大正の空に轟け   作:エミュー

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はやく戦闘描写を終わらせて物語を進めたいのに……!




弐拾玖話 大好きな君だから

半天狗の分身体である四体の鬼──積怒、可楽、哀絶、空喜──が融合し、顕現したのは憎珀天。

子供のような姿だが、背中に背負う五つの太鼓と、鋭利な刃物のような撥を握り締め、憎悪に満ちた顏と視線は正しく上弦を冠するに相応しい悪鬼。

 

「不快……不愉快………極まれり」

 

太鼓を叩くと同時に大地を裂いて現れた竜の首。木造のそれは長い胴体を波打たせながら周囲の木々を薙ぎ倒す。

 

「姿を隠すとは卑怯者共め……」

 

先程まで同族を何度も屠り、血を浴びながら刀を振るっていた餓鬼共。弱気をいたぶる鬼畜。まさに極悪人だ。

怒りで震える両の手を太鼓に叩きつけ、石竜子を操り狂乱させる。

 

「ええい、姿を晒さんか!極悪人共めらが────!」

 

────直後、憎珀天の背後から風を斬り裂く鋭い音が。

真一文字にこちらに向かって飛び込んでくる。

直感だけで身体を横に振ると、一瞬前まで頸があった空間に淡い蒼色の刃が澄んだ水の如き斬撃の軌跡を描きながら、頸の半ばまでの肉を刈り取った。あと少し回避運動が遅れていれば、今頃頸と胴は泣き別れていただろう。

 

「不意打ちとは卑劣極まれり。我が同族を悪戯に斬り伏せるのは楽しかったか?」

 

────のう、悪鬼。

 

憎珀天の鋭い眼光が睨みつけたその先に、立っていたのは真菰であった。

 

「どの口が言ってるのかな」

 

上弦の肆が放つ重々しい威圧感。睨まれるだけで押しつぶされてしまいそうな程の圧倒的プレッシャーに、けれど真菰は飄々とした表情を崩さずに刀の切っ先を憎珀天へと向ける。

 

「自分の悪行は棚に上げて他人を貶める捻じ曲がった性根。まともな人なら恥ずかしくてお天道様の下を歩けないよ。あ、そうだった、そもそも鬼は太陽の下を歩けなかったね」

「実に浅ましい挑発よの。『柱』でもない小娘が儂に勝てると思ったか?」

 

太鼓を叩く。呼応するかのように石竜子が唸りを上げながら真菰に迫り、その小さな身体を喰らわんとして咆哮する。

当の真菰はことも無さげに竜を見遣ると、腰を落とし、呼吸を深めた。

 

「大好きな人を守るためなら私、何だってできちゃうよ」

 

────水の呼吸 肆ノ型『打ち潮』

 

横一閃。打ちつける荒波のごとき一閃を石竜子の頭に叩き込む。真っ二つに斬り裂かれた石竜子は、真菰の両脇を滑るようにして後方へと流れていく。

 

「私の大好きな人を傷つけたあなたを、私は絶対に許さないから」

 

不用意に伸びた石竜子の背中に飛び乗り、自慢の足捌きで疾走。憎珀天との間合いを消し飛ばしながら駆ける。驚愕すべきはその速度。

 

(この小娘……先程とはまるで動きのキレが違う)

 

憎珀天は今まさに己の頸を斬り落とさんとして迫り来る真菰を視界の中央に捉えた。特段変わった様子は無いが、彼女から発せられる強者の波動とでも言うべき闘気のようなものが、数倍に跳ね上がったかのようにも思える。

 

木の竜を生成し、真菰へと飛ばす。跳躍した真菰は水刃を纏いながら石竜子を斬って落とし、その刃を憎珀天へと向けた。

 

(痣……!雷の『柱』と同じ……鬼の紋様のような痣が……!)

 

接近した真菰の頬に発現した流るる雫のような痣。深い蒼色のそれは心臓のように脈打っているかのようにも見える。

 

(不愉快極まれり……!)

 

容易く石竜子を去なす女剣士に苛立ちを隠せない。涼風のように涼しい顔で刃を振るう真菰だが、その胸の内は怒りの焔が燻っていた。

 

「私の一世一代の告白の────邪魔してくれちゃってさ!」

 

流麗な脚運びと剣技によって憎珀天を一足一刀の間合いに捉える。刃を振るうその直前、憎珀天が口を開き、衝撃波を前方広範囲へと発射する。

 

(これ……空飛んでた鬼の………!)

