皆さん、真菰ちゃんを想って年末年始を乗り切りましょう!
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「君が紫電だね。初めまして。私は産屋敷耀哉」
────父のような人だなと、思った。
鬼殺隊本部──産屋敷家の一室。座布団の上に座る耀哉を見た紫電の、『お館様』の第一印象であった。
「本来なら君が蝶屋敷に居る時に会いに行くべきだったんだけど、身体の調子が悪くてね」
「い、いえ!どうかお身体、ご自愛ください!」
「ありがとう」
病に侵された脆弱な身体。吹けば消える蝋燭の火のような儚さ。けれどその瞳に宿す決意と信念は現世の何よりも強い。悪鬼滅殺。鬼舞辻無惨によって生まれた悲劇の連鎖を断ち斬る。
己の命すらも大願の薪にして炉にくべる。全ては鬼舞辻無惨を討ち果たすため。
「まずは十二鬼月の討伐おめでとう。入隊して半年足らずで十二鬼月を倒してしまうなんて、君は凄い子だ」
「お、お褒めに預かり光栄です……!」
「そんなに固くならないでくれないか。私は君を含め鬼殺隊の皆を我が子のように思っているからね」
彼の声音は鈴の音のように清らかで、聞いているだけで高揚感を覚え、心が解れてゆく。
耀哉は穏やかな微笑みを絶やさず、
「さて、早速だけど本題に入ろうか」
そう言うと、ほんの少しだけ佇まいを正し、それを見た紫電もしゃんと背筋を伸ばした。
「十二鬼月を倒した。それはつまり、『柱』になるための条件を満たしたということ。知っているとは思うけれど、現在柱は二つの空席がある。人員の入れ替わりが激しい鬼殺隊が組織として成り立っているのは、柱という強大な戦力があってこそなんだ」
鬼との戦いは命懸けだ。殉職者も数多く存在している。最終選別を突破し、鬼殺の剣士となる人間よりも、鬼との戦闘で命を落とし死んでいく人間の方が圧倒的に多い。慢性的な人手不足に陥っている鬼殺隊が数百年もの間存在できている理由が、人の身でありながら人の範疇に留まらない人外の剣技を有し、数多の仲間の死を横目に鬼を狩り続け、積み重ねた屍の山の上に君臨する最強の剣客達。『柱』が、何年もの間顔ぶれを変えず、担当する警備区域に蔓延る鬼共の頸を斬り続けているからだ。
「やはり柱の数が減ると個人にのしかかる負担は大きくなる。柱に空席があるのは鬼殺隊にとって由々しき事態なんだ。今の鬼殺隊に、君程の剣士を遊ばせている余裕はない」
耀哉は改めて紫電を見遣る。
「鬼殺隊において、最も優れた雷の呼吸の使い手たる君の剣技は、大正の空に轟く雷の如し。『鳴柱』は、桑島紫電を
そしてゆっくりと微笑む。
「紫電。『鳴柱』として、どうか力を貸して欲しい」
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産屋敷邸へと集まった『柱』たちは、白石が敷き詰められた日本古来からの風習を根強く残した和風庭園のような中庭で、各々が交流を図っていた。
こうして柱が一堂に会するのは半年に一度。臨時で集うことはあるが稀だ。
我が強く、鬼に対する感情も様々な個性的な柱たちだが、曲がりなりにも足並みを揃え悪鬼滅殺を謳うのは、ひとえにお館様たる耀哉の人格と、柱として鬼殺隊を支えているという自負のおかげか。
「皆、揃ったようだな」
『岩柱』悲鳴嶼行冥が、盲目の瞳で集まった六人を見遣る。
「うむ!なんと言っても今日は新たな柱が誕生するからな!半刻前には馳せ参じていたぞ!!」
『炎柱』煉獄杏寿郎。
「派手に気合いが入ってんなぁ煉獄!まあ、第一印象は大事だからな。祭りの神たるこの俺が桑島よりも上だってこと、一目で分からせてやるぜ!ド派手にな!」
『音柱』宇髄天元。
「チッ、相変わらず騒がしいヤツらだぜェ。桑島はそんな大したことねェよ。報告通り、窮地に陥らないと力を発揮しないタイプだぜありゃァ」
『風柱』不死川実弥。
