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放射状に広がる紫色の斬撃と氷の花弁の刃がぶつかり合い霧散する。射程距離がある斬撃に驚いたように目を見開き、紫電を見遣る童磨。
「雷の呼吸かあ。ということは『雷柱』なのかな?」
『鳴柱』だが、訂正する気にもならない。
紫電は怒りでどうにかなりそうだった。
五臓六腑を焼き切る程の凄まじい怒気が、童磨を殺せと咆哮する。カナエを死に追い詰め、真菰に目も当てられない程の傷を負わせた。大切な人達を、命を賭してでも守りたかった人達を傷つけ、今まさに奪わんとしている。
巫山戯るな。
「………紫電」
背後の真菰は童磨を睥睨する紫電を見て、背筋が凍りつく錯覚を覚えた。これまで見てきた紫電の中で、最も殺意と怒りを剥き出しにした形相はまさに修羅。
「真菰ちゃん……もし動けるなら、下がっててね。守りながら戦う余裕は、きっとないから」
そもそも、紫電とてこの戦いを生き残れる保証は無い。『花柱』であるカナエと、鬼殺隊きっての剣士である真菰、二人がかりで倒せなかった相手にたった一人で立ち向かわなければならないのだ。待ち受けるのは死。奇跡でも起こらない限り、紫電は死に、同時にこの場にいる全員の死が約束される。
させない。これ以上奪わせるものか。
身体の奥底で煮えたぎり燻る憤怒の激情が、紫電の体温と心拍数を爆発的に上昇させる。
「上弦の弐・童磨………!俺はお前を絶対に殺すぞ……ッ!」
「そう怒らないでくれないか。君も救済してあげるからね」
「巫山戯るな────ッ!」
放たれた矢の如く童磨へと駆ける紫電。
風を切って間合いへと飛び込む。
(この男────)
その神速の踏み込みは、童磨の眼を持ってしてもようやく捉えられる程の凄まじい速度。
雷の呼吸 弐ノ型『稲魂』
『血鬼術・枯園垂り』
カナエの九連斬撃を難なく弾き返した冷気を纏う鉄扇の連撃。その軌跡は凍りつき、氷刃となって紫電に襲い掛かるが────。
頬を掠めた紫色の斬撃に、童磨の目が再び見開かれる。
紫電の剣速が、童磨の鉄扇の連続攻撃の速度を凌駕したのだ。
叩き込まれる五連斬撃。一撃目と二撃目で対の鉄扇を弾き、三撃目で肩口を斬り、四撃目でまたも鉄扇を弾き返すと、五撃目で童磨の頬に刃が届く。刹那の合間に繰り広げられた高度な剣戟。
瞬きの合間に傷は癒えたが、一度得物を交えてその聡明な頭脳は理解した。疾さではこの剣士に勝てない。
上弦としての誇りなど持ち合わせていない童磨は、人間風情に疾さで遅れを取ったことに思う所は無い。寧ろ新しい玩具でも見つけたかのような目で紫電を見遣り、その頬を緩ませた。
「疾いねえ。間違いなく今までの剣士の中で最速だよ」
それでも尚、余裕があるのだから上弦の鬼は笑えない。
『血鬼術・凍て曇』
刀の間合いに身を置くのは危険と判断した童磨は、鉄扇から冷気の煙幕を発生させる。触れた先から凍てつく冷気の帳が童磨を中心に巻き起こり、紫電は堪らず地面を蹴って後方へと跳んだ。
しかしそれが童磨の狙い。間合いの外からの斬撃など、いくら速かろうと頸を落とされる心配は無い。
そして距離が開けば開くほどどちらが不利になるか、火を見るよりも明らかだ。
『血鬼術・散り蓮華』
再び吹き荒ぶ氷の花弁の猛吹雪が空間を支配する。驚くべきはその圧倒的密度。表情こそ憎たらしい笑みを浮かべたままの童磨だが、無意識の内に紫電を危険分子と見なしたのだろう。攻撃の強度が一段階上昇した。
幸いにも距離があったため、縦横無尽に駆け回り、被害を最小限に留めることに成功する。と言っても、氷を掠めた隊服は破れ、凍りつき、細かい傷が無数に浮かび上がる。
(クソ……ッ!近づけない……!)
