガリだけだ。
『駄目です!軍本部からの追撃、間に合いません!』
「ユウナ様!カガリ様!避難を!」
(来たな…!)
暴風を撒き散らして現れたのは、信じられないほど低空飛行で飛んできたムラサメだった。神父の衣装を吹き飛ばさん勢いで降りてきたムラサメは、ユウナと打ち合わせした通りに、祭壇となった場所へと容赦なく降り立つ。
「なんだ?どうした!?」
「早く!カガリ様を!迎撃!」
「キャー逃げろー!」
おかげで現場はパニック状態だ。警護しようと走ってくる警備員たち、SPたちも、クモの子を散らすように逃げる来賓者たちによって行手を阻まれてゆく。そんな中、アスランが操るムラサメは、カガリへと手を差し伸ばした。
「ユウナ!」
咄嗟にカガリがユウナを見るが、彼はカガリに目もくれずにムラサメの頭部カメラを見つめて、頷く。
(彼女を任せるぞ、気に入らない奴め)
その思いが伝わったのかは定かでは無いが、アスランの機体はカガリを優しく包み込むと、そのまま緩やかに機体を上昇させてゆく。
「ひ、ひぃぃぃうわあぁあぁ!な、何をしている!早く追うんだ!カガリ、カガリが…!!」
飛び立った風にわざと体を踊らせたユウナは、やってきた父のSPたちに縋り付いて喚く。情けなく、出来の悪いお坊ちゃんを演じて。
「しかし、下手に撃てばカガリ様に当たります」
そう言って拳銃を抜けないSPたちに苛立った様子を見せたユウナは、式場の横へ巨神のように配置された装飾品と化すムラサメを見つめる。
「式典用のムラサメだな!僕が乗って追いかける!ユキムラ空尉、サワダ一尉!僕についてこい!」
SPのほか、護衛についていたオーブ軍人。その二人をユウナはよく知っていた。なにせムウのしごきに共に耐えたムラサメのパイロットたちなのだから。
「ユウナ様!?」
「僕はパイロットだぞ?空に向かうんだ」
驚いた様子でいう昔から知る側近へ、ユウナは今まで見せたことがないような面持ちでそういうと、仲間から受け取ったヘルメットをかぶってムラサメへと走るのだった。
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手先にカガリを乗せて飛ぶアスランは、式場から離れるとすぐにコクピットハッチを開いた。ユウナから伝えられていたのは、オーブ軍のパイロットとだけだったカガリは、ムラサメに乗るアスランの姿を見てギョッと目を剥いた。
「アスラン!お前!!」
「話はあとだ!しっかり掴まってろ!」
「うわぁ!」
半ば放り込まれる形でウェディングドレス姿のカガリはムラサメのコクピットへと押し込められると、アスランはすぐに戦闘機形態へと変形し、沖合にいるアークエンジェルへと合流するために進路を取った。
《こちらはオーブ軍本部だ。直ちに着陸せよ。パイロット不明のムラサメ、直ちに着陸せよ!》
追従してくる敵機を確認したアスランは、すぐにMSへと可変すると、素早くビームライフルを抜き、追ってきたムラサメの脚部や武装を破壊した。
「ええい!武器を向けてくるから!」
「うわぁぁああ!?」
シートベルトもろくにつけていない。しかもパイロットスーツも着てないカガリがコクピットでシェイクされる中、アスランはこちらを〝撃墜〟しようとしてくるムラサメを戦闘不能にしてゆく。
ユウナが言っていたことは正しかった。武器を向けない相手は味方。少しでも武器を抜いた相手は敵。オーブ軍も二分されている様子だった。
『4時の方向にモビルスーツ!これは!流星です!』
「アスラン!」
アスランのムラサメが海岸線へと到着したあたりで、アークエンジェルから発進したキラやシンたちのムラサメと合流する。
空軍基地から上がってくる氏族の息がかかったムラサメの四肢を撃ち抜いたキラたちの援護とあって、アスランとカガリを乗せた機体は無事に沖合へと離脱することに成功した。
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《本部より入電。パイロット不明のムラサメが式場よりカガリ様を拉致、対応は慎重を要する!》
『カガリ様を?流星隊が?撃ち方待て!あれは…アークエンジェル!』
先に出発していた国境警備部隊は、海中から浮上したアークエンジェルを前にして艦隊を展開していた。だが、その誰もが砲を向けることなく、ムラサメが着艦しようとしているアークエンジェルを見つめていた。
『包囲して抑え込み、カガリ様の救出を第一に考えよ、とのことです』
伝令官が、艦長であるトダカ一佐に告げると、彼は「そうか」と静かに答える。その場にいる誰もが、アークエンジェルを攻撃しようとはしなかった。
「収容完了。カガリさんも無事です!」
「任務達成です。艦長!」
「ベント開け!アークエンジェル急速潜行!」
アスランやキラたちや機体を回収したアークエンジェルは再び着水すると、そのまま潜航してゆく。トダカの乗る船に、司令部から檄のような通信が入った。
《トダカ一佐!アークエンジェル、潜行します!これでは逃げられます!攻撃を!》
『対応は慎重を要するんだろ?』
トダカの抑揚のない言葉に、司令部の通信官も言葉が続かなかった。カガリがあの船にいる以上、自分たちは攻撃することはできない。命令には従い、同時に果たすべき役割を全うしたトダカたちは、沈んでゆくアークエンジェルへと敬礼を打った。
「なにぃ!?逃げられただと!?ええい!一体どいうことだ!護衛艦軍は何をしている!」
「上手いこと演技するよなぁ、ユウナ様も」
「無理やり先行して、追跡部隊の進路妨害…かっこいいですねぇ」
空中を非武装の式典機で旋回しながら、ユウナが怒声を上げて司令部へクレームを入れる様子を見ながら、二機の随伴機は悠々とユウナの後へ続く。
沖までついてこようとしたムラサメの部隊を、のらりくらりと足止めしたユウナたちのムラサメ。通信を切ったユウナは息をついて、ブリッジが沈んでゆくアークエンジェルへ、トダカたちと同じように敬礼を送る。
(頼むぞ、アークエンジェル。頼むぞ、流星。カガリと、この世界の末を)
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二つ目のオーダーは、ドミニオンとアークエンジェルを使った救出任務だ。
先日、オーブの秘密通信に暗号化された電文が届いた。
片方は、君たちも知っているだろうが、ムルタ・アズラエル氏から。
もう片方は、宇宙。行方不明だったハルバートン閣下の乗る船からの信号だ。
この戦争を強引に推し進める大西洋と、なし崩し的にユーラシアが戦線に加わることは何としても阻止しなければならない。ブルーコスモスを抑えるにしても、ユーラシアを引っ張るにしても、両名を救出し、かつ表舞台へと出る護衛をしなければならない。
高い危険が伴う任務となるが、どうか君たちに成し遂げてほしい。
報酬は、できるかぎり用意した。物資面でもモルゲンレーテ各社が拠点ごとに準備してくれている。
僕らレジスタンスは、オーブに残り、今後の対策を練る。氏族の思惑や、大西洋と手を組んだ者たちの陰謀を探る必要もあるからね。
作戦内容は以上だ。
君たちにハウメアの加護があらんことを。