大正の空に轟け   作:エミュー

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やっぱり真菰ちゃんが登場しないとモチベ上がんないですよね!




玖話 信じる道を

『────人殺し!!』

 

正しい道。信じる道。己がなんとしても貫き通したいものは、時に誰かにとっての悪となる場合もある。

絶対に正しいことなんて無い。ならば、自分の進む道は間違っているのだろうか。

 

『人殺しッッ!』

 

脳裏を掠める少女の悲痛な叫び。紫電は確かに悪鬼を滅した。村を救ったのだ。だが、それと同時に一人の少女の父親を奪った。その罪悪感からか、紫電の剣閃は酷く鈍っていた。

 

あれから一月が経過した。その間に倒した鬼は初任務を合わせて四体。中には血鬼術を使う厄介な鬼もいたが、辛うじて勝利を収める事が出来た。普段通りの力を発揮すればなんてことない取るに足らない相手だ。だが、その頸を斬る間際にどうしてもあの声が聞こえるのだ。

 

『人殺しッ!』

 

この鬼だって、元は人間だ。今もこの人の帰りを待つ人だっているかもしれない。そう思うと身体が強ばって上手く頸を斬れない。

このままでは不味い。何時か死ぬ。

 

信じる道を進むのがこれほど辛いとは思わなかった。

 

それでも時間は無情にも過ぎ去っていく。

連続任務の疲れを癒す為の休暇も間もなく終わる。

再び鬼を狩る日々。手を汚す日々が始まるのだ。

 

「カァ!桑島紫電!東ノ街ニ向カエェェェ!!」

「……ああ。分かったよ」

 

お世話になった藤の花の家紋の家を出立する。

本来ならば無償で尽くしてくれるのだが、さすがにそれは申し訳なくて、宿の相場がどれほどの値段なのか分からなかったが、玄関にそっとお金を置いておいた。ちゃんと気づいてくれるだろうか。もうちょっと分かり易い所に置いておけば良かったかな、なんて呑気に考えていると、前方に映る、花柄の羽織を着こなした少女の姿。

 

「──────あ」

 

見紛う筈も無かった。

少女もこちらの存在に気づいたらしい。驚いたように硬直した後、小さな体をめいいっぱい使って手を振ってくれた。

 

「紫電っ!」

「真菰ちゃん!」

 

知らぬうちに高鳴る胸の鼓動に身を任せ、気づけば紫電は駆け出していた。

 

 

 

 

###

 

 

 

 

(……誰だ、真菰ちゃんの隊服を作ったヤツは)

 

紫電は隣を歩く真菰に目を遣る。

滅の文字を背負う漆黒の詰襟に花柄の羽織。相変わらずにこやかな表情の狐の面は側頭部に。それはいい。そこまではいつも通りの真菰だ。だが────。

 

(なんで袴じゃなくて、スカートなんだッ!!!)

 

問題はその下────膝丈よりもやや短い、詰襟と同じ色のスカート。歩を進める度にふわりと捲れ、白磁のような太ももが露になってしまう。

スカートの丈は特別短いものでは無いし、真菰という清楚な少女の可憐さ、儚さ、可愛さを引き立てるにはこれ以上なく愛らしい衣装なのだが。

 

なんて──なんて────なんて破廉恥なんだ!!!

逆にその神聖さすら漂う潔白かつ清純な出で立ちが、寧ろ真菰という少女を妖艶な女性へと昇華させていた。

世に言う『可愛い』という言葉は恐らく真菰の為に作られたのであろう。紫電は間違いないと心の中で断言した。

 

(よく鱗滝さんが許したもんだよ……)

 

ふと、平手打ちされた頬の痛みがぶり返すかのような錯覚を覚えて身震いする。あれが元柱の圧か、と。

何よりも真菰が大切な彼の事だ。こんな隊服許す筈も無いが、この真菰の可愛さを見てしまえば全ての思考を放棄してしまうだろう。

 

つまり、真菰は可愛い。

 

うん、と頷き、森羅万象の理に辿り着いた紫電。

もはや真菰が可愛ければこの世の争い事は全て無くなるであろうと、過激な思想すら抱き始めていた。

 

ここでもう一つ、問題があった。

 

(か、可愛すぎて目が見れない────!ヤバい心臓バクバク鳴ってるすっごく緊張する────!)