 

咄嗟に上空へと逃れた真菰に襲い掛かる爆風と石竜子。どうやら先程まで戦っていた四体の鬼の能力も更に高練度で扱えるらしい。迫り来る石竜子の突進を敢えて刀で受け止め、一度弾かれることによって憎珀天との距離を確保する。

 

着地と同時に再び太鼓の音。新たに現れた石竜子が口を開き、雷撃と衝撃波を同時に放ち、攻撃範囲内の木々を吹き飛ばしながら更地へと豹変させる。飛来した木片や細かい石礫が白磁のような肌に掠り、身体中の至る所から血飛沫が舞い上がる。痛みを堪えて横に大きく跳躍。石竜子の猛撃を辛うじて掻い潜るも、発生した超爆風によって小さく軽い身体が宙へ投げ出される。

 

「わっ、わっ、スカート……!めくれちゃう……っ」

 

吹きすさぶ旋風によってはためくスカートが気になるが、紫電はいないし、もう中が見えてしまうことは諦めた。本当に今更だが。

案外、呑気なことを考えていられる余裕があることに内心驚きつつも、此方に迫る大質量の石竜子を迎撃すべく、柄を握る手に力を込める。

 

「潰れて死ねい、小娘が!」

 

迫る石竜子の首。真菰は中空で日輪刀を振り上げ、縦に高速回転。その動きは水の呼吸の弐ノ型。けれど決定的に違う点がある。

 

水の呼吸 弐ノ型 改『水車・大車輪』

 

『水車』は一度の回転で型を終える技だが、真菰のそれは車輪が回るかの如く身体を高速回転させ、斬撃の威力と効果範囲を増大させるというもの。落下の速度に高速回転が加わった斬撃の破壊力は通常の弐ノ型と比べるべくも無い。しかし、連続で回転する故の隙の多さや、充分な高さからではないと身体を縦方向に複数回転させることができないことから、時と場所を選ぶ技とも言える。

 

その斬撃の軌跡は夜空に咲く蒼い花火のようでもあった。流麗かつ力強い斬撃が石竜子の首を切断。斬り離した竜の頭を蹴飛ばし技を繋ぐ。

 

水の呼吸 玖ノ型 改『水流飛沫・乱』

 

上下左右、縦横無尽に空間を立体的に駆け回る。真菰が最も得意とする技。さしもの憎珀天もあまりの機動力に目で追うのがやっと。石竜子をさらに生み出し、空間を覆うようにして真菰を捉えるべく異能を放つ。

 

「ちょこまかと……小賢しい!」

 

石竜子が口を大きく開き、哀絶が得意としていた槍の連続刺突が圧倒的密度で放たれる。槍の豪雨が真菰を刺し殺さんとして降り注ぎ、けれど真菰を捉えることはできず、地を穿ち砂塵を巻き上げるのみ。砂煙によって遮られた視界。憎珀天は真菰の姿を見失う。

 

「ええい、姿を晒さんか!」

 

石竜子が爆風の塊を吐き出し、砂塵の帳を瞬時に消し飛ばす。顕になった世界のその中に真菰の姿は無く。

 

「──()った」

「────ッ!」

 

声が聞こえたのは頭上、ほんの数メートル。月を背に日輪刀を振り上げた真菰が憎珀天の頸を斬り落とさんとして迫る。重力に導かれるまま、淡い月明かりを反射した日輪刀が蒼く煌めく。

真菰の刃が上弦の鬼の頸を斬って取る、その刹那の間に。

憎珀天が口を開いた。

 

『狂圧鳴波』

 

先程憎珀天が至近距離から放った衝撃波とは比べ物にならないほどの超高密度、広範囲に及ぶ波動が、円環となって真菰へと襲い掛かる。頸さえ斬ってしまえば此方のものだと腹を括った真菰は、相打ち覚悟で刃を振るう。

 

(この攻撃を喰らっちゃったら私、多分死ぬなぁ)

 

波動がその華奢な肢体を捉える刹那の間に、真菰の脳裏に走馬灯のような情景が流れてゆく。それは殊更ゆっくりと、まるで世界が止まっているかのような。

 

