大正の空に轟け   作:エミュー

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童磨戦、一応今回で終了です。



拾玖話 頼むわね

凍気の災禍が轟雷の咆哮を呑み込むかのように凍てつかせ、殺しきれなかった冷気と氷が紫電に襲い掛かる。端から相殺など不可能だとタカを括っていた紫電は、辛うじて呼吸が出来る領域を斬り取ると、瞬時に『超全集中の呼吸』によって内在する力を余すことなく引きずり出し、身体能力を爆発的に上昇させる。そして斬撃。斬撃。紫雷の閃光となって、斬撃を纏い生存領域を必死に斬り取っていく。

 

全身を斬り裂く氷の刃に紫電の身体から血霞が舞い、虚空を深い紅に彩る。吹き上がる血飛沫は冷気によって凍結し、赤い結晶となって禍々しく輝く。

 

童磨本体と六体の御子による攻撃で極寒の冬の地獄と化した町。数多の氷柱が天に向かって突き立ち、吹き荒ぶ猛吹雪が地面を、建物を、その全てを凍てつかせ、氷の中に閉じ込めていく。

理に反した無慈悲な術が世界を氷結地獄へと一変させた。

 

「凄いね。まだ生きてるんだ」

 

寒烈の銀世界。吐く息すら凍える冷気に覆われた白い視界の中で童磨が見たのは、身体の至る所が凍てつき、今すぐにでも倒れてしまいそうな、幽鬼の如し紫電の姿。氷結地獄の中をゆっくりと歩く。その足が凍結した地面に張り付くも、凍りつきひび割れたブーツの中に皮膚ごと残して無理やり引き剥がす。血の足跡を描きながら、再び紫電は疾走する。

 

「驚いた!『結晶ノ御子』を一人の剣士に六体も出したのは初めてだよ!それでも君は生きている!素晴らしいよ!」

 

菩薩の肩に脚を組んで座り、鉄扇を開きながら大仰に驚く素振りを見せる童磨。

 

「死に体にも関わらず、果敢にも俺に挑む愚かさ!そうだよ、この愚かさこそが人間の素晴らしさだよ!俺は感動した!」

 

駆け出した紫電の姿は疾すぎて視認するのが難しい。にも関わらず童磨は余裕の表情。六体の御子が童磨を守るように立ち塞がり、紫電の行く手を阻む。

童磨の頸を斬るには、六体の御子を壊さなければならない。

童磨の聡明な頭脳は、これまでの紫電との戦闘を分析し解析していく。スピードこそ童磨をも凌駕するが、二度目からは対応可能。射程距離のある斬撃は厄介だが、どの型も総じて決定力に欠ける。このまま距離を保っていれば、間違っても頸を斬られることは無いだろう。あの剣速は確かに脅威だが、懐に入れさえしなければ問題無い。

 

結論、童磨に負けは無い。

 

「さあおいで!俺が今すぐにでも救済して────」

 

────先程までの紫電ならば。

童磨の分析は間違っていない。紫電では童磨を殺すことは愚か、あと数分に迫った日の出まで持ち堪えることも出来ない。紫電は勝てない。

 

童磨の誤算は、紫電に発現した痣。

 

雷の呼吸 肆ノ型『遠雷』

 

「────え?」

 

童磨の視界が空高く舞い上がる。何をされたのか、一瞬分からなかった。

紫電の放った斬撃が、童磨の頸────よりも僅かに上。顔面の上半分を捉え、斬り飛ばしていたのだ。

刹那後に再生を終えた童磨だが、その表情は驚愕を隠しきれていない。

疾すぎる。見えなかった。紫電の姿も、紫電の放った斬撃も。

 

「狙い……ズレちゃったか。ダメだな。もう左腕の感覚が無いや」

 

限り限り斬撃の射程範囲内に童磨を捉えていた紫電は、諦念の表情を浮かべながら巨大な菩薩の肩に座る童磨を見遣った。

一瞬の隙と慢心を突いた一閃は、蓄積された疲労と身体を蝕む凍気によって不安定なものとなり、僅かに狙いがズレた。ここで決め切れないのが己の未熟さだと嘆き、再び日輪刀を構える。

 

「……どうして、君は動けるのかな?見るに、左腕は凍りついてて殆ど使い物になってないし、出血も酷い。さっきの呼吸で少し肺が凍っちゃってるよね。既に死んでてもおかしくないような気がするんだけどなあ」

「さあ。身体はもうボロボロだけど、何故か絶好調なんだ。不思議な感覚。今ならなんだって出来そう」

「やっぱりイカれてるね、鬼殺隊の剣士って」

「いや、お前だけには言われたくないから」

 

唾棄するように吐き捨て、紫色の双眸で童磨を射抜く。

対して童磨。その虹色の瞳が捉えたのは、紫電の左頬に現れた不可思議な痣。

 

