さくっとぎゆカナ番外編、中編です。多分次回で最後です。
そして最後にアンケートがありますので、読者様の声をお聞かせくださいませ。
冨岡義勇──────。
鬼殺隊最高位の『水柱』。その剣技は流れる水の如く流麗。それでいて変幻自在。誰よりも冷静に物事を判断し、どんな戦況においても柔軟に対応する適応力は歴代の『水柱』の中でも屈指であるとは彼の恩師である鱗滝の言葉。加えて自らが編み出した『水の呼吸 拾壱ノ型 凪』は鬼殺隊の全隊士の中でも他の追随を許さない鉄壁の防御力を誇る。彼を一言で表すのなら、凪いだ水面────。
そんな彼だが、近頃は人生の中でも上位を争う程の悩みの種を抱えていた。
「ムフフ。今日の鮭大根の出来は最高だ。鮭と大根に旨味がしっかりと染み込んでいる。長時間、弱火でしっかりと煮込んだからな。これ程までに手間をかけて鮭大根を作る者が俺の他にいるだろうか。……いや、いる筈がない。心做しか常よりも輝いて見える。是非先生にも一度味わっていただきたい」
「へーそうなのね。義勇くん、鮭大根のことになったら饒舌よね」
「………………何故お前が俺の家に居るんだ。胡蝶」
「え?だって義勇くんの家はもう私の家でしょ?」
机の上で燦然と輝く鮭大根をうっとりと眺めていた義勇だったが、いつの間にか隣に座っていたカナエの存在に気づくと、心底嫌そうに眉を寄せた。
義勇の最近の悩み。それは、胡蝶カナエが勝手に家に上がり込んで来ることである。
胡蝶カナエ。
鬼殺隊最高位の『花柱』。水の呼吸より派生した『花の呼吸』で舞うようにして戦場に咲き誇る美しき剣士。女性の身でありながら、その剣技は鬼殺隊の上位に列する。
大和撫子を体現したかのような非の打ち所が無い美人で、誰にでも優しく、慈悲深い母のような心の持ち主でもある。
そんな彼女が義勇の家に無断で上がり込んで来るようになってからはや一月。カナエ本人は「義勇くんの許可は貰ったもの!」と主張しているが、そんなことはない。無視を続けていたら、無言は肯定であると受け取ったのだろう。初めて家に上がり込んで来た時に強く拒絶しなかったせいだ。義勇は酷く後悔した。
「そんな嫌そうな顔しないで。今日はお土産を持ってきたの」
「勝手に家に上がられたら、誰だって嫌だろう」
「じゃーん!お酒でーす!!」
「…………」
義勇を無視して話を進めるカナエは、脇に置いていた酒を掲げて満面の笑みを零した。そういえばカナエは見かけによらずかなりの酒豪だと、確か宇髄あたりが言っていたような気がする。以前の柱同士の親睦会で酔ったカナエが宇髄と肩を組んで歌っていたのを思い出した。酔い潰れたカナエをしのぶが引きずって帰って行ったのは随分と記憶に新しい。
義勇も酒を嗜んでいる。好きか嫌いかで言ったら好きな方。かなり銘柄にこだわっている節もある。今回カナエが持ってきた酒は義勇が好んで飲むもので、恐らく謎の情報網から義勇の好みを把握したのだろう。鮭大根に好みの酒────。ごくりと、義勇の喉が鳴った。
当然、それを見逃すカナエでは無い。いそいそと棚から盃を取り出すと、焦らしようにして注ぎ込む。
「ささっ、どうぞ義勇くん」
「………何が目的だ」
好物を並べられ、沸き立つ心を精神版拾壱ノ型で凪ると、訝しげな視線でカナエを射貫く。
「目的だなんてそんな。義勇くんのこともっと知りたいなって。ダメ?」
「………っ」
上目遣いで見上げられ、反論の言葉を呑み込んだ。こういう時、美人は得だなと内心毒づく。
けれど目の前に差し出された好物と、カナエへの変な感情が天秤にかけられ────。
「………いただこう」
「そうこなくっちゃ!」
義勇は欲に負けた。
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義勇にとってカナエは単なる同僚────だった。
