大正の空に轟け   作:エミュー

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ざっくりと紫電や真菰ちゃん以外のキャラの事も書きたかったので、駆け足で投稿です。




番外編 義勇とカナエ 上

カーテン越しに射し込む柔らかな朝日の光と、耳を擽る小鳥の囀りが、朝の訪れを穏やかに報せる。

射し込んだ光が瞼を叩き、その眩しさにゆるりと目を開く。

 

「んん〜………もう……朝ね」

 

胡蝶カナエはゆっくりと上半身だけを持ち上げると、ぼやけた視界のまま周囲を見渡す。

布団の端に脱ぎ捨てられた寝巻きに、後片付けに使った紙屑が散乱している。ああ、またやってしまったと、頬に熱が集中するのを感じる。その熱と相反するように、身体が冷えて身震いをすれば、己が一糸まとわぬ姿であったと思い出した。

ちょうど手元にあった半々羽織を羽織ると、隣で眠る青年へと声を投げ掛けた。

 

「ねえ義勇くん。もう朝よ?今日はお互い昼から任務でしょ?」

「………………昨晩は疲れた」

 

やや不機嫌気味に答えた青年──冨岡義勇は、これ以上の会話は不要だと言わんばかりに布団に潜り込んだ。当然のごとく彼の寝巻きも乱雑に脱ぎ捨てられている。

 

「し、仕方ないでしょっ!?久しぶりに二人きりだったんだから……」

「……限度というものがある」

「任務続きで色々溜まってたの!いいでしょ!義勇くんだって乗り気だったじゃない!」

「……最初の一回だけはな」

「うっ………」

 

昨晩の事を思い出して頬を羞恥に染めたカナエは、義勇から掛け布団を剥ぎ取り、顔を隠すようにくるまった。布団を奪われた義勇はやはり不機嫌気味な顔でカナエを見遣ると、「うぅぅぅ」と可愛らしい呻き声を上げる彼女の頭をそっと撫でた。

 

「身体は大丈夫か?」

「うん………身体より心の方がぼろぼろです………」

 

昨夜の彼女は凄かった。普段の凛として美しい大輪の花のような彼女からは想像できない程の。

羞恥の波が引いたのだろう。頭を撫でる義勇の手を取ると、自らの頬にそっと導き頬擦りをした。

 

「なんだかんだ言って、義勇くんは優しいわよね」

 

口下手とド天然が災いして壊滅的に人付き合いが苦手な義勇だが、その実しっかりと他人の事を見ている。乙女的に気づいて欲しい事──髪を切ったり、香水を変えたり、爪紅を変えたり、仄かな好意──にはとんと疎いが、些細な体調の変化は見逃さない。彼の前で隠し事はできないだろうと思ったことは一度や二度ではなかった。

 

「俺は……優しいわけではない」

「もうっ、私が優しいって言ったら優しいんですー」

「……好きに言ってろ」

 

彼はそう言うが、こうして自分の事を大切に思ってくれていることは所作の一つ一つから感じることができるし、空回りすることが殆どだが、不器用なりにカナエの手伝いだってしてくれる。鮭大根が絡むこと以外は自分のことを後回しにしてでもカナエを優先してくれる。

 

そんな優しい義勇だが、だからこそカナエは不満を募らせていることがある。

 

「……義勇くん。いつになったら私のこと『好き』だって言ってくれるの?」

「……昼から任務だろう。準備をするぞ」

「も〜!そうやってまたはぐらかす〜!」

 

義勇とカナエが恋仲となって、一年が経過しようとしていた。

何度も何度もお互いを求め合い、口付けを交し、身体を重ね、深く熱く繋がって、心だって繋がっている筈なのに、未だに、一度だって義勇はカナエに「好き」だとか「愛してる」の言葉を伝えたことは無かった。

ただ単純に恥ずかしいという理由もあるし、本来ならば鬼殺隊に居場所など無く、無意味で無価値な人間である自分がカナエの隣に立っていること自体が烏滸がましいと潜在的に気持ちが後ろを向いてしまっているから、素直な気持ちを伝えることに躊躇いがあるのだ。

 

「私はこんなに義勇くんのことが好きなの───んっ…」

「……行動では、示しているつもりだ」

 

