ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】 作:ノイラーテム
●伝えるべきもの
二度目のコロニージャック。
それも戦闘中に陸戦を挑むという、本来であれば無謀極まりない手段でそれは行われた。
コウ・ウラキが冷静に行動できたのは、単に武装のクールタイムだったからだ。
現在のビーム・スマートガンは発熱という意味でもエネルギーCAPのチャージという意味でも、連射ができる武器ではない。一発撃った後に移動しろという指示もあり、コウは他に何もできないからこそ、すべき行動を素直に採れた。
「カレン! 輸送艦の遠隔管制を!」
「ちょっとコウ! みんなを捨てて逃げるの!?」
カレン・ラッセルは驚きの声を上げる。
コウはメカオタクだが熱血漢であり、どちらかと言えば調子に乗りやすいタイプだ。
この状況で激高し、コロニー奪還に動くことはあっても逃げることはないと思っていた。
そして仲間を置いて逃げ出すような男を好きになった覚えはないし、自分自身の目を信じている。
「母艦に借りてるコロンブスには直通回線がある! 教授なら内部の様子を送ってくれる筈だ!」
「っ! そういえばそうね。でも……入力する余裕なんて……」
言いながらカレンはサブモニターを立ち上げる。
空中に画像が映し出される姿はいまだに慣れないが、自由な位置に調整できるのが今はありがたい。
そしてコロンブスを改良した輸送艦につなげると、既にいくつかの画像が映し出されていた。
「よし! あの人なら視点ポインタだけで入力できると思ったんだよな!」
「何よ、その無駄な努力と理解……心配して損しちゃったじゃない」
よく言えば凝り性、悪く言えばカルト。
アマモト教授と名乗るギニアス・サハリンにはそういう所があった。
こんなこともあろうかと……いや、体調悪化を踏まえて特訓していたのだろう。
「別に難しくはないぜ? 面倒くさいだけで」
「普通はその面倒くさいってのをしないんだけどね……。っと、相互通信を切って、こっちが拾うだけにするわよ」
どの位置をキーボードに見立て、どこをリターンキーか。
それだけで一応は視点ポインタで入力可能だが、まさかここまでやっているとは思わなかった。
しかし、それでも緊急時の行動などたかが知れている。
幾つか事前に指示してある行動を促すだけで、音声などは全カットの状態。これを自分たちが受信できるだけにしておかないと、シロー辺りが母艦に指示を入れて向こうに伝わりかねない。
「42番の確認と搬送準備……クリア。アマダ大尉とのコンタクト……指示待ち。カレン……そっちはどうだい?」
「変ね。血の海かと想像したんだけど綺麗なものよ。もちろん死人なんて居ない方が良いけど」
コウが事務的な命令を確認している間に、カレンが映し出されるモニターを見ている。
すると不思議な事があるのだが、陸戦で制圧されたというのに、途中の回廊で誰も殺されていないのだ。
「隔壁が降りてるし、フェイクの通信と停戦信号で降伏を促したのかしら?」
「だとしたら教授が画像を送ってくるはずはない」
二人はあずかり知らぬことではあるが、シーマ艦隊はマハル出身である。
加えてコロニーレーザーに加工された際、封鎖されて通路としては使わなくなった場所も多いのだ。戦いが終盤……混戦になった段階で制圧できなかったのは、時間を掛けて移動したからだろう。
『二次線まで下がる。それでいいか?」
『いい子だ。できればそのまま、一次線まで上がってもらえるとありがたいねえ』
その時、ちょうどMS作戦参謀であるシロー・アマダとの交渉がある程度まで終わったようだ。
