で、でも救済タグつけてないから……!()
上弦の弐の襲来、『鳴柱』桑島紫電の重症、そして『花柱』胡蝶カナエの死は瞬く間に全隊員に伝わった。
この世代の剣士達が上弦の鬼と接触するのは久しぶりのことで、加えて人の身でありながら剣技の神域に踏み込んだ『柱』ですら敵わない鬼の存在を改めて認識した鬼殺隊の雰囲気は重い。
柱の面々も親交が深かったカナエの死を受け入れるのに少々時間を要した。
それ以上に深刻なのが、カナエの妹であるしのぶであった。
「目が覚めましたか、桑島さん」
聞き慣れた声の、けれど聞き慣れない口調。
「………、…………。……あ、れ。胡蝶……、さん……?」
その優しい声音と面影は記憶の中だけにしか存在しない彼女のようであり、全くの別人。
未だにぼやける視界が捉えたのは、毎度お馴染み蝶屋敷の病室の真っ白い天井。ゆるりと首だけを回し、声のする方へと顔を向ける。
「胡蝶は胡蝶ですが……、残念、妹の方です」
「胡蝶しのぶか………そっか………、えっ」
「丸三日眠ってたんですよ?生きているのが不思議なくらいの大怪我です。全く……世話が焼けますね」
困ったように笑うしのぶ。
その綺麗すぎる笑顔はやはり、カナエそっくりで。
常に不機嫌そうに眉を寄せて紫電を睥睨していたしのぶの面影は忘却の彼方。
「……胡蝶しのぶ」
「なんでしょう?」
「なんか、変なものでも食べたの?」
「………、ご心配なく。野良犬じゃあるまいし」
ふふっ、と口元を指で隠しながら上品に笑って見せるしのぶ。
らしくないその振る舞いは、恐らく。
「ねえ、その………」
カナエはどうなったのか。
彼女最期を看取ることが出来なかった紫電は、自分が倒れた後のことを知らない。聞こうにも、踏み抜いてはいけない地雷を踏んでしまいそうな気がして口ごもる。丸三日。最愛の姉の死からまだ三日しか経っていないのだ。不用意にカナエのことを聞き出し、彼女の最期をしのぶが思い出してしまったら────。
そんな不安はしかし。
「姉さんなら、私と真菰さんが最期を看取りましたよ。最期まで……姉さんは姉さんでした」
「……そう」
やはり笑顔のまま、絞り出すかのように言葉を吐き出すしのぶ。そのかんばせの端々に微かな悲しみと怒りを滲ませながら、それでも笑う。その笑顔の裏に決して癒えぬ傷を抱えながら。隠しながら。
「暗い話は置いておきましょう。上弦の鬼との戦闘で生き残れたのですから。それを喜びましょう?怪我の具合が良くなったら追い追い話をするので、今は治療に専念してくださいね」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
いいのだろうか。
しのぶは姉を模して。恐らく、カナエの仇討ちを果たすまで彼女は己を滅し、茨の道を進み続けなければならない。
今だけかもしれない。しのぶを引き戻せるのは。
辛苦の道へと片足を突っ込んだしのぶを引き戻せるのは、今だけだ。まだ間に合う。
しかし、脳内に浮かぶありったけの言葉を集めても、しのぶに掛ける言葉が見当たらない。
それ以上に、彼女の菫色の瞳の奥に決意と覚悟が見え隠れしていたから、紫電は余計に何も言えなかった。
もう居ない姉の意志を継ごうとする彼女の決意を否定してしまうかのような気がして。
「姉の真似をするな。君は君なんだから」と、軽率に口にできやしなかった。
終ぞ紫電はしのぶに掛けてやる言葉を見つけることができなかった。
きっともう、口煩くて常に不機嫌そうに眉を寄せていたしのぶにはもう会えない。胡蝶しのぶは、もういない。
上弦の弐との戦いで運良く生き残った代償がこれか。しかしあまりにも──。
紫電に背を向け、部屋を退出しようとしたしのぶが「そういえば」と思い出したかのように零す。
「真菰さんも入院中です。日常生活に支障はないくらいには回復してますよ。会いに行ってあげたらどうですか?」
それだけ言い残すと、しのぶは行ってしまった。
「………胡蝶しのぶ。君は、そうしなければ悲しみを乗り越えられないのか……?」
この日、しのぶに何も言ってやっれなかったことを、紫電はずっと後悔することになるだろう。
「んしょ……いてて………、肺が痛い……身体が痛い……」
起き上がろうとするも、全身を襲う激痛が身体の動きを妨げる。当然か。実力が大きく上回る鬼相手に限界を超えて身体を酷使し、あれだけ『超全集中の呼吸』を連発したのだ。五体満足……生き残っているだけ奇跡だ。
自分の全てを引き出して実力以上のものを出し切って尚届かない上弦の鬼の頸。
「………心が、一番痛いなぁ」
戦場に到着するのが遅れ、カナエを死なせ、真菰に大怪我を負わせてしまった。しのぶに重い罪悪感と後悔を負わせてしまった。もっと速く着いていたら。もっと自分が強かったら。行き場の無い後悔と呵責が否応なく紫電に覆い被さる。
でも、それでも。
カナエから託されたのだ。
カナエが守りたかったものを、守って欲しいと。
