ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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蟹漁の時間だ(真顔)


第53話 ベーリング海の一攫千金 1

 

 

「ミネルバが、戦っているのか?地球軍と…」

 

ユウナ・ロマ・セイランが行政府に辿り着いた頃には、すでに領海線ギリギリでのミネルバと地球軍との戦端は開かれていた。

 

レジスタンスとしての活動内容としては、ユウナや各氏族の子息たちが主な原動力となる。彼らは何食わぬ顔で行政府に出入りする事もできる上に、まだ父や氏族たちはウズミを亡きものにしたことと、大西洋連邦との交渉でこちらが反旗の時を待っているなど思ってもいないはずだ。

 

ユウナたちが持ち帰る情報を得て、レジスタンスは協力する反大西洋勢力と情報を交換し、実権を掌握した氏族たちを引き摺り下ろす手を模索しているところだ。

 

しかし、ユウナたちにとってもオーブは故郷。主流氏族とレジスタンスによる内戦勃発はなんとしても避けなければならない。まずは大西洋と手を切らせるところが第一ステップとなるだろうが…。

 

「そうだ。オーブの領海の外でな。なに、心配は無用だ。既に領海線に護衛艦は出してある。領海の外と言ってもだいぶ近い。困ったものだ」

 

そういう父、ウナトの言葉を聞きながらユウナは劣勢に立たされるザフトの新型艦を見つめた。明らかにオーブから出た瞬間に奇襲を受けたような構図だった。目の前にいる父は、笑顔で迎えた同盟国の船を供物として、新たに同盟を結ぼうとする大西洋へと捧げたのだ。

 

泥沼と化した前大戦を父は覚えていないのだろうか。こんな真似をすれば、今度はザフトがオーブに攻め入ってくるというのに。

 

「領海に入れさせない気ですか?父上」

 

唾棄すべき父へ、暗い感情を巧みに隠しながらユウナは文官らしく父へと問いかける。戦場や不測の事態にはまだ後手に回りやすい息子の人格を〝信じ込んでいる〟ウナトは、問いかけたユウナの言葉に答えた。

 

「我々は、既に大西洋連邦との同盟条約を結んでいる。なら、今ここで我々がどんな姿勢を取るべきか。ユウナ、お前には判るはずだ。それに、あれはザフトの艦」

 

そして我々から大西洋連邦へ覚悟を示す供物なのだ。父は臆面もなく、そう言い切る。ユウナは父や他の者たちに悟られぬよう、張り付いた〝息子〟の顔を演じながら、心の中に名状しがたい感情を渦巻かせる。

 

父の言った言葉の意味が何を示すか。

 

〝本当の意味で、今のオーブは死んでいるのだな〟

 

その先の未来を想像するユウナの心に思い影がのし掛かる。ことの重大さをこの場にいる誰もが理解していない。大西洋連邦の軍事力は確かに無視することはできないだろうが、相手はすでに〝こちらの土俵〟へ降りて、戦おうとしている相手なのだ。

 

「盟友である大西洋連邦が敵対している勢力の最新鋭艦だ。そういったことを、お前は理解してゆくのだ、ユウナ」

 

子供に言い聞かせるように言う父の言葉を、全く感情のこもっていない声で返事をして、ユウナはモニターへと目をやる。

 

彼らに刃を向けた以上、状況が好転するわけではないが、せめてこの危機的状況を脱し、ザフト勢力圏へと逃げおおせてくれることを願うばかりだ。

 

そう思った矢先、ユウナは目を見開く。

 

大西洋の地球軍にいいように襲われるミネルバの背後に、白波が立ち上がる。

 

海を押し上げて浮上したのは、彼らが逃したアークエンジェルの姿だった。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

『不明艦照合!あれはアークエンジェルです!』

 

『そんなもの、見ればわかっている!各員、うろたえるな!所詮は旧型の艦船だ!こちらの敵ではない!!』

 

突如として現れた船。艦隊の指揮官を務める軍人には、その船の正体を一目見ただけでわかってしまった。あの船は、前大戦での分岐点そのものと言える。

 

あの船が戦線に投入されてから、戦争の動きは活発化し、宇宙、地上、そしてオーブとプラントの勇士艦隊を引き連れた「三隻同盟」なるものを結成し、終戦へと導いた〝天使〟の船だ。

 

『まさか、流星とアークエンジェルが出てくるとはな』

 

ジブリール卿が示唆していた通りに事は動きそうだと、指揮官は目の前へと迫る流星の猛威を前に目を細める。すでに帰投の路へと付いてるネオ・ロアノークなるものが準備をしておくほうがいいと言っていたことも、あながち間違っているものでもないらしい。

