大正の空に轟け   作:エミュー

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例の教祖の登場は次回になります。
出る出る詐欺でした申し訳ありません……!

そして明けましておめでとうございます!


拾伍話 胡蝶の夢

「最悪だわ。あぁもう、ほんとに最悪」

「………」

「こんなに気分が悪い日は無いわ。あぁ、最悪最悪」

「…………あのさ」

「いくら任務とはいえ、なんでコイツと一緒なのかしら」

「おい、胡蝶しのぶ」

「あら?いたのね桑島」

「最初からいたじゃん!?その大きな瞳はお飾りなんでしょうかまあとっても綺麗ですねぇぇ!?」

 

ぎゃんぎゃんと騒がしい紫電に嫌悪感を表情で示しながら、しのぶは大きく息を吐き出した。

 

「大体さぁ!なんで胡蝶さんはあんなにも朗らかに笑う別嬪さんなのに胡蝶しのぶはいつも怒ってるの!?似てるのは顔だけか!?まあ君が美人なのは認めるけど!!?ほら笑えよもっとせっかくのお顔が台無しだよぉ!?この美人の無駄遣い!!!」

「煩い!!!」

「きゃぁぁぁぁ!!胡蝶しのぶに殺されるぅぅぅぅぅぅぅッ!!??」

「…………頭痛い」

 

ほんと、なんでこんな雷みたいに煩い男と一緒に任務を遂行しなければならないのか。顔を両手で覆い、しのぶは今一度大きな息を吐き出した。

 

しのぶは主に『花柱』であるカナエの警備担当地域で鬼を狩っている。常ならば『鳴柱』として広大な警備担当地域を受け持つ紫電と任務をこなす事は無いのだが、今回ばかりはカナエが別任務で不在のため、一時的に紫電がカナエの担当地域をフォローしている。紫電は哨戒中に鴉から強力な鬼が出現したとの報告を受け、しのぶも同じく応援として呼ばれ、ばったりと出会してしまった次第である。

 

「ほんと胡蝶しのぶは可愛げがないよね」

「余計なお世話よ!」

「いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!?」

 

しのぶの高速突っつきが脇腹に突き刺さり、苦悶の表情を浮かべながら悶絶する紫電。しのぶは膂力こそ無いものの、こと押す力は鬼殺隊随一を誇る。痛み止めの呼吸を繰り返しながら涙目でのたうち回る紫電を他所に、しのぶは再び闇夜の中に駆け出した。

 

「ふぅー……ふぅー……ッ!ぐっ……胡蝶しのぶめ……ッ!せめて君に真菰ちゃんの千分の一くらいの愛嬌の良さがあれば………ッ!」

「悪かったわね!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

再び脇腹を突き刺され、またも地面を転がり回る紫電。

本当にこんな奴が『柱』なのかと不安に駆られる。冷めた視線を紫電に投げかけ嘆息すると、

 

「──────!」

 

しのぶの優れた勘が突如警鐘を打ち鳴らした。もちろん紫電も同じだったようで、すぐさま飛び起き刀を抜き放った。

 

「……来る」

 

鬼の気配。血の臭い。

次第に聞こえる大地を震撼させる程の地鳴りにも似た足音。

木々をなぎ倒しながら徐々に近づいて来る。

 

やがて──────。

 

「────!?」

「でっか!?気持ち悪ぅぅぅぅぅ!?」

 

森から飛び出してきたソレは、目算二十尺はあろうかという圧倒的巨躯を誇り、隆起した筋肉を纏う腕は紫電の胴よりも遥かに太い。肌の色は黒ずみ、所々が不自然に盛り上がったり、膨れ上がったり、血管が浮かび上がったりと、視覚的にも分かるほどの力が漲っている。辛うじて人型としての原型を留めており、頸もある。ならば倒せぬ相手では無い筈だ。

 

しのぶは紫電を横目で見遣る。

口に手を当て吃驚している様子だが、彼は曲がりなりにも『鳴柱』。

巨鬼の瞳には十二鬼月の証明である数字が刻まれていない。この煩い男を頼りにするのは気が引けるが、『柱』が共に戦ってくれるのならば心強い────と、思っていた矢先に。