 

まるで御伽噺の世界から飛び出してきたかのような、夢幻の如く愛らしい真菰。ただでさえ人と会話するのがあまり得意ではない紫電は、何と話せばいいのか分からない。

 

対して真菰。

 

(あ、会えたのは嬉しいけど……、いざとなったら緊張して何話せばいいのか分からないよ……!)

 

普段はふわふわとしていて、どこか掴みどころの無い印象を受ける真菰だったが、どうにもこの紫電の前では平然を装うのが難しいらしい。朱に染った頬を隠すために俯いている。

 

お互いが緊張して会話が出来ない────。付き合いたての恋仲のような初々しさに、往来の人々は羨望の眼差しを投げる。

 

────爆発しろ!!!

 

男連中の心中は見事に一致した。

 

そんな事など知らず、未だに会話を切り出せない二人。

ふと、真菰が視線を紫電へと向ける。

紫電の中途半端に整った顔を見て、真菰は眉を寄せた。

 

その表情に、ほんの少しの陰りが見えたからだ。

 

そういえば、とこれまでの紫電の言動を思い返してみる。

挨拶をして、ほんの少しだけ喋って────それだけだ。

 

(────煩くない?あの紫電が?)

 

今日はやけに静かだ。煩さが元気のパラメーターと思われている時点で何とも残念なことだが、あの騒がしさも紫電の個性だ。

会えなかった一月ちょっとの間に大人になったと言えば簡単だが、そうは思えなかった。

 

何より真菰の勘が、紫電の異常を敏感に感じ取っていた。

 

「紫電」

 

気づけば名を呼んでいた。

 

「どうしたの?お腹空いた?」

 

「違うよ」と首をやんわりと横に振ると、紫電は小首を傾げる。

 

「……何かあったの?今日の紫電、何だか元気無いように見えるから」

「────!」

 

その表情の微妙な変化を見逃す真菰ではなかった。

 

「……最近任務続きでさぁ。ちょっと疲れてるだけ!でも大丈夫!!真菰ちゃん見てたら元気貰えたよ!今なら十二鬼月だって倒せちゃいそうッ!!!」

「……紫電。私には、話したくない?」

「え……っと」

 

二人には頭一つ分程の身長差がある。自然と紫電を見上げる形となった真菰の瞳は心配そうに揺れていた。澄んだ清水のような双眸に射抜かれ、紫電はバツが悪そうに頬をかいた。

 

「私には話せないこと?」

「……そういう聞き方は、ずるいよ真菰ちゃん」

「ごめんね。こうでもしないと話してくれそうになかったから」

 

悪戯っぽく笑う真菰。呆気なく折れた紫電を見て満足気だ。

本当にずるい。

 

どこか落ち着いて話せる場所はないだろうか。

視線をさ迷わせていると、「あそこ!」と真菰が指を指す。その先には大きな岩があって、腰を下ろすには持ってこいの場所だった。

 

さて、どう話したものか。

悩む紫電を他所に、真菰の足取りはやけに軽かった。

 

 

 

###

 

 

 

真菰が見つけた岩に腰を下ろした二人。

しばらく会話はなく、ただ野を駆け抜ける風が草木を揺らす音が聞こえるだけ。

 

真菰は何も聞いてこない。自分から話せと言ってきたのに。きっと紫電が自分から話すのを待ってくれているのだろう。自分のペースで、話せる時に話して欲しいと、彼女からの無言の優しさを感じ、紫電はようやく口を開く。

 

「……自分が正しいと思っていたことが、誰かにとっては間違いだったんだ」

 

思い返す、一月前の初めての鬼殺。

村を救うため、千鶴の母の悲痛な願いを成就させるため、僅かな時間だったが、幸せを分かち合った千鶴を守るため────そのために刃を振るった。鬼の頸を斬った。人の命を奪った悪鬼を殺し、村を守ったのに。

 

────『人殺しッッッ!』

 

悪鬼滅殺。人々を脅かす鬼を殺して幸せを守る。それが紫電の信じる道だ。鬼を殺し尽くしたその果てにある幸せ。それを掴むために走り続けようとした矢先に、落とし穴は待っていた。

 

お前の正義は、誰かにとっての悪なのだと。

幼い少女が教えてくれた。お前は間違った事をした。私が望まぬことを成した、と。

 

「正しいことをしたつもりが、誰かを傷つけてしまった。分からないんだ……鬼を斬る事が正しいのか、間違っているのか」

「絶対に正しいことなんて無いよ」

「………え?」

 

おもむろに、真菰が口を開いた。

 

