大正の空に轟け   作:エミュー

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全国の真菰ファンの皆!おらにモチベを分けてくれ!


肆話 来訪者

 

 

 

「えっと……ここで合ってるんだよね?」

「カァ!間違イ無イ!桑島家!桑島家!」

 

最終選別を無事に突破した少女──真菰は、藤襲山でお世話になった桑島紫電に改めてお礼を言うべく、鎹鴉の案内で遠路遥々桑島家へとやって来たのだ。

 

選別終了時に合格者が集い、鬼殺隊についての説明や、隊服や鎹鴉の支給が行われた。別にその時に礼を言えば済む話だったが、同じく最終選別を突破した紫電があまりにも疲れきった表情を浮かべていたので、声を掛けようにも掛けれなかった。今にも死にそうな眼で、選別に合格した喜びなど微塵も感じられず、ただ早く家に帰りたい────そんな顔。

 

説明が終わると同時に紫電は帰路に着いたので、完全に話しかけるタイミングを失ってしまった。鎹鴉に頭をつつかれながら歩く彼の背中を遠くから眺め、無理にでも声を掛けるべきだったと後悔する。

 

真菰は律儀であった。

命の恩人である紫電にどうしてもお礼を伝えたかった。決して会いたかった訳では無いと自分に言い聞かせて、しかし突然やって来た自分を見て彼がどのような反応をしてくれるのか、楽しみにしてる節もあった。

 

(別に懸想してる訳じゃないから……)

 

そう、あくまでもお礼の為に桑島家に訪れたのだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

けれど、紫電に会いたい気持ちが無いわけではない。

初めての感情を持て余す真菰の姿を見て、背後の老人はわなわなと震えていた。

 

「真菰……」

「なぁに?鱗滝さん?」

 

鱗滝左近次。真菰の育ての親であり、師匠であり、命の恩人。

真っ赤な天狗の面で顔を隠していて、そういえば道行く人達に好奇な目で見られたなぁ、なんて呑気に思い出す。

 

「儂は認めないぞ……」

「えっと……だから、何を?」

「桑島は戦友だ。柱として互いを高め合い、鬼を狩ってきた」

「うん……それは、聞いたよ」

「素晴らしい人徳者でもあった。若い隊士にも尊敬されていたし、彼の生き様は当時の儂にも眩しく映ったものだ」

「うん……それも、聞いたよ」

「そんな桑島の孫だ……。きっと素晴らしい男になる。それこそ、お前を預けても大丈夫な程にな……」

「えっと………?」

「だが儂は認めない……!」

 

もう何度目か分からないやり取りを交わし、真菰は大きく息を吐き出した。鱗滝が何を認めないのか皆目見当もつかない。

狭霧山を出てから鱗滝はずっとこの調子だ。いや、真菰が藤襲山から帰って来てから、選別中に命を救ってくれた男の人がいると話してから、だったか。

 

そもそも真菰は一人で桑島家に向かう予定だったが、事情を聞いた鱗滝は頑なに一人で行かせようとしなかった。鱗滝と共に出掛けるのは嫌じゃなかったし、むしろ家族旅行のようで楽しみにしていた。加えて真菰は一人で街に繰り出した事が無い。いくら鴉の案内があるとはいえ不安だったが、鱗滝が同伴してくれるのならば心強い。きっと楽しい旅になる────と、思っていたのに。

 

(鱗滝さんにこんな一面があったなんて……)

 

彼が何をぶつぶつ言っているのかは分からなかったが、自分の身を案じてくれているのは何となく分かる。

……過保護な気もするが、それほど大切に思ってくれているのだろう。

 

「カァ!カァ!」

 

ずっと頭上を飛び回っていた鴉が先程よりも大きな鳴き声を上げる。人様の家の前で話し込んでいる二人に痺れを切らしたのだろう。申し訳ないと心の中で謝りつつ、玄関の戸を叩いた。

 

「ごめんくださーい」

 

静寂。

 

「ごめんくださーーーーーい!」

 

先程よりも強めに戸を叩き、声を張ると、家の中からドタドタという音が聞こえてくる。

 

(わ、わわ、どうしよう……。どんな顔して紫電に会えばいいんだろう……?)

