ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子   作:紅乃 晴@小説アカ

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第58話 クルーゼの答え

 

オ゛ァア゛ァアアッーー!!

 

地球のどこか。

 

名もわからぬ者たちの茶会が開かれている最中。

 

アークエンジェルの艦内では、轟く事のない悲鳴のような声が上がった。

 

開幕早々に汚い声を上げたラリーが見た光景は、コンバットナイフを振りおろそうとしているレイ・ザ・バレルと、それを必死に止めようと羽交い締めにするシン、そして余裕そうにそれを受け止めているクラウド・バーなんとかさんこと、クルーゼのもつれあいだった。

 

え、いや、本当になんなの。

 

とくに無茶をしていないのに正座説教を受けると言う恒例行事かつ通称セーブポイント(視聴者命名)であるハリーの説教を終えた後に、自分は一体何を見せられているのか。

 

たしかに、シンと共になし崩し的に着艦することになったレイのことは知っていた。

 

シンや自分とも面識のある彼だ。

 

ザムザザーとの戦闘や、その後の艦隊の引き上げに伴う殿部隊との交戦もあったため、比較的に近いアークエンジェルに着艦したレイの存在をもう少し注意しておくべきだったと、こんな状況になってからラリーは深く思い知っていた。

 

冒頭から胸焼けと胃もたれを起こしそうな展開に頭を抱えながら、ラリーはアークエンジェルの食堂へと入った。

 

何はともあれ、とりあえず止めねばならん。

 

「落ち着けぇ!レイ!落ち着くんだぁ!」

 

シンの切羽詰まる叫び声も去ることながら、レイの見たことない行動にも、ラリーは思わず目を剥く。

 

「シン・アスカ!退け!そいつを殺せない!!」

 

「妹からも同じセリフを聞いたことあるんだけどぉ!?」

 

暴れるレイを抑えるシンが何かを口走っているが聞こえない。ハリーと妹であるマユ、そしてリークの妹であるカナミの三方面の鬩ぎ合いと射殺すような目つきなんて思い出さない。

 

「はっはっはっ!戦いになると元気が出るなぁ!」

 

すんでのところでレイのコンバットナイフを受け止めるコイツもコイツで何でこんなに元気がいいのか。怒りのゲージを上げるような挑発をするんじゃあないよ!

 

オーブを脱して大西洋主体の地球軍を退けたばかりだと言うのに、この船は本当に昔からこう言ったイベントには事かかかねぇな!!

 

愛弟子であるシンの加勢に加わるも、普段というより史実からはかけ離れた形相をしてクルーゼに襲い掛からんとするレイの胆力は凄まじく。一進一退の攻防戦が続く。というか、ムウさん、同じ食堂にいるならどうにか止める手伝いをしてください。あ、くそ!目を逸らしやがったな!?

 

そんな攻防戦が続くこと五分程、最終的に徹夜確定から不機嫌が天元突破しているフレイとハリーたちが食堂に現れたことで、喧嘩4成敗と相成り、ラリーたちは頭にきつい一撃を受けてなんとかその場を収めることとなるのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

 

「はぁい、ミコトちゃん。ご飯ですよー」

 

リリーとクルーゼの娘である、サーヤ・バーデンラウスが、子供椅子に座っているミコト・ラ・フラガへ、すっかり食べ慣れた離乳食を食べさせている。

 

「やっぱりオーブの離乳食は良さそうですね。プラント製も試してみたんですが、やっぱり合わないものも多くて」

 

「宇宙に送れるものも限られますからね。鮮度があるものはやっぱり難しいですから」

 

子供同士で相手を取ってくれるので、母親であるマリューとリリーは、同じ子を持つ母として会話を弾ませている。母たちの和やかな会話と、娘と息子の交流に心温まる場面であるはずなのに、隣に並ぶ四人の正座姿で雰囲気が台無しであった。

 