無愛想で口下手で壊滅的なまでに人付き合いが苦手な自分を気にかけてくれる物好きな女。時間があれば付きまとい延々と話しかけてくる。どれだけ無視を決め込もうとも、何が面白いのか、花のような笑みを携えながら後ろを着いてくる。
いつの間にか、カナエが傍にいるのが日常となっていた。
花のように美しく刃を振るうカナエを見た。
鬼にすら慈悲の心を忘れぬカナエを見た。
今際の隊士の手を握り生を願うカナエを見た。
命を救えず人知れず涙するカナエを見た。
月下に佇み蝶と戯れるカナエを見た。
鬼殺隊に居場所など無く、無意味で無価値な自分にすら優しく接してくれるカナエの心を見た。
カナエの中に、
だから、だろうか。ストーカー紛いな犯罪スレスレの付きまといを続けるカナエを強く拒絶することが出来なかったのは。
それとも、自分はカナエのことを懸想しているのだろうか。
義勇だって男だ。カナエ程の美人にここまで距離を詰められるとさすがに照れる。決して顔には出さないが。
義勇は隣で酒を煽るカナエを横目で見遣る。
酔いが回っているのか、頬は紅潮し、菫色の瞳は潤んでいる。
これ以上飲んで酔っ払われても困る。肩を組んで歌いたくない。
「胡蝶。そろそろ」
「何よ〜。まだまだ楽しいのはここからでしょ〜?」
「…………」
完全に酔っている。表情といい、呂律が回っていない喋りといい、完全に酔っ払いのそれだ。暴走しかねない雰囲気を醸し出している。竹林の中にポツンと佇む屋敷とはいえ、せっかくの暇の夜に騒がしくされたらたまったものでは無い。義勇は煩いのが嫌いだ。
無言でカナエから盃を取り上げると、代わりに水の入ったコップを差し出す。
カナエは頬を膨らませ、身を乗り出して義勇から盃を奪い返そうとして────
「あっ」
不意にカナエの身体がぐらつき、義勇に倒れかかる。咄嗟にカナエの身体を受け止めた義勇は、カナエを支える手とは逆の手で盃を机に置くと、「胡蝶」と名を呼ぶ。
「言っただろう。飲み過ぎだと」
「ふふふ〜、義勇くんの匂いだぁ」
受け止められたのをいいことに、カナエは鼻をすんすんと鳴らしながら、義勇の胸元に顔を埋める。カナエの花のような香りが広がって、義勇は短く息を呑んだ。
身体に回した腕に感じる柔らかな女体の温もり。胸元に擦り寄ってくるカナエ。さすがの義勇も恥ずかしくなって、カナエの肩を押して距離を開けた。
「あ……、」
「いい加減離れろ。距離が近い」
「あれ?義勇くんもしかして照れてるの?」
「俺は照れていない」
「どうかしら〜」
普段の大人びた凛とした表情からは想像もできない悪戯っぽい笑みを浮かべ、再び義勇との間を埋めるように腕を首に絡める。
目を見開いて驚く義勇の耳元に唇を寄せて囁く。
「義勇くんって誠実ね。お酒に酔ってる女と二人きりなのに、手を出さないんだもの。それとも、私に魅力が無いのかしら?」
「揶揄うな」
顔を背け拒絶の意を見せる義勇だが、既に我慢の限界に近かった。柔らかな身体を押し付けられ、鼻孔いっぱいに広がる甘い香り。抱きつかれ、顔のすぐ横にはカナエの顔がある。男としての欲が腹の中で呻くのを何とか抑え込む。
「もう帰れ。歩けないようならお前の妹を呼ぶ」
「嫌ですー。まだ帰らないですー」
言うや、さらに身体を密着させてくるカナエ。彼女が何をしたいのか、義勇には理解できなかった。
「だから、近いと言っている」
「ねぇ、ほんとに何も思わないの?」
「何がだ」
「いま……二人きりなのよ?」
どこか、切なげな表情だった。
分かっている。カナエと二人きり。ほんの少しだけでも気を抜けば間違いが起こってしまいそうな、そんな予知にも似た確信。
「流石にそんな反応されたら、私……女として自信無くしちゃう」
「………胡蝶」
「どうしたの?」
「俺だって男だ」
「え────?」
カナエを優しく押し倒すと、紅潮した頬に手を添える。さらりと撫でると、擽ったいのかカナエの肩がぴくりと跳ねた。
涙の膜で覆われた菫色の瞳が、ほんの少しの恐怖と羞恥、それから期待、様々な感情が入り乱れた双眸が義勇を見つめる。