 

冷静に考えると、嫁入り前の女の子が殿方の家に大した用事も無いのに訪れるという状況。客観的に見ると、かなり大胆な事をしてしまっているのではないだろうか。

足音が徐々に近づいてくる。それに比例して心臓は早鐘のように脈打つ。何故か頬に集中した熱を覚ますべく、ぱたぱたと手で風を送る。はやく会いたい。いや、違う。お礼が言いたいだけと自分に言い聞かせて。

 

戸の裏に人影が映る。

がらがらと音を立てて開く横開きの玄関の戸。

その中から現れたのは、桑島紫電その人だった。

 

「はーい、どちら様でしょ───」

「ひ、久しぶりっ。紫電っ」

 

くせっ毛な濡れ羽色の黒髪。紫色の瞳。優しそうな顔立ちは藤襲山で自分に向けられた温かなものと同一。

紫電だ。紫電が目の前にいる。

 

高鳴る胸を両手で押さえつけ、此処に来た理由を説明しようと口を開く────前に。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?真菰ちゃん!?なんで真菰ちゃんがここにいるのなんでぇ!?もしかしてこれは夢!?夢だよねきっとこれは夢だよね絶対夢だよぅ!!!」

「あー………あはは、うん、現実だから、自分のほっぺ抓るの止めようよ……」

 

両目をこれでもかというほど見開き、驚愕の表情を浮かべながら絶叫する紫電。まさかのリアクションに苦笑するしか無い真菰は、先程までの胸の高鳴りを忘れ、悟りを開いたかのような顔で紫電を見つめている。心做しかその視線は冷たい。

 

対して鱗滝。面を被っていて表情こそは見えないが、明らかに紫電を睨みつけている。可愛い愛弟子にして娘同然の真菰を誑かす悪い虫。地獄の業火の如き視線と敵意を紫電に叩きつけていた。

 

そして紫電。いつも通りである。

 

「ほ、ホントにどうして真菰ちゃんがここに……?もしかして俺に会いに来てくれたとか…………?」

 

口元を押さえ、恐る恐る訊ねる紫電に、真菰はなんと言おうか頭の中で考えていた。

彼の言う通り、彼に会いに来たのだ。しかし正直に伝えるのは少し……いや、とても気恥しい。かなり恥ずかしい。

 

「あ、っと、えっとね……」

 

口ごもる真菰。それを急かすことなく律儀に待つ紫電。

暫しの静寂。それを打ち破ったのは、家の奥から聞こえた新たな声だった。

桑島慈悟郎。紫電の祖父。

 

「この馬鹿孫!どうしたんじゃいきなり大声を上げて。びっくりするじゃろうが──」

「久しいな桑島。また、背が縮んだのではないか?」

「……えぇぇぇぇぇぇ!?う、ううう、う、鱗滝ぃぃぃぃぃぃ!?」

 

(あっ……煩いのは隔世遺伝なんだ…………)

 

気づいてしまった真菰。しかし口に出すことはなかった。

 

だがまあ、彼らが驚くのも無理はないだろう。

方や、最終選別で出会ったばかりの異性が家にやって来て。

方や、旧友が十数年ぶりに突然家にやって来た。

驚かない方がおかしいだろう。

 

「どうしてお前がここに……?というか、まだそのお面をつけてたんじゃな」

「真菰が………お前の孫が真菰を助けてくれたらしくてな。そのお礼が言いたいと」

「ほぅ、そのためにわざわざ……。ああ、家に上がるといい。大したものは出せないが。玄関で少し待っててくれ」

 

いそいそと家の中へと戻っていく慈悟郎。

 

「……紫電よ」

 

それに倣い奥へと戻ろうとした紫電を呼び止めたのは、以外にも鱗滝であった。

 

「えっと……鱗滝さん………ですよね?」

「ああ。二人きりで話がしたい。少しいいか?」

「構わないですけど……」

「………鱗滝さん?」

 

何やら嫌な予感がする。本能的に察した真菰。ろくな事が起こりそうに無い。

 

「安心しろ真菰。この男がお前に相応しいかどうか……儂が見極める」

「ごめん、鱗滝さん……私鱗滝さんが何を言ってるのかわからないよ」

 

肩を竦める真菰を他所に、鱗滝は紫電を連れて玄関を出る。

家の裏口へ回り込むと、さて、と零した。

未だに要領を得ない紫電。

何故二人きりで話すのか。そもそもこの老人は何なのか。何故天狗の面をつけているのか。理解に苦しんでいた。

 

「まずは礼を言う。最終選別にて真菰を助けてくれたらしいな」

「あ、えっと……そう、なるんですかね……。助けたというか、共同戦線を張ったというか……」

「真菰にとってお前は命の恩人だ。深く感謝する」

「いえ、そんな……」

「だが、それとこれとは別問題だ」

 

(………へ?この人は何の話をしているんだ?)

 

突然礼を言われたかと思えば、今度はやや怒気を含んだ声音で諭すように喋る。本当に訳が分からない。

そして。

 

「紫電。真菰が病床に伏した時、お前はどうする」

「──────は?」

 

今度こそ、紫電は素っ頓狂な声を上げてしまった。話がぶっ飛んでいる。真菰が病床に伏す。一体全体何の話をしているのかまるで理解出来ない。

その問いの真意を聞き出そうと口開く────刹那後、ぱぁん!という小気味よい音と共に頬に痛みが走る。

遅れて気づく。鱗滝に平手打ちをされたと。

 

(え!?えぇぇぇぇぇ!?ぶたれたのッ!?俺ぶたれたのこの人に!?なんでぇ!?)