カナエの桃色の唇に吸い付き、紡がれようとした言葉を呑み込んだら、カナエは頬を可愛らしく膨らました。

 

「言ってくれなきゃ分からないことだってあるのよ?」

「俺は口下手だからな」

「『好き』の二文字くらい口下手でも言えるわよ!」

 

カナエの抗議を完全に無視して寝巻きを羽織ると、枕元にあった紙紐で無造作に伸びた髪を括る。

 

「はぁ……もう……。お風呂借りるわね?」

「ああ」

 

ここは竹林に囲まれた水柱の屋敷だが、幾度となく通っているカナエにしてみれば自分の家のようなもので、完全に勝手を理解している。

棚からタオルを取り出すと、いそいそと風呂場へと向かった。

その後ろ姿を見送ると、義勇は再び布団へと身体を投げ出した。

 

「持て余すな………」

 

思えば、人付き合いを行う上で必要最低限の能力すら持ち合わせていない絶望的に口下手な義勇を理解し、好いてくれているのはきっとカナエだけだろう。なぜカナエのような非の打ち所の無い美人が自分の恋人なのか、お付き合いを始めて一年近く経つ今でも分からない。夢でも見ているのではないかと疑い、何度も頬に人差し指で『雫波紋突き』を叩き込んだ。やはり夢ではなかったと、全治二週間の怪我の代償に再確認できたことは大きな収穫であった。

 

カナエほどの器量よしなら、自分の他にも嫁の貰い手は沢山あるだろうに。自分以上にカナエのことを幸せにしてくれる男がいるだろうに。

 

なぜ、俺なのだと────吐き出した問いに答えてくれる者はいない。

 

対してカナエ。

髪に椿油の香料を塗りながら。

 

「はぁ〜……またやっちゃったぁ……」

 

義勇と二人きりになると、どうにも自制が効かなくなってしまい、愛おしいという気持ちが溢れ出て、その全てを義勇にぶつけてしまう。ぼそぼそと文句は言うものの、カナエの我儘を全部受け入れてくれるから、ますます義勇に甘えてしまう。

 

思い返せば、初めて彼と出会ったのは、一年と半年ほど前の合同任務。

 

最初見た時は、もはや彼の代名詞となった鉄面皮から、冷淡な人なのだろうなと思ってしまった。

しかしその認識は即座に覆される事となる。

 

思いの外手強い鬼に劣勢を強いられ、共に戦っていた剣士達が今まさに鬼に殺されようとした時に、颯爽と現れた義勇がいとも容易く頸を斬り飛ばし、皆の急窮地を救ったのだ。

 

「怪我は無いか」

「すまない。俺がもう少しはやく来ていれば」

「お前はまだ大丈夫そうだな。こいつを連れて今すぐ帰れ。後始末は俺がやっておく」

 

思いがけない言葉に呆気にとられていたカナエだが、義勇に言われるがまま負傷した隊士を運んでいると、遅れて到着した隠の隊士が目に入ったので後を任せ、義勇の元に向かった。

 

「冨岡くん……よね?助けてくれてありがとう」

「礼なら不要だ」

「そうは言っても……」

「俺はこれから別の任務に向かう。足の怪我は悪化したら剣士にとって致命傷だ。今すぐ帰れ」

「えっ………どうしてそれを………?」

 

気遣いにしてはやや乱暴な言葉だけを残し、義勇は風のように消え去った。

まさか、足の怪我を見抜いていたなんて。他人には一切興味が無さそうなのに。

言い方は乱暴で不器用だが、そこには確かに優しさが見えて、カナエは頬を緩めた。

 

その日からだろう。カナエが義勇を意識し始めたのは。

気づけば目で追っていた。

 

ある時、任務で負傷した隊士を庇いながら鬼と戦っていた。

ある時、しのぶの持っていた荷物を自ら受け持っていた。

ある時、ぼんやりと空を見上げながら「ムフフ」と可愛らしく(恐らくそう思っているのはカナエだけだろう)笑っていた。

ある時、町娘達に声を掛けられていた。

何度も任務を共にこなし、冨岡義勇という人間に触れる度に、カナエはどんどん彼に惹かれていった。

 

義勇に相応しい人間になるべく剣の腕を磨き、血反吐を吐きながら己を叩き上げた。そうして『花柱』の称号を頂戴し、ようやく義勇と肩を並べて戦えるようになったのだが────。