押し寄せる円環の波動を喰らってしまえば、真菰は人としての原型を留めることなく散ってしまうだろう。

 

(あれ、既視感……。でも不思議。後悔は無い……かも)

 

最終選別、上弦の弐との戦闘で、真菰は命の危機に瀕した。死の間際、真菰は酷く後悔していた。大切人に、伝えたい言葉を伝えることが出来ていなかったから。

 

でも今回は違う。

恩師には最終選別以降、感謝の気持ちを伝え続けてきた。

友には、秘めた思いや葛藤をぶつけ合い、仲を深めてきた。

想い人には、大好きだと伝えることができた。

 

だから、いまここで死んでしまっても、あの世で胸を張れると。

そう、思った。

 

(ごめんね紫電。出来ればこいつ倒して……それが無理なら夜明けまで粘ろうと思ったんだけど)

 

至らなかった。実力が。

 

上弦の肆を相手に、単独でここまで戦ったのだ。真菰の実力は推して測るべきだろう。『裏の水柱』の異名に恥じぬ戦いぶりであった。

誰よりも軽やかに戦場を駆け抜け、斬っても叩いても決して止まることの無い流るる水の如く流麗かつ柔軟な剣技。非力な剣士が目指すべき一つの完成形。それが鱗滝真菰という剣士。

 

紫電に追いつきたい。隣に立てるような強い剣士になりたくて、血反吐を吐いて己を研鑽してきた。

最期くらい、ちょっとは誇れる戦いぶりだったかなと、真菰は笑った。

 

『真菰ちゃんっ』

 

気の抜けたような優しい声音が紡ぐ自分の名を聞いた時、心がほんのりと温かくなる。その瞬間がたまらなく好きだ。

いつだって、真菰の中には紫電がいた。

 

(紫電……。ありがとう。大好きだよ)

 

脳裏に浮かぶ紫電の笑顔が真菰が最期に思い描いた光景となった───。

 

吹き荒ぶ波動が、草木を塵に変えながら咆哮し、一瞬にして地面を更地へと変貌させる。

波動の爪跡が残った真っ更な大地に、真菰の姿は無く。

 

「……跡形も無く消し飛んだか」

 

危うく頸を斬られそうになった。命の危険を感じたのは何時ぶりだったか。背筋に流れた冷や汗が、いかに真菰が上弦の肆を追い詰めたかの証明だ。

 

「残るは雷の『柱』だ」

 

この山のどこかにいる『柱』にとどめを刺そうと憎珀天は歩き出して──────。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

「反復動作……ですか?」

 

紫電が『岩柱』悲鳴嶼行冥に稽古を仰いでいる時のことだ。

どこか伸び悩んでいる紫電の動きを細かに観察していた悲鳴嶼が、とある点に気づく。

 

「……『柱』でありながら反復動作を知らぬか………」

「まったく!」

「南無………」

 

聞けば、集中力を極限まで高める為、予め決められた動作を行うというもので、全ての感覚を一気に開く技術なのだと。

 

「そ、そんな凄い技術があっただなんて……」

「普通なら『柱』はこれが出来て当然だと思っていたが……」

 

寧ろ、反復動作による強化を行わずに『柱』まで上り詰め、ここまでの強さを手にした紫電の実力は見事と言う他ない。ここで反復動作をモノに出来れば、紫電はもっと強くなれる。

 

無言で合掌した悲鳴嶼は、紫電に反復動作の指南を始めた。

 

「私の場合は怒りや痛みの記憶を思い出し、心拍数と体温を上昇させて呼吸を強化している」

 

心拍数と体温の上昇────。

それは紫電に発現した『痣』が現れる時に必須となる条件だ。

痣の発現時に近しい状態を維持し続けることで強化を行っているのだろう。どの道未来など無い身。紫電は悲鳴嶼に指南を仰いだ。

 

その時。

 

『一緒に未来を生きよう』

 

あの日の約束が脳裏に浮かぶ。

真菰の泣き顔。笑顔。交わした約束──────。

 

(ダメだ。それはできないんだ)

 

それらを頭に隅に追いやって。

紫電は反復動作の訓練を開始した。

 

反復動作は一瞬にして集中力を極限まで高めることができる。

巨大な岩を前に、紫電はまず殺された家族の顔を思い浮かべた。父、母、爺ちゃん、姉────。爺ちゃんの言葉。『失う痛みを思い出せ』

 