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?何あれ怖いよ胡蝶しのぶ逃げよう!?アイツ絶対ヤバいよなんか小汚いし!?不潔だし!?多分十年間くらいお風呂入ってないよぅ!」

「……………」

「ほら!俺たちって速力に自信あるじゃんッ!?本気で逃げれば楽勝で撒けると思うんですがどうでしょうッ!?是非一考してみて頂けないでしょうかッッ!?!」

「……………」

 

脇目も振らず涙目でほざく紫電に心底絶望したしのぶは、日輪刀の柄に手をかける。キリキリという独特な音が響き渡る──毒の装填。

しのぶは膂力が無いため鬼の頸を斬る事が出来ない。しかし、藤の花の毒をもって日輪刀と日光以外で鬼を殺すことに成功した稀代の天才でもある。

 

「ウォォォォォォォォ!!オニガリィィ!!オニガリヲコロセバアノオカタニチヲッ!!チヲワケテイタダケルゥゥ!!!」

 

耳を劈く程の声量の咆哮が夜の森を覆い尽くす。紫電とはまた違った煩さに顔を顰めながら、しのぶは大地を疾走する。

 

「胡蝶しのぶ!先走るな!」

 

紫電の叫びをはるか後方で認識したしのぶは、しかし足を止める事はなく、呼吸を深化させてさらに速力を上げる。

その聡明な頭脳が刹那の合間に眼前にて立ちはだかる城塞の如き巨鬼の分析を開始。

 

刹那の思考。しかしそれは常人の長考に値する。

鞘の中の毒の残量と鬼の体躯から、凡そ必要な毒の量を計算。瞬時に導き出し抜刀。剣先に猛毒を装填した独特な形の日輪刀が月光を反射し鈍く光る。

 

「チョコマカトォォォォ!」

 

蟲の呼吸 蝶ノ舞『戯れ』

 

その前進は不規則な蝶の羽ばたき。それでいてようやく視認できる程の速度。振り下ろされた剛腕を優雅に躱しながら間合いを詰め寄り跳躍。すれ違いざまに複数の刺突を叩き込む。

通常の鬼ならばこれ程の毒で死に絶えるのだが、この巨鬼は巨躯も相俟って毒の巡りが遅い。少なからずダメージはあったものの、致命傷には至らない。

突きによって空いた穴が塞がっていく。

 

「キカン!キカンゾォォ!!」

 

その巨躯に毒を撃ち込むために跳躍したしのぶは空中に身を投げ出したため無防備。巨体であったがため、巨鬼の運動性能を甘く見ていた。そしてしのぶの最大の弱点────納刀。毒を装填するためには刀を鞘に納めなければならない。そこには必ず一瞬の隙が生まれてしまう。しのぶに付いて回る切り離すことの出来ない弱点。

 

(見誤った────!)

 

鬼の実力も、自身の能力も。

 

ふつふつと湧き上がる怒り。鬼への怒りと己に対する強烈な怒りが、しのぶの原動力であった。

両親を奪われた日から、自分には剣士としての才能が無いと現実を突きつけられた日から、しのぶの胸中に渦巻いていた憤怒の激情。

上背が無い。膂力が無い。才能が無い。頸を斬れない。

 

────お前は、姉のようにはなれない。

 

戦場に咲き誇る大輪の花の如き可憐さと力強さで鬼を圧倒し、頸を斬る姉の姿が脳裏を掠める。

カナエのようになりたい。姉のようになりたい。強くなりたい。

決して叶わぬ、儚い胡蝶の夢。

 

────ちくしょう。

 

けれど、何度現実を突きつけられようと、しのぶはその度に己を奮い立たせてきた。

 

────ちくしょう。

 

姉との約束を履行するために。

 

────ちくしょうッ。

 

自分達と同じ思いを、他の誰かにさせないために。

両親の仇を討ち果たすために。

 

────ちくしょうッ!

