仮題:百合ゲーム世界の住人になった話   作:ぎょみそ

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サン

 シナリオ通りに日々は繰り返す。けれど、シナリオにない部分に関しては一から十まで完璧に同じ道を通らないといけないわけじゃない。

 浅葱さんを保健室まで送るのは、どうやら私の裁量内だったらしい。許容範囲を超えた時の"嫌な感じ"がなかったから間違いない。若しくは、これが正解ルートだったのか。

 それは喜ばしい事だ。心優しい姉が生徒会長を保健室まで連れて行く、なんて主人公に全く関係のないフラグを設定した人間の顔が見てみたいくらいに。

 

 どちらにせよ、退屈な持久走の授業を一度でパス出来たのは良かった。数え切れない程なぞった道でも、まだやってないことはあったのね。

 

 

 

 校内を捜索すること数分。探し人は意外と呆気なく見つかった。

 ブロンドウェーブの長髪に凡そ人間とは思えない驚異の胸囲。その癖ウエストはしっかりくびれていて、口元の黒子が印象的。まさに男のロマンといった容貌の女性。

 女の園たる女子校には勿体無い先生だ。男子校に配属されていればさぞモテたに違いない……いや、猛獣の檻に彼女を放り込むなんて、流石に酷だろうか。それを加味して女子校配属になったのかもしれない教育委員会はしっかりと仕事をしているようだ。

 

「東軒先生、体調を崩した生徒がいるので保健室まで来て頂きたいのですが」

「あら、韮沢さん。こんにち……って、それ本当なの!直ぐに行かないとっ」

「軽い熱中症みたいですがそこまで急患では──って、もう居ないわ」

 

 東軒(とうけん) 穂波(ほなみ)先生。おっとりとは程遠い、せっかちな養護教諭だ。誰よりも生徒を大切にする人柄から人気の先生ではあるけど、少しそそっかしすぎる気がする。走ると双丘が激しく揺れて大変に目の毒だ、とは友人の談。

 

 さて、私はどうしようか。このまま教室に向かうのも良いけれど、少し素っ気な過ぎるだろうか。かと言って、大して深くもない私達の仲で様子を見る為にもう一度保健室へ戻るというのも些か気恥しい。

 何か適当な言い訳でもあれば。そう、保健室に赴くに足る些細な理由が──

 

「ああ、そうね」

 

 妙案が浮かんだ私は、足取り軽くラウンジへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラと音を立ててドアを開ける。教室内は既にお弁当を食べる生徒でいっぱいで、あちこちで小グループが会話に花を咲かせている。注目されずに済んだのは幸いだ。老朽化した引き戸は、開閉の度にクラス中の視線を集めてしまう。私はあの一瞬の沈黙が苦手だった。

 

 教室を見回す必要もなく、待ち人を発見した。当然の如く私の席を占領している彼女の元へ早足で向かう。

 

「遅い!」

「ごめんなさいね。飲み物を買っていたら少し遅くなってしまったの。貴女の分も買ってきたのだけど……要らないみたいだし、後で飲むことにするわね」

「私が間違ってました、全然全くこれっぽっちも待たされたなんて思ってません!」

「よろしい」

 

 机とお弁当のセッティングを完璧に終わらせた状態で待っていた蘭にお小言を貰う。先に食べていいと伝えたつもりでいたのだけど、彼女は律儀に私が戻ってくるのを待っていたらしい。

 

 勿論彼女も本気で怒ってる訳では無い。お腹が空きすぎて拗ねているのは間違いないが。

 この程度で喧嘩になるような人間なら、最初から相手にしていない。

 

 抱えていた二本のドリンクのうち、いちごのラベルが貼られた方を手渡す。

 

「流石は親友。我が好物をよく心得ておる」

「好物というか、貴女基本的にそれしか飲まないでしょ」

「んふー、いちごミルクは偉大だからねぇ。開発者にはノーベルスズカワ賞をあげよう」

「食事中にその甘ったるい乳製品を飲める神経がわからないわ」

 

 美味しいのにー、と不満顔で頬を膨らませる蘭に呆れつつ、もう一つ買っていたお茶を開ける。蘭と違って私は水かお茶しか飲まない。食事中にジュースなんて以ての外だ。

 我が家では昔からそうだったのに、何故か叶依はりんごジュースやオレンジジュースを好んで飲むので不思議だった。

 

「相変わらずバランスの悪い中身だねぇ」

 

 水分補給を終わらせて、蓋を開けた弁当箱を覗き込みながら蘭が呟く。

 

「私は胃に入れば何でもいいけど、妹がね。一緒に作っているのだもの、わざわざ別のおかずを作るのは二度手間でしょ」

 

 叶依は家事の類はてんでダメだから、両親が亡くなった日から料理は私の仕事になる。叶依が肉を一切食べようとしない為、必然的に私の弁当の中身も野菜が主なおかずだ。

 大蒜(ニンニク)を食べられないだとか、塩が苦手だとか、そういったあからさまな弱点はない。昼間の散歩やお風呂は好きだし、鏡にも普通に映る。火は……両親の死因次第、と言ったところ。少なくとも今世では平気のようだ。

 

 そもそもそんなに弱点の多い生物なら、伝説になるほど語り継がれたりはしないのだ。その殆どは信徒を求めた宗教家のこじつけ。十字架を恐れるなんて、その最たるものだろう。所変われば六芒星が退魔のシンボルになるように。

 

 肉を食べたがらないのは、血の匂いを感じるからだ。魚も同様に。衝動が抑えきれなくなるのだと、随分昔に教えられたことがある。特に牛乳が難敵らしく、給食の牛乳を避けるためにアレルギーとして学校に提出していたりする。

 

 立派に偏食に育った彼女のおかげで、私は焼肉や回転寿司なんかの王道な外食とは無縁の人生を送ることになったのだ。

 元々食に拘りの無い性格をしていたため特に恨めしく思ったことは無いが、人によってはさぞ辛い時間になるに違いない。

 

「確かに栄養は豊富だろうけど、少しくらいお肉も食べないと体壊しちゃうよ」

「そのくらいで体を壊すなら、この世にヴィーガンは存在してないわ。大豆や小麦は沢山摂っているし、これでも栄養バランスは考えて献立を──」

「あー、わかったわかった。シズはこの話題になると饒舌になるよね」

 

 ケラケラと笑う蘭を見て、顔に熱が集まるのを感じた。別に、饒舌になんてなってない。そりゃ長年作り続けた献立だもの、それなりの自信を持っている。

 

「……蘭は変わってるわね」

 

 勉強は出来ないけれど、私よりもずっと頭がいいんだと思う。何も考えず、何も出来ずにルートをなぞるだけの私と違って、凡人の私では想像も出来ない速さで脳が回転してるのだろう。

 だって、同じ会話のはずなのに、毎回少し違う言い回しと雰囲気で真摯に本音を伝えてくれるから。

 

 彼女と会話している時間だけは、現実を忘れられる気がした。……どれだけ夢想しても、彼女は登場人物の一人に過ぎないのだけれど。

 

「えー、そうかな?」

「ええ、そうよ」

 

 小難しい表情で頭を捻る蘭を見て、この平穏な日常が明日(・・)も続けばいいのに、なんて分不相応な願いを持ってしまう私だった。




名前を考えるのが毎度しんどい。
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