大正の空に轟け   作:エミュー

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真菰ちゃん可愛いよね!


弐話 真菰ちゃん

藤襲山での最終選別が始まった。

 

鬼殺隊が捕らえた飢餓状態の鬼が蔓延る中、七日間を生き抜かねばならない。それが入隊条件にして、鬼殺の剣士となるための試練。過酷なようだが、一度は鬼殺隊の剣士に破れ、弱った鬼すら殺すことの出来ない者は入隊してもすぐに命を落とすだろう。

 

「俺もう死ぬ!!絶対死ぬ!!ここが俺の墓場だよきっと爺ちゃんごめんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「てめぇ待ちやがれ!食わせろ!」

「こちとら腹減ってんだよ!男の肉でも構わねぇ!」

「ひぃっ、なんなの鬼って皆こうなの!?野蛮だよぉ!」

 

絶叫しながら山の斜面を駆け下りる紫電。その背中を追う二体の鬼。

選別開始直後に運悪く鬼と遭遇してしまった紫電はあっさりと戦意喪失。逃げの一手を選んだ。

 

「つか、人間のクセに足速いんだよてめぇ!」

「そりゃあね!!あんだけ足腰をしごかれたら嫌でも速くなりますよぅ!!そも、話しかけないで!!俺あんたらみたいなヤツらとは口利きたくないからぁぁぁあ!!」

 

跳躍。その先で行く手を阻む背の高い木々の枝を回転しながら躱して進む。着地後、一切の身体のブレ無く再び駆け出す。容易なことではない。強靭な足腰と体幹が可能とした曲芸じみた体捌きであったが、当の本人はそのような自覚は無い。

いとも容易く鬼の猛追を振り切った紫電は振り返ることなく走り続ける。

 

「ちくしょうあいつ速すぎんだろ!」

 

鬼の悔しそうな捨て台詞は、しかし紫電の耳に届くことは無かった。

 

 

「いやぁ、雷の呼吸使いで良かった!」

 

暫く走り続けた紫電だったが、自分を追う鬼の気配が完全に消えたところで振り返り、姿が見えない事を確認すると安堵の息をもらした。

 

「爺ちゃんありがとう……!」

 

鬼を前にして泣き叫びながら逃亡するという何とも情けない醜態晒してしまったが、やはり命あってのもの。そう。命こそ最優先にして然るべきなのだ。だからあれは敵前逃亡では無い。戦略的撤退だ。だって鬼は二体もいたんだもの。勝てっこないもんね!

古来より戦において数のアドバンテージを持つことは、それ即ち戦の主導権を握ることに他ならない。数の暴力とは恐ろしいものだ。そうだよきっとそう。俺は正しい判断が出来たんだよきっと。

 

言い訳がましい理論で自らを納得させる。

一所に落ち着いていてもしょうが無いと思った俺は、周囲に過剰なまでの索敵を行いながら、これまた過剰なまでの警戒心を抱きながら歩く。

油断は禁物。右手で常に刀の柄を握りながら、何時襲撃されても対応出来るように備える。

 

いくら弱った鬼とはいえ、数刻の間いつ襲われるか分からない緊張感の中を生き抜くのは、それだけでも相当精神をすり減らされる。加えてネガティブすぎる性格も掛け合わされ、

 

「もう無理……なんなのこれ最終選別を考えついた人馬鹿なの絶対合格させる気無いよねこれ……はぁぅ……もう帰りたい……」

 

既に限界を迎えていた。

 

水場を見つけた俺は竹筒に流水を汲み取り、一気に飲み干す。懐にしまい込むと、今度は悲壮感からか大きな溜息が零れた。

 

情けないなぁ、俺。

 

鬼の姿を見ては逃げ、気配を察知しては逃げ、挙句の果てには偶然居合わせた自分と同じ剣士の姿を見ては逃げ……。

 

「爺ちゃんに知られでもしたらボコボコにされちゃうよ……はぁ」

 

戦わなくてはならない事は、頭では理解してる。身体だって反応はしている。けれど動けないのは、臆病な心が足枷となっているから。

身体や剣技は爺ちゃんの修業で嫌でも強くなる。上達する。しかし心だけは自分の問題だ。自身で壁を乗り越え無ければ鬼の頸を斬ることなど出来やしない。

 