「そんなに遠くに行っちゃっていいのかな?」
『血鬼術・冬ざれ氷柱』
童磨が扇を振るうと、紫電の上空に無数の氷柱が出現。合図と共に一斉に降り注ぐ。
雷の呼吸 伍ノ型『熱界雷』
広範囲に降り注ぐ巨大な氷柱群を躱すのは不可能と見た紫電は、頭上に向かって日輪刀を斬り上げる。唸りを上げる紫雷の逆走が天を突き、氷柱で覆われた雪色の空に巨大な風穴をぶち開けた。大地を穿つ氷柱は紫電を捉えきれない。周囲に突き刺さる氷柱から発せられる冷気を取り込まないように跳躍し、家屋の屋根に飛び乗る。
鴉からの報せによって童磨という鬼の情報を得ていた紫電は、初見殺しとも言える『粉凍り』を看破した。それが面白くない童磨は不満げに眉を寄せて紫電を見上げる。
「今日の剣士達は皆勘が鋭いね。あーあ、俺の血鬼術バレちゃった」
残念がる童磨だが、血鬼術を見破ったところで戦況が紫電に有利に働くことは無い。童磨の放つ血鬼術は広範囲に効力を及ぼすため、刀の間合いに捉えることが出来ない。先程の剣戟で距離を詰めれば攻撃は通ると確信した。だが、未だに底を見せない童磨の不気味さが、懐に飛び込んで行く勇気を阻害する足枷となっている。
まず間違いなく童磨はまだ術を隠し持っている。予知にも似た確信が警鐘を打ち鳴らす。
(朝まで四半刻といったところか……。この調子なら持ちそうだけど……)
それが分からぬ童磨ではあるまい。現に先程の血鬼術は紫電を仕留めに来ていた。救済に拘る童磨が、そう易々と獲物を逃がすとも思えない。
そしてその予感は的中する。
「朝が近いね。これ以上長引くと皆を救済してやれなくなってしまう」
「俺達にとっての救済は、お前が死ぬことだよ。今すぐその頸を差し出せ」
「あはは、怖いなあ。カナエちゃんも真菰ちゃんも、君と一緒に来た娘も皆一緒に救済してあげるんだよ?これ以上の救いが何処にあるというのかな?」
「巫山戯るなよ……ッ!お前のやってることは救済なんかじゃない!ただの殺戮だッ!」
鋭角の屋根を蹴飛ばし童磨へと迫る紫電。
それを憐れむかのような目で見遣ると、短く嘆息する。
「どうやっても俺と鬼殺隊は分かり合えないんだね」
「分かり合えてたまるかァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮する紫電の剣撃乱舞が吹き荒れる。紫色の軌跡を描きながら迫り来る斬撃を間合いに入れてしまえばあまりの剣速に反応できず、頸を斬られかねない。紫電の疾さを身をもって体感した童磨は鉄扇を振るい、氷と冷気の煙幕を張りながら後方へと飛び退く。刀の間合いでは撃ち負けるとの判断だ。
だが、紫電はお構い無しに突き進む。
冷気にその身が触れる瞬間に刀を振るい、剣風で煙幕を吹き飛ばす。紫電の剣速を持ってしてようやく繰り出せる絶技に童磨は初めて焦りを見せた。
「ちょっと待ってね────」
「逃がすか────ッ」
雷の呼吸 参ノ型『聚蚊成雷』
高速回転から放つ波状斬撃が童磨に襲い掛かる。紫雷の狂乱。暴れ狂う斬撃の嵐の渦中に捉えられた童磨は、頸を守る事だけに専念する他無い。紫電の日輪刀が徐々に童磨の鉄扇を押し込み、遂に両腕を斬り飛ばした。獲物が無くなり無防備となった童磨へと更に踏み込む紫電。その様子をこともなさげに笑顔で見遣る童磨。
今まさに頸を斬られるかの瀬戸際にも関わらず、何故このイカれは笑っているのだ────?