 

《司令官、流星が出てきた以上、我々も》

 

艦隊指揮官への直通ラインで挙げられてきた通信を聞いた指揮官は、少しばかり顔をしかめてから〝出撃要請〟を寄越した彼女へと言葉を紡ぐ。

 

『その機体で戦えるのかね?』

 

《武装換装は終えています》

 

『ならば、やってみたまえ』

 

そこからは早かった。すでにコクピットに座り待機していた彼女は、素早く電源を起動しコクピットへと灯りを灯してゆく。ヘルメットを被り、後頭部に備わるソケットへ座席に備わるコードを接続する。

 

視界がクリアになり、嘔吐感と共に機体が〝体〟に馴染んでゆく感覚を味わった彼女は、愛機であるレイテルパラッシュを呼び起こす。

 

《GSV-Z9、レイテルパラッシュ、発進シークエンスへ》

 

『流星、先日の借りはここで返させてもらう。レイテルパラッシュ、ウィン・D・ファンション、発進する!』

 

横から開いた発艦ベイから出撃するウィン・D・ファンションのレイテルパラッシュ。その反対側にはロイ・ザーランドではない機体が出撃準備を整えていた。

 

《続いて、GSV-X22、サベージビースト、発進シークエンスへ》

 

『姉御ぉ、出撃ってまじっすかぁ…まぁ、いいけどさ!サベージビースト、行くゼェ!流星なんて、マッハで蜂の巣にしてやんよぉ!!』

 

ロイのマイブリスは片腕を失った上に至近距離のミサイル誘爆が相当効いている状態で、即時に撤退と相成った。その代わりに用意されたのが、サベージビーストだ。

 

陽気な声を上げながら、パイロットであるカニスは先行するウィン・Dに合わせるように大きな呼吸音を響かせてブースターに火を灯すのだった。

 

 

 

////

 

 

 

「ラリーさん!艦隊から妙な機体が!」

 

指揮を有する母艦から飛び出た2つの影をキラはすぐに見つけた。洋上を滑るように飛んでくる二つは、他の機体やミネルバに目もくれず、まっすぐとラリーやキラの方へと向かってくる。

 

「あの機体は…ちぃ!オーブで襲ってきた奴らか!!」

 

「新たな敵反応!照合…ありません!」

 

ミネルバでもレイテルパラッシュとサベージビーストをキャッチしていたが、カテゴリーに存在しない機体だ。それも地上だと言うのに二機は亜音速で海面を滑り、馬鹿みたいな速さで近づいてくる。

 

「次から次へと、あの機体はなんなんですか!?」

 

《グラディス艦長!あの機体は我々が受け持ちます!そちらは艦隊の突破とMAの対応を優先してください!》

 

「頼みます!機関最大!敵左舷を切り崩す!」

 

「ランチャーワン、パルシファル、てぇ!!」

 

「ウォンバット、斉射!バリアント、てぇ!!」

 

ひとまず、こちらにできることは敵戦力を多く船から引き剥がし、離脱する道を作ることだ。ミネルバとアークエンジェルは二つの火力を奮い、目の前へ立ち塞がる地球軍の護衛艦を引き剥がしてゆく。

 

『流星!今日は逃さないぞ…!!』

 

「レイテルパラッシュか!ええい!しつこい!だが、あの機体はいないようだな!」

 

相当クルーゼに打ちのめされたからなぁ!!機体を鋭く旋回させるラリーのすぐ脇を、レイテルパラッシュのビームランチャーが通り過ぎた。武装を破壊しても、また別のものへと換装して早々に戦場へと戻ってくる。

 

まったく、嫌らしいところまで自分の知る〝アーマードコア〟とそっくりだ!!

 

打ち上げられた小型ミサイルをチャフ・フレアで掻い潜るラリーは、眼前にいるレイテルパラッシュへビーム砲を放つ。躱した先に白波の柱が打ち上がると、お返しと言わんばかりにレイテルパラッシュが雨霰とビームを打ち込む。

 

吹き上がった水柱は強烈な圧力で押し上げられたものだ。いくら水とは言え、こちらの速度のまま柱へ突っ込めば、その衝撃はコンクリートに突撃したときのものと同意だ。

 

乱立してゆく水柱をスラロームで躱すラリーは、歯を食いしばりながらフラップを全開に起こし、急減速。

 

ウィン・Dには、それがまるで空中で停止しているように見えた。

 

〝捉えた…!!〟

 

思考とラグなく動く指先が、レイテルパラッシュが握るビームランチャーの引き金を引かせる。飛び上がった閃光が空中で静止しているラリーのスピアヘッドを捉えようとした瞬間。

 

止まっていたはずの機体は……なんと、バックしたのだ。

 

『は…?』

 

思わず間の抜けた声がウィン・Dから発せられる。ラリーは背後から押しつけるように流れてくるGを堪えながら、機体を木葉のように翻すと、後方へと機首を反転させる。

 

(歪な音が機体から響くが、これを想定して作ってるんだろ!?)

