大正の空に轟け   作:エミュー

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童磨戦開幕です。

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拾陸話 上弦の弐

「やあ。今日はとても良い夜だね」

 

久しぶりに親しい友人にでも会ったかのような馴れ馴れしさ。

 

「初めまして。俺は童磨」

 

白橡色の髪に虹色の瞳。閻魔のような衣装を身にまとった、全身が血塗られたかのような男が、夜道を歩くカナエの背中に声を投げかけた。

屈託ない優しい笑顔を浮かべながら、しかし何の感情も宿していない表情と声に、カナエは心底寒気がした。

 

「……どなたでしょうか」

 

振り返り、その男を視界に捉えた瞬間────、カナエは総身が震え上がる錯覚を覚えた。

奇抜な衣装や風変わりな髪色よりも、何よりも、その瞳に刻まれた『上弦』『弐』の文字。

 

十二鬼月の、上弦の弐。

上弦の鬼は鬼殺隊が百余年あまりの間、その一角すら欠けさせることの出来なかった最強の悪鬼達。その上から弐番目の埒外の化物が、今目の前に立っている。死が、目の前に笑顔を携えながら佇んでいる。

 

カナエとて、柱として数多の鬼の頸を斬り、下弦の鬼をも滅してきた。そこらの鬼に負けるカナエでは無い。が。

『柱』として数多の死線を潜り抜けてきた経験と直感が警鐘を打ち鳴らす。予知にも似た確信。

 

────今宵、胡蝶カナエは死ぬ。

 

眼前の童磨という鬼が放つ圧倒的プレッシャー。深海に沈められたかのように息苦しい。

カナエの頬に冷や汗が流れる。

 

「そう怖がる必要は無いよ。安心して。君も救済してあげるから」

「……救済?」

「そう。救済さ」

 

言うや、童磨は芝居がかった大袈裟な手振りを加えて言葉を紡ぐ。

 

「俺は万世極楽教の教祖でね。俺が君を喰べる事で、君は俺の中で永遠を生き続け、高みへと昇り続けるんだ」

「………は?」

「これまで俺が救済してきた人間は沢山居るんだよ。俺に喰べられた人たちはもう何も苦しくないし、辛くもない。俺の中で永遠に生き続けることができて幸せだろうね」

 

話について行けないカナエを他所に、童磨は尚も続ける。

 

「君は信者ではないけど、俺がしっかり救済してあげるからね」

 

呆れて、物も言えなかった。

童磨の言う救済はただの殺戮だ。

人を喰い物にし、それを救済と謳っているだけ。

何の罪も無い人達の命を平気で奪い、犠牲を積み重ね、それを過ちとすら認識出来ない。それを正しい行いだと本気で思っている。崇高な行為であると、信じて疑わない。

 

屑だ。正真正銘の屑。悪鬼。

 

「哀れで可哀想な人間を導き救済する────。何故君たち鬼殺隊は俺の善行を理解出来ないんだろうね?ああそうか、馬鹿だもんね、君たち鬼殺隊は。イカレ集団だからかぁ。あはは、愚かだなぁ」

 

閉じた金色の鉄扇を口元に当て、挑発的に笑みを零す童磨に対してカナエは、込み上げてくる怒りと侮蔑を押し留め、呻くように言葉を発した。

 

「……哀れで可哀想で、愚かなのはあなたでしょう?」

「え?何?」

 

意味が分からず首を傾げる童磨。

カナエの双眸から放たれる視線は冷たく、まるで氷刃のようだ。

 

「あなたは先程から救済、救済と言っていますが、残念なことに私には微塵も響きません」

「えー、それは君が不感症なだけなんじゃない?」

「あなたの言葉には重みが無い。感情が乗っていない。……思うに、あなたは知らないのでしょう?誰もが当たり前のように感じる喜びや悲しみを」

「…………」

 

童磨は笑みを浮かべたまま無言。

対してカナエはその艶やかな唇を三日月のように釣り上げ、ありったけの侮蔑を込めて嘲笑する。

 