連邦軍は最終防衛ラインからの立ち退きを要求され、第二次防衛ラインまで後退していた。燃料を考えると、これ以上距離を離すと戦闘が再開した時に備えることができない。
そんな微妙な距離で許しているのは、交渉の余地があると見せておくつもりなのだろう。アマモト教授以下、研究員を人質に取っているのだから無理はできまい。
『こんなことして何になる! 今ならばまだ……』
『はん? 聞いたかい、こいつテロリストに正論
『『HAHAHA!!』』
シローが説得しようとすると嘲笑で返した。
しかしそれもシーマ・ガラハウが扇子をパチンと畳むまでだ。その瞬間に笑いがたちどころに止まり、次いでシローとの接続画面が打ち切られる。
あんたじゃ話にもならない。
その言葉ですら惜しいというかのようであり、次の手を見せないための行動であるとも思われた。
『これでようやく交渉が始められると言ったところかな?』
『おだまり! あんたに口を開く権利なんざ、
アマモト教授が口を開くとシーマは閉じたままの扇子を刃物か拳銃の様に喉元に付きつけた。
必要なこと以外は黙っていろ……という事なのだろうが、教授はそれに従おうとしない。
『欲しい物があるのではないかな? でなくばこれほどの無謀はすまい』
『黙ってな! 余計なことを言うなら二度とその口を効けない様に……っ!?』
激高して教授の胸倉を掴んだシーマだが、あっけなく
そこには器官があるべき所に無数のチューブが突き刺さり、肋骨の浮いたボロボロの肉体があったのだ。
「嘘……あれじゃあ」
「くっ。教授……」
カレンが口元を抑えながら絶句するが、通信は受信オンリーなのを思い出してホっとする。
だが現実が変わるわけがない。教授の寿命は以前に聞いていた通りとっくに限界で、機械に置き換えることで強引に保たせているのだ。
『これで判ったかな? 私には最初から君たちを恐れる理由はないんだ。ついでに言うと、外の彼らが私のことを心配する理由もだがね』
『だっ……だったら、他の、』
機械で代替可能な臓器は一通り変更している。
外見だけなら末期症状には見えないが、それだって強力な薬で抑え込んでいるのかもしれない。
そして映像はそこでブラックアウトした。
「ダメよコウ。これ以上は送られてこない。多分……」
「判ってる、判ってるさ! 教授の体力は限界で、教授は俺たちにこの画像を渡したかったんだ」
人質に気を使う必要はない。
その事を教え、仮に陸戦で乗り込むとしたら、相手にだけ判るルートがあるので気を付けろと言いたかったのだろう。二人はそう信じてシロー達との接触を急いだ。
●虹の架け橋
シーマ達にとってこれは最後の賭けだった。
流れ者に過ぎない自分たちが浮かび上がる為なら何でもする気だったが、ここ最近の
中でも最悪だったのが、親衛軍のネイアスがばらまいた彼女たちの情報である。
身内に棄てられた海兵隊の悲惨さをネタにしてデラーズに近づき、挙句の果てにジャミトフ暗殺事件の隠れ蓑として使ったのだ。
おかげで最初は同情され掛け、途中からは、やはりお前たちは利用するために近づくのだろうと言われる。掌を返すどころか360度とはまるでドリルだ。
「だったら職員が居るだろうが!」
そう言ってアマモト教授を吊るしあげたものの、挙げた手の収まりがつかない。
死人同然の男を殴る意味などないし、苦痛を味わせて愉しむ趣味などなかった。そもそも自分たちが追い込まれた環境をどうにかしたいのであって、他人を嬲る時間すら惜しい。
ならば他の職員を人質にしようにも、今からでは手を出していない……生きていると説明するのも下手に見られてしまう。
