大正の空に轟け   作:エミュー

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読者様のおかげで日間ランキング一位だったらしいです。こんな拙い文章の作品を読んでくださり、感想評価及び誤字脱字報告をしてくださり、本当に有難い限りですありがとうございます!
この作品を見たらわかると思いますが、作者の頭の中はパッパラパーです。
そんな私ですが、これからも頑張りますのでよろしくお願いしまぁぁぁす!




伍話 理由

「さて……。儂も行くとするか」

「待て、鱗滝。何処に行くつもりだ?」

「決まっておろう。真菰の近くを這いずり回る虫採りだ」

「……すまん。聞き方が悪かったな。その肩に担いだ斧で何をするつもりだ?」

 

慈悟郎の双眸は自己主張の激しい、鱗滝の肩で鈍く光る斧に釘付けだ。その斧で何をするつもりか。愚問であった。

 

「桑島紫電。奴はこの手で………」

「馬鹿者ッ!!儂の孫に何をするつもりじゃ!?」

 

ほんの数分前に家を出た紫電と真菰を追いかけるつもりなのだろう。斧を振り上げながら駆け出す鱗滝を慌てて引き止め、羽交い締めにする。

 

「離せ桑島……!」

「離すわけないじゃろうが!!お前は馬鹿か!?頭を冷やせ!柔軟な発想力といついかなる時も冷静に判断を下していたあの頃を思い出すんじゃぁぁぁぁぁあ!!!」

「…………!すまない、桑島」

 

悲痛な叫びを聞き、幾分か冷静さを取り戻した鱗滝は斧をそっと下ろした。

やれやれと短く嘆息し、鱗滝から斧をひったくった。

 

「お前がここまでポンコツになっていたとはなぁ。少しは紫電を信用してやれ」

「信用……。儂は数十年の人生の中で多くの人間と出逢ってきた。人を見る目はそれなりに自信がある。紫電は信頼出来る男だろう。何より、お前の孫だからな」

「ならば、何故そこまで過保護になる?……まあ、心中は察するがな。五体満足で帰ってきた可愛い愛娘だ。大事にしたい気持ちも分からなくは無い」

「ああ。大事な娘だからこそ、あらゆる障害から守ってやらねばならん。何せ、あの年頃の男は見境が無いのも事実だからな」

「そうじゃがなぁ。紫電にそんな度胸なんて無かろうに」

 

育手として剣士を育て、最終選別に送り出す。言い換えれば、可愛い子供達を死地へと導いているのだ。時代にそぐわない技術を教え込み、『普通の』生活を取り上げ、鬼を滅す為の剣士へと育てる。

いくら子供達から弟子にして欲しいと志願して来たとはいえ、その事に何も思わない訳では無い。

 

そして、鱗滝の元には帰って来なかった子供達の方が圧倒的に多い。真菰の前に指導を施した二人の男児──その片割れは、鱗滝が育手として教え導いてきた子供達の中でも抜きん出た才能を有していた。だが、帰らぬ人となってしまった。

 

自分が子供達を殺しているのではないか。鬼は、未来ある若人を死へと誘う自分なのではないか。そう、思わずにはいられなかった。

 

『私、鱗滝さんのことがだぁい好きなんだ!きっと、今まで鱗滝さんの所で修業してきた皆もそう思ってるよ』

 

その言葉に、どれほど救われたか。

 

「……花はな」

 

不意に、慈悟郎が口を開いた。

 

「花は、水を注ぎすぎても枯れる。守りすぎて日差しを閉ざしても枯れる」

「………そうだな」

「彼女の好きなようにさせてやれ。真菰ちゃんはもう、守られるだけのか弱い乙女では無い。己の力で道を切り拓いてゆける、強い女性じゃ」

「そう、だな」

 

そう言って頷く鱗滝の視線は、紫電と真菰が歩いていった道へと向けられていた。背中から漂うのは寂しさか、嬉しさか。本当の所は鱗滝本人にしか分からない。

 