それから、真菰の笑顔。

 

何度も繰り返す内に、巨大な岩を動かすことに成功する。

 

短期間での劇的な成長に、悲鳴嶼は驚愕すると共に、紫電の頬に現れた稲妻のような痣を視界に捉えて、何も言わなかった。

 

 

 

「やはり、恐ろしい成長速度だ」

 

訓練を終えた紫電の隣に腰を下ろした悲鳴嶼は、冷水の入った竹筒を紫電に手渡す。受け取った紫電は礼を言うと、一気に冷水を飲み干した。

 

「ふぅ〜。やっぱり想いって力になるもんなんですねぇ」

「守りたいもの、支えるものがあってこそ我らは『柱』足り得るのだ。ゆめゆめ忘れぬよう」

 

そうだ。大切な人がいるから、戦えるのだ。守りたい人がいるから、恐怖に立ち向かえるのだ。鬼殺隊はひとつながりの群れ。数百年の間、繋いできた歴史が鬼殺隊を支えている。先人が流した血と涙と汗、繋いできた強い想いこそが鬼殺隊で、その歴史であるのだ。

 

いつの日か、慈悟郎も口を酸っぱくして言っていた。

 

強い剣士に必要なものは『やさしさ』。

誰かの為に振るう刃は、この世界の何よりも強靭な刃となる。

 

大切な人を守る為なら、どこまでだって強くなれると。

 

 

 

 

 

────だいすき。

 

聞き紛うはずも無い、世界で一番大切な人の声。

直後、左頬に感じる柔らかな感触。温かくて愛おしい、そんな感覚に呑まれていく。幸せが胸いっぱいに広がって。

 

気づいてしまった。いや、本当は気づいていたけれど、気づかないふりをしていた。知っている。知ってしまった。自分の想いを。だから、自分は彼女を守らなければならない。

 

あの日、あの夜、あの時、彼女を守ると決意した。誓った。自分が彼女を幸せにできずとも、守ってみせると。

 

────だいすき。

 

もう一度聞こえて。

ほんの微かに、紫色の瞳が開かれて。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

脳裏に浮かぶ紫電の笑顔が、真菰が最期に思い浮かべた光景になる──はずだった。

走馬灯にも似た情景の想起は、紫色の閃光と落雷のような轟音、身体を突き抜ける衝撃と風によって掻き消された。

 

「ありがとう」

 

紫電が、衝撃波によって死にゆくはずの真菰を救ったのだ。華奢な身体を横抱きにして攻撃の範囲外へと逃れた。

紫電の顔を見た真菰は、不意に湧き出てくる涙を拭った。

 

「……しでん………」

「ありがとう、真菰ちゃん。だいすきだと言ってくれて」

 

その紫色の視線が真菰の顔の輪郭をなぞり、頬に発現した痣を見つける。紫電は泣きそうな顔で笑った。

 

「ごめん」

「なんで……っ、あやまるの………?」

「……それは全部、あいつをぶっ倒してからだね」

 

真菰をそっと降ろしてやる。

直接攻撃を喰らった訳ではないので、疲労はあるものの真菰の継戦能力は健在。

 

徐に、紫電が真菰の頬──痣を指先で優しくなぞった。

突然の行動に、真菰は目をぎゅっと閉じ、肩をぴくりと跳ね上げた。

紅潮する頬を隠すようにして顔を背けると、紫電はまた、悲しそうに笑った。

 

「真菰ちゃん、俺も君がだいすきだ」

「えっ────」

「君が一番大切だ。だから俺は、真菰ちゃんを守るために刃を振るう」

 

振り返り、視界の奥に映る憎珀天を中央に据えた。

 

真菰はもにょもにょとした気持ちになって、紫電になんと言おうか考えていたが、既に戦闘態勢に入った紫電を見て、戦いが終わらないと確認できないなぁと笑った。

 

「私も一緒に戦うからね」

「そうだね。それじゃあ……共同戦線といこうか。真菰ちゃん?」

 

いつの日かと同じ問い掛けに、真菰は花が綻んだかのような美しい笑みを零した。

大好きな君がいるから、戦える。

 

そして。

 

(いかずち)の呼吸 壱ノ型──────」

 

上弦の肆との戦いは激化する。




次回、二人の関係がどうなるのか、楽しみに待っていていただきたいです(期待薄)

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