あの夢の中で託されたカナエの願いを受け継がねばならない。
悲しんでいる暇などない。
「真菰ちゃんは……大丈夫かな……」
上半身だけを起こして、起き上がろうとしたまさにその時。
「具合はどうかな、紫電」
「………お館様ぁぁぁ!?と、あまね様!?」
あまねと共に姿を現したお館様────産屋敷耀哉が、病室の入口に佇んでいた。
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「ゲホッ……ゴホゴホッ………ッ!うぐっ……いてて」
「大丈夫ですか?」
肺が痛むのに叫び散らかして自滅した紫電の背を撫でるあまねが、心配そうに紫電の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫です……。申し訳ありません……お見苦しいところを……」
恥ずかしさから、紅潮し熱くなった顔を冷ますためにベッド脇に置いてあったお冷を煽る。
落ち着いたところで、あまねが丸椅子を用意し、耀哉とベッドの横に並ぶように座った。
「よく生きて帰って来てくれたね」
「はい……。全ては『花柱』と真菰ちゃ……鱗滝が夜明け近くまで粘ってくれていたおかげです」
「カナエは柱としての責務を全うしてくれた。心優しい、自慢の娘だったよ」
「俺のせいで………。俺がもっと速く加勢できてたら……。俺がもっと強かったら……ッ」
「自分を責めてはいけないよ紫電。鬼殺隊最速の剣士である君でだめなら、誰も間に合っていないさ」
「ですが………」
自責の念に駆られる紫電の肩にそっと手を置き、耀哉は殊更優しい声音で言葉を紡いだ。
「大切な人を失う痛みに慣れることはない。誰かが死ぬのはとても辛いことだ。けどね、失ったものばかり数えていてはいけないよ。君は確かに守ったんだ。しのぶと真菰を守り切った」
「…………、」
「それにね、死者に意味を与えるのは生者である私たちだ。そうやって、鬼殺隊は想いを繋いで歴史を紡いできたんだよ。彼女の想いは私たちの心の中で生き続ける。だから私たちは立ち止まる訳にはいかない。進み続けなければならない」
「………お館様」
誰よりも寿命が短く、誰よりも身体の弱い耀哉が、その命を燃やし、我が子同然と可愛がる剣士達の死を受け止め、それでも前に進もうとしている。辛いはずだ。若くして鬼殺隊の当主になり、普通とはかけ離れた生活を余儀なくされ、鬼舞辻無惨の呪いに身体を蝕まれ、それでも。
ならば。お館様の刃たる『柱』の自分が、立ち止まる訳にはいかない。
鬼殺隊の先頭に立ち、悲しみの連鎖を断ち斬るべくその刀を振るわなければならない。
「お館様。俺はもっと強くなります。必ずや、十二鬼月を破り、鬼舞辻無惨を討ち果たします」
「うん。期待しているよ」
一頻り話し終えると、先程の優しい表情から一変し、どこか悲しげな顔で紫電を見遣る耀哉。あまねに目配せする。
意図を察したあまねは頷き、神妙な面持ちで、
「先の上弦の弐との戦闘で、鬼の痣のようなものを発現させたと鴉からうかがいました」
「は、はい……。その時、馬鹿みたいに強くなれたんです。身体は焼けるように熱くて、心拍数も跳ね上がって……」
「……紫電。一つ、君に言っておかなければならないことがある」
「へ………?」
「痣を発現させた者は、例外なく──────」
「二十五の歳を迎える前に死ぬ」
代償。
限界を超える力を使った代償。
痣による強化は、寿命の前借りだったのだ。
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「それでね、刀鍛冶の里の温泉が最高だったのよ〜!」
「温泉かぁ。いいね。刀も折れちゃったし、私も里に行こうかな」
紫電が目覚めて一週間が経過した。
身体の痛みは随分と良くなり、激しい運動は出来ないものの、あと数日もすれば機能回復訓練に入れるだろう。
「ちょっと聞いてるの紫電くん?」
「へっ……?あ、そうですね……。俺も久しぶりに鉄穴森さんに会いたいし……」
久々の休息であった蜜璃が蝶屋敷にお見舞いに来てくれた。真菰に誘われるがまま縁側に座り、お喋りに花を咲かせていたのだ。
どこか上の空の紫電が気に入らないのか、蜜璃が頬を膨らませる。
「温泉は疲労回復にも効くのよ?歩けるくらいに回復したなら、真菰ちゃんと一緒に里に行ってみるのもいいんじゃないかしら?」
「紫電と一緒に!?」
「真菰ちゃんと一緒に!?」
二人の声が見事に重なり、蜜璃は目を細める。
この二人(というか紫電)が互いを想い合っているのは明白なのだが、(紫電が)無自覚のせいで一向に距離が縮まらない。最近、どんな心変わりがあったのかは分からないが、真菰は随分と積極的になった。以前よりも紫電との距離を縮めようと躍起になっている。
『恋の呼吸』の使い手である蜜璃に恋愛のいろはを教えてもらうために頭を下げて懇願してきた時には吃驚してしまった。
(いい傾向ね……っ!)