「礼を言う、桑島」

「良いってことよ。儂とお前の仲じゃろう」

「ああ。儂は決めた。真菰と紫電の行く末を静かに見守ろう」

「そうじゃな」

「もし紫電が真菰を娶りたいと言って来たならば、狭霧山の習わしに則って三番勝負を行う」

「………は?」

 

また、訳の分からない事を言い出した鱗滝に、慈悟郎は冷めた視線を投げ掛けた。

 

「一番手は儂。二番手は義勇。大将は儂と義勇だ。正々堂々、男と男の勝負」

 

(いや、最後は二対一じゃろう……。何が正々堂々だこの馬鹿天狗は……)

 

尚も理解し難い話を延々続ける鱗滝を放置して、慈悟郎は家の中へと入っていった。かつて互いの命を預け、共に戦った唯一無二の親友には申し訳ないが、これ以上は付き合ってられない。

 

鍵も閉めた。

 

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

「うわぁ、人でいっぱいだぁ……」

「浅草とかに比べたら随分小さな街なんだけどね」

「私、こんな大きな街に来たことなんて無かったから吃驚だよ」

 

商店街は昼時だからか、活気に満ち溢れている。人通りが途切れることは無く、露店も食事処も沢山の人で賑わっていて、何か祭りごとでもしているかのような騒がしさだ。

このような喧騒には慣れたもので、往来を行き交う人々の合間を縫うようにしてするすると移動する紫電に対し、真菰は慌てる。

 

「まっ、ちょっと……紫電……!待って……あっ、置いてかないで……!」

「真菰ちゃん……」

 

人混みに流されている真菰を救出し、道の端へと場所を移す。

真菰は小柄である為、人混みに紛れてしまったら見つけ出すのは困難だ。加えて初めての街。一度迷子になってしまえば鴉ですら探し出すのは難しいだろう。

 

(これは買い物は難しそうだな)

 

店内にも多くの人で賑わっている。店の外で待ってもらうのも手だったが、目を離した隙にどこかへ行ってしまったら最後。夜まで真菰を探し続けなければならないだろう。

 

それに、真菰は可愛い。

先程からすれ違う男達がチラチラと真菰の方を見ている。一人にしてしまえば、どこぞの馬の骨か分からないような男が声を掛けてくることだろう。世間知らずの真菰の事だ。何のことかよく分からず付いて行ってしまかもしれない。

そうなれば鱗滝から平手打ちが飛んでくるだろう。あれは痛かった。もう勘弁して欲しい。

 

真菰は、可愛い。

 

紫電は今一度、改めて真菰を見る。

肩口まで伸びた艶やかな黒髪に、清水のような澄んだ青の瞳。儚げな顔立ちは野に咲く一輪の花を連想させる。小柄な体格も相俟って、年齢以上に幼く見えてしまうものの、それ故に綺麗さよりも可愛さが際立つのだろう。

 

つまり、真菰は可愛い。

 

この世界の真理に辿り着いた紫電は、数十年の修業の果てに悟りを開いた仙人の如き表情でうん、と頷く。

 

「真菰ちゃん、少し休憩しよう。近くに美味しい茶屋があるんだ」

 

「そこのお団子がね、とっても美味しいんだ」と告げると、疲労困憊だった真菰の表情がみるみる明るいものへと変わってゆく。やはり、甘いお菓子と女の子の笑顔は二つで一つなのだ。

 

「それじゃあ行こっか」

「お団子かぁ。暫く食べてなかったから楽しみ」

「俺の行きつけの店なんだ。オススメはみたらし団子!」

「私もみたらし団子が一番好きなんだ」

「一緒だね!」

 

他愛も無い会話を交わしながら並んで歩く。すると見えてきた、赤い野点傘。

暖簾を潜り店内へと入る紫電を追いかけ、真菰も店の中へ。

舶来の文化が主流になりつつある中、この茶屋の内装は和風で、ハイカラなものに疎い真菰でも落ち着いて過ごせる空間だ。お高くとまっている風では無く庶民的で、非常に印象のいい店だった。

 

奥の方からパタパタと足音を立てて現れた店主とおぼしき中年の女性。

 

「いらっしゃい……って、紫電君か。……おや?その子はもしや、恋仲かい?」

「なっ………」

 

