「違うんです!俺は、かなでちゃんと音無君のイチャイチャが見たいだけなんです! SSS団には入りませんからぁ!」 作:二修羅和尚
「…あの、苦無向けるの、やめてくれません?」
「ならばその仮面を外して答えよ。貴様の目的はなんだ」
俺と対峙する長い襟巻きを身につけ、改造制服を着た忍者風の少女。
もしこれが告白現場とかならまだドキドキしたのだが、それとはまた違う意味で俺の心臓はドキドキしっぱなしだ。
「いやぁ…それはちょっと」
言えないのですが、と言葉を続けようとすると目の前には迫り来る苦無。しかし、それをこの体は危なげなく避けて背中に背負った身長ほどもある太刀、『物干し竿』の柄に手をかけた。
今の避けてなかったら絶対刺さってたよね!?死なないけど死ぬほど痛いのとかマジで勘弁なんだけど!?と内心で叫びたいが、そうしてしまうと俺の眼下の者達に気づかれて、せっかく待った原作の流れが崩壊する危険もある。
グッと堪えて相手を見てみれば、今度は両手に二刀の小刀を構えていた。
何それ物騒。
「答えないならば、殺した上で連れて行く。覚悟してもらおう」
彼女の名は椎名。正式には、『C7』
この物語において中心となるSSS団のメンバーであり、作中屈指の実力者。
本当に、原作初日からこんなことにと、俺は骸骨の仮面の下で小さく文句を零すのだった。
◇
目が覚める。
辺りを見渡してみれば暗いため、今は夜なのだろう。教室らしきその場所に設置された時計を見れば時刻はすでに丑三つ時。まぁ、誰にもみられないことを考えればちょうどいい時間だろう。
自分の体がちゃんと存在していることを何度も確認した俺は、とりあえずあの夢のような体験は現実だったのだと改めて確認したのだった。
意識はあるのに体がないという、多分なかなか体験できない貴重な時間だったのかもしれないが、あのむず痒い何とも言えない感覚はもう一度体験したいとは思わない。
とはいえ、俺の体はあっても原作の主人公のように記憶喪失という可能性も僻めない。ここはひとつ、声に出して確認していくことにしよう。
「名前は山野
すらすらと自身の身に起きたことを言えるあたり、記憶は失ってはいないようだった。
よかったよかったと安心する反面、よく考えてみればこの世界の主要キャラ的に神と会ったことがあるというのは非常にまずいのではないだろうかと思わなくもない。大丈夫?俺、神の遣いだー、なんて言われて撃たれたりしない?
「…出来るだけ関わらないようにしよっと」
うんそうだそうしよう、と自分に言い聞かせるように何度も頷く。そもそもの話、原作には登場しない俺というキャラが入り込めば、最悪の場合原作とは程遠い結末を迎えることになるかもしれない。
それは、この世界へ転生…転移?させてもらった俺の望むところではない。あくまで、俺は傍観するためだけにここに来たのだから。
「『Angel Beats!』…死んだとはいえ、まさか画面の向こうからではなく、この目で物語を見ることができるとは。人生、何が起こるか本当にわからないな。もう死んでるけど」
設定的にいえば、この世界に存在するのは青春を謳歌できずに死んでここに来た少年少女と、彼らがNPC
そしてこの世界はこの死後の世界の学園を舞台にした物語である。当然、主要なキャラは前者のこの世界にやってきた少年少女達だ。
彼ら彼女らは理不尽な死をもたらした神に復讐するために、リーダーである仲村ゆりを中心にチームを結成。以後、この学園の生徒会長である立花奏を天使と呼称し、日夜戦っているのだ。
どうやって戦う?銃火器とかハルバートとかに決まってんだろそんなもん。天使はって?プログラミングで作った武装とか羽とかだよ。
まぁ、そんな感じで争ってる両者なんだが、ある日、この世界に主人公である音無
彼は記憶喪失で、最初は仲村ゆり率いるSSS団
知りたかったら見ろ。そして好きになれ。鍵っ子になるのだ。
話が逸れた。
そして俺の目的は、この音無君と奏ちゃんの二人のイチャイチャを近くで眺めることである。
イチャイチャ、といってもそんな露骨なものではないのだが、その二人のやりとりは何度見ても尊いの言葉しか出てこない。
確かに、日向とゆいの二人もいい。第10話のやんよのくだりは最高だと誰もが賛成の意を示すだろう。
しかしそれでも、俺はこの二人がみたいのだ。最後のシーンなど涙なしでは語れないといっても過言ではないはずなのだ。
それを!! この目で!! みたい!!(迫真)
だからこその転生なのだ。死んでるから『生』などと言えないが、転生なのだ。多分。
転移でもええんやで?
