大正の空に轟け   作:エミュー

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勢いで書いた。
雷の呼吸ってかっこいいよね!


壱話 元鳴柱の孫

「あーーなるほどね爺ちゃん。つまり鬼殺隊って人間やめなきゃ入れない人外魔境ってわけね。で、それでも尚鬼には勝てないと!」

「何が言いたい?」

「俺、剣士になるのはやめます!!」

「馬鹿者!!!」

「ぎゃあああ痛い!!」

 

間髪入れずに飛んでくる鉄拳が俺の頭を捉えた。

眼前で仁王立ちを決め込む爺ちゃんを涙目で睨みつけると、パンパンに膨れ上がったたんこぶを擦りながら唾を吐く勢いで捲し立てる。

 

「だってだってさあ!何なの霹靂一閃って!!可笑しいよねあれだって瞬間移動しちゃってるよ!?あれが基本の型!?馬鹿じゃないの!!?人間に出来る動きじゃないよね絶対もしかして爺ちゃん鬼なの!?そうなんでしょ人間やめてるんでしょあーはいはいなるほどねつまりただの冴えない一般人の俺には出来っこないってことだよね!!」

「弱音を吐くな!お前がその気になって鍛錬を積めば自ずと出来るようになるわい。なんせお前は儂の孫なんじゃからな」

「そうだけどさぁ!!そうなんだけどさあ!!遺伝子的におかしいのよあんたは!多分突然変異が起きちゃってるわけ!!つまり亜種!桑島亜種!でなきゃ『雷の呼吸』とか使えっこないからね!?!?」

「相変わらず口だけは達者じゃのぅ……誰に似たのやら」

 

もはや呆れを通り越して諦念の境地に辿り着きつつある爺ちゃん──桑島慈悟郎は俺の隣に腰を下ろした。

こうして並んでみると、爺ちゃんは背が低い。十四歳になろうかという俺に身長を追い抜かれ、悔しそうに地団駄を踏む姿を見たのは何時だったか。

日に日に厳しくなる修業の所為でよく覚えていない。

 

「……紫電(しでん)よ」

「……何それ桑島紫電(くわじましでん)って。生まれた瞬間から雷の呼吸を覚えさせてやろうっていう圧力感じる名前だよね」

「いちいち話の腰を折るな!」

「ぎゃああああ!!だからって殴ること無いでしょ!?」

 

みっともなく喚く俺には慣れっこな爺ちゃんは大きな、それはもう一等大きな溜息を吐き出す。幸せ逃げちゃうよ爺ちゃん。なんなら俺も逃げちゃうよ爺ちゃん……。

 

「お前に剣を教えて早半年……。他所様に見られでもしたら桑島家末代までの恥と言っても過言ではない程生き恥を晒すお前じゃが……」

 

何だかとてつもなく名誉を傷つけられた気がしてならない。

しかし自身のみっともなさは理解しているつもりなので反論出来ない。というか反論しようものなら有無を言わさず鉄拳が飛んでくるので押し黙ることにした。

 

「剣の腕は確かじゃ。元『鳴柱』の儂が言うんじゃから間違いは無いわい」

 

ほんとかなぁ……?

 

コツコツと地道な努力を重ねるのは嫌いだ。しんどいし、何より結果が伴わないから。自分には才能が無いことは自分が一番分かってる。

きっと爺ちゃんは身内の贔屓目で俺の事を見てるからそう思うだけだ。

 

大したこと無い人間なんだよ俺は。

 

だってそうだろう。何せあの時──────

 

「────紫電」

 

ハッと我に帰り横を向くと、爺ちゃんの殊更真っ直ぐな双眸が俺を捉えた。

 

「あの時の誓いは嘘だったのか?」

「………嘘じゃ、ないです」

「ならば道は一つじゃろう。叩き上げ、鍛えぬき、極めるんじゃ。そして強靭な刃となれ。お前なら必ず出来る」

 