剣の腕は持ち合わせていながら、鬼をも殺す剣技を身につけていながら、恐怖心に破れ死んでいった者も数多く存在すると聞いた。

鬼殺の剣士になる為には強靭な精神力が必要不可欠なのだと。

 

何度目か分からない溜息を吐き出した所で、ぞくり背筋を駆け上がる絶対零度の寒気。圧倒的プレッシャー。周辺の気温が氷点下を振り切ったかのように凍てつく。

 

「な、なんだ……?この感じ……」

 

鬼、であろう。

だがこれまで見てきた鬼とは明らかに一線を駕した気配。

そこいらの雑魚鬼とは天と地ほどの隔絶した差を感じた。

それはすぐ近く。駆ければものの数十秒で辿り着く程の近距離。

 

本能が告げる。逃げろ、と。

言われるまでも無い。当然俺は逃げるさ!

頬に伝う冷や汗を親指で拭うと、その場を離脱する為に脚部へと力を溜め込み──────

 

「絶対に、殺してやる!!!」

 

声が、聞こえた。

女の子の声だ。

けれど、街の往来やもはや常連となった甘味処でお喋りに花を咲かせるあの柔らかな声音とは対極に位置する、ありったけの憎悪と憤怒の激情を込めた咆哮は、奇しくも鬼の気配を感じた方向から聞こえた。

 

直後に響く地鳴り。恐らくその少女と鬼が戦闘を開始したのだろう。

 

この時の俺に突きつけられた選択肢は二つ。

逃げるか、少女を助けに行くか。

 

常ならば逃げろの一手を選ぶ俺であったが、今回ばかりは何を血迷ったのか、らしくもない方を選んでしまった。

 

気づいたら駆け出していた。声の方へ。激しい戦闘音がけたたましく鳴り響く方へ。

 

別に、少女の危機に颯爽と登場し、ヒーローよろしくかっこよく少女を助けたい訳では無かった。

ただ、後悔したくなかったのだと思う。

 

激流の如き勢いで後方に流れていく景色を視界の隅に映しながら木々の隙間を縫って走る。

 

「──────!」

 

拓けた場所に出た。そこで目にした光景は。

 

大熊など可愛く見える程の巨躯に巻き付いた無数の腕。あれは鬼なのか?鬼なのだろう。もはや人間としての原型など留めていない異形の鬼。

 

(なんなのあれ!?やばくない!!?)

 

俺はこの場に来たことを酷く後悔した。あんなのと戦えばものの数秒で殺されるだろう。恐怖で心臓が口からまろび出そうになるのを必死に堪えた。

逃げようこれやばいよ逃げた方がいいよ絶対。

震える手足。しかし、その鬼が掴んでいるものを視界に入れた瞬間、表情が抜け落ちていくのを感じた。

 

獰猛な笑みに細められた目が見つめる先には。

 

「──っ!離……してッ!!この────ッ」

 

花柄の着物を身にまとった小柄な少女。その側頭部には狐の面。

数多の腕に拘束され、蜘蛛の巣に絡め取られた一羽の蝶のようだった。

 

「まだ──!死ねない……ッ!帰るんだ……鱗滝さんの……所に………!!」

「クスクスクス。鱗滝の悲しそうな表情が目に浮かぶなぁ。直ぐには殺さない。まずはその細い手足を引きちぎってやる」

「た……助けて──────」

 

先程までの恐怖が嘘みたいに身体が軽い。

過去が蘇る。

『助けて────!』

 

あの時、俺は救いの手を差し伸べる事が出来なかった。守れなかった。

 

────もう、後悔はしたくない。

 

「雷の呼吸 壱ノ型────」

 

 

 

 

###

 

 

 

 

真菰にとって、師匠である鱗滝左近次は命の恩人であり、育て親でもあった。

 

「十一、十二……で、お前で十三だ」

「……何の話?」

 

最終選別。藤襲山。鱗滝さんの恩に報いる為に鬼殺の剣士を志した私が、厳しい修業の果てにやってきた場所だ。

ここで七日間を生き残り、ようやく剣士となれる。それこそが自分に時間を割いてくれた鱗滝さんへの恩返しとなる。

 

意気込んで山に入り、数体、鬼の頸を斬った。

 

そんな折に現れたのがこの大型の異形の鬼だった。

 

「クスクス。俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。あいつの弟子はみんな殺してやるって決めてるんだ」