紫電の日輪刀が童磨の頸へと迫る、迫る、迫る──────。
やはり童磨は笑顔で、
「惜しいなあ」
直後、紫電を襲う横殴りの猛吹雪。恐らく『散り蓮華』であろう細かい氷の花弁の刃が圧倒的密度で飛来し紫電を削る。
咄嗟に刀を振るって致命傷は避けたものの、童磨の頸は斬れず、再び距離を開けられてしまった。
(いつの間に血鬼術を────ッ?)
『血鬼術・結晶ノ御子』
見るや、童磨を小さくしたかのような、氷造の人形らしきものが鉄扇を振るっていた。
頬に冷や汗が伝う。まさか、まさか────。
嫌な予感がしてならない。あの氷の御子は、恐らく────。
「これは『結晶ノ御子』と言ってね。俺と同じ血鬼術が使えるんだよ。言わば、俺の分身のようなものさ。ぜひ可愛がってくれよ」
「なんだそれ………ッ!反則だろ……!!」
襲いかかる絶望感。童磨単体でもようやく斬撃が届くか届かないかの限り限りの戦いだったというのに、同じ能力、血鬼術を持つ分身も同時に相手にしなければならない────。
一体、どうやって勝てというのだ。
『血鬼術・冬ざれ氷柱』
『血鬼術・蓮葉氷』
今の合間に鉄扇を拾った童磨と御子の同時攻撃。降り注ぐ巨大な氷柱を躱しながら、飛来する蓮を斬り落とす。当然手数が足りずに捌ききれず、身体を掠める氷柱と蓮の花。傷口は超低温の冷気によって凍結し、紫電の体温を奪っていく。
「さっきまでの勢いはどうしたのかな?」
『血鬼術・寒烈の白姫』
『血鬼術・寒烈の白姫』
無数に点在する蓮の花から氷の巫女が四体出現する。たった二体で周囲を氷結地獄に一変させた技を同時に発動。氷の巫女が吐息を漏らすと同時に無慈悲なる凍気の災禍が空間を支配する。吹き荒れる猛吹雪から逃れるようにして紫電は疾走し、時に日輪刀を振るい、必死に自身が呼吸ができる領域を斬り取っていく。しかし、徐々に冷気が紫電を捉えその身体を凍りつかせる。
「────ッ!」
「粘るねえ。朝まで持ち堪えようって算段なら、それは無駄だよ」
寒烈の猛攻を限り限りで凌いだ紫電。もはや童磨の頸を斬ることは不可能だ。ならば時間稼ぎに徹しようとした矢先だった。
「君も含めて皆救済しなきゃいけないからね。出し惜しみせず、どんどんいくよ」
「────うそ、だろ」
『血鬼術・結晶ノ御子』
童磨の手より新たなる御子が生成される。一体、二体、三体、四体、五体──────。
童磨と、六体の御子。計七体の埒外の化物の無機質な視線が、一斉に紫電を射抜く。
────死。
もうどうすることも出来ない。
抗っても無駄だ。どうせ何も成すことは出来ない。為す術なく蹂躙される。そして真菰も死ぬ。しのぶも死ぬ。
「いくよー」
『血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩』
『血鬼術・寒烈の白姫』
『血鬼術・冬ざれ氷柱』
『血鬼術・散り蓮華』
『血鬼術・蓮葉氷』
『血鬼術・蔓蓮華』
『血鬼術・凍て曇』
童磨と六つの御子から放たれる絶対零度の絶望。凜烈の猛吹雪が吹き荒び、大地を凍てつかせ、空間をも結晶化させる。迫る絶対零度の災禍を前に、紫電はその紫色の双眸にやけにゆっくりと動く世界を映していた。
圧倒的な密度と強度の氷と冷気の血鬼術。このままでは死は免れない。生命の危機にも関わらず、紫電の頭の中は酷く冷静だった。
童磨の放つ凍気に当てられたわけではあるまい。
(………真菰ちゃん、胡蝶しのぶ………胡蝶さん。ごめん、俺────)
────守れない。
一度失う痛みを味わったから、もう二度と誰も失わないように──こういう時のために剣技を磨いてきたというのに。
紫電では、上弦の鬼には勝てない。
紫電では、誰も救えない。
諦めるほかない──────
『──────諦めるな!!』
「…………じい、ちゃん」