「儂の孫なんじゃからな!」と背中をばしばしと叩かれる。果たしてその言葉にどれ程の説得力があるのかは分からないが、俺にとって爺ちゃんの言葉は道標であって、暗闇を照らす灯火であって、数多の偉業を成し遂げた傑物が吐く謳い文句よりも心に響くのだ。

 

「爺ちゃん────ッ!!俺、頑張るよ!絶対雷の呼吸を極めてみせる!!」

「その意気じゃ。では、日が暮れるまで走り込むぞ!雷の呼吸の礎は強靭な下半身。粘り強く、かつ瞬発性に富んだ足腰が肝だと銘じておけ!!」

「押忍ッ!」

「行ってこい!」

「押忍ッ!押忍ッッ!」

 

 

 

 

「もう無理ですはい無理です足が絶叫してるよ泣き叫んじゃってるよぉぉぉぉ!!!」

「本当にうるさい馬鹿孫じゃ。さっきまでのやる気は何処に行った」

 

あれから日が暮れるまで走り込んだ。嘘です。深夜まで走り込みました。爺ちゃんは嘘つきです。

 

「日が暮れるまでって!!言ったじゃん!?」

「そんなこと言ったか?はははっ、歳も取るもんじゃのぉ」

「くそっ……!都合の良い時だけ老人面しやがって……」

「そんなことより」

「そんなこと!?日が暮れるまでって約束を反故にして可愛い孫の睡眠時間をゴリゴリに削ったことがそんなことで済まされるかぁぁあ!!」

「ホレ、食え」

 

差し出されたのは炊きたてのお米を三角に握った握り飯。そういえば爺ちゃん、走り込みの後半の方は姿が見えなかった。なるほどね、握り飯作ってくれてたのね。

 

受け取ったおにぎりは形こそ綺麗なものの、無造作に海苔が巻き付けられている。「米が手に付くじゃろう」という理由でお米の白を覆い尽くすように海苔を巻くのが爺ちゃん流。実際食べやすいから実用的だなぁとは思っている。

中の具は梅。いい塩梅の塩加減が修業後の疲れ切った身体に染み渡る。竹筒の水を一思いに飲み干すと、満腹感からか欠伸が漏れた。

 

「今日の修業はここまでじゃ。しっかり身体を休めるんじゃぞ」

「誰の所為でしっかり休めてないのかきっちり話し合おうぜ爺ちゃん」

「いいから休め!」

 

何故殴る。解せぬ。

 

 

 

 

 

爺ちゃんのスパルタ修業は続く。

 

「ホレ、もっと速く走らんか!」

「これ以上は無理に決まってんだろぉぉぉがぁぁぁぁぁ!!」

「風になれ!稲妻になれ!できるできないじゃない、やるんじゃ!!」

「精神論でどうにかなるんならねえ!鬼なんてとっくに滅んでるっつーの!!!」

「グチグチうるさい!」

「ぎゃあああああっ!?だから殴ることないでしょおおおがあああああああ!!!」

 

来る日も来る日も、走る。跳ぶ。振る。打ち込む。それの繰り返し。

何事も基礎が大切だということは理解しているつもりだが、あまりにも愚直なまでに基礎の基礎を反復するものだから、もしや俺の基礎能力が低過ぎるのでは?だからこれ以上先に進めないのでは?と不安に駆られ夜も眠れない日もあったのだが。

 

自身の身体に変化を感じたのは、爺ちゃんとの修業が一年を経過した頃。

 

明らかに身体のキレが違う。

以前まではイメージする動きと実際の動きとで大きく乖離している部分があった。身体能力が要求に応える事ができなかったのだが、今では想像通りに身体が動く。思い通りに身体を操ることが出来るのだ。

 

「ようやく入口に立ったな」

「え、これで入口?過酷過ぎない?」

「馬鹿者。己の身体を完全に掌握出来ない事には呼吸も何も出来んわい」

 

爺ちゃんは何処か嬉しそうな顔をしているが、それも一瞬。真剣を手渡してくる。

 

「この一年は徹底して身体づくりをさせてきたが、お前にはもう必要無いじゃろう。明日からは『雷の呼吸』の型を本格的に教える」

 