何で俺まで…とぼやくシンやラリーの姿を見ながら、事のあらましを見ていたムウは気怠げな目で主犯であるレイとクルーゼを見ていた。

 

発端となったのは、シンがレイを食堂に案内してきた事だ。その時、嫁であるリリーと共に家族団欒していたクルーゼを見つけたレイが、名状し難い表情となったのを、マリューと共にいたムウはハッキリと見てしまった。

 

クルーゼが若かりし父とそっくりだったとすれば、レイは青年期の父とそっくりと言わんばかりの容姿をしていることになる。

 

コロニーメンデルでクルーゼが「アル・ダ・フラガ」のクローンであり、同時に複製人間の出来損ないであるという事実を暴露した時。

 

クルーゼと同じような境遇で生み出されたクローン体は他にもいるということを、彼は明言していなかった。クルーゼという個体が存在している以上、同じような存在がテスト的に生み出されているという着眼点を見つけるには事足らない。レイ・ザ・バレルという存在をムウが見たとき、その事実を直感的に理解できたのが何よりの証拠だ。

 

アル・ダ・フラガのクローンとして生み出されたのがクルーゼだとすれば、そのクルーゼの予備品として、あるいは研究材料として生み出されたのがレイとなる。

 

前大戦時に、クルーゼが同じ出生であるレイを懇意にしていたことは言うまでもなく、同じ理由で世界を恨むこともまた必然であっただろう。

 

だが、クルーゼはラリーという存在と出会った。そこが、レイとクルーゼの大きすぎる違いだ。

 

ラリーという人の極致を更新する存在と出会ったクルーゼは、それにたどり着くために復讐や出自の呪いすら捨てて挑み、そして敗北した。

 

そして、その敗北はクルーゼに新たな生命を与え、リリーという家族と子供を授かることに至る。過去の因縁と遺恨を捨てて、「クラウド・バーデンラウス」としての命を授かって歩み出したクルーゼ。

 

唯一の失態は、その経緯をデュランダルやレイに説明せずに、ヘリオポリスへと人知れず隠居してしまったことにあるだろう。

 

変わってゆくクルーゼの考えに戸惑いを隠せなかった若きレイは、その戸惑いを歪みに変えて成長し、デュランダルの勧めるままザフトへと入隊。歪みの答えを見つける間も無く、インパルスのパイロットとなり、そしてクルーゼを変えるきっかけを作った流星と出会った。

 

コンバットナイフを手に、クルーゼへと襲い掛かったレイの原動力は、その歪みにあるのだろう。答えを持たないレイと、答えを得たクルーゼでは、もう考え方や、価値観を共有することはできない。

 

だからこそ。

 

「ちゃんと説明しろ、このアホ垂れ」

 

隣で再び正座の刑に処されているラリーの苦言も頷けるものだっだ。クルーゼも並々ならぬ経緯と決断もあっただろう。子供を授かるまでに至った彼の変化は、言葉では言い表せない過程があるのも事実。しかしだ。情緒不安定となってしまったレイに、これまでの経緯と見つけた答えを説明する責任はあるはずだ。

 

ラリーの苦言に観念したのか、クルーゼはしばし考えるそぶりを見せて、ゆっくりとレイへと語りかける。

 

ラリーと出会ったこと。

 

流星という人の極致に見た可能性のこと。

 

自分たちの出自が人の傲慢と愚かさの極致であること。

 

その出自すら、ラリーは「どうでもいい」と吐き捨て、クルーゼ自身を見つめ、そして挑んでくれたこと。

 

そして、そんなラリーに敗北して見えたことを、クルーゼは言葉にしてレイへと伝えた。

 

「——結局のところ、私が見つけたものは人としての生き方だったんだよ、レイ。仕事について、帰りを待ってくれる人がいて、そして子供の成長を見守る。そんな当たり前の生活の中で、私は生きていく幸せを見つけることができた」

 