「ぎゆう、くん………私……そのっ……」
「お前が言ったんだろう。俺のことをもっと知りたいと。なら、教えてやる。男を揶揄うとどうなるのか」
「やっ、義勇くん……えっと………あの………」
状況に理解が追いついておらず慌てるカナエを見て、義勇は短く息を吐き出した。やはり無理をして揶揄っていたのだろう。目的は分からないが。カナエの上からから身体を退かすと、「驚かせてすまない」と謝罪を入れて、
「覚悟もないのに男を煽るな。俺はもう寝る。お前も酔いが覚めたら帰れ」
やはり彼女と酒を飲んだら面倒だ。
未だにカナエの柔らかな感触と花のような香りが感覚として残っていて、しばらくは眠れそうにない。自分も随分と酔いが回ってきている。間違いを起こす前にカナエから離れたかった。
立ち上がろうとした義勇の羽織の裾を、カナエが指先でそっと掴んだ。「じゃあ」と、ほんの少し力の篭った声が義勇の耳を突き抜ける。
「じゃあ、私の初めてを義勇くんに捧げる覚悟があったら……煽っていいの………?」
「なにを────」
振り向いた義勇の唇に、カナエの唇が重ねられる。押し倒された義勇の顔に、カナエの艶やかな黒髪が降り掛かった。
「なぜ」
理性の糸がちぎれぬ様に、義勇は声を出した。黙っていたら、雰囲気に呑み込まれそうな気がして。
「なぜお前は俺に構う」
「ここまでしてまだ分からないのね」
半ば諦めたかのような顔で義勇を見遣ると、深呼吸を繰り返し、告げる。
「お慕いしています……。義勇くんのこと、ずっと……」
「………なに」
「好きです」
胸の内を告げられ、義勇は焦る。
カナエが、自分のことを好きだと。口付けをするほどまでに。そこでようやく義勇はカナエからの好意に気づいた。あれほど自分に構っていたのには、そんな理由があったのかと。
カナエのような女性と結ばれたら、どれほど幸せだろう。考えるまでもない。
だが同時に、義勇に暗い過去がのしかかる。
姉を見捨て、親友を亡くし、誰一人として守れなかった自分。最終選別を突破できず、名ばかりの『柱』としてただ居るだけの無価値な自分。そんな自分は果たして、カナエからの好意を受け取るに相応しい人間なのだろうか。
内心、カナエに告白されたことを喜んでいる。けれど、劣等感や自己嫌悪が柵となって覆い被さって来る。
じっと義勇を見つけて返答を待つカナエ。
どうする。何と答えればいい。
自分はカナエが好きなのか。
嫌いじゃない。寧ろ、彼女との時間は心地よい。
どうしよう姉さん。どうしたらいい錆兎。
俺は彼女と釣り合う人間か。
思考を巡らせる義勇。痺れを切らしたカナエが義勇の胸元に手を置き、顔を近づける。
「義勇くんの好きにしていいのよ」
「────っ」
プツリ、と。
義勇の中で何かが焼ききれる音が聞こえた。
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柔らかな朝の陽射しが瞼を叩き、小鳥の囀りで目が覚める。穏やかな朝。鼻を擽る甘い香りと、腕の中の柔らかな温もりが心地よくて、義勇は再び瞼を閉じかけ────
「……んぅ」
「……………………………………胡蝶?」
自分の腕の中で一糸まとわぬ姿で眠るカナエを見るや、義勇は双眸を大きく見開き、咄嗟に布団から飛び退いて部屋の隅まで後ずさる。
なぜ自分は服を着ていないのか。なぜカナエも服を着ていないのか。布団の周りに散らかっている紙くずは何なのか。そもそも、なぜカナエが居るのか。机の上の酒が視界に入って、思い出したかのように頭痛がやってくる。二日酔いだろう。昨夜の記憶が朧気だ。
義勇が煩く飛び退いたから、カナエもゆっくりと目を開き、上半身だけを持ち上げる。
「ん〜〜〜………。おはよ、義勇くん」
ふにゃりと笑うカナエは常よりも幼く見えた。眠眼を擦りながら、可愛らしく欠伸をしている。
「………胡蝶。つかぬ事を聞くが」