「………は?」

「クスクスクス。目印なんだよ。その狐の面。お前も残念だったなぁ。その面をつけてなきゃ、俺に目をつけられることも無かったのに」

 

口元を手で抑えながら笑う鬼は尚も続ける。

 

「その面をつけてるヤツは皆俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ。あいつも馬鹿だよなぁ。自分の彫った面のせいで弟子が死んでるって気づかないんだ。馬鹿だよ、馬鹿」

「────殺して、やる」

「ああ?」

「絶対に、殺してやる!!!」

 

真菰は知っていた。自分より前の弟子達が命を落としていることを。自分のせいだと心を傷める鱗滝を。

だからこそ、兄弟子達の死を、鱗滝を侮辱したこの鬼が許せない。

 

────水の呼吸 玖ノ型『水流飛沫』

 

着地時間、接地面積を最小限に。水面を飛び跳ねる飛沫の如き高速移動で鬼へと高速接近する。

 

小柄で非力な真菰が水の呼吸の中で最も得意とする型。

何とか鬼の頸を斬り落とすことは出来るものの、やはり膂力では大きく劣る。

そんな自分が鬼を殺す為に磨き抜いたもの────機動力。

 

水の呼吸は本来、どんな相手にも対応出来る変幻自在さが売りの呼吸だ。他には無い対応力、柔軟性を捨ててまで極め抜いた圧倒的スピードが、真菰という剣士を剣士たらしめている。

 

「ちぃ!ちょこまかと────!」

 

対する異形の鬼──手鬼もようやく視認出来るほどの速度に流石に焦りを見せた。遅れて腕を伸ばし真菰へと向ける。

 

(遅い────!)

 

迫り来る腕を捌きながら、真菰は内心、勝利を確信していた。

木々の枝を蹴りあげ、大地を蹴りあげ、縦横無尽に駆け回る自分の速度に手鬼はついて来れていない。

 

背後に移動し死角へと回り込む。鬼はやはり反応できてない。

真菰の視線の先にはもう鬼の頸しか映っていない。

今まさに地面を蹴っ飛ばし────直後、地面を割って這い出てくる数多の腕。

 

「────下!?」

 

完全に無警戒だった。まさか地面に腕を潜り込ませることが出来るなんて────!

呆気なく足首を捕まれ、宙へと持ち上げられる。

斬りつけようと腕を振るうも、伸びてきた手に捕まれそれも叶わない。

 

「クスクスクス。惜しいなぁ」

 

死────。

全身に迸る稲妻のような衝撃。

これからこの鬼に甚振られ死んでいくのだろうと思うと、悔しくて堪らなかった。

 

『最終選別……必ず生きて戻れ。真菰』

 

涙が、溢れた。

元々孤児であったのだ。家族などいない身だった。それを鱗滝さんに拾われ、育てられ、色褪せていた人生に光が灯った。

会いたい。鱗滝さんに会いたい。死にたくない。

 

けれどもう、それは叶わない。真菰は死ぬ。

 

「た、助けて────」

 

だからだろうか、普段は絶対口にしないであろう言葉が零れた。生への執着。渇望。紛いなき本心がとめどなく溢れる。

死にたくない、と。

 

「クスクス。それじゃあまずは足から潰そうか」

 

徐々に、段階的に強まる力。痛みなど感じなかった。それ以上に死への恐怖が勝っていたから。

 

(────鱗滝、さん。ごめんなさい)

 

 

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型────」

 

誰かの声が聞こえた。幻聴だろうか。

そんな考えは、直後に鳴り響いた轟音と共に掻き消された。

 

「────霹靂一閃」

 

何が起こったのか、理解することが出来なかった。

真菰と手鬼の間に紫色の雷光が迸ると、気づけば真菰は手鬼の拘束から解放され、その小さな身体を宙に晒していた。

 

「──っぃた……!」

 

ろくに受け身も取れず地面に尻餅をついてしまう。

痛みに顔を顰めながら前方を見据えると、放出していた手を全て斬り落とされた手鬼の姿が。そして、真菰のすぐ前方。庇うようにして立つ影。漆黒に黄色の三角模様を散りばめた風変わりな羽織を着こなした少年が、慌てふためく手鬼を睨みつけていた。

 

そして真菰の方へと顔を向け、心配そうに眉を寄せた。

 