『ああ……。彼らは私の手足のようなものだよ。とはいえなんだな、このままでは手足が私の受け取るべき称賛を得てしまうか。歴史に不動の名声を刻むのは一人で……』
「余計なことをすんじゃないよ! あがりが減っちまうだろうが!」
今にも部下を始末しかねない教授に、シーマの方が驚いた。
実際、アプサラスを研究していた時にはそうするつもりだった。やらなかったのはインドシナを追い出され、アラビア半島まで逃げ出さざるを得なかったからだ。
『では君たちが望むことから始めようか。冷凍睡眠している連中に用があるのだろう? そこに土産が置いてある』
「土産だって?」
「シーマ様! 扉が! さっきまでビクともしなかったのに」
プシュっと音が開くと、コウが見た時よりは空気が白くない。
徐々に温度を下げて解凍準備中だったのだろう。不思議なことに45基の冷凍睡眠装置は全てそろっており……空いているのは教授用の3番だけだった。
「ブツを探しな! 売る相手はデラーズだけじゃない。あいつを確保できれば、アクシズだって連邦だって高く買ってくれるんだよ! あたしらもマハルも買い取らせるんだ!」
「へい!」
その為にアナハイムの手引きでデラーズの計画の一端を担いだ。
会社の名前を出してないのも、その為の最低限のモラルに過ぎない。アナハイムには裏で取引の仲介をして貰わねばならないのだ。
コロニーの一基は月からのフェイントで、ダカールではなくアフリカ中央の砂漠地帯。
もう一基はこちらに輸送し、ぶつけると見せかけてコロニーレーザーの秘密を暴け。
それがデラーズの計画をアナハイムが修正したポイントである。
聖地周辺から人間を排除するための誘導だとか、連邦がどんな陰謀を企んでいようと構わなかった。それでマハルに乗り込み、奪い返す格好の理由になるのだから乗ったまでだ。
「41番、ローレン・ナカモト。反逆罪。42番、グレミー・トト。ニュータイプ研究の……っ!? シーマ様! 45番を見てくだせえ!」
「45? 新しく運び込まれたやつかい? こいつがど……」
比較的に新しい40番台を読み上げていた部下が思わず声を上げた。
釣られてシーマが覗き込むが、確かにこれは絶句せざるを得なかった。そこには彼女たちもよく知っている男が眠っていたのである。
「あ、ア、アサクラ!? どうしてこのゴミ屑がこんなところに居るっていうんだい!?」
『土産だと言ったろう。お気に召さなかったかな?』
驚くシーマと違い教授の方はどこまでも平静だった。
声帯の代わりに機能するマシンボイスが、余計に非人間性を浮き彫りにさせる。
「そういう意味じゃない! どうして逃げ出したはずのあいつがこんな……」
『アクシズと取引したに決まってるじゃないか。……もしかして君は、地球よりも火星に近いこんな場所で、アクシズと取引していないとでも本気で思っていたのかね?』
42番のダミーに入れたグレミーもそうだ。
内通するに際して、人質として彼らにとっても価値のある人形と交換したのだ。万が一の時にザビ家の血筋を残し、かつ、ニュータイプ研究を好まないジャミトフと取引する両方の意味で。
『恨み重なるそいつは、今や君たちの物だ。土産だから好きにして構わないよ。……もっとも、使い方次第では本当の報酬を支払うかどうか考え物だが』
「本当の……報酬?」
思わずフリーズしていたシーマが教授の言葉で我に返る。
報酬、報酬と言ったか? これ以上何を渡すつもりなのか、その見返りに何を渡すか気にならない訳はない。
だが……。
この人でなしは、本当に信用できるのか?