(うーん、どこかで見覚えがあると思ったら、黒死牟殿の痣と似ているねえ。彼が死に体にも関わらず奇跡的に立っていられるのはあの痣のおかげかな)

 

冷静に分析し、判断を下す。

 

(なら、ますます『救済()』してあげなきゃね。ややもすると、あの御方の障害になり得るかもしれない)

 

痣を発現させ、絶対的な強さを誇る上弦の壱・黒死牟を知っているからこそ、彼と酷似した痣を発現させた紫電を危険因子と判断するのは当然のこと。

 

絶体絶命の状況下にも関わらず、静謐さすら漂う冷えた笑みを携えた紫電に、今度こそ童磨の顔から慢心が消えた。

 

牙をむく上弦の弐の本気──────。

 

『血鬼術・寒烈の白姫』

 

童磨と六体の御子が同時に同じ術を繰り出す。触れれば凍死する絶死の吹雪が、氷造の蓮の花より現れた十四の巫女によって放たれ吹き荒ぶ。閉じた瞼の中で見る景色は全てが凍てつき時すら止まる凜烈の世界か──。

 

刀で受けきれない凍気の嵐に、紫電は呼吸を深めて斬撃を放つ。

狙いは勿論童磨────ではなく、御子。

 

雷の呼吸 陸ノ型『電轟雷轟』

 

轟く紫雷の咆哮が空を裂くかの如く乱舞する。最大出力の雷撃が御子の放った凜烈の猛吹雪を斬り裂き進む。童磨の前方へと固まっていた御子の内の四体を粉砕。氷の粒子に一変させると、空かさず童磨までの間合いを一陣の風となって疾走する。

 

常ならば薄っぺらい笑みを絶やさぬ童磨だが、己の持つ最も凶悪な血鬼術の半分以上を消し飛ばされ、慢心に次いで笑みも消え失せた。

 

雷の呼吸 伍ノ型『熱界雷』

 

続けて放つ天を穿つ逆走の雷。今度狙うのは巨大な菩薩。その腹に斬撃が突き刺さり、巨体が真っ二つに分断される。直前に菩薩から飛び退いた童磨は頭を地面に向けたまま重力に導かれ落下し、中空で再び『結晶ノ御子』を作り出す。氷が童磨の両の掌に集まり、氷造の人形が今まさに作られる─────

 

「巫山戯んなこの反則野郎ッッッ!」

 

雷の呼吸 肆ノ型『遠雷』

 

────よりも先に、紫電の放った遠距離斬撃が天翔ける雷の如き速度で童磨を屠らんと迫る。さっきはまるで反応することができなかった童磨だが、彼を上弦の鬼たらしめる驚異的な適応力を発揮する。紫電の斬撃を視認した童磨は、一旦御子の生成を中断し、崩れゆく菩薩の身体を蹴り飛ばして強引に落下の軌道を変えた。刹那後、耳元を擦過する紫雷の斬撃。まさに間一髪。遅れて、残った二体の御子が氷の礫と凍気の渦を放つ。当然、童磨本体と同威力、高練度の血鬼術。

 

「クソがッ!少しは自重しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

外傷を与える『散り蓮華』、触れた先から凍てつく『凍て曇』が同時に飛来する。迎撃か躱すか。だが、視界の奥に童磨が中空で身体を捻り、軽やかに地面に着地する姿が映った。中断した『結晶ノ御子』を生成するつもりだろう。

ここで足を止めてしまえば御子の数が増える。それを防ぐには、絶え間無く童磨に攻撃を叩き込む他無い。そのためには刀の間合いに飛び込んで行かねばならない。

 

(もっと疾くだ……!もっと強く、鋭く、出来るはずだ。今の俺なら──!)

 

身体が内側から灼けるような感覚を覚えた。鼓動は際限なく高まり、今にも破裂しかねない。己の全てが熱に呑まれていくかのようだ。息苦しい筈なのに、けれど身体は驚くほど軽い。

紫電は気づいていないが、左頬の痣がさらに濃く、さらに面積を広げる。呼応するかのように紫電の身体能力が爆発的に上昇する。

 

「うーん、ちょっと不味いね。これ以上は」

 

童磨は不意に空を見上げる。既に東の空には陽が昇りそうだ。

言うや、御子を作る手を止める。増やした所でまた壊されるだけだ。時間をかければ必ず限界を迎える紫電に勝ち目は無いが、幾ら上弦の鬼とて、陽の光には勝てない。ならば、敢えて紫電を懐に入れて、近距離戦を制すのみ。

 

(どの技も一度見たからね。二度目は無い)

(まだ童磨は雷の呼吸の最速の技……『霹靂一閃』を見ていない。勝機があるのは恐らく────)