雷の呼吸の型は全部で六つ。

一度爺ちゃんが手本として見せてくれたのだが、速すぎて何も見えなかった。

 

「さあ、やってみろ」

「さあ、やってみろ。じゃぁねぇぇぇぇぇぇぇええ!!何にも見えなかったんですけどあんた馬鹿ぁぁぁ!?手本見せる気ねぇだろ!?」

「喚くな!!」

「ひぎゃああああまた殴ったよこのジジイ!!」

「ええい!さっさと刀を構えんか!まずは壱ノ型!この型が出来なければ先に進めんぞ!!」

「だから無理だって!あんたは人間の範疇に収まりきってないからできちゃうのよ!!」

「いいからやってみい!!」

「ぎゃあああああ痛い!」

 

爺ちゃんの放つ雷の呼吸は、それこそ曇天に轟く雷鳴のようだ。視認出来ない神速の踏み込みから斬り込む居合い。瞬きの合間に放たれる五連斬撃。平衡感覚が狂う程の高速回転から繰り出す雷の波状攻撃。射程範囲のある斬撃の型二つに、周囲の空間を支配する雷撃の奔流。六つの型全てを理解するのに一月かかった。

 

そこからは爺ちゃんの模倣を続ける日々。

幸いにも教えを乞えば手本を見せてくれるので、動きの特徴を完璧に捉えて型を再現。そこから自分流に改変していく。爺ちゃんと俺では上背も筋肉量も間合いも何もかもが違う。己に合った形を模索しなければならない。

 

型の修行を開始して半年。六つの型を習得する。しかし、どの型も爺ちゃんの技には及ばない。至らない。何もかも足りない。

 

「雷の呼吸 壱ノ型────」

 

深く息を吸い込み、吐き出す。全集中の呼吸。人間が鬼と渡り合う為に編み出した秘技。黒雲の中で暴れ狂う雷のような、雷の呼吸の使い手の特徴的な呼吸音。

左足を大きく後ろに開き、極端な前傾姿勢を保つ。鞘を握る左手の親指が鍔をゆっくりと押し上げると、刀身が艶かしい鉛色の鈍い輝きを放ちながら顔を覗かせる。

ほぅ、と爺ちゃんから感嘆の息が漏れるが、俺には聞こえない。

 

「────霹靂一閃」

 

放たれた雷光は直線的な軌道で爺ちゃんに迫る。通常、雷の呼吸が描く軌跡は黄色だが、俺の場合は『紫』。紫電って名前だからか?なんて馬鹿げた事を考えていたこともあったっけ。

 

交錯。続けて甲高い金属音。

 

俺の霹靂一閃を難なく去なした爺ちゃんの一振。遅れて轟く落雷の如き轟音は、壱ノ型の為に踏み込んだ俺の足が地面を踏み締める音。

ふざけんじゃねこのジジイ。涼しい顔で防ぎやがって。

 

「合格じゃな」

「何が合格だよちくしょうッ!」

 

物凄い剣幕で詰め寄る俺をどうどうと捌きながら爺ちゃんは続ける。

 

「速度、精度、共に問題無い。初見の相手ならまず間違い無く一本取れるじゃろ」

 

模擬戦闘で真剣使わせる余裕を見せる人に言われてもいまいち実感が湧かない。ってか、爺ちゃん何者だよ。あんた化け物だよ。常々思ってたけども。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

果たしてこれで良かったんじゃろうか。

今日も今日とて刀を振るう孫の姿を眺めながら、自分の判断は正しかったのかと自問する。

 

紫電がまだ十歳の頃。儂の息子とその嫁が鬼に殺された。紫電にとっての両親。その一件の後、暫く紫電は塞ぎ込んでいたのだが、死んだ目に光を注いだのがこの鬼殺の為の剣技であった。

 

「太刀筋が歪んどるぞ。どうした、もう疲れたか?常中の維持を続けろ」

「……?常中?」

 