ラリーとの戦いのおかげで。そう言ったクルーゼの言葉を、レイは黙って聞いていた。歪な形を形成してしまった拗れを解きほぐすように、あの日の戸惑いの答えを、クルーゼは言う。

 

故に、レイには疑問が残った。

 

「ラウ…なんで、その答えを僕に教えてくれなかったんだ」

 

一人残して去ってしまったクルーゼに、レイは言う。何故、自分を残して行ってしまったのか。何故、その答えで納得してしまったのか。何故、あれほど抱いていた呪いとも言える感情を捨て去ることができたのか。

 

レイは捨て切れていない。自分を生み出した世界の悪を許せる気がしない。クルーゼは許せたかもしれないが、自分は無理だ。世界を恨む権利すらあると思える価値観を拭い去ることができない。

 

「だからだよ」

 

そう返したクルーゼに、レイは疑問を浮かべる。「その疑問が答えだ」、とクルーゼは続けて言った。

 

「私が得た答えで、レイが納得できるわけがないだろう?私は全霊を賭けて挑んで、そして答えを得たのさ」

 

いくら言葉を並べようが、いくら言葉を重ねようが、それを理解してもらうことはできない。レイは自分と同じだ。だから、クルーゼには分かってしまう。経験したこと、体感したことをいくら言葉にしても、レイが納得することはない、と。

 

「だったら…だったら…僕はどうすればいいの」

 

気がつくと、レイは力のない声でそう言っていた。どうしたらいいのかわからなくなっていた。クルーゼは…ラウは答えを見つけて先に行っていってしまっている事実が、よりレイが立ち止まっているという現状を浮き彫りにする。

 

苦しくて仕方がない。戸惑いから生まれた歪みが疼いて仕方がない。納得できない答えを言われて、レイの感情はより複雑なものとなっていた。

 

何故、そんなありふれた生活の答えを得たのか。寿命も人の何倍も短いはずなのに。人とも言えない過去を背負っているというのに、なぜ、クルーゼは愛する女性と子供に笑みを向けることができるのか。

 

レイには理解することができなかった。

 

「だが、答えを見つけることはできるさ」

 

クルーゼがニヤリと笑みを浮かべて隣にいるラリーを見た。レイも自然とクルーゼが見ている先へと視線を向ける。

 

「レイ。君も見つけることはできる。だから流星たちと共に探すがいい。私は彼と殺し合うことで、それを見つけることができた」

 

だから、彼らと関わりを持て。その先に、なんらかの答えを得る道は必ずある。クルーゼは臆面もなく言う。

 

「とりあえず殺し合うのは勘弁して欲しいんですけど」

 

真顔となったラリーがそう言う。現在進行形でクルーゼの不始末のとばっちりを受けていると言うのに、さらにレイの事まで押し付ける気かと不満げにするラリーを見て、レイは熟考する。

 

クルーゼがそうやって答えを見つけたなら、自分も納得できる答えを得られるのではないか?

 

 

「安心しろ、レイ。彼なら背後から撃っても大丈夫だ。楽しませてくれるぞ?」

 

「おう、死ぬか?貴様。ここでその口と息の根を止めてやろうか?」

 

正座したままクルーゼと取っ組み合いを始めるラリー。その後、様子を見に来たハリーに二人揃ってゲンコツを受ける様子を見て、レイも何か思うところを見つけたようだった。

 

「…ラウが言うなら、僕も探してみるよ。自分で納得できる答えを」

 

同じ出自である彼が見つけたのだ。なら、自分にも見つけることができるはずだ。決意を新たにするレイは、正座の刑を受けながら流星たちを見つめる。

 

必ず見つけてみせよう。クルーゼと同じように、自分が納得できる答えを。

 

その最中、アークエンジェルの艦内に放送が鳴り響く。

 

カーペンタリアの防衛圏内に、三隻は入ることができたのだった。

 

 

 

 

 

 




レイくん、分岐コースに入りました。

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