「違うんです!俺は、かなでちゃんと音無君のイチャイチャが見たいだけなんです! SSS団には入りませんからぁ!」 作:岳鳥翁
約束どうり、失踪してました
そう言えば、川の主を釣りに行く前に音無君の過去回想があるんだっけか。
戦線メンバーがいつ川へ向かうのかと心待ちにしていたのだが、一向にその様子を見せないことに疑問を抱いていた俺であったが、ふとここでそんなことを思い出したのだった。
音無君の過去。
物語後半で彼自身は自身の生前に意味を見出すのだが、この時点では「何も成し遂げずに死んだ」と考えていたはずだ。
あの話を聞いたときには、俺も思わずその過去に同情したものだが、現実目の前に存在している彼にその感情を向けることは間違っているだろう。
ともあれ、直井の催眠術によって生きていた過去を思い出す話だ。あんな過去があることがわかれば、俺自身もう諦めてしまうかもしれないが、そこは我らが主人公音無君。
ちゃんと戦線に復帰してくれるため心配はしてないし、言った通り、後半でちゃんと意味を見出して前を向いてくれる。
そのきっかけを作るのがかなでちゃんと言うのも俺的にはなかなかの胸あつ展開だ。
「しかし……過去、ねぇ」
俺の過去ってどんなだっけか……?
特に山も谷もない一般的な日常を送っていた男子高校生が事故で死んで、空想の存在だと思っていた神と名乗る奴の手で転生。
『時に理不尽でも尊いもの、それが人生』
この『Angel Beats!』のテーマでもあったこの言葉。
俺はこの世界にいる人間の様に、何か理不尽な目に会って、それに納得ができずにこの世界へとやってきたわけではない。
いうなれば、ただ俺の好きなキャラクターが生きて動いて、そしてイチャイチャしているところを生で見たかった、なんて不純な動機でやってきたのだ。
それが望みだったのだから仕方ないだろう、と考えればそれまでなんだが、この世界に来て彼らを見ていると、少しだけ自分の境遇に罪悪感が芽生えることもある。
「……やめだ。変に考えたら暗くなっちまう」
ぶんぶんと頭を振り、思考を停止させる。
こんなこと考えてたら楽しめるものも楽しめなくなってしまうではないか。それでこそ、この世界へときた意味がないというもの。
時が来るその時まで、俺は純粋な心で草むしりしているかなでちゃんを見ておこうではないか。
はぁぁぁぁぁ!! 麦わら帽子のかなでちゃん可愛いよぉぉ!! 早く音無君とコラボして! 写真に残すから!!(写真部から強奪)
かなでちゃんが草むしりをしている様子を遠目で眺めながら待っていると、やっと待ち望んだ集団が姿を現した。
彼らは草むしりをしているかなでちゃんには気づいていないようで、花壇を横切ってそのまま医療棟の方へと向かって行く。
しかし、その手段の中で一人だけ、草むしりをしているかなでちゃんに気付く者がいた。
我等が音無君その人である。
彼は手段から一人抜けると、そのままの足でかなでちゃんの方へと寄っていった。
いざ参る。
「お前、こんなところで何してんだ?」
二人の声が聞き取れる位置まで近づき、全力で気配遮断を使用する。
音無君の問いかけに、かなでちゃんは立ち上がる。その手を開くと、中から蝶が空へと飛び立っていく。
そんな様子を二人して眺めているその瞬間をカメラでパシャリ。
いやぁ! 二人が綺麗に収まるいいアングルですなぁ!
除草などをしているというかなでちゃんの言葉に、少し驚いている様子の音無君。しかし、生徒会長ではなくなった彼女は、今現在ほとんどやることがないのだ。
ほら、(魚釣りに)誘え誘え!
思いついたかのように、魚釣りへとかなでちゃんを誘う音無君。
そんな彼に対して、かなでちゃんは川へ近づくことは校則違反だと主張するのだが、音無君はもう生徒会長じゃないんだから、と強引にかなでちゃんの手をぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!尊いよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!