 

この身を焼き切る地獄の業火にも似た激しい怒りすら己を動かす薪にして、鬼殺という名の炉にくべる。

 

「ふざけんじゃ────ないッッッッ!」

 

繰り出された巨鬼の拳を、強引に身体を捻り回避すると、地面に着地したと同時に再び巨鬼に向かって突進する。

毒を装填しながら間合いを駆け抜け、迫り来る無数の拳の乱打を躱しながら進む。

 

そうだ。進むしかない。自分に才能は無い。けれど、それが足を止めていい理由にはならない。

やると決めたならやれ。最後まで諦めるな。

 

蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞『複眼六角』

 

一度に多量の毒を撃ち込むことが可能な六連撃の刺突。当然、巨鬼は為す術なく毒を叩き込まれる────が。

 

「キカントイッテイルダロウガァァァァァァァァ!!!」

「────なッ」

 

しのぶの日輪刀が巨鬼に突き刺さった瞬間、巨鬼は全身に力を込め、鎧にも似た筋肉を硬直させた。そこらの鋼よりも高い強度を誇ろうかという肉の鎧は、無常にもしのぶの日輪刀を根元からへし折った。

元より通常の日輪刀よりも細いため、当然強度は落ちる。

怒りに任せて放った渾身の一撃は、巨鬼には通用しない。

 

負け。しのぶは敗北した。

 

「イマニソノワイクヲタタキオトシテヤルッ!!」

 

中空のしのぶに拳の乱打が降り注ぐ。刀で迎撃しようにも、しのぶの膂力では防ぎきることは不可能。運良く致命傷を回避したとしても、戦闘続行は不可能だろう。

 

(ほんと……私は………弱いわね)

 

だが諦めない。日輪刀を構える。どれほど撃ち落とせるか分からないが、来るべき激痛に身構えた────時だった。

 

────雷の呼吸 伍ノ型『熱界雷』

 

天を貫く雷の逆走。紫色の斬撃が巨鬼の腕から先を斬り飛ばし、しのぶの窮地を救った。

 

「もう!だから言っただろ?先走るなって!」

「きゃっ────!?」

 

しのぶに訪れた衝撃は、柔らかく、優しいものだった。

地面に落ちる刹那、紫電に抱きとめられたのだ。気づいたしのぶは頬を紅潮させて、じたばたと紫電の腕の中で暴れ回る。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとおい!胡蝶しのぶ!暴れるな馬鹿野郎!胡蝶しのぶの馬鹿野郎!」

「は、離して──!」

「君が暴れないならすぐに降ろすってば……もう!ほんと可愛げがないよね胡蝶しのぶは!」

 

突き放すような言い草とは裏腹に、優しくしのぶを降ろす紫電。鬼を仕留め損なった悔しさと紫電に抱きとめられた恥ずかしさから涙目のしのぶに、紫電は気まずくなって視線を逸らした。

 

「あ、ありがと………」

「う、うん……。無事で何より……」

 

いつもそうやって素直なら、真菰ちゃんの五分の一くらいの可愛さがあるのに、と内心呟き、既に再生を終えた鬼を睥睨する。

 

「キサマァァ……!ヨクモォォオオォ!!!」

「胡蝶しのぶ、少し……下がってて」

 

先程までの煩かった紫電とはまるで別人。

氷刃のような冷酷な眼差しを巨鬼に向けるその表情は、穏やかな川のせせらぎのように静謐な、けれど凪いだ静かなる怒りを携えていた。

何気に紫電と共に任務をこなすのは初めてのしのぶは、その豹変ぶりに困惑を極めていた。

 

『紫電はね、誰かのために戦う時、すごくかっこいいんだ』

 

不意に思い起こされる、数日前の真菰の言葉。最近の彼女は以前よりもずっと活き活きしていて、どこか魅力的だ。

真菰の言う通り、目の前でしのぶを庇うようにして立つ紫電は常よりもずっと────。

 

「最近、鬼殺隊の剣士を殺して回ってるのはお前で間違い無いな?」

「ハハハハァ!!フミツブシタムシケラノコトナド、ワザワザオボエテイナイ!!」

「そうか。ならもう、いい」

 

紫電は日輪刀を鞘に納めると、極端な前傾姿勢を保つ。居合のための、ただそのためだけの構え。同時に深まる『超全集中の呼吸』。

 

大地が震え、空間が震える錯覚をしのぶは覚えた。

 

