仮題:百合ゲーム世界の住人になった話   作:ぎょみそ

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あけましておめでとうございます


シチ

 朝のホームルームが始まるにはまだ早い。教室はまだ静かで、生徒の姿はまばらだ。蘭は朝から仕込みの手伝いがあるらしく、学校に来るのはギリギリになってからだから暫くは一人で時間を潰す必要がある。

 先に戻っていた浅葱さんは、既に授業の予習を始めているようだった。流石というか、何というか。真面目なのは良いけれど、適度に力を抜かないと最後に苦しむのは自分だと思う。

 実際彼女は──ああ、でもそれは主人公の役割であって、私が気にする問題ではないのだった。

 

 ……ダメね。アクシデントが重なりすぎて、浮かれているのかしら。ここは私の世界じゃないって、何度も目の当たりにしているはずなのに。

 

 図書室で借りてきた本を捲る。無駄に広い図書室の小説を読み尽くすには、まだまだ時間がかかりそうな事だけが唯一の救いだ。それでも好きな作者や有名なものは粗方読み終えてしまったから、今は新規ジャンルの開拓に勤しんでいる。

 先日借りたのは映画化もされたイギリスの小説だ。昔見た映画とオチが変わっていて驚いたが、凄惨な暴力シーンと取って付けたようなハッピーエンドのギャップが不気味に思えて興味深い作品だ。借りて直ぐに読み終えてしまったのだけれど、返す機会を逃してまだ手元に残っていた。

 私もこの作品に出てくる小説家のようにただ理不尽な暴力を受けたのなら憎めただろうか。叶依がこの小説の主人公のような人間なら……。

 

 パラパラとページを捲り、文字を目で追いながらそんなことを考えてしまう。有名なだけあって面白い作品ではあるが、今日という日に読み直すのは失敗だったかもしれない。

 

 ふと視線を感じて隣を見る。

 

「おはよ、シズ。随分難しそうな本読んでるね、英語だし」

「……おはよう。来たなら声を掛けてくれればいいのに」

 

 文字通り、悪戯が成功した子供のように笑う蘭。教室に飾ってある時計を見ると、始業にはまだ少し余裕がある。

 

「いつもより早いのね」

「ん。今日は(ウチ)休みだから」

「……ああ。結婚記念日、だったかしら」

 

 平日が休業日なんて珍しいと言おうとして、その理由に思い当たる。今日は蘭の両親の二十年目の結婚記念日なのだ。それまでの結婚記念日は店を閉めてまで予定を空けることは無かったが、飲食店を営んでいる蘭の家にとっては二十五年目の銀婚式よりも二十年目の磁器婚式が特別らしい。初めて聞いた時は少し驚いた。磁器婚式なんて、聞いたこともなかったから。

 

「そうそう。もういい歳なのに元気だよねぇ」

 

 仲の良いことだ。世間ではあの人たちのような夫婦のことをおしどり夫婦と呼ぶのだろう。羨ましい、とは思わないけれど。そしてそんな二人に愛されて育ったからこそ、私の両親が亡くなったと知った時蘭は私以上に傷付いたような顔をするのだ。

 安い同情心なら幾らでも向けられたけれど、本当に悲しんでくれたのは蘭だけだったから、初めての時は随分救われたものだった。

 

 ──何年寄り添っても仲がいいなんて、素敵な事だと思うけど。

 

 そんな、誰よりも蘭自身が一番よくわかっている言葉を口にすることは無く、他愛もない話を続けているうちにチャイムが鳴った。

 それと共に足でドアを開けた担任が教室に入ってくる。プリントで両手が塞がっているとはいえ、あそこまで乱暴にしなくても良いと思うのだが。彼に何を言った所で無駄であることは重々承知している為努めて無視することにする。

 

 チャイムが鳴り終わり、学級委員長の丹羽さんが号令をかける。起立、礼、着席。形だけでなんの意味もない癖に未だ省略されることの無い儀式を終えて、生徒全員が着席したのを確認した担任は心底面倒くさそうに朝のホームルームを始めた。

 

 そんなに面倒ならば教師なんて辞めてしまえばいいのにと思うが、そんなことを言ってしまえばこの学校の、延いてはこの世界の八割以上の教師達が職を辞さなければいけなくなるかもしれない。