真菰は自分の頬に熱が集中するのを感じ、慌てて俯く。

恋仲。今の自分達はそう見えてしまうのだろうか。

客観的に見ると、むしろそうにしか見えない。年頃の男女が仲睦まじく会話を交わしながら並んで街を歩き、茶屋でまったりと過ごす。この後は夕飯の買い物だ。恋仲────それを通り越して、もはや夫婦の休日だ。

 

(って、何考えてるんだろう私……。そんなつもりで来たわけじゃ……ないのに)

 

大きく被りを振って雑念を追い払う。これは逢瀬じゃない。買い出しだ。そして茶屋に来たのは、慣れない街に疲れてしまった自分を休める為に紫電が気を使ってくれただけなのだと言い聞かせる。

先程までは街の喧騒に圧倒され意識していなかったが、よくよく考えれば紫電と二人きりだ。

 

(まずいまずいまずい……!変に意識しちゃダメ……ッ)

 

一度意識してしまってはもう手遅れで、羞恥心がみるみるせり上がってくる。タジタジの真菰に対して、やけに静かな紫電。

 

「……真菰ちゃん」

「えっ……、な、なに……?」

 

不意に降りかかる声に心臓が跳ね上がる。上擦った返事をしてしまい、ますます恥ずかしい。変に思われていないだろうか心配になって、恐る恐る顔を上げると、やはり向こうを向いたままの紫電が言う。

 

「さっきのは店主さんが勝手に言った事だからね!?俺はそういうさ、下心があるわけじゃないからねッ!?」

「えっと……うん、それは、分かる」

「店主さぁぁぁぁぁん!!そういう茶化しはやめてよぉ!!真菰ちゃんにも迷惑だしさぁ!あらぬ噂が立って天狗の爺さんに殺されるのは俺なんだよ!?そうなったら店主さんは殺人に加担した事になるからね!?!?」

「ははっ、相変わらず騒がしいね紫電君は」

「………」

 

(すごい……。あの紫電の煩さに慣れてる……)

 

何者なんだ、あの店主。

紫電は行きつけの店と言っていた。店主との仲の良さを見て、常連だということは間違い無い。普段からああなのだろうか?だとしたら心配だ。紫電の頭の中が。

 

「はぁ、刀を握ってない時くらいは静かに暮らしたいよねぇ」

 

しみじみと呟く紫電。

真菰は半眼でその哀愁漂う様子を眺めていた。

 

「まあ、適当な所に座りなよ」

 

店主に促され、テーブル席へと向かう。

奥の方に腰掛けた真菰。その正面に紫電が座る。

おしながきを渡されるが、最初から頼むものは決まっている。

みたらし団子と抹茶を頼むと、店主は店の奥へと消えていった。

 

ほどなくして運ばれてくる団子とお茶。子供のように目を輝かせながら皿の上できらりと光るみたらし団子を眺める真菰。可愛すぎて、その表情を永久保存したいくらいだ。いや、もう既に永久保存しました。脳裏にきっちりと焼き付けた。

「食べてもいいの?」と上目遣いで訴えてくる。好きなだけ食べてくれ。

 

「いただきます」

 

小さな口でちょぼちょぼと団子に噛み付く真菰。小動物のようでついつい笑みが零れてしまう。

もぐもぐと咀嚼し飲み込むと、真菰の表情は一層輝きを放っていた。

 

「美味しい!」

「でしょ。気に入って貰えて何より」

 

よほどお気に召したのだろう。皿と口を往復する手が止まりそうにない。紫電も団子を頬張る。うん、甘い。美味しい。

 

ひとしきり団子を食べると、やや冷めてしまった抹茶をすする。

 

「紫電はさ」

 

唐突に、真菰が口を開いた。

 

「紫電はどうして、鬼殺隊に?」

 

本当に唐突だった。さて、どう答えたものか。悩む紫電を他所に、真菰は続ける。

 

「鬼殺隊以外にも、道はあったんじゃないかな」

 