「哀れですよね。陽の光の美しさを忘れ、暗闇の中をひそひそと回虫のように這いずり回るしかできないなんて。おまけに感情が欠落してると来ましたか。加えて善悪の判断もできない愚鈍な頭……。教祖たるあなたがこのザマでは信者の方たちが救われませんね。最も救済が必要なのはあなたではないのですか?」

 

「そうでしょう?上弦の弐・童磨」

カナエの憐憫を含んだ声音が、閑散とした通りに響き渡る。

腰に刺した日輪刀を引き抜き正眼に構え、その切っ先を敵意と共に童磨へと向ける。

やはり、ことも無さげに薄い笑みを貼り付けた童磨は、やれやれと嘆息する。

 

「えー、もしかして俺と戦う気?えー………」

 

頬を掻きながら、童磨は今一度カナエを一瞥する。

上背はあるものの、やはり女性だから華奢だ。見る者を魅了する美貌を持ち、確固たる強い信念を宿した眼。うん、まさに喰べるに相応しい上質なご馳走だ。

しかし、何よりも目に留まったのは、薄桃色の日輪刀の根元に刻まれた『悪鬼滅殺』の文字。

 

「えぇー!君、そんなに可愛いのに柱なんだぁ!あ、そうか。信者達の言ってた女の子の柱って君なんだねぇ」

 

小馬鹿にするようにカナエを指さし仰々しく驚いてみせる童磨。もう、これが素なのだろう。いちいち癪に障る。

 

「……私が言い渡された任務は、信者が夜な夜な姿を消すと言われる胡散臭い宗教団体の調査でした」

「うんうん、知ってるよ。俺の足元を嗅ぎ回ってる薄汚い鬼殺隊の剣士ちゃん達は俺がしっかり救済してあげたからね」

「……あなたは本当に、人を喰らうことを救済と思っているのですか?」

「勿論だよ!全ては信者……ひいては全人類の幸せのためさ。人は生きていれば必ず苦しむ。それを救ってあげているんだよ?これを救済と言わずして何と言うのか、逆に教えてよ」

「………愚問でした」

 

諦念の境地に至り、既にカナエの怒りは限界を超え、静かなる水面のように凪いだ激情を身に纏っていた。

イカレているのはコイツだ。頭がおかしい。童磨が狂っているのは疑いようもない。狂人──言うなれば狂鬼だ。正気を保ったまま狂気に染まった歪な存在。

もはや対話の必要は無い。

 

そんな悪鬼であっても、カナエは己の正義を貫き通す。

鬼を、可哀想な生き物を、殺戮の因果から解放してやりたい。救ってやりたい──────。

周囲に何と言われようとも貫き通してきた信念が、上弦の弐との圧倒的な力量差を痛感し、恐怖に怯えていたカナエの心を奮い立てる。

 

──救え。救え。人であっても、鬼であっても、すべからく救え。

 

カナエはゆっくりと瞑目し、呼吸を深める。やがて大きく息を吐き出すと、菫色の双眸を開き、その中心に童磨の姿を据える。

 

「私は『花柱』胡蝶カナエ。あなたを救済してさしあげます」

「カナエちゃんかぁ。うんうん、可愛いし優しいし、上等なご馳走だなぁ。俺を救済してくれるって?あはは、気持ちは嬉しいけど、それは無理なんじゃないかな」

 

鉄扇を開き、わざとらしく口元を隠し笑ってみせる。

 

「だって君、大して強くなさそうだし」

「────────ッ!」

 

直後、背後から感じた冷気にも似た僅かな殺気を感じて咄嗟に身を屈めると、半瞬前までカナエの首があった空間に鉄扇が横薙ぎに振るわれる。反応できていなければ、今頃カナエの首は空へと斬り飛ばされていただろう。

 

「今のを躱すんだ。意外だ」

 