クセなのだろう無造作に跳ねた黒髪。紫がかった双眸。美男子──とまではいかないが、それなりに整った優しい顔立ち。

 

「大丈夫か?」

「う、うん」

「よかった」

 

「ちくしょうちくしょうちくしょう!!誰なんだお前は!!」

 

斬られた腕の再生を終えた手鬼が狂い叫ぶ。

 

「せっかく鱗滝の弟子を殺せると思ったのに邪魔しやがって!!」

「黙れよ」

 

その優しい顔立ちからは想像も出来ない、底冷えする声だった。

鬼の形相で手鬼を一瞥すると。

 

「女の子を傷つけちゃダメだって、お父さんお母さんに教えて貰わなかったわけ!?ねえどういうこと!!?お宅の教育環境はとっても劣悪だったんですねすいませんねぇぇ変に詮索しちゃって!!!」

 

(えぇぇ!?いやいや………えぇ……?)

 

ピンと人差し指を立てて手鬼を指し、全く持って場違いな指摘をする少年に、真菰は開いた口が塞がらなかった。それは手鬼も同じだったようで、呆気に取られ硬直しているではないか。

 

「大体さぁ!!最終選別って雑魚鬼しかいないんじゃないの!!?なんでこんな大型の異形が存在しちゃってるわけ!?そんな事ってあるの!!??鬼殺隊のお偉いさん達って意地悪なんでしょきっとそうなんでしょもう嫌ァ!!!」

 

先程の真菰の窮地を救った心強い少年とは全くの別人なのだろうか?そんな筈は無い。しかしあまりの変貌ぶりに、先程まで死を感じ涙を流していた自分の姿を忘れてしまう真菰であった。

 

「なんだ……このふざけたヤツは……」

(……同感)

 

誠に不本意ながら、手鬼の呟きに内心同意してしまった真菰。

 

「ね、ねぇ……」

「なんでしょうか!?」

「大丈夫……?その、頭とか」

「……………へ?」

 

初対面の少女に頭の心配をされてしまった紫電は、悲しさのあまりに頭を抱えて蹲ってしまった。

 

「………うん、大丈夫じゃない」

「そっか………ごめんね?変なこと聞いて……」

「君は悪くないよ……ははっ、そうだよねぇ。俺、可笑しいよねぇやっぱり」

 

あまりにも情けない姿に、真菰だけではなく手鬼ですらも憐憫の眼差しを向けているではないか。

ハッと我に返った手鬼は、めそめそと涙を流す紫電に向けて吠える。

 

「お前の所為で調子が狂ったが……腹拵えにはちょうどいい!!まとめて殺してやる!!」

「────!ねえ、攻撃が来る!」

 

悲しさからか、近くに落ちていた木の枝で地面を突っつく紫電に向かって鋭く一喝する真菰。立ち上がろうとするも、足に上手く力が入らない。さっき手鬼に握られたからだ。最悪骨が折れているかもしれない。そして手元には刀が無い。

 

まずい、と思った時には既に視界が手鬼によって放出された数多の腕で埋め尽くされていた。

 

シィィィィ、と空気を逆巻く爆風か、雷雲の中で蓄積された電撃が弾けるような呼吸音。再び訪れた死の予感は、またもや落雷のような轟音によって掻き消された。

 

「雷の呼吸 弐ノ型『稲魂』」

 

気づけば腕は全て斬り落とされていた。

その目に捉えることが出来たのは、どう見ても一振にしか見えなかった紫色の斬撃。あの数の腕を捌ききったことから、複数回斬りつけたのだろうと予測し、驚愕した。

 

目の前の弱味噌少年のギャップに。

 

「下がってて」

 

静かに告げる少年の謎の眼力に、真菰は頷くしか無かった。

優しい声音。さっきまでの醜態など忘れてしまいそうな、安心感を与えてくれた。

かっこいい、かもしれないと、真菰は思った。

 

「ちぃっ!さっきから何なんだお前はぁ!!」

「うっさいわ!!!俺、お前みたいな気色の悪いヤツとはぜぇぇぇったい口利かないからぁ!!!はい、もうお喋りおーーーーしまい!!!」

 

……やっぱ、気の所為かも。吊り橋効果ってやつだ、きっと。

 

余りにも緊張感のない少年に、真菰は苦笑した。




チガウンダゼンイツトハマッタクノベツジンナンダ……
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