『ジャミトフから渡されたまっさらな戸籍がある。君たち全員分を賄っても余りあるはずだがね』
「なっ!? そ、そいつが本当ならば……姐さん!」
「シーマ様! こいつは乗るべき案件かもしれやせんぜ」
教授の声と共に、大きな椅子に設置されたケースが開いた。
そこには今時珍しい紙媒体。そして
「狼狽えんじゃないよ! ……そいつが本当だとして、他人の褌じゃないか。それでどうして、他ならぬジャミトフを裏切ってるあんたが信用できるって言うんだい!!」
『はははっ。今更、今更死人に何を問うているのかね? 故あらば裏切ろうとも!』
久しぶりに笑ったとばかりに哄笑し、そのままゲホゲホと咳込んだ。
そして新たにモニターの一つが突如割れ、本来仕込むべき場所ではない所に、小さなデータチップがある。
もちろんそんな物に書き込めるのは大したものではない。
精々が数人から一個小隊分くらい。つまりは報酬は本物であるとの証明だろう。
『だが、君ら如きに私と彼との間柄を語って欲しくないな。彼は死に逝く私へ数年の寿命を、人類史に刻むべき新しい目標をくれた。だから私なりの方法で、彼への忠誠を果たすだけだ』
「お前なりの……?」
こいつは化け物ではないかと思うと共に、化け物なりの真実を見た。
こいつは嘘を言っていない。嘘を言っていないからこそ、報酬は本物で、だからこそ始末に困るのだと理解できてしまった。
『彼の本分は統治者だ。戦いが終わった後を考えねばならぬからこそ、どうしても迂遠になる。逆にメラニーは利益を狙い過ぎだな。聖地が欲しいだけならとっくに叶えているはずだ』
「……」
それはデラーズからも聞かされた両者の欠点だった。
利益誘導で人を動かし、失敗しても良い策を無数に積み上げるジャミトフ・ハイマン。思惑をかわすことは難しいが、波に乗るつもりならば逆用できる。
逆にメラニー・ヒュー・カーバインは、あくまで利益が大前提だった。
聖地を奪還するとは言っているが、人類全体を宇宙に移民させるという理想まで合わせてしまっている。確かにアナハイムの利益は効率良いのだが、理想そのものが遠く離れて行っているのだ。
だからこそデラーズは二人の策を読み切って今回の博打に出ている。どうせメラニーがシーマ達を使って工作するのも想定済みだろう。
そこまで考えた時、シーマの頭に閃くものがあった。
「まさか、あんたの目的。それは……」
『そうだ。せっかくの完全循環型コロニー。それをどうして地球圏に飾る必要がある! あれは火星や木星進出にこそ必要な物だ!』
それはジャミトフが理想としながらも、政府の反対で不可能な事だった。
あくまで各コロニーを再建させ、その延長上で経済政策の一環として余剰コロニーを送る程度でしかない。実際に火星圏に送られるのは、いつの日だろうか。
つまりこの男は、ひとまず火星圏にコロニーを送り、遠く彼方へ居住権を広げるために動こうとしているのである。
それこそジャミトフがやろうとして叶えられない願いであり……。理想が現実と乖離してしまったメラニーとの差をつけるための実績になるだろう。
『さあ、おしゃべりはここまでだ。もう直時間が無くなるぞ』
「なん……だと?」
言葉と共に複数のモニターが切り替わっていく。
一つは火星方面を警戒している物。もう一つは移動しているコロニーを映し出すものだ。
そこにはアクシズ先遣艦隊。
そして突如として加速し始めるコロニーがあった。
『シーマ様! コロニーがいきなり加速して……うわあ!』
「ばかな!? 点火できるだけの火力なんざ積んじゃいないはずだよ!!」
巻き込まれたムサイが木っ端微塵に砕け散る。
駆逐艦が大きいとはいえ、コロニーの質量と比べるべくもない。
だが、コロニー落としを避けるために点火の融点はかなり高く設定されていた。
それこそデラーズ・フリートならばともかく、遠隔操作できないからこそ、フェイントには月のイグニション・レーザーを利用したのではないか!?
『アナハイムの手先なら可能だろう? ここにぶつける気だな』
「あたし達も居るんだよ!? ……くそ、キメラの奴! 裏切りやがって!」
シーマには心当たりがあった。
他でもない、今回の作戦の橋渡しをしたキメラ達だ。危険な囮になってコロニー輸送を交代すると聞いた時には、ありがたいと思いつつも不審に思っては居たが……。
『こうなっては仕方あるまい! 呉越同舟と行こうじゃないか! 耐え難い未来への空白に、この私が虹の架け橋を築く!!』
死に掛けた男のギラギラとした目だけがそこにあった。
いつから
という訳で太陽路を巡る話の後半に移ります。
悲しいことにシーマ様は、またもやピンチです。連邦軍・アクシズ先遣艦隊に挟まれ、風前の灯火。