桑島紫電のみが扱える、瞬間的に戦闘能力を飛躍させることができる呼吸法。他の柱に剣技で劣る紫電が、肩を並べて戦うためにここ数ヶ月鍛錬を重ねていたのが『超全集中の呼吸』。

以前までは自身が命の危機を感じる程の極限状態にならねば扱うことができなかったが、今となっては一日に数回程度ならば好きなタイミングで使用することが可能となった。日々の鍛錬の成果、そして世界一可愛い真菰の応援の賜物である。

 

しかし身体や肺への負荷は凄まじく、乱発すれば肺が破裂しかねない諸刃の剣。

 

「ツブレロォォォォオオオォ!!!」

 

右の拳を弓のように引き絞り、解き放った。その圧倒的な膂力を余すことなく乗せた暴力的な一撃が紫電に襲いかかる。

 

「桑島!」

 

その全てを破壊しかねない拳の一撃が、紫電に達する────その刹那。紫電の姿が闇夜の中に掻き消えた。

 

雷の呼吸 壱ノ型『霹靂一閃』

 

放たれる神速の一閃。紫色の軌跡のみを虚空に残し、落雷の如き轟音が響き渡る。しのぶの目にも、巨鬼の目にも、紫電の姿は映らず、その居合を捉えることができなかった。

 

「クビヲ────キラレタノカッ!?コノワタシガァァァァァァ!?」

 

絶叫する巨鬼には目もくれず、紫電はしのぶへと歩み寄る。

 

「怪我はない?」

「え、ええ………。無いわ」

「よかった」

 

柔らかに微笑む紫電に釣られ、しのぶの頬微かに緩んだ。

あれほど煩かった紫電だが、やはり『柱』。しのぶが苦戦した巨鬼の頸を一撃で狩り取ってみせた。尊敬。感謝。それと共に押し寄せる劣等感と激しい己への怒り。

そんなしのぶの心中を察したのか、紫電は困ったように眉を寄せた。

 

「胡蝶しのぶは、強いね」

「…………はぁ?喧嘩売ってるの?」

「いいや。俺はそう思っただけ」

「…………?」

 

私が、強い?

どこをどう見たらそのような結論に至るのか、理解に苦しむ。

紫電の制止を振り切り鬼へと特攻し、無様にも負けた。尻拭いをさせてしまった。為す術なく破れた敗者にかける言葉では無い。

普段強く当たっている当てつけだろうか。けれど紫電のその紫色の双眸を見れば、伊達や酔狂ではないことは容易く理解できた。

 

「胡蝶しのぶは負けてない。だって、最後まで諦めなかったから」

「────!」

「まっ、可愛さは真菰ちゃんには大きく劣るけどね!あはは!」

「………ほんと、余計なこと言う男だわ」

 

嬉しいような、悔しいような、複雑な気持ちになったしのぶは、特に紫電を叱る訳ではなく、ただ呆れたような笑みを携えていた。

これで今夜の任務は終わりだ。

 

「桑島は哨戒を続けるの?」

「そうだね。胡蝶しのぶはもう帰って休みなよ。日輪刀を新しく打ってもらわないとだし」

「そうさせてもらうわ。……桑島、ありが──────」

 

しのぶが礼を紡ごうとした、その時だった。

 

「カァー!カァーー!!上弦ノ鬼出現!!上弦ノ鬼出現!!現在『花柱』胡蝶カナエト複数ノ隊士ガ交戦中!!劣勢!劣勢!大至急応援ニ向カエェェェェェェ!!カァァァァ!!!」

 

しのぶの鴉が慌ただしく伝える。紫電としのぶは頭の中が真っ白になった。

上弦の鬼────柱ですらその頸を斬ることの出来ない埒外の化け物達。絶望と絶死の象徴が現れ、カナエが戦っている。

 

遅れて紫電の鴉が飛来し、紫電の肩に止まった。

 

「紫電!真菰モ上弦ノ鬼ト戦ッテイル!!急グゾ!!」

「────!!!」

 

弾かれたように駆け出した紫電を追いかけるように、しのぶもようやく我に返って大地を蹴りあげる。

 

「姉さん………!」

 

絶望の夜が幕を開ける──────。

 

 

 

 

 

 

 




次回、ついに童磨戦です。
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