 

「判断が遅い」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」

 

訳が分からず叫ぶ紫電など気にも留めず、鱗滝は続ける。

 

「今の質問に間髪入れず答えられなかったのは何故か?お前の覚悟が甘いからだ」

「ちょぉぉぉっと待てぇぇぇぇ!?あんた一体全体何者だよ!?何の話をしてるの!?初対面の人を平手打ちするなんて正気の沙汰じゃないと思うんですけど!?というかめっちゃ痛い!すっごくヒリヒリするんですけどもしかして平手打ち専門店の代表取締役会長様で御座いましょうか!?そうですよねそうなんですよねぇ!?」

「何を訳の分からない事を……」

「いやいやいやいやッ!訳分からないのはあんたですからね!?」

 

尚も声を張り上げて絶叫する紫電。

 

「……まあいい。真菰が病床に伏した時やることは一つ。お前は腹を切って死ぬ。真菰を娶るということはそういうことだ」

「ますます意味不明なんですけど!?なんなの!?真菰ちゃんが病気になったら俺腹切って死ぬの!?」

「しかしこれは絶対にあってはならないと肝に銘じておけ。そうならぬよう、お前は金を稼ぎ、栄養のあるものを腹いっぱい食わせてやり、一生をかけて守っていくんだ」

「何を!?さっきからあんたは何の話をしてるの!?分からないのは俺が馬鹿だからじゃないよねぇ!!?話が噛み合ってないからだよねぇ!?」

「儂の言ってる事が分かるか」

「分かるわけ無いじゃろう、このバカ天狗ジジイ」

 

コツン、と鱗滝の頭を叩いたのは慈悟郎だった。

今の合間に部屋の準備を終わらせてきたらしい。

腕を組み、冷たい視線を鱗滝へと向けていた。

 

「桑島……しかしだな」

「何を勘違いしとるのかは分からないが、まだ二人は娶る娶らない以前に恋仲でも無いわい。見てわからんか」

「だが、意中に無い男の家に行きたいとは言わないだろう」

「そうじゃが……鱗滝、お前が心配しとるような事は起きんよ。今はまだ、な」

 

(ホント、何の話をしてるんだこの爺さんたちは)

 

今回の件の一番の被害者である紫電を放ったらかしにして家の中に入っていく老人二人。

取り残された紫電は未だに痛む頬を擦りながら後を追った。

 

 

 

 

「紫電、ほっぺた腫れてるよ」

「さっき抓ったからな」

 

部屋へと招かれた真菰は、人一人分の間を開けて座る紫電の横に位置取り、用意されたほうじ茶を飲んでいた。

 

「さっき鱗滝さんと何を話したの?」

「……さあ?鱗滝さんの言ってることの八割は訳が分からなかった」

「ああ……最近の鱗滝さんは私もちょっとよく分からないんだ……」

 

どこか遠い目で虚空を眺める真菰。

はた、と気づく。

 

自分は何をしに此処に来たのか。

紫電にお礼を言う為だ。

 

幸いにも鱗滝と慈悟郎は席を外している。

さりげなく伝えるには、今しか無いのでは────?

 

「いやぁ、それにしても驚いたよ。まさか真菰ちゃんがわざわざ来てくれるなんてさ」

「え、あ、えっとね、紫電に会いに来たのは────」

「おーーい紫電。真菰ちゃんも」

 

真菰が切り出そうとした途端、重なる慈悟郎の声。

くそう!と心の中で叫んだ。

さっきも慈悟郎に遮られた。何か恨みでもあるのだろうか。前世で彼に悪さでもしてしまったのだろうか。

 

「なんだよ爺ちゃん」

「いや、なに。さっき鱗滝と話してな、真菰ちゃんと鱗滝は今日此処に泊まる事になった」

「え!?」

 

驚きに声を上げたのは真菰だった。

 

「晩御飯は鍋にしようと思っていてな。すまんが、二人で買い物に行ってきてはくれんかの?」

 

────それ、逢瀬ってやつでは?

 

先程の紫電の醜態を目の当たりにして薄れていた胸の高鳴りが、再び真菰の胸に甘い疼きを刻みつけた。

 

(ち、違う……大きな街に出るのは初めてで、それが楽しみなだけ……)

 

「しょうが無いなぁ。真菰ちゃん、いい?」

「う、うん。いいよ」

 

複雑な心中を察されないように、精一杯の笑顔で誤魔化す真菰であった。

 

 




次回は真菰ちゃんとデートの予定です(多分山場は無く終わる)()

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