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「爺ちゃんはさ、なんで鬼と戦えるの?」
──それは何時だったか。紫電がまだ、鬼殺隊の剣士となる前、慈悟郎と共に修業を行っていた時の一幕。
「なんじゃ?突然」
「気になってさ。だって鬼って人間よりもずっと強いんでしょ?怖くなかったの?」
素振りを終え、竹筒の中の水を頭にぶっかけた紫電が藪から棒に尋ねた。慈悟郎は困ったように髭を弄び、「うーむ」と唸る。
「そりゃあ怖かったさ。常に死と隣り合わせなんじゃからな」
「嘘ばっかり!俺が鬼と対峙したら恐怖で足が震えてまともに戦えやしないよ!というわけで休憩入りまーーーーーぐぇぇぇぇぇぇッッ!?」
「待たんか馬鹿者。鍛練は終わっとらんわい」
さりげなく家の中に入ろうとした紫電の首根っこをとっ掴み、強引に引き寄せる。鶏の断末魔のような叫び声は一切気にせず、慈悟郎は過去を懐かしむかのように目を細めた。
「まあ、そうじゃのう。普通は恐怖を覚えたら身体は震え、逃げ出したくなるじゃろうな」
「ゲホゲホッ……。やっぱ鬼殺隊って普通じゃないんだね……。………俺ってさ、ヘタレで弱味噌じゃん?」
「ああ」
「少しは否定して欲しかったぁぁ!!」
泣き叫ぶ紫電に鉄拳を喰らわせて黙らせる。
「……いてて。それでね、もし俺が爺ちゃんみたいに強くなれたとしても、きっと俺は恐怖で足がすくんで戦えない……何も出来ない……。大事な時に諦めてしまう。怖いから。どうすればいいのかな」
珍しく神妙な面持ちで、縋り付くかのように助言を求める紫電。
慈悟郎は暫し沈黙する。
やがておもむろに口を開き、
「失う痛みを思い出せ」
「………へ?」
いまいち要領を得ない紫電を他所に続ける。
「紫電よ。お前は一度、家族を失った。何故か?お前に抗う術が無かったからだ。だが今はどうだ?呼吸を身に付け、剣技を磨き、鬼に抗う術を得た。お前には鬼と戦えるだけの力はある」
「………」
「戦うのは怖いさ。じゃが、自分に力があって、何か出来ることがあるのに、逃げ出し、大切な人を失う方が怖いじゃろう」
「………そう、だね」
「もう一度言うぞ紫電。失う痛みを思い出せ。もしお前が恐怖に破れ、諦めそうになった時、本当に守りたい人の命が奪われそうな時、お前の身体を突き動かすのはきっと──────」
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「─────誰かを守りたい、気持ち。大切な人を、もう二度と失わないように」
ふと、紫電の脳裏に過ぎる真菰達と過ごした日々。
いつも傍にいてくれる真菰。
口うるさいがなんだかんだ付き合いの長いしのぶ。
天然だが、姉のように慕っていたカナエ。
最近、ようやく話してくれるようになったカナヲ。
もしここで紫電が負ければ、その幸せな日々は終焉を迎える。
────別に、自分が死ぬのは構わない。
ただ、あの少女達の笑顔が消えることだけは許せない。少女達の幸せが奪われることに焦燥感を覚える。少女達の命が奪われるのだけは、断じて許容できない。
怒りが、守りたいという気持ちが、紫電を駆り立てる。
カナエを死へ追い込んだ童磨に対する激しい憤怒の激情。
決意を宿した紫電の表情。その左頬に、深い紫色の稲妻のような痣が発現する。
深まる呼吸。爆発的に上がる体温と心拍数。
「超全集中・雷の呼吸 陸ノ型『電轟雷轟』」
紫電を中心に荒れ狂う紫雷の咆哮。絶対零度の氷結地獄を斬り裂く雷光と閃光の衝撃が、凍気の災禍と真正面から衝突する──────。
紫電は短期決戦型の剣士なので、上弦クラスに同じ技を続ければスピードに適応されてしまいます。剣速が童磨を圧倒しているのも最初の内だけですきっと。
序盤の男、桑島紫電をどうぞよろしくお願いしまあす!