あれだけ互いが好き好きオーラを醸し出しているのに、まるで関係が進展しない二人に蜜璃はヤキモキしていたのだ。時間の経過と共に勝手にくっつくだろう────そう思っていた頃が懐かしい。
時間は解決してくれない。きっかけがなければ、二人はこのまま平行線を辿るだろう。
(殺伐とした世界に芽吹きかけている恋の蕾……。咲かせてみせましょう、二人の愛と言う名の大輪の華を!この甘露寺蜜璃がッ!)
恋のキューピット気取りの蜜璃。心の中で握り拳を突き上げる。
「真菰ちゃんと紫電くんは刀鍛冶の里に行ったことが無いのよね?」
「そうですねぇ。一度は行ってみたいとは思っていたんですけど、『柱』の業務が忙しくって……」
「なら、丁度いい機会だわ!療養中だし、しのぶちゃんには私が話をつけておくから、思う存分里を満喫するといいわよ!」
顔を見合わせる紫電と真菰。
(真菰ちゃんと一緒に……温泉……ッ!?いやいや、別にやましいことなんてちっとも考えてないから!……きっと、楽しいだろうなあ。でも俺なんかと一緒に行って真菰ちゃん、楽しいのかな?嫌じゃないかな?)
(紫電と一緒に……温泉……ッ!?言うなればこれって逢瀬だよね……。温泉旅行ってやつかな……。私はすっごく楽しみだけど、紫電は嫌じゃないかな……?)
これである。
そんな二人の内心を見透かしたかのように、蜜璃は二人の背中をポンと叩いた。
「ほらほらお二人さん、せっかくの機会よ?普段自分が使ってる日輪刀への理解深める事だって大事だと思うの。里への手続きとかは私が済ませておくから。ね?」
何故か二人で里へ行かせようとする蜜璃を訝しげな視線で射抜く紫電。何か企みがありそうな気がしなくも無いが、ここまで言ってくれているのだ。たまには非日常的な体験をしておくのも悪くはないかもしれない。
「そうだねえ。真菰ちゃんが嫌じゃないなら」
「わ、私は全然嫌じゃないよっ。寧ろその……紫電と一緒だから……行きたいなぁ……なんて………」
「そういうことだから、甘露寺さん、お願いできますか?」
真菰の精一杯の「貴方と一緒に行きたい」アピールを完全にスルーしてしまった紫電に、蜜璃は内心大きな溜息を吐き出した。
これでは、どれだけ真菰が積極的になっても駄目な訳だ。
「任せて!最高に楽しい旅になるように私、頑張るわね!」
この旅で真菰を紫電にけしかけ、少しでも関係が進展するのなら御の字。願わくば、明日の身も知れぬ残酷な世界で想い合う二人が無事に幸せを享受できますように。
意気揚々と蝶屋敷を後にした蜜璃を見送った紫電は、一週間前の耀哉の言葉を何度も頭の中で咀嚼していた。
『痣を発現させた者は、例外なく二十五の歳を迎える前に死ぬ』
痣の力を使えば使うほど強くなり、その代償として寿命を削ることとなる。
一人痣を発現させれば、共鳴するかのように周囲の人間にも痣が出てくるらしい。鬼殺隊の戦力の底上げにはなるだろうが、その者の未来を奪うこととなる。
まだこの世代で紫電だけしか痣を発現させておらず、痣が出ないことを気にする人間も出てくるかもしれないので、この話は他言無用で頼むと頭を下げられた。
(痣があっても上弦の鬼の頸には届かなかった。もっと強くならないと)
元より復讐のために鬼殺隊に入ったのだ。長生きしたいとは思うが、寿命惜しさに痣を使わないなどという選択肢は無い。不思議と、痣による死への恐怖は無かった。
「刀鍛冶の里、楽しみだね」
「うん。真菰ちゃんと一緒だから、きっと楽しいだろうね」
まあ、今だけは。
全てを置いておいて、真菰との旅を楽しもう。
きっと楽しい旅になる。
次回から皆さんお待ちかね(?)真菰ちゃんと温泉デートです。(予定)
最近ほのぼのとした真菰ちゃん回が無かったので、作者も楽しみです。
多分山場は無い()
温泉……混浴……?真菰ちゃんと混浴ッ!?