仮題:百合ゲーム世界の住人になった話   作:ぎょみそ

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 スーパーで軽く食材を買い家に帰ると、もう外は暗くなっているというのに電気一つ着いている気配がない。

 慌てて二階へと駆け上がった。叶依が部屋に籠ったままだとして、リビングが消灯しているのは理解出来ても、叶依の部屋まで真っ暗というのは変だ。いくらドアを閉めていると言っても、普段なら隙間から光が漏れ出ているから間違いない。

 

 遅くなると連絡の一つくらい、入れたら良かっただろうか。生徒会の活動日はこのくらいの時間になる日もあるから然して気にしてはいなかった。

 昨日の今日なのだから、もう少し気を配るべきだったのに。

 

 叶依の部屋の前に立つ。ノックを二回して、声を掛けた。

 

「叶依? いるのなら返事をして頂戴」

 

 昨日もこんな感じで声を掛けたんだっけ。何も、叶依からの返事がないところまで一緒じゃなくていいのに。

 

「入るわよ」

 

 ドアを開ける。ああ、ベッドの上の膨らみまで再現しなくても。同じ光景を見せるだなんて、私には嫌がらせにしか感じられない。叶依にはそんなつもりは無いんだろうけれど。

 

「いるなら返事をしなさい。まだ落ち込んでいたの」

 

 モソモソと動く膨らみ。こんな季節に布団を被るなんて、暑くないのだろうか。

 久しぶりに味わう"嫌な感じ"から目を背けて、そんな場違いな感想を抱いた。

 

「叶依」

 

 往生際の悪い膨らみの主の名を呼ぶ。ここまで偏屈で面倒な子だったろうか?

 流石に予想外だ。前にああ(・・)なった時は、一晩経てばもう少し元気になっていたと記憶しているのだけど。

 

「叶依」

 

 もう一度だけ、名前を呼んだ。諦めたのか漸く布団から顔を半分だけ覗かせた叶依は、朝と同じく──いや、それ以上に泣き腫らした目で私を見た。

 そこで私は後悔した。ああ、一日休ませたのは逆効果だったかもしれない、と。

 

 叶依は朝から日が落ちて私が戻ってくるまでの半日間、一人で膝を抱えて泣いていたのだろう。作り置きのハンバーグにも、私が早出の日に食べるよう買い置きしているパンやインスタント食品にも手もつけず、罪悪感と自己嫌悪に苛まれながら、ただ一人ここから動けずにいたのだ。

 

 ベッドに近寄り、未だ半分は隠れている妹の頭へ手を伸ばす。

 すると、叶依は恐る恐る口を開いた。今日一番の、大粒の涙と共に。

 

「……お姉ちゃん。私、生まれてこなきゃ良かったのかな」

 

 それは私が何度も自問した言葉。どうして()この世界(・・・・)に生まれ落ちてしまったのだろうか。この子の姉はこんな私であってはいけないのに、と。私はこの世界に生まれてくるべきではなかったのだと。

 

「──馬鹿を言わないでちょうだい、叶依」

「で、でも」

「その言葉は、貴女を愛している全ての人に失礼よ」

 

 亡くなった両親にも、心の底から友人を心配している入江さんにも──そしてこの世界にも。

 主人公(韮沢叶依)がその存在を否定されるなら、彼女を引き立てる舞台装置に過ぎない私は一体。

 

 ああ、いけない。この思考の先は、答えのない暗闇だ。

 

「……はあ。朝も言ったでしょう、昨日のアレは貴女だけの責任ではないわ。私が忘れていたのがいけないのだもの、そんなに自分を責めないでいいのよ」

「……」 

「それにほら、傷だって殆ど治ったのよ。私の体質のことは貴女もよく知っているでしょう? 私にも貴女と同じ血が流れているのだから」

 

 自分に出来る最大限の慰めの言葉をかける。

 あれだけ付けられた傷は、一日経って外見では分からない程治ってしまった。一目でわかるほどに残っているのは首に深く刻まれた二つの孔だけだ。

 