「とにかく、だ。俺の目的はあくまで傍観。下手に関わって音無君と奏ちゃんがくっつかなかったら、全て水の泡と化す」
仮に入団することになったとしても、それは奏ちゃんが音無君に連れられて入団した後で、だ。時期で言えば副会長と同じくらいか?
物語の終盤ではあるが、俺としては最後まで見守ることができればそれでいい。
となれば、俺は物語の序盤から終盤にかけては一般生徒を演じなければならないわけだ。でないと、神への復讐のために仲間を募っている彼らに入団を強要されかねない。
だが、下手に傍観しようとすれば彼らにバレる可能性が高くなる。だからこそ、俺はあの神に頼んだのだ。
「『暗殺者
顔の前に手をかざす。
すると、淡い白の光が俺の顔を覆い、白い骸骨を模した仮面を形成した。
「成功。性能はわからんが、多分大丈夫なはず」
こと隠密において、俺が真っ先に思い浮かんだのがこれだった。
fateという作品に登場する暗殺者の英霊、ハサン。
気配遮断のスキルによって正面戦闘ではなく、直接英霊を使役するマスターを狙うことからマスター殺しと呼ばれるアサシンのクラス。そして、そのアサシンのクラスに選ばれるのが山の翁と呼ばれる暗殺集団の頭領であるハサン・サッバーハなのだ。何でも、歴代の19名の頭領のうち、誰かがアサシンとして召喚されるのだとか。
俺がもらったのは、このアサシンの気配遮断スキルだ。
攻撃しようとするとその隠密性は著しく低下するのだが、傍観主体な俺は下がることはない。故にすぐそばにいても気づかれないこのスキルはまさにうってつけといえよう。
俺はこれから、音無君と奏ちゃんのラブコメを誰にも気づかれることなく直ぐそばで見守るのだ!!
「ナーハッハッハッ……ん?」
一人怪しげに高笑いしていると、ふと、他に触れるものがあった。
さっきまでは何もなかったはずだとそれをみてみると、そこにあったのは俺の身長と同じくらい長い刀…いや、太刀。
鍔のないその太刀は、俺が転生したのが夜ということもあって、月明かりの差し込む教室内で怪しげに光を反射していた。
◇
どうやら、気配遮断は問題なく使用できるようだ。
転生から数日。休み時間などにも使用してみたが、直ぐ側をすれ違う生徒、教師ともに気づくことはなかったため、スキルランクはそれなりには高い…と思う。知らんけど。
太刀は活動の邪魔になるため寮へ置いてきた。
原作通りいつのまにか俺用の寮があったことと、クラスに俺の席があったことには少しばかりの違和感はあったし、知らない奴らが俺のことを知っているという事実にも薄ら寒いものを感じた。
しかし、それでも馴染まなければ主要キャラ達に俺の存在を知られる要因になりかねない。なんせ、NPC達はここを死後の世界と理解せず、普通の学生として振舞っているのだ。
だからこそ、俺をNPCと認識してもらうために俺もそう振舞わなければならない。
真面目に学生としてここで生活すれば、前世の未練をなくして卒業とともにこの世界から消える。そうなれば神への復讐が果たせないと考える主要キャラ達は、授業を受けることはないため教室にいるだけで彼らに遭遇することもなくなる。
テストぐらいだろう。気をつけるのは。
ただ、原作が始まれば彼らはこちらが授業であっても普通に活動する。
その時は俺も授業を抜け出さなければならないため、いつまでもこうするわけにはいかない。
ここ数日の気配遮断をフルに使用した調査で、音無君がまだこちらに来ていないことは確認済み。しかし、校長室は占拠されて入り口天井のトラップの存在も確認したため、SSS団は結成しているはずだ。立花生徒会長の姿も確認している。
あとは、彼が来れば全て始まるのだ。
「…早く来いよ、音無君」
なにせ、聞く気もない授業を聞くのはとてつもなく退屈なのだから。
◇
回想終了!!