瞬間移動と言って差し違え無い程の高速移動を披露した童磨は、体勢を崩しながらも後方に跳躍するカナエに追撃をかけることは無かった。鬼としての慢心だろう。いつでもカナエを殺せるとでも思っているのか、やはり余裕な表情で笑みを浮かべていた。

 

熱く、しかし冷静に戦えるのがカナエだ。

童磨の挑発を軽く受け流し、臆することなく距離を詰める。

 

「おっ、疾いねえ」

 

童磨を一足一刀の間合いに捉えると、疾走の勢いを乗せた縦一文字の一閃を放つ。唸りをあげて迫り来る斬撃を、鉄扇を交差させて受け止める。甲高い金属音と共に火花が散り、鍔迫り合いへと突入。

鬩ぎ合う日輪刀と金色の鉄扇。

しかし人間程度の膂力で鬼のそれに勝てる道理は無い。鉄扇を回転するかのように薙ぐと、日輪刀が弾かれる。辛うじて刀から手は離さなかったものの、体勢が大きく崩され仰け反る形になる。

 

「これで詰みっと」

 

ガラ空きの身体に交差させた鉄扇の二撃が叩き込まれる──直前、カナエは地面を蹴飛ばし、空中でその身を捻り高速回転。不可避に思えた鉄扇を抜群の体捌きで躱しきると、柄を握る手に力を込めた。

 

花の呼吸 陸ノ型『渦桃』

 

宙で身体を捻り、桃の花が渦巻くような斬撃を繰り出す。

予想外の向きからの一撃に一瞬だけ驚いた顔をみせる童磨。反応が遅れ、刀の切っ先が頸元を掠める。血霞が舞い、宙に赤い華が咲いた。だが、はやくも傷は再生しており、何事も無かったかのように笑みを携える童磨。

 

(再生速度がはやすぎる──!)

 

驚きも束の間。如何に再生速度がはやかろうが、頸さえ斬り落としてしまえば勝てる。瞬時に思考を切り替え、着地と同時に間合いを詰め寄り、間髪入れずに技を繰り出す。

 

花の呼吸 伍ノ型『仇の芍薬』

 

息付く間もなく放たれる九連斬撃。芍薬の花のような軌跡を虚空に描きながら殺到する刃の嵐を、対の鉄扇を巧みに動かしその全ての斬撃を捌いていく。

攻撃が通らないと悟ったカナエは鉄扇を弾くように下から上へと日輪刀を振るう。九連撃を完璧に防ぎきり、油断していた童磨は両腕を天へと投げ出す形となり、その身体をカナエの眼前へと晒す。

 

「あっ、ちょっとやばいかも」

「はぁぁぁ────ッ!!」

 

この戦闘において初めて生まれた一瞬の隙。それを逃すカナエではない。尤も、この状況を作り出したのはカナエ自身。童磨の鬼としての慢心、元来の人に対する慢心を突いた閃きの一閃。

必殺の間合いの内側に捉えられた事に気づいた童磨は慌てて後ろへと跳躍するが────遅い。既に地面を蹴り上げ刀を振りかぶったカナエが矢のような速度で飛び込んでくる。菫色の瞳が夜闇に一筋の線を引いた。

 

花の呼吸 肆ノ型『紅花衣』

 

天女の羽衣と見紛う斬撃を纏いながら突進する。美しい斬撃の軌跡は今まさに童磨の頸を斬り落とさんとして迫る、迫る────。

カナエはほぼ勝利を手中に納めていた。

童磨の鬼としての圧倒的身体能力に、鉄扇を用いた戦闘術。それらを乗り越え、カナエの放った渾身の刃が今、童磨の頸へと迫り────。

 

「うん、やっぱり君は俺が喰べるに相応しい娘だ」

 

確信していた勝利は、するりと指の先から抜け落ちていった。

一つ、忘れていることがある。鬼が戦闘において人間より優位に立てる最たる理由──────『血鬼術』。

 