連射機能と気配遮断を惜しみなく使用し、気付けば俺は花壇で一人、涙を流して気絶していたようだ。
時間にして数秒程なのだろう。向こうの方には手を引かれるかなでちゃんと、先導して走る音無君の後姿。
俺はその二人の後姿が見えなくなるまで、何度も心の中で感謝を述べた。
いいもの、見させていただきました…!!
落ちていた麦わら帽子を拾い上げ、それがどこかへ飛んでいかないようにとビニールハウスの中においておく。
かなでちゃんが除草に使用していたスプレーやスコップなどもまとめておいておけばいいだろう。
俺はカメラの中身を確認すれば、音無君がかなでちゃんの手を強引に取って駆けだす瞬間が写っていた。麦わら帽子が飛んでいく瞬間と言うこともあって最高にエモい。
「……おっと、速いところ川に行かないとだな」
音無君が無知なかなでちゃんに釣りを教えるところもみたいが、個人的にはそれ以外にも見どころのある話だった。
緑川ボイスのフィッシュ斎藤に、超巨大な川の主。特にフィッシュ斎藤はここでしか見れないであろうレアキャラである。
一度見ておきたいと思うのはファンの心情よな。
引き続きカメラをぶら下げ、俺は医療棟近くの土手……ではなく、その川の向かい側に陣取った。
気配遮断を使えば、向かい側とはいえこうしてやり取りが見えるのは本当にありがたい。
俺たちは消えないから、仲良くしていいという音無君のイケメン(知ってた)セリフは最高です。
その後も、音無君がかなでちゃんに釣りのやり方を教えたり、日向が連れたり、思いっきり川へ投げ入れろ、でタケヤマが空の彼方へと飛んで行ったり。
「クライストとぉぉぉ!!!」という彼の言葉は印象的だった。
確か、オーバードライブ、だっけか? かなでちゃんのあの怪力はAngelPlayerによるものだったはずだ。
「……そういえば」
AngelPlayerの事を思い出して、ふと考える。
あれに関しては物語が終わっても謎が多かったはずだ。話によれば、あれはこの世界を改変するためのプログラムであり、最終戦で出てくる影の原因ともいえる代物だ。
……個人的に調べてみるのは、ありかもしれないな。
構えていたカメラを降ろす。
視線の先では、ちょうど戦線のメンバー達がみんなで川の主を吊り上げようとしている。
そこにかなでちゃんが加わって……
「っ! ……やっぱり、分裂したか」
空へと舞い上がった彼らを助けようとしたかなでちゃんは、ハンドソニックで超巨大な川の主を輪切りにしてしまう。
しかし、その際に彼女は攻撃的な赤い目のかなでちゃんと分裂しているのだ。
その様子を確認できた俺は、物語が正常に進んでいることに少しだけ安堵した。
心苦しいが、音無君とかなでちゃんの為だ。今回の話についても俺は見守ることにしようじゃないか。
輪切りにされた川の主は、戦線だけでは消費しきれないとのことでこのあと学校でNPCを含めた全生徒におすそ分けされる。
個人的にあの主の味がどんなものなのか気になるし、その際に名前で呼び合うことになる音無君とかなでちゃんのやり取りも聞きたいので、一足先にもどってNPC達にもぎれることにしよう。
「なら、善は急げだ。荷物は部屋においてすぐ――」
「すぐ、何?」
背筋に氷柱を突っ込まれたような、そんなイメージが湧きそうな冷徹な声。
気づけば、俺は背負っていた愛刀である物干し竿に手をかけてその場から距離を取っていた。
「あら……? 避けるなんて、悪い生徒ね」
「……おいおいおい、嘘だろ何でここにいるんだよ」
NPC用の制服の裾から伸びる銀の刃に、銀髪赤目の美少女。
分身体であるかなでちゃんが、俺の目の前に立っていた。
「ここは立ち入り禁止区域よ。校則違反はお仕置きね」
また失踪します。