その日の夜に音無君がやってきて原作が始まったんだが!
何でこんなことになってんの!?
迫る小刀の連撃を避け、時には抜いた物干し竿で往なし、近づけすぎないようにと反撃を繰り出す。
知ってる?これ、全部俺の意思じゃないんだぜ?
どうやらあの神様、俺に気配遮断だけではなく、fateの佐々木小次郎じみた力もつけたようだ。それも全自動。
それはいいのだが、俺の体のあちこちが悲鳴を上げているのを考えるに、無理やりくっつけたみたいな感じらしい。
神様って万能なんじゃなかったの?ここ考慮しないとかポンコツじゃねぇか!?
とはいえ、そのおかげでこうして死ぬことなく動けているのだから文句ばかりも言ってられない。
太刀の一閃で距離を取った彼女は、静かにこちらを警戒して構えを取る。
「…気配は絶っていたはずだ。何故わかった」
「隠していたつもりか?あさはかなり。邪な気が漏れていたぞ?」
「何それ恥ずい」
真面目な顔で答える彼女であるが、反対に俺の顔は見せられないものになっているだろう。仮面があって助かった。
しかし、あれか。原作の最初のシーンを見ることができて少しばかり興奮していたか。それで気づかれたと。
「え、待って。そしたら俺今後あの二人のイチャつきを見る時は気を立てちゃダメだと…?何それ無理じゃんバレちゃうじゃん」
「何を言っているかは聞こえないが、油断は禁物だぞ」
「っ!?」
間一髪、体が反応して太刀で小刀を防ぐ。
狙われたのは心臓。
「それはあっちの音無君でしょうがっ…!!」
くそったれ!と彼女の腹に蹴りを入れるも、軽い身のこなしでかわされる。
埒があかない。
それに、このままここで斬り結んでいればいつか相手の増援が来る。
椎名は小刀とかの忍者風の装備であるが、他の者達は野田という脳筋とドスの藤巻を除けばほとんど銃を所有している。援護射撃をされながら椎名の攻撃に対処することは佐々木小次郎の技量があれば問題ないかもしれないが、俺の体が追いつかない。
最悪、初日から捕縛されーので原作に影響が出かねないだろう。
なら、ここを切り抜けるしか方法はない。
限界を迎えそうな体に鞭を打ち、構えを取る。
太刀を水平に構え、相手に背を向けるこの構えは一見隙が大きいように見えるだろう。
案の定怪訝な様子を見せた椎名は、しかし、これを機だと考え小刀を振るおうと駆けてくる。
本当に
「死後の世界で、死なないことに感謝しよう」
—秘剣 燕返し
◇
さて、その後の話をしておこう。
本当に申し訳ないが、あの場で椎名を仕方なく斬り殺してしまった俺はそのまま逃走。筋肉痛を我慢しながら寮へと帰還した。同室のNPCが訝しげだったが、別に構わないだろう。俺も、大山くんくらいの特徴のなさを目指さなければ。
しかし、メインである音無君と奏ちゃんの邂逅は目にできたためそれはそれでよかったのだが、それとは別にものすごいやらかしをやってしまった感が僻めない。
というのも、ここ数日、彼ら戦線のメンバーがよく校舎内に出没するのだ。
休み時間なんぞ、教室内で人を探している様子。
おかしい。原作にこんな流れはなかったはずだ。
教室内をうろつくブレザーとセーラー服を着た戦線メンバーたちを、気配遮断を使用してやり過ごしながら、原作の流れを思い浮かべる。
確か、オペレーショントルネードはこの間やっていたはず。
今度は気づかれないように距離を離して見ていたが、やはり推しのカップルが敵対している様は見ていて悲しいものがあった。
で、今度は武器弾薬が少ないからとギルドへの降下作戦を実行するはずだ。
正直な話、戦線メンバーのギャグのようなやりとりは生でみたい気がするが、そうすると俺という存在に迫られる気がする。
だが、先日の俺のやらかしで原作に変化があったのか。それを確認するのもアリかもしれない。
「……いくか、ギルド」
内心で己の欲望が競り勝ったことに目を背けながら、俺は教室の隅で静かにそう呟くのだった。
続きません(断固
先の展開とかまったくノープランだからね!