 

ラリーはこのキチガイじみた機能を追加したハリーの顔を思い出す。説明を聞くのと、実際にやってみるとでは話が違うとはまさにこれだ。トップスピードからの急減速、そしてゼロからマイナスへと体を振られる感覚は、文字通り内臓が飛び出す勢いの負荷をパイロットに与えた。

 

迫り上がってきそうな嫌な苦味を噛み殺して、ラリーは操縦桿を握りしめる。もはやマニューバーとは言えない動きをしたスピアヘッドは、バック飛行しながら反転。

 

機首をレイテルパラッシュへ向けると、バルカン砲とビームでレイテルパラッシュを牽制し、海面すれすれと降りてから大空へと飛び立った。

 

『あんな動きが…戦闘機にできるのか…!?面白い!!』

 

防護用のシールドでバルカンを受けたレイテルパラッシュの中、ウィン・Dは予測できない動きをしたラリーに、素直に称賛の言葉を送る。ただの戦闘機、時代遅れの流星と侮ったわけではない。だが、これまでの認識はすでに過去の遺物と成り果てた。

 

操縦桿を握りしめ、ウィン・Dは舌舐めずりをして目の前で翼を翻すスピアヘッドを見つめる。

 

ならば、こちらも全力で狩らせてもらうぞ!!

 

ドヒャア、とたっぷりと空気を吸い込んだエンジンとスラスターを吹かしてラリーへと距離を詰めるレイテルパラッシュ。

 

「ラリーさん!くぅ!!」

 

それを阻止しようと試みたキラのエクスカリバーも、もう一機のMSへ足を取られていた。

 

『敵MSを確認っと!姉御!こっちは任せとけって!!』

 

この世界には存在しないが、形からして〝ランセル〟をベースにしたシルエットには、ライフル、レーザーライフル、二種ミサイルを装備しており、上述した通り攻撃力の高い機体と仕上がっているサベージビースト。

 

可変機特有の装甲の薄さを持つエクスカリバーにとって、サベージビーストの攻撃のほとんどは致命的なまでに威力が高い。

 

「ちぃ!!やっぱりこの機体は…早い!」

 

操縦桿を引き絞るキラは、迫りくる敵を見つめながら汗を流した。ウィンダムや、オーブのムラサメ、ザフトの機体とは比べ物にならないほど機動力を誇る敵機に、キラは付いていけない感覚を錯覚した。

 

〝前の大戦の節約術が、キラの操縦技術の基礎になってるのよ。それも無意識の内に〟

 

ふと、キラの脳裏にフレイの言葉が蘇った。サベージビーストから放たれたレーザーライフルの一閃を、駆動系に負担をかけない最低限の動きでパスする。だが、そこから攻めるには一歩が足りない。

 

その一歩を、キラはいつも意識して断ち切っていた。それが何を意味するか知っているから。

 

『〝ノーマル〟程度で、俺のサベージビーストに勝てると思うなよぉ!!』

 

調子を上げてゆく敵のMS。動きは速い。だが、機動の軌跡は単純なリズムで構成されている。ラリーやクルーゼのように目で追えないようなものではない。

 

手は動く。足も、思考も。

 

「無理を通せば道理が引っ込む。だから「模範的な行動をしてないで殻をブチ壊せ!」…か」

 

そのために優秀なスタッフがいるんだから、それを覚えておきなさい。そう言ったのはフレイだ。ああそうだとも。彼女たちは一流のメカニックだ。

 

自分は何を遠慮していたのだろう。キラはヘルメットの中でほくそ笑む。

 

そうだ。わかっている。足りない一歩をどうすれば踏み出せるか。この息苦しさを振り切るにはどうすればいいか、そんなこと、最初からわかっていた。

 

ブースターの光を溢れさせながら元気よく機動するサベージビーストを見つめて、キラは鋭く息を吐いた。

 

踏み出せる一歩への方法は知っている。ならば、どうするか?

 

「なら、実験だ」

 

何かが吹っ切れたように、キラは奥底にある何かを弾かせてスロットルを引いた。

 

のちに、サベージビーストのパイロットであるカニスはこう語った。

 

 

 

『ちょ……待っ……!!』、と。

 

 

 

 

 


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