『血鬼術・冬ざれ氷柱』

 

既にカナエと童磨の頭上に展開されていた数多の氷柱。その鋭利な先端は全てカナエに向けられている。瞬時に悟ったカナエは攻撃を中断して地面を蹴る。氷柱が降り注ぐのとカナエが後ろに大きく跳んだのはほぼ同時だった。降り注ぎ、地面を穿つ氷柱。身体に当たりそうなものは片っ端から斬りつけるが、あまりの数の多さに全てを捌けず、羽織や服を穿ち、白磁のような肌に過擦り傷が浮かび上がる。

 

「今のは危なかった。事前に血鬼術を使っててよかったよ」

 

ニコニコと薄ら笑いを浮かべながら、扇を閉じては開きを繰り返す童磨。

 

「遊び過ぎるのは悪い癖だ。うん、カナエちゃんがことの他強いから、俺もちょっと本気出しちゃおうかな」

 

途端に吹き荒れる猛吹雪のような殺気。童磨を中心に辺り一帯の気温が氷点下を振り切るっているのではないかと紛う程の強烈なプレッシャー。先程までとは比べ物にならないその圧に、カナエの身体が一瞬硬直した。

 

「それじゃあいくよー」

 

童磨が鉄扇を振るおうとした────その時。

 

水の呼吸 肆ノ型『打ち潮』

 

横薙ぎに振るわれた荒波の如き一閃が童磨の身体を二分に斬り裂く。直前に童磨が跳躍したため頸を落とすことはできなかったが、この戦闘において初めて童磨に攻撃らしい攻撃が通った。

 

「これはまた、可愛い女の子だねえ」

 

斬り飛ばされた上半身と下半身をくっつけながら、乱入してきた少女を舐め回すようにして見遣る。

 

花柄の羽織に珍しいミニスカートの隊服。狐の面は朗らかに笑っている。華奢で小柄な儚い少女。可愛らしい顔は童磨ではなく、カナエへと向けられていた。

 

「カナエさん、無事ですか!」

「────真菰ちゃんッ」

 

鬼殺隊において、『水柱』冨岡義勇に次ぐ水の呼吸の使い手と称される真菰が、応援に駆け付けてきてくれたのだ。

 

「へえ、真菰ちゃんって言うんだね。初めまして。俺は童磨」

「あなたの名前なんてどうでもいいよ」

「えー、こうして会えたのも何かの縁だよ。最期くらい仲良くしようよ」

 

直感とこの僅かな合間に童磨の面倒くささを悟った真菰は無視することに決めた。カナエの横へと駆け寄り、心配そうに眉を寄せた。

 

「真菰ちゃん……どうしてここが……?」

「カナエさんの鴉くんが周囲に応援を要請して回ってくれたんです」

「そっか、道理で姿が見えないと思ったら」

 

実はカナエの鴉は童磨と会敵した瞬間に戦闘域を脱し、周辺の剣士に応援を要請していたのだ。運良く一番近くにいた剣士が真菰であった。

 

真菰はその清水のように澄んだ瞳で童磨を睥睨する。

 

「可愛い娘に凄まれても怖くなんてないよ。寧ろ嬉しいぐらいさ!」

「……気持ち悪い」

「真菰ちゃんもしっかり俺が救済してあげるからね」

「真菰ちゃん、あの鬼の言うことは大半が出鱈目だから、気にしちゃダメよ」

「そうみたいですね」

 

「酷いなあ」と嘆く童磨。しかし真菰の大まかな戦闘能力を察知したのか、先程までとは幾分か纏う雰囲気に緊張感に似た何かを感じる。

 

「うーん、朝が近いし、ちゃちゃっと救済してあげるね」

 

童磨が鉄扇を開く。

同時に、カナエと真菰が日輪刀を構える。

 

『血鬼術・散り蓮華』──────。

 

迫り来る花弁のような氷の刃を、二人の剣士は真正面から受けて立つ──。

 

 

 

 

 






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