 

ある日の柱合会議。

 

「では各々、若手隊士の育成に関する────」

「俺はこれで失礼する」

「いい加減にしろ冨岡ァ!」

「俺には関係ない。お前たちで勝手にやっていろ」

 

鬼殺隊の今後について会合を行おうとした矢先だった。

突如義勇が立ち上がり、会合そっちのけで退出してしまったのだ。

もはやそれが毎度の事なので、不死川や悲鳴嶼は不満げに顔を歪めるが、宇髄に至っては口笛を吹きながら頭の後ろで手を組んでいる。誰も義勇を追いかけようとしない。

義勇を庇ってやりたいカナエだったが、カナエの目から見ても義勇は勝手が過ぎるし、あまりにも協調性に欠けている。これでは、他の柱の面々から自覚が足りないと責め立てられても仕方がない。

 

「私……追いかけてきますね」

「おっ?胡蝶姉、派手に優しいんだな。あの冨岡を気にかけるなんてよ」

「ケッ、アイツに何言っても無駄だと思うがなァ」

「…………南無」

 

義勇を引き止めることを諦めた面々の言うことは無視したカナエは義勇を追うべく駆け出した。

半々羽織の背中に追いつくのに、さほど時間を要することは無かった。

 

「冨岡くん!」

「…………」

 

呼び掛けたのに、聞こえている筈なのに、義勇はカナエの方を向かない。流石のカナエも腹が立って、義勇の羽織の袖口を掴んだ。

 

「ちょっと冨岡くん!」

「なんだ」

 

ようやく振り返った義勇の視界に入ったのは、両頬を膨らませご立腹のカナエの姿。なぜカナエが怒っているのか理解できない義勇は、人をおちょくっているとしか思えないような顔でカナエを見遣るものだから、カナエは更に怒気を高めてゆく。

 

「さっきの言い方はないんじゃないかしら?」

「お前には関係ない」

「あるわよ。私たちは同じ柱なのよ。もっと皆の輪に入って──」

「俺はお前たちとは違う」

 

言うや、カナエの手をやんわりと振り払い、踵を返して歩いていってしまう。

言葉通りに受け取れば見下され、突き放されるかのような言い方だが、カナエは義勇の優しさを知っているから、その言葉の裏に見え隠れする真意を知りたくて、逃がさないように義勇の手首をぎゅっと掴んだ。

 

「ちゃんと話して。私……もっと冨岡くんのこと知りたい」

「……時間の無駄だ。俺に構うな」

 

先程よりも強く手を振り払うと、今度こそ義勇は風のように掻き消えた。

去り行く背中を呆然と眺めていたカナエだったが、この程度の拒絶で諦める筈も無かった。

 

「ねえねえ冨岡くん」

「………」

 

以降、暇さえあれば義勇の元を訪れ語りかける日々。

柱の人脈を駆使して義勇の屋敷を探し出し、昼夜問わず玄関の戸を叩く。

 

「とーみーおーかーくーん!居るのは分かってるのよ!」

「…………なんだ、コイツは」

「あれ?鍵開いてるわね。入りまーす」

 

入ります?帰りますの間違いだろう。

そう思い布団の中に身を沈めると、廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。まさか、思った時には時すでに遅し。勢いよく障子が開かれ、月明かりを背に廊下で仁王立ちしているカナエの姿が視界に入った。

 

「お邪魔します!」

「帰れ」

 

月に映える美しい笑みを浮かべるカナエを一瞥すると、くるりと寝返りを打ち背を向けた。

 

カナエに付きまとわれてはや二週間。ここまで自分に構ってきた人間は過去に一人しかいない。どこか懐かしさを感じながら、心地よい眠気が義勇を支配し────────

 

「とーみーおーかーくん!!」

「帰れ」

 

なかった。

義勇の眠れぬ夜が、騒がしく幕を開けるのだった──────。

 

 

 




ちなみに二人が交際していたことは誰も知らなかったらしいぞ!
義勇は童磨戦が完全に終了し、カナエが息を引き取ってから紫電達の元に到着したらしいぞ!
姉、錆兎、そしてカナエも失った義勇は原作よりもメンタルが大変なことになってるかもしれないぞ!

……続きが見たいという声があったら続編を書くかもしれないです。

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