 

斬撃を飛ばし、全ての御子の破壊に成功した紫電は、御子の守りが無くなった童磨を一足一刀の間合いに捉える。

 

雷の呼吸 弐ノ型『稲魂』

 

『血鬼術・枯園垂り』

 

神速の五連斬撃と凍気を纏った鉄扇の連撃がぶつかり合う。速く、鋭く、それでいて性格無比に叩き込まれる両者の連撃。行き場のない剣圧と剣風が鋭い刃風となって二人を刻む。

瞬きの合間に傷が癒える童磨に対して、紫電は傷が増え、鮮血が虚空に赤い華を咲かせる。

しかし、その程度の傷など今の紫電にとっては過擦り傷。お構い無しに再び踏み込み斬撃を叩き込む。

 

激しい剣戟の末──────。

 

「時間切れだ」

 

もはや陽が昇るまでに紫電を仕留めきれないと悟った童磨は、紫電の烈風の如き神速剣技の僅かな間隙を捉え、鉄扇から凍気の煙幕の帳を巻く。堪らず飛び退く紫電。童磨も紫電から逃れるかのように後方へと跳ぶ。

 

「皆を救ってあげれないのは残念だけど、ここらでお開きにしなきゃね」

 

戦う意思を見せない童磨。紫電も日輪刀を鞘に収める。

 

(……狙うのは、あいつが気を抜いた一瞬。『霹靂一閃』で一気に頸を斬り落とす)

 

ここまで紫電が一度も『霹靂一閃』を使っていなかったのは、単に納刀する暇が無かったからだ。居合い切りは性質上、一度刀を納刀する必要がある。どうしても動きが直線的になってしまうため、童磨の血鬼術を相手取るには相性が悪い。

故に、不意打ちの一閃を叩き込む。童磨が去る瞬間、ほんの少しでも気を抜いた刹那後に斬り込んで頸を斬り落とす算段だが────。

 

『血鬼術・寒烈の白姫』

 

童磨は最後の最後まで気を抜くことはなかった。

撒き散らされる凜烈の猛吹雪。これでは頸を斬り落とすことはおろか、近づくことすら出来ない。

 

「またね、紫電くん。今度こそ救済してあげるからね」

 

吹き荒ぶ猛吹雪が童磨の姿を包み込み、やがて。

先程までの氷結地獄が嘘のように晴れると、童磨の姿は幻であったかのように消え去った。

 

「………そうだ、真菰ちゃん……!胡蝶さん………!」

 

限り限りの命の殺り合いで思考の外にあった少女達を思い出す。真菰は満身創痍。カナエは────。

 

「くそっ……、頼む………死なない……で………うっ」

 

途端に、紫電に襲い掛かる疲労感と激痛。全身の力が抜け、ろくに受け身も取れずに地面に倒れ伏した。

限界を超えて酷使した身体が絶叫している。あれほど熱を持っていた身体は冷え切り、指先一つ満足に動かすことが出来ない。

魂ごと身体から抜け落ちてゆくかのような、死にも似た感覚が紫電を覆い尽くし、紫電の意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

「紫電くん」

 

目が覚めると、何故か紫電は桜の花が咲き誇る大木の陰に立っていた。その前方には、カナエが美しい笑みを携えながら佇んでいる。

状況がまるで理解できない。さっきまで上弦の弐と戦っていた筈だ。カナエは左腕を斬り飛ばされていたし、明らかに致命傷を負っていた。紫電だって、もしかしたら助からないかもしれない大怪我を負ったのだ。無事でいる筈が無い。

 

「えい!」

 

そんな思案顔の紫電の頬を人差し指で突っつくカナエ。ますます意味が分からない紫電は眉を寄せる。

 

「えっと、胡蝶さん……、これ、どういう状況なんですか?」

「うふふ、私にも分からないけど……、多分きっと、神様が最期に情けをかけてくれたのかもしれないわね」

 

悲しげに目を伏せ、諦念の表情を浮かべるカナエ。

 

そして紫電は悟る。

 

「紫電くん。頼むわね」

 

何を、とは聞かない。

分かっているから。彼女が己に何を頼んでいるのか。彼女から何を託されたのか。

 

やがて。

紫電とカナエの間を吹き抜ける桜吹雪。カナエの姿が霞む。

縋るように手を伸ばすも、掴むのは虚空に散り行く桜の花弁と、そこに居たであろうカナエの存在の残滓のみ。

 

「……カナエ()さん」

 

頬を伝う涙が、輪郭をそっと滑り落ちた。

 

 

 

 





童磨強すぎぃ!
拙い描写で申し訳ないです。

次回、わちゃわちゃした後に紫電と刀が折れた組は刀鍛冶の里に行く予定です(予定)

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