大正の空に轟け   作:エミュー

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弍拾壱話 刀鍛冶の里へ

「………」

「うわあ、『隠』の人達って力持ちなんだねぇ。俺なんかよりもずっと筋肉モリモリだよ」

「………」

「んー、風が気持ちいいねぇ。これで景色が見れれば最高なんだろうなぁ」

「………」

 

(なんか思ってたのと違う!)

 

紫電と真菰は隠の隊士の背中に乗せられ、何処とも知れぬ道を往く。

刀鍛冶の里は、言わば鬼殺隊の生命線。日輪刀の供給が途絶えれば、鬼に抗う術が無くなる。故に里は山岳部に巧妙に隠れていて、複数の鎹鴉と隠の隊員が代わる代わる里を訪れる者を背負い案内することで秘匿性を保っているのだという。

道なき道を行くのだが、万が一里への道のりを覚えられたら困るので、目隠しは必須。

それが真菰にとっては面白くない。

 

(もっとこう……、馬車とか、密室で紫電と二人きりで里へ想い馳せながら、他愛ない会話で盛り上がったりとかさ……)

 

思い描いていたシチュエーションとは大きくかけ離れた悲しい現実。里の秘匿は仕方ないことだし、紫電が此方の気も知らないで呑気に喋っているのもいつものことだ。けれど、もう少しこう……恋する乙女的にありがたい展開があってもいいのではないのだろうか?そう思うのは傲慢なのだろうか?

 

最近になってようやく恋愛に積極的になった真菰だが、紫電のそっち方面への疎さが枷となり、ちっとも距離が縮まらない。

 

(一緒に未来を生きようって言ってくれたくせに…………)

 

むぅ、と頬を膨らませる。

紫電にはこれっぽっちもそんなつもりは無いのだろうことは真菰とて分かっている。求婚紛いの言葉をかけられ一人舞い上がっていた時もあったが、冷静になって考えてみると、『あの』紫電だ。ほんの少しだけでも距離が縮まると思って、これまで以上に見た目や振る舞いを意識していた自分が恥ずかしい。

 

それでも、ちょっと髪を整えたり、口紅や爪紅を変えてみたり、スカートの丈をやや短くしてみたり────。

その度に、一番最初に気づいてくれるのは紫電だった。「似合ってるね」「新鮮だなぁ」と。紫電も流石に面と向かって「真菰ちゃんかわいい!」とは言えないが、蜜璃がこっそり「紫電くん、真菰ちゃんが髪切ったの可愛いって言ってたわよ!」と教えてくれたり。

 

(……大丈夫。まだ旅は始まったばかりだし、里に着いてからが勝負っ。そうだよね、蜜璃ちゃんっ!)

 

蜜璃がなかなか関係が進展しない二人を憂いてこの旅を企画してくれたことは考えるまでもないだろう。せっかくきっかけを作ってくれたのだ。きちんと成果を持ち帰るのが蜜璃にできる恩返しだ。

 

(見ててよ紫電。絶対この旅で、私のこと意識してもらうんだからね……!)

 

恋する乙女は最強なのだ。とは蜜璃の金言。

少しでも紫電との距離を縮めるべく、真菰は静かなやる気を胸に可愛らしく握り拳を作った。

 

(……痣、かぁ)

 

対して紫電。真菰の葛藤など当然知る由もなく。

上弦の弐・童磨との戦闘の後から──もっと言えば、耀哉とあまねから痣の話を聞いた後から、心ここに在らずといった感じで、いつも以上に上の空だ。

 

(一人痣が発現したら、共鳴するかのように周囲の人間にも痣が浮かび上がる………)

 

もし。もしも、真菰に痣が出たら。

彼女は天寿を全うすること無く、長くても二十五歳という若さで人生を終える。

 

(そんなの許せるかぁぁぁぁぁぁッ!!)

 

何よりも大切な真菰が幸せを掴むこと無く、鬼殺のみに人生を費やすなど断じて許容できない。彼女には普通の女の子としての幸せを享受して欲しい。この願いが仮令、彼女の信念に反するものだったとしても。

 

紫電は童磨との戦闘時に身に起こった異変から、大体の痣の発現条件の目星をつけていた。

 

(体温と心拍数の上昇。多分だけど、痣を出すにはその二つを死ぬ寸前まで高めないといけないはず)

 

で、あれば。

上弦の鬼程の実力を持つ強敵でなければ痣は発現しないはずだ。

当然、条件を満たさなければ痣は浮かび上がらない。しかし今の真菰は鬼殺隊の中で柱に次ぐ実力の持ち主。仮にまた上弦の鬼と遭遇してしまえば、人体の限界を突破し、痣を出しかねない。それだけの素質を持っている。

 

(真菰ちゃんが痣を出さなくてもいいように、俺が守る。カナエさんに託されたんだ。「皆を頼むわね」と。この世代の痣者は俺一人でいい。俺がもっと強くなって、上弦の鬼……姉さんの仇……そして鬼舞辻無惨を討つ!)