 つまりは──妹に散々当たっている私だって、端から見ればただの化け物なのだ。そしてその事実は私に嫌悪感を与える代わりに、叶依にはほんの少し(・・・・・)の安心を与えるらしい。

 今にも壊れてしまいそうだった叶依の雰囲気が、少しだけ緩んだのがわかる。

 

「お姉ちゃん……」

「大丈夫だから。昨日のことは全て忘れてしまいなさい。朝から何も食べてないのでしょう? 今日はカレーを作るから、今のうちにお風呂にでも入りなさい」

「うん……うん」

 

 全く、手のかかる妹を持つと苦労する。

 嫌われるよう突き放しておきながら、泣かせたくない等と都合の良い考えをしている私は神様の目にどう映っているのだろうか。

 

 私は結局、どう足掻いてもこの子の姉なのだ。妹に泣いて欲しくない、なんて──それこそ特別でも何でもない、極々普通の姉の、至って普通な感情だろう。

 

 だってほら、さっきまで胸を渦巻いていた"嫌な感じ"は、もうすっかり無くなってしまったもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その言葉は、貴女を愛している全ての人に失礼よ』

 

 その"貴女を愛している全ての人"の中に、お姉ちゃんは入っているの?

 なんて、絶対に聞けはしないけど。

 

 

 

 お姉ちゃんは世界で一番優しい人だ。

 

 人間なのに、ただ血の繋がりがあるというだけで私を──夜になれば牙が伸びて、満月になれば理性が無くなるこんな化け物を、見捨てることなく飼い続けている慈愛の人。

 

 けれど絶対に、私に愛の言葉をくれることは無い。

 少なくともパパとママが亡くなってからは愛してるも、大切も、家族としての好きすら貰ったことは無い。

 

 お姉ちゃんは私が嫌いだから。

 

『貴女は普通の人間じゃないのだから』

 

 今朝にはそう、ハッキリ言われてしまった。

 言い返す言葉もない。事実私は衝動に駆られて何より大切な姉を襲った化け物だ。生物学的な話だけじゃなくて、その心もきっともう化け物になってしまった。

 

 お姉ちゃんの血は美味しい。この世で一等美味しいものだ。

 千友梨の血も、ランちゃんの血も、色んな人を試したけれど、そこまで美味しいものでは無かったから。

 

 学校に通っていれば人の血を見る機会なんて沢山ある。転んで擦りむいたとか、プリントで指を切ったとか。

 心配するフリをして触れるなんて簡単なことだ。初めての時は我を忘れちゃうんじゃないかと怖かったけど、何のことは無い。私にとっての特別は、お姉ちゃんだけだった。

 他人の血を試したなんて、お姉ちゃんには絶対に言えないけど。

 

 千友梨とは親友だ。ランちゃんとだって、仲がいいと胸を張って言える。クラスに友達は沢山いるし、それなりに好かれている自覚もある。

 

 けれど美味しいと感じるのも、我慢出来ないほど焦がれるのも、失いたくないと感じるのもお姉ちゃんだけなんだ。

 この世の全ての人間とお姉ちゃんを天秤にかけたら、迷いなくお姉ちゃんを選べる程に。

 

 例えお姉ちゃんにとっての私が、そうでなくとも。

 

 

 

 お姉ちゃんは世界で一番残酷な人だ。

 

『私にも貴女と同じ血が流れているのだから』

 

 そうお姉ちゃんは簡単に言う。それがどれほど私にとって救いになっているか、きっと分かっていないから。

 吸血鬼が──私が、何より血に執着する化け物だって、知っているくせに。

 

 自分こそが私にとっての運命だと、唯一だと、全てなんだと、そう軽薄に伝えてくるから。

 

 私にはもう、お姉ちゃん以外の選択肢なんて残っていないのだ。

 

 例え世界がそれを、許してくれないとしても。

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