「ふん。別に桑島めが強かろうが弱かろうが俺には関係ない。精々、他の柱の足を引っ張らずに己の責務を全うしてくれればどうでもいいさ。それよりも俺が気に食わないのは桑島が甘露寺とかなり仲が良いということだ。この前の手紙にも桑島のことを書いて────もしや甘露寺は桑島が────そんなはずない。そもそも────ならば俺がヤツを────」
『蛇柱』伊黒小芭内。
「…………」
『水柱』冨岡義勇。
「さあ、お館様が来られますよ。冨岡くん、いつまで独りぼっちで突っ立ってるの?」
『花柱』胡蝶カナエ。
ぽつんと、能面のような表情で木の陰に佇んでいた義勇が横一列に並んだ柱達の端へと移動したと同時に部屋の奥の襖が滑り、産屋敷の童子が二人、姿を現す。
「お館様のお成りです」
言うや、部屋の奥からゆっくりと歩を進め、産屋敷耀哉がその身を太陽が照りつける縁側に晒す。
その姿を見た柱達は一糸乱れぬ動きで片膝を地面につき頭を垂れた。
「待たせたね。私の
穏やかな笑みで佇む耀哉は、美青年の一言で片付けるにはあまりにも大人びた雰囲気を纏っている。確固たる決意を宿した瞳の奥には炎が盛り、けれど優しい視線が七人へと向けられていた。
「半年に一度の柱合会議、前回と顔ぶれが変わらない事を嬉しく思うよ」
「お館様におかれましても、ご壮健そうで何よりです。我々柱一同、益々のご多幸をお祈り申し上げます」
「ありがとう、行冥。柱合会議の前に一つ、もう皆知っているかとは思うけど、今日付けで『柱』となった剣士を紹介させて欲しいんだ。紫電、入っておいで」
耀哉が後ろの方に声を掛けると、ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえて来る。暫くの後、耀哉が歩いてきた道をなぞる様にして、緊張した面持ちの新『鳴柱』桑島紫電が姿を現した。
鬼殺隊の最高位の柱達に気圧されたのか、随分と後ろの方で立ち止まった。
「新たに『鳴柱』を拝命致しました、桑島紫電です……!まだまだ未熟な私ですが、皆さんのような立派な柱となれるように精進していく所存ですので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「ふふっ、随分と緊張しているね。ほら、こっちへおいで」
耀哉に促され、覚束無い足取りで縁側へと出ると、童子に預かっていて貰ったブーツを受け取り、庭へと下りる。右の端には実弥。左端には義勇。紫電は迷いなく左端の義勇の横へと並び、膝をついた。
「親睦会は後ほどね。それじゃあ柱合会議を始めようか。まずは各々の警備担当地域で何か変わったことはあるか、意見を出し合って欲しい」
そうして会議は進んでいく。十二鬼月の討伐の報告や戦力バランス、今後の方針、鬼舞辻無惨についての情報などなど。覚えることが多すぎて頭がパンク寸前の紫電。助け舟を出したのは、意外にも『風柱』の実弥であった。
「別にすぐ覚えろとは言わねェ。馬鹿じゃなきゃ一月あれば隊士の運用や管理はできるようになるからなァ」
「実弥の言う通りだよ。紫電が柱の業務に慣れるまでは隣接する担当警備地域の────カナエ、義勇。出来る限りでいいから紫電を助けてやってくれないだろうか」
「御意」
「………御意」
迷いなく頷いた二人を見て、耀哉は満足そうに頷く。
こうして柱合会議の幕は閉じた。
耀哉が退席したのを確認した柱達は、ぞろぞろと紫電を取り囲む。
年上の、それも自分よりも遥かに強い大人達に囲まれ、これから自分は何をされるのだろうかと不安に駆られた紫電。
「それじゃあ、行きましょうか」
「あの、胡蝶さん……、一体何が始まるんですか?」
恐る恐る顔見知りのカナエに尋ねる紫電。
「そりゃ決まってんだろ!ド派手な親睦会だ!」
がっしりと天元に腕を掴まれ、どうやら逃げることは出来ない。
その後方、一人だけ抜け出そうとする義勇を行冥が脇に抱えて強制連行していた。
なるほど。取り囲まれたのは逃げ道を塞ぐためかと合点がいった。
「柱同士で親睦を深めるのは大事なことよ。強固な組織の基盤は人と人との繋がり。それは柱とて例外ではないわ。皆紫電くんのこともっと知りたがってるから、これを機に仲良くなれたら嬉しいなって思ってるの」