 

紫電は紫電で、静かな決意を胸に、力強く握り拳を作った。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

刀鍛冶の里に到着した紫電と真菰は、里長へ挨拶をと思ったのだが、あいにく里長は多忙を極めており、面会の時間は取れないとのことだったので、仕方なく村をぶらつくことにした。

 

特段普通の里と何ら変わりないのだが、道行く人達は皆ひょっとこのお面をつけているので、異世界にでも迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまう。

 

「真菰ちゃんも狐のお面をつけてみたら?」

「ひょっとこじゃないから余計浮いちゃう気がするんだよね」

 

他愛ない会話を繰り返しながら里を歩く。

そう、真菰が求めていたものはまさにこれだ。

紫電と二人きりで日常を謳歌する────。

普段は柱の業務で忙しい紫電はなかなかこうしてゆっくりとした時間を過ごすことは無い。偶然会えたとしても、任務前や任務後が殆どなので、一言二言交わして別れる。会いに行こうにも過密な日程の合間を縫い、貴重な時間を割いてもらうのは気が引ける。

故に、この里での小休暇は真菰にとって紫電と距離を縮めるまたとない好機。逃す訳にはいかないのだ。

 

くい、と。紫電の羽織の袖を引く。

不思議そうに真菰を見下ろす紫電。今日の真菰は心做しか常よりも距離が近いような気がする。自分から話しかける時は必ずと言っていいほど羽織を引いたり肩を叩いたりするし、並んで歩く時の距離が一足分近い。きっと気のせいではないはずだ。

 

ここまで近いと、流石の紫電でも真菰を意識せざるを得ない。

 

(そういえば真菰ちゃん……綺麗になったなあ)

 

最終選別の時からいえば一年近くも経っているので当然と言えば当然。

幼さが残る儚い顔立ちだが、どこか女性的な魅力を感じる。背丈はあまり変わらないので、身長が伸びた紫電との差は開く一方。以前、真菰としのぶが身長を伸ばす為に壁に捕まり、両足を掴んで力の限り引っ張るという奇行を繰り返していた。成果のほどは言うまでも無いだろう。あまりにも結果が出ないため、「悲鳴嶼さんにお願いしようかな」と馬鹿な発想に至った二人を慌てて止めたのは一度や二度ではない。

 

「蜜璃ちゃんが手配してくれてる旅館はもうすぐだって。予定が無いならもう行っちゃう?」

「そうだね。もう夕方が来ちゃうしね」

 

山脈の向こうの空の陽は既に朱い光線を放っている。

日輪刀は既に鴉経由で里に届いているらしいし、鉄穴森に会いに行くのは明日でもいいだろう。

朝から食事らしい食事もしていなかったので腹も減った。真菰も同じだったようで、二人同時にお腹を摩ったのが可笑しくてどちらともなく吹き出した。

 

 

 

旅館に着いた二人は女中に案内され、用意された部屋へと向かう。

 

「甘露寺様からお話は伺っております。どうぞこちらへ」

 

本当に何から何まで蜜璃が手配してくれているらしい。なぜ彼女がそこまで尽くしてくれるのかは分からないが、ただただ有り難い。

 

「こちらでございます」

 

案内された部屋は一人で使うにはやや広い和室。そして何故か、布団が二つ畳まれて置いてある。

紫電は背筋に冷や汗が流れた。何か嫌な予感がする。『鳴柱』として数多の死戦を潜り抜けてきた人外の精度を誇る直感が警鐘を打ち鳴らす。

 

「あ、あの〜……、念の為聞いておきたいんですけど……。これ、一人部屋ですよね……?」

 

恐る恐る尋ねる紫電に、女中は首を傾げる。

 

「甘露寺様からはお二人は恋仲だと聞いていたので、一緒のお部屋を用意したのですが……」

「こ、ここ、恋仲ぁ!?」

 

素っ頓狂な叫び声を上げたのは真菰。顔どころか、耳まで真っ赤にしている。

 

「違います違います!恋仲じゃないんです私たちっ!えっと、『まだ』恋仲じゃないんですそういう心の準備とか全然出来てないんですっ!!」

 

『まだ』だなんて。ゆくゆくはそういう関係になりたい願望がダダ漏れだ。幸い紫電も頭の中が小規模なパニック状態になっていたので、肝心な部分は聴き逃していた。

 