そう言う真菰の視線は、いつの間にか店内に入ってきた他の客へと向けられていた。

家族連れ、恋人同士、友達同士、仕事仲間──。

その全ての人間は、人が当たり前に感じることの出来る『普通の』幸せを享受しているのであろう。明日の身も知れない鬼殺隊では体験する事が難しい、幸せを。

 

「私、時々思うんだ。もし、その手に握るものが日輪刀ではなく包丁で、立っている場所は戦場では無く台所。相手にしているのは鬼ではなくてこれから作る料理に使う具材で。好きな人と添い遂げて、鬼なんて知らずに、平和に生きていく道もあったんじゃないかなって」

「……そうだね。でも、俺には鬼殺の道しか無かった」

 

お茶をすすり喉を潤す。

 

「端的に言うと、復讐だよ。家族を殺した鬼がいる。そいつを殺す為の復讐。単純だろ?」

 

静かに、常よりも低い声で囁くように告げる紫電の表情は、どこか陰っているように見えた。軽率に聞くべきでは無かったと、真菰は後悔した。

 

「そうだなぁ、でも、俺は志半ばで死んだとしても、この道を選んだことは後悔しないと思う」

「どうして?」

「だって、君に会えたから」

 

晴天の空の、太陽のような微笑みだった。

その言葉の真意は分からないが、真菰の心臓を破裂寸前にまで追い詰めるには十分すぎる一言だった。

紫電も紫電で言葉の後に慌てて口元を押さえ込んだ。言葉にしようとは思わなかったのだろう。耳まで真っ赤に染めた顔を隠すように俯いて黙り込んでしまった。

 

(それは……反則だよ、紫電)

 

ドキドキと落ち着かない心臓を宥める為に胸元をさする。胸に深く刻まれた甘い疼きがどこか心地いい。

 

それから暫く、二人は顔を見合わせる事が出来なかった。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

「さっきは変なこと言ってごめんね……」

「ううん、上手く言えないけど、私は嬉しかったな」

 

夕暮れ。夕飯の買い物が終わった二人は、ようやく会話できるほどに羞恥心は薄れていた。

 

「ほんとに、『ただの』友達なのにねぇ。あの人、よく店の中の男女を冷やかしたり茶化したりするんだ。そう言う話が好きなんだろうね」

「………」

 

『ただの』友達。

 

「そっかぁ。紫電にとって、私は『ただの』友達なんだね」

「えっと……真菰ちゃん?なんか、怒ってる?」

「別に?ただ、一緒に死線をくぐり抜けた戦友を、『ただの』友達って一言で片付けるのは如何なものなのかなって思っただけですー」

「うわぁぁぁぁごめんねぇ!!違うからね!?決して俺の中を占める真菰ちゃんの割合が低いわけじゃないからね!!?」

「ふふっ、嘘だよ。意地悪してごめんね」

 

悪戯っぽく笑う真菰。それだけで全てを許してしまうほどの可愛さだ。紫電の心臓は撃ち抜かれてしまった。

 

それからまた、暫く歩く。

 

「紫電」

「うん?」

「ありがとう」

 

不意に零れた、伝えたかった言葉。ふっと、胸の奥が楽になった。

 

「最終選別の時、助けてくれて。命を救ってくれて。紫電に会いに来たのはね、その時のお礼をちゃんと言いたかったからなの」

 

ありがとう。改めて告げると、紫電は少し困ったような顔で、少し照れたように下を向いて頬をかいた。

 

「気にしなくていいのに。俺はただ──うん、たまたま近くにいただけだよ」

「それでも、だよ」

 

気づけば家のある山の中腹に差し掛かっていた。

その山の向こう、影のような山脈のそのまた遥か向こうへと沈み行く朱い陽の光線が、世界を夕色に熱く照らしている。

薄暮の風が、二人の間を優しく吹き抜けた。

濡れ羽色の美しい髪が風に揺れて棚引く。

 

「ありがとう、紫電」

「どういたしまして」

 

夕映えの元に佇み、花が綻んだかのような笑みを浮かべる真菰は、この世界の何よりも愛らしかった。

 

 




な?山場は無いって言ったろ?()
次回、日輪刀が届きます(予定)
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