「そ、そうですか……」
「まあ、お前に拒否権は無いけどな。そら、行くぞ」
「ちょっ、痛い!力強いってば引っ張らないで痛い痛い痛い!!自分で歩けますからぁぁぁぁ!!」
凄まじい怪力を発揮し、強引に紫電を引きずって屋敷の中へと移動する天元。相変わらず騒がしい紫電を見遣り、カナエは笑みを零した。
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「柱怖い柱って怖い柱って絶対人間じゃない……」
「まあ、ある意味人間を辞めてなきゃ柱にはなれないわよねぇ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ柱ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?ごめんなさいごめんなさい今度美味しいおはぎとかっこいいカブトムシ持ってくるから今回は見逃してくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「もう!ずっと一緒に歩いてたでしょう?それに不死川くんはもう居ないわよ」
柱同士での親睦会を終え、心身ともに疲れ果てた紫電。個性が強すぎる柱達に振り回され、何時ぞやの十二鬼月との戦闘の後以上に死に体だ。
特に自分を殺すつもりで襲撃してきた実弥はトラウマレベルで恐怖を抱いてしまった。特に顔。目付きが恐ろしい。
夕方にさし掛かろうかという茜色の空の下、紫電とカナエは街を歩いていた。
この大通りを抜け、暫く歩けば蝶屋敷に着く。
一応完治したとはいえ、療養期間中の紫電はもう少し蝶屋敷に留まっておかねばならない。お館様にも「無理はしないようにね」と釘を刺されたので渋々首を縦に振った。
「改めて、おめでとう。同じ柱として歓迎するわ」
「えっと……、ありがとうございます」
「お館様からも紫電くんのことしっかりサポートしてあげて欲しいって言われたから、分からないことがあったら姉さんに何でも聞いていいのよ?」
「ふぐっ……!もう忘れたとばかり思ってたのに……!」
初対面で「姉さん」と呼んでしまったことを掘り起こされて赤面する紫電。
カナエは本当に姉に似ている。醸し出す雰囲気や、物腰柔らかな落ち着いた口調や、誰にでも優しい所とか、全部。
だからだろうか、かつて自分が救えなかった姉の代わりにカナエの事を守ってやりたいと思うのは。
これは傲慢だろう。カナエは紫電よりも強い。守ろうだなんて烏滸がましい。今の紫電は逆にカナエに守られている。
「……紫電くんは、鬼と仲良くしたいとか、思う?」
突然足を止めて、唐突に消え入るかのような声で吐き出した。
鬼と仲良くしたい、だなんて。答えは否だ。鬼は死滅すべき存在だ。悲劇の連鎖を生み出す悪しき生物だ。多くの人の幸せを奪い、紫電もその内の一人だ。仲良くしたいだなんて、思える筈がない。
けど、カナエの泣きそうな顔を見て悟る。
カナエは、鬼にすら優しさを与える異端だ。
鬼を殺戮の因果から救ってやりたいと本気で思っている。鬼殺隊は鬼に大切な人を奪われ、鬼を憎み、その怒りを原動力に刀を振るう者が殆ど。カナエも例に漏れず両親を鬼に殺された。けれどカナエを突き動かすのは怒りではなく憐憫。鬼ですら慈しむその清らかな優しさと、自分達のような思いを他の人にさせないという妹との誓いが、カナエを鬼殺へと駆り立てている。
紫電は理解に苦しんだ。
カナエがそんな目的を持っていられるのは、心が綺麗だからだ。自分とは違い、己の心のままに生きているからだ。
目の前の彼女の生き様が眩しくて、羨ましくて。
「俺は……別に。けど、カナエさんなら、どんな鬼とも仲良くなれる気がします」
誰かの姿と重なって。
ほんの少し嬉しそうな表情になったカナエを背に、逃げるようにして蝶屋敷へと向かった。
親睦会はいつか別に書きたいなぁとか思ってます(書くとは言ってない)