 生徒は優秀な人材が揃っているのに何故、と聞きたい所ではあるが行き過ぎた放任主義と東軒穂波という登場人物の特異さを際立たせる為にはこうならざるを得なかったというか。まあ要は、帳尻を合わせるためのご都合主義の割を食った形だ。

 

「はいはい、おはようさん。今日の連絡は……特にねぇかな。欠席もナシと。体育祭のやつは……ぁー、丹羽(にわ)。プリントは持ってきたから後はお前に任せるわ」

「あ、はい」

 

 予め想定していたのだろう、丸投げされた仕事をあっさり受け入れた丹羽さんを確認して、満足気に頷いた担任は『じゃ、お疲れ』とだけ残してさっさと教室を出ていった。倫理に欠ける倫理教師の彼は、授業だけは丁寧で興味深い内容を話すから質が悪い。

 

 仕事を押し付けられた(引き継いだ)丹羽さんは、教卓に置かれたままのプリントをテキパキと配り黒板に競技名と人数等を書き込んでいく。

 

「もう三回目なので説明は要らないと思いますが、今から体育祭の出場競技を決めます。例外として、選抜リレーのメンバーは昨年までと同様先日測った長距離走のタイムから選びたいと思います。異論がなければ、メンバーを読み上げますが──」

 

 当然ではあるが、丹羽さんの提案に対して意見が上がることは無い。選抜リレーのメンバーが読み上げられ、一番最初に呼ばれた蘭以外は順当に運動部の名前が挙がる。クラスの大体四分の一程の名前が呼ばれ、残りの生徒達はそれぞれが出場する競技を考え始めた。

 

 教室は然して盛り上がらないまま、丹羽さんが定めた制限時間が来る。学園祭では準備期間から学校全体が浮かれムードになるのだけれど、やはり体育祭は一部の運動部以外は余り乗り気ではないようだった。

 

「はい。じゃあ右から順に聞いてくので希望する競技が呼ばれたら手を挙げてください。どれでもいい人は一番最後に。希望者が規定人数を超えた場合は話し合い、それでも決まらなければジャンケンで決めましょう。では障害物競走から──」

 

 トラブルが起きることも無く、人気競技から埋まっていく。私はいつものように、一番不人気の100m走に立候補した。無難かつ、個人競技のため練習に付き合わされることがないのが利点だ。

 無事に内定を貰い、全員が出場競技を決めた辺りでチャイムが鳴る。生徒会は運営作業があるため関係ないが、各委員や部活に所属している生徒はこれに加えてそれぞれの組織で出場競技を振り当てられている為大変だ。

 

「シズはいつも通り100m走なんだ。走るの嫌いな癖に物好きだよね〜」

「他の競技はもっと面倒だもの。蘭もどうせ、今年もアンカーでしょう?」

「多分ね。皆がどうしてもって言うから、仕方なく的なアレですよ」

 

 そうは言いつつも満更でもない表情を浮かべる蘭。期待されるのも、目立つのも好きな彼女には打ってつけの役割だ。放課後に居残りできない事を加味しても一切の異論なくアンカーに推される彼女はやはり流石の一言に尽きるが、これでAクラスのリレー優勝は決まったようなもの。

 一から三年まで合同のクラス対抗で行われる体育祭だが、最終競技である選抜リレーがその配点の殆どを占めている。リレーを制する(クラス)が体育祭を制すと言っても過言ではない。

 実際に一番盛り上がるのはリレーであるし、出場者のやる気があるのもリレーであるため、これと言って問題になることは無い。

 

 ──体育祭の優勝なんかに興味はないけれど。同じくAクラスであるあの子の喜ぶ顔は嫌いじゃないから。

 

「まあ、無理しない程度に頑張りなさいよ」

「ふっふっふ。素直に蘭様の勇姿が見たい〜って言えばいいのにシズったら照れちゃって」

「涼川さん、授業が始まりますよ。早く席に戻ったらいかが?」

「ご、ごめんって〜!!」

 

 馬鹿なことを言っている友人から視線を外して、私は一時限目の用意を始めるのだった。




年始早々仕事が立て込んでしまい、執筆が遅れました。すみません。
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