「絶対に正しいことなんて無い。自分にとっての正解は、誰かにとっての間違いかもしれない。いくら鬼とはいえ、命を奪っているんだもの。間違いだって言われても仕方ないとは思うよ」

 

咎める訳でもなく、しょうもない理由で悩む紫電を嘲笑う訳でもなく、ただ只管に優しい声音だった。

 

「でも、絶対に間違っているものはある。罪なき命を奪う行為。命を粗末に扱うことは悪だよ。許せない」

 

スカートを握りしめた真菰の拳に力が入る。彼女自身、兄弟子達がそのように蹂躙されているから、自然と口調が強まる。

 

「紫電」

 

再び、慈母のような優しい声で名を呼ばれる。

 

「自分の信じる道を貫き通すのは、想像以上に辛いことだと思うの。壁にぶつかったり、誰かとぶつかったり、望まないことをやらなきゃいけなかったり、大切なものや人を失ったり……。それでも、進まなきゃいけない」

「………」

「戦わなきゃいけない。悲劇の連鎖を断ち切る為に。手を汚してでも、成し遂げなきゃいけない」

 

そう言う真菰の顔は、いつも通り可愛いものであったが、それ以上に力強さを感じた。決意を宿した瞳。ああ、そうか。自分に足りていないもの。それは決意だ。覚悟だ。

手を汚してでも己の信じた道を走り続ける強い意志。紫電には決定的に覚悟が欠けていた。

 

「誰になんと言われようと、一人きりになろうとも、自分の信じる道を進み続ける。やっぱりできることはそれだけだと思う」

 

やや強引な理論ではあったが、ストン、と。真菰の言葉は紫電の胸の内に収まった。

信じる道を進む。結局出来ることはそれだけだ。その道の先に何があるのかは、辿り着いた者にしか分からない。辿り着かなければ分からない。

 

ふっと、心の枷が外れたような錯覚を覚える。身体が軽い。心が軽い。

 

「……でね、えっと……それで……ね」

 

先程の決意を込めた凛々しい表情とは打って変わり、頬を染め、羞恥心から来る身体のむず痒さに耐えきれず、太ももをすり合わせ、もじもじとした様子の真菰。この先の言葉を言おうか言わまいか、悩んでいるように見えた。

 

「その……さっき、言ったじゃない?一人きりになろうともって……でね………その………!」

 

耳まで真っ赤にした真菰。なかなかその続きを紡がないので、紫電は困惑から眉を寄せたが、

 

「わ、私はずっと紫電の味方だよ……!絶対一人にしないから……っ!だからね、紫電は紫電の信じる道を進んでねっ」

「────へ!?」

「じゃ、じゃあね!」

「ま、真菰ちゃん!?それどういう意味なのぉぉぉ!?あ、ちょっと速いよ真菰ちゃん!!何で水の呼吸使っちゃってるのぉぉぉ!?それ玖ノ型だよねぇそんなに俺と一緒にいたくなかったの!?!」

 

叫び終わる頃にはもう真菰の背中は見えなくなっていた。

『絶対一人にしないから』。

その言葉が何度も頭の中を反響する。

 

未だに自分のことは信じれない。けれど、真菰が居てくれるなら。彼女が信じてくれる自分なら。ほんの少しくらい、信じてやっていいのではないだろうか。

 

顔が熱い。熱か、これは熱なんだろうか。きっと熱だ。顔だけじゃない。身体まで熱い。蕩けてしまいそうだ。

 

「……お礼、言わなきゃなぁ」

 

赤く染った顔を隠すようにして手で覆い、その場にしゃがみ込む。

次いつ会えるか分からないが、そう遠くない内に逢えそうな気がする。

 

ふと、慈悟郎の言葉を思い出す。

 

『お前はお前の選んだ道を迷わず進め』

 

口の端から笑みが零れる。

いつの間にか表情の陰りは消え失せていた。

 

もう、大丈夫だ。

 

「カァカァ!行クゾ紫電!!東ノ街へェェェェ!!!」

 

先刻までとは見違えるような軽やかさで疾走する紫電。

早鐘のように脈打つ心臓は、きっと────。

 

(……熱だな、きっと)

 

その正体に気づくのは、もう少し先。

 

 

 

 

 




真菰ちゃんの服装は私の願望です。
スカートが可愛いんですよスカートが……!

ちなみに善悪の理論は破綻してます。
温かい目で見てください……!

次回は十二鬼月戦です(予定)
その次は胡蝶姉妹登場の予定です(予定)(あくまで予定)
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