「なぁに?」
「………昨夜、何があった?」
「……義勇くん。昨晩みたいに『カナエ』って、呼んでくれないの?」
「………なんだと」
「本当に覚えてないの?」
コクリと頷く義勇。状況だけを見たら察しがつくのだが、それでも確認しておきたかった。
カナエは悲しげに眉を伏せ、頬を染めて呟く。
「そんな………。初めてだったのに……」
「────!!!!」
確信した。
昨夜、間違いが起きてしまったのだと。
不意に浮かび上がって来る昨夜の記憶。
『ぎゆうくんっ……!ダメっ……あっ……激しい……っ!』
『こんな格好……はずかしいよぉ……!』
『すき……ぎゆっ……くん……!だいすき……っ。もっと名前呼んでほしい……カナエって………』
サァァ、と。血の気が引いていくのが分かった。背筋に冷や汗が流れる。ごくりと固唾を呑み込んだ。
カナエを抱いてしまった。嫁入り前の娘を。
枕元に置いていた日輪刀を手に取り、鞘から刀を抜き放つ。
「切腹する」
「えっ!!??」
「すまない胡蝶。乱暴をした。許されることでは無い。死んで償う。鱗滝さんによろしく伝えておいてくれ」
「待って待って待って!?ちょっと待って義勇くん!!話し合おう!?」
「………胡蝶がそう言うなら」
日輪刀を脇に置いた義勇を見て、カナエは胸を撫で下ろす。
取り敢えず、服を着よう。お互い裸のままでは格好がつかない。
ひと段落してから、義勇が切り出す。
「昨夜はすまない。酒に酔っていたとはいえ、嫁入り前の娘に乱暴してしまった」
「乱暴だなんて……。これはそう……あれよ。合意の元ってやつ」
「合意なのか」
「そうよ。私だってその気で来たんだし………って、もう!恥ずかしいこと言わせないで!」
「………?……そうか」
昨夜あれほど深く繋がり合ったのに、常と変わらぬ対応の義勇。カナエは恐る恐る告白の答えを問う。
「義勇くん……その、覚えてる?私が義勇くんのこと………好きだって………」
「ああ。覚えている」
義勇は、蔦子のように誰にでも優しくなりたかった。けれど、不器用な性格故に空回りすることが殆どで、良かれと思ってやったことが裏目に出てしまう。
義勇は、錆兎のように皆のことを守れる強い男になりたかった。だから血反吐を吐いて必死に努力し、守りの型である『凪』を習得した。けれども、どれほど頑張ろうが、守るための『凪』を振るおうが、義勇が救いたかった人の何割かはこの手から零れ落ちて行ってしまう。錆兎なら、錆兎なら、錆兎なら────と。なぜ自分が生き残ってしまったのだと。自己嫌悪に陥ってしまう。
義勇は自分が嫌いだ。無意味で無価値で、どうしようもなく弱い自分。蔦子のように皆を笑顔にすることは出来ない。錆兎のように皆を守ることは出来ない。
なら、ならせめて、カナエだけでも。
皆を救えなくたっていいじゃないか。カナエさえ、たった一人、こんな自分のことを好いてくれているカナエだけでも守れれば、それでいい。
そうだ、きっと自分はカナエが好きなのだ。
不安げに義勇の背中を見つめるカナエに、背を向けたままの義勇が照れくさそうに告げる。
「
「はい、義勇くん」
「不束者だが、よろしく頼む」
「………はいっ」
ちゃんと責任を取らないと、「男ではない!」と、錆兎なら言うだろう。涙を流しながら喜ぶカナエを優しく抱き寄せ、誓う。
カナエだけは、きっと守りきる。
その誓いが守られることは無かった。
「カァーーー!!胡蝶カナエ、上弦ノ弐トノ戦闘ノ末死亡ーーー!!」
血の海に沈むカナエを見た時。
義勇は決定的に自分に愛想が尽きた。
今後の展開についてアンケートのご協力をお願いします。
一応、展開の大筋は何となく浮かんでるのですが、読者様の希望も聞いておきたいなということでアンケートという形を取らせていただきます。この結果が全てでは無いのですが、今後の展開の参考にさせてもらえたらなと思います。
ちなみに当初の予定はハーフハーフ編でしたコソコソ