ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子 作:紅乃 晴@小説アカ
今回は短め。
《そちらの状況は予定通り、かね?》
通信機越しに響いた落ち着いた声は、離れていた場所にいても変わることなく、通信機の前にいるネオ・ロアノークの頭に入り込んでは、緩やかに響く。
「はい、予測通りに。彼らはザフト軍と共に行動を起こすようですね」
《結構。これで盤上のコマは出揃ったことになる。我々の戦争もようやくスタート位置に立ったということかな》
軍用艦からの秘密回線。通信機越しにいるジブリールが保有する特殊部隊を動かすために敷設した特殊回線は、幾つもの衛星や海底通信ケーブルに割り込んで使われており、ネオとジブリールの音声を盗聴することは実質不可能と言えた。仮に盗聴することができたとしても、どこで、誰がどうやって通信をしていることを特定することは叶うまい。
ジブリールは足を組んで傍に置いてあるティーカップへ口をつけた。この通信自体、ジブリールとネオ個人のものだ。ジブリールがネオがまだ「ネオ・ロアノーク」となる前から続けている通信だ。彼が属する地球軍や、ロゴスという肩書は介在しない。
《すでに条件はすべてクリアしている。今の世界は破裂寸前の風船よ。なら、誰がその風船に針を突き刺すか。そこが重要となってくる》
ようやくスタート位置とは、よく言ったものだとネオは内心で思った。
ジブリールにとって、この戦争が起こった時点。アーモリーワンの一件に加え、プラントが自滅するかのように地球へユニウスセブンを落とそうと画策した段階で、彼の目的の半分は達成されていると言えたからだ。
膨れ上がってゆく風船。彼が手を下すまでもなく、ポンプに繋がれて大きくなってゆく火種という風船を前に、ジブリールはワインを片手にただながめているだけで充分だった。
「ジブリール。貴方が針を突き刺す側になるということですか?」
《まさか。そんな非生産的なことを私はしない。針を刺さずとも、勝手に彼らが風船を割ってくれる。その選択がどうであれ、もたらされる事実はすでに確定しているとも知らずにね》
膨れ上がったものが萎むこともまた一興。だが歴史を紐解いても、膨れ上がったものが何事もなく萎んでゆく事例は少ない。それが大国であったり、世界の勢力図を書き換える力をもった組織が絡んでいるなら尚更だ。萎んだと見せかけて、空気を抜くために行う代理戦争。それすら、今の地球やプラントに実行できる余力はない。
弾けるか、萎むか。どちらにしても、双方の戦力を削がぬことには話は始まらないだろう。そういう状況なのだから。
「…ジブリール。貴方はそれでも進むのですか?貴方の持つ全てを失うことになるとしても」
マスクを外しているネオは、重い口調でジブリールへ問いかけた。この作戦…この計画は、あまりにもリスクが大きい。大西洋を出し抜き、ロゴスを出し抜く。それほどのリスクを犯して、なおもジブリールの全てを差し出しても実行できるか危うい計画だ。
今ならまだ引き返せるとネオが言うが、ジブリールは、通信機越しに小さく笑った。
《それでもだよ、ネオ・ロアノーク。君が我々にとっての〝救世主〟であるように、私もそれに捧げる覚悟を持っている。策略家だとか、陰謀屋など、そんな次元はとっくの昔に過ぎているのさ》
そう言った立場に、もう自分の価値を見出すことはできない。ジブリールは簡潔に答えた。
裏側から世界の市場と経済を牛耳り、戦争が終わった後に到来する新世界の王となる、なんて馬鹿げた夢を見た事もあったが…その夢は前の大戦で潰えたし、そもそもそんな立ち位置に魅力を感じる事もないのだ。
ジブリールは組んでいた足を解いて、ネオを見据えるように腰を据える。
《そもそも、人類に宇宙は早過ぎた…。宇宙に順応するためと言った馬鹿ものたちがコーディネーターとかいう手段を作り上げた結果、世界はどうなった?差別、偏見、コーディネーターとナチュラルの間に一体どれほどの軋轢が横たわっている?宇宙に撒き散らされるゴミは増え、宇宙の向こうに行くことすら考えない人類が、その生活圏を伸ばして何になる》
いまだに生き物として確立もできていない人類が宇宙に上がって幾年。そんな自分たちが生活圏を広げて何になる。種としての些細な差を競い、優劣を決めたがり、誰かを蔑み、自然は大切と言いながらそれを汚して、資源を貪る。
こんなもの、ただの害虫だ。全てを食い尽くす害虫を宇宙に解き放つものだと、ジブリールは吐き捨てる。そんなものは、ある程度の柵をつけて、その中で生きていかせるほうがよっぽど建設的だと思えてならない。
《この〝国家解体戦争〟は、それを清算するための礎なのだよ》
故の国家解体戦争。
今までの思想や思考、文化、文明に振り回され、大衆の思考を誘導し、戦争の火種を産み続けてきた概念である「国家」を解体し、節度ある民意と、節度ある思想をもって、資源と市場を正しく分配する。
国家などという古びたものにしがみ付く者たちもいるだろうか、それこそが歪んだ概念を生み出す根源だ。ならば、しがみ付く者たちごと踏み潰せばいい。それに必要な条件は既に揃っている。
《馬鹿者たちが夢見た世界、金で命が買えると思い上がった者たちが描いた夢の末路を示す。目を開けたまま夢を見る狂信者たちには、似合いの末路さ。大西洋、ロゴス、反コーディネーター、反ナチュラル…そして、私も含めて、ね》
「ジブリール…」
彼の目は、いつもそうだった。先を見つめる目に、彼自身の命の勘定は入っていない。裏世界で軍事需要を貪っていたロゴス、そしてナチュラル主義を掲げたブルーコスモスの一人として、ジブリール自身も清算するものがあると思っているのだろうか。
どれだけ言葉を重ねても、その思いが変わることはついになく、そして戦争は新たな局面を迎えていた。
《〝彼ら〟は必ずアメリカ大陸を目指すだろう。ならば好都合だ。すでに、ヘブンズベースでもダイダロス基地でも、例のものは最終調整段階へと入った。まずは地球に蔓延る国境線という粗末なものを…吹き飛ばそうじゃないか》
ジブリールは笑みを浮かべてネオへと告げる。
ああ、そうさ。変えてやるとも。ムルタ・アズラエルも、デュエイン・ハルバートンも、シーゲル・クラインも、そしてオーブも出来なかったやり方で、この世界の形を変えて、世界を変えてやる。
その運命の扉は、もう目の前だ。