ともあれ、彼は己の意思で鬼殺隊を志したのだ。

孫を死地へ向かわせるのは気が引けたが、あの日の紫電の言葉と決意に当てられ、思わず首を縦に振ってしまった。

 

贔屓目無しに見ても紫電の才覚は素晴らしいものがある。

その一つが全集中・常中の維持。

 

紫電はこれを五歳の頃より行っている。本人は無自覚だが。

当時、誤って高所から転落した際に脇腹を酷く痛めてしまった。その時に痛みを軽減させる呼吸法を教えてしまった。以降、その呼吸を続けるようになり、身体の発達と共に数年分の呼吸の練磨が成されていた。

 

無自覚とは恐ろしいものよ。

 

鬼殺隊の剣士を育てるにあたり、全集中の呼吸を覚えさせるのは必須項目だ。多くの見習い剣士はこれに苦戦し、膨大な月日を消費する。紫電にはその数ヶ月分を別の修業に充てることが出来た。これは同い年の剣士達と隔絶した差となるであろう。

 

元々有していた剣技の才能、雷の呼吸への抜群の適性も然ることながら、何よりも儂が買っているのは『努力を続ける才能』だ。才に溺れず自らを研鑽するのは容易では無い。本人の強い意志と覚悟が必要だ。その点、紫電は壊滅的にネガティブなので、慢心のまの字も無い。向上心の塊だし、腐っても元『鳴柱』である儂を基準に善し悪しを判断している。極端が過ぎるが、どうやら彼にとってはいい方に転がっているらしいので、特段褒めちぎることはしなかった。

普段は情けなく喚くが、やる時はやる男だ。

 

……もう少し自分に自信を持ってもいいんじゃがのぉ。

鬼を前にしてあのザマでは格好がつかない。

 

「紫電、全集中・常中とはな」

 

今更ながら全集中・常中について説明を入れる。

既に会得し、高水準で維持する紫電にとっては不必要な説明だろうが、理論や効力を知っておいた方が良いだろうとの判断だったが……。

 

「はぁぁぁぁ!?何その便利な呼吸!!俺教えて貰って無いんですけど!?」

 

だから、お前はもう出来ていると最初に言っただろう。

相変わらずの馬鹿孫だ。

 

ここから先は教えることは殆ど無い。

 

近づく最終選別の時期。

 

紫電は雷の呼吸の使い手史上、最強となり得る可能性を持っている。

 

(儂などすぐに追い抜いていくんじゃろうな)

 

寂しくもあり、誇らしくもあった。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

「お前に教えることはもう無い。今から藤襲山で行われる最終選別に向かってもらう」

「いやいやいやいや展開早くなぁい!?!?」

 

俺が驚くのも無理は無いだろう。

普通さ、前もって教えてくれるよね?何時いつ何処で試験があるから、それに向けて頑張ろうね!って感じでさ。

いや、この爺ちゃんを常識の範疇に留めてはいけない。

 

「必ず、生きて帰れよ」

 

そう言って俺の両肩に掌を置く爺ちゃんの顔は今にも泣き出しそうで、自分の孫が死地へと向かうことを憂いているような、何処か罪悪感に苛まれた表情。

あんたがそんな顔する必要は無いよ。これは俺が選んだ道だから。爺ちゃんが指し示してくれた道標をなぞり、ここまで来れたんだ。

 

「爺ちゃん……!うん、絶対生きて帰ってくるから!」

「ああ。それと、これを」

 

手渡してくれたのは、爺ちゃんが普段身につけている羽織の色違い。漆黒を基調とし、無造作に黄色の三角模様が散りばめられた上質な羽織。

 

「本当は儂と一緒の黄色にしたかったんじゃが、お前にはそっちの方が似合っとる」

「爺ちゃんありがとう。これ一生大事に着るよ」

 

出立。爺ちゃんが俺に費やしてくれた日々に報いる為。

そして悪鬼を滅す為。

 

かくして、桑島紫電は鬼殺への一歩を踏み出したのであった。





気力があったら続きます…

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