「困りましたねぇ……。本日用意出来るお部屋はここしかなくって……」

「あー……、なら真菰ちゃんが一人で使ってよ。俺は別に床でも寝れるしさ。廊下でもいいし、何なら庭でも全然大丈夫だし」

「そっ、それはダメっ……!」

 

紫電は真菰よりも重症を負っていたし、疲労も抜けきっていない。そんな状態の紫電を部屋から追い出すなど出来るはずがない。

せっかく『仕方なく』部屋が一緒なのだ。何か起こってしまうかもしれないという期待と緊張が混ざり合う。

 

「紫電はちゃんとした場所で休んで」

「でもなぁ……。嫁入り前の女の子と一晩一緒の部屋で過ごす訳にはいかないでしょ……」

「いい!」

「えっ」

「わ、私は……紫電なら大丈夫っ」

「えぇぇぇ!?」

 

(血迷ったかッ!?真菰ちゃんッッ!)

 

今度素っ頓狂な叫び声を上げたのは紫電だった。

紫電なら大丈夫────それは、つまり。

 

(真菰ちゃんが俺のこと……好き────とかッ!?)

 

そんな考えはしかし、即座に否定する。

 

(いやいやいやいや、馬鹿か俺は!桑島紫電は大馬鹿野郎だよ!真菰ちゃんみたいな超絶美少女が俺のこと好きになるとか、天地がひっくり返っても有り得ないから!!!)

 

言ってて自分が惨めったらしくて仕方ない。

だが、思えば里に来てからの真菰はやたらと積極的で距離が近い。身体の接触もこれまでとは比にならない程多い。よく考えて見れば、真菰の行動は意中の異性に対するアプローチそのもの。

普通ならそう考えるのだが、この桑島紫電は。

 

(あっ、そっか。俺怪我してるから真菰ちゃん、気を使ってくれてるんだろうなぁ)

 

これである。

 

(本当に良い娘過ぎるよ……。最強に可愛いし優しいし……あぁ、真菰ちゃん最高…………)

 

せっかくの厚意(正確には好意)を無碍にする訳にはいかないだろう。夜中こっそり抜け出せばいい。

うん、と頷き真菰のお言葉に甘える。

 

「そ、それじゃあ真菰ちゃん……お邪魔しまーす……」

「う、うんっ。こちらこそ……」

 

まるで付き合いたての初々しい恋仲のような二人を見遣り、女中は密かに笑みを零した。

 

「お食事の準備ができるまでごゆっくりなさっててください」

 

赤面しながら俯く紫電と真菰の気の抜けた返事を背に、女中は蜜璃から届いた手紙の内容を反芻していた。

 

(見た感じ、放っておけば勝手にくっつきそうですが……そうならないから、このような強行手段に出たんでしょうね)

 

『二人をくっつけるように仕向けて欲しい』との頼みを受けたのはつい数日前のこと。

恋愛に聡い(?)彼女のことだから、なかなか関係が進展しない二人を憂いているのだろう。余計なお節介と言えばそれまでだが、真菰は満更でもなさそうだし、紫電に対する好意も見え見えだ。対して紫電はかなりの難物。彼に恋心を自覚させ、真菰からの好意を素直に受け取れるようにするには苦労しそうだ。

 

(…………正直、甘露寺様の無茶ぶりには付き合いきれません……が、適当に二人を一緒の温泉と寝室ににぶち込んでおけば若い者同士上手くやるでしょう)

 

こうして、紫電の眠れない夜が始まろうとしていた────。

 

 

 




最近多忙&気力の少なさによって投稿ペースが激落ちです。
それでも良いよという方、どうか暖かい目で見守ってくださると嬉しいです!!


そして以下若干のネタバレありです。






今作の今後の展開をざっくり解説(今考えてる内容を書ききれるか分からないので、こういう構想だよっていうのを発散したいだけです)


原作合流地点は累君の後の柱合会議から。
そこに至るまでに上弦戦を二つと紫電君ぶっ壊れのきっかけ(もしかしたらぶっ壊れの拍車をかけるための出来事)を書けたらなあと思ってます。
ちょくちょく日常パートを挟みながらになるので、原作開始まであと二十話以内かなぁと思います。(予定)

順番的には

刀鍛冶の里での休暇→→獪岳入隊→→上弦戦→→日常パート→→幸せ→→上弦戦 →→原作合流→→無限列車→→遊郭→→実家に帰る編→→柱稽古→→無限城

の予定です。
あくまで予定です。
原作合流前までにはどこかで衝撃の出来事を巻き起こしたいです。
紫電と真菰がどうなるのか、期待せずお待ちください()


最後まで書けるよう頑張るので、こんな拙作ですが皆さんよろしくお願いしまぁぁぁぁぁす!!

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