ちょっと悪いひとたち ~さらば北方深海基地よ!~ 作:シャブモルヒネ
3-1:陽キャになりたい護衛棲姫ちゃん
ここ一番の大勝負というものがある。
勝てば望むものを手に入れて、負ければ失ってしまう。そんな取り返しがつかない一戦が、今まさに眼下の海で始まろうとしていた。
「さーて、一体どちらが勝つのやら?」
護衛棲姫はのんびりと他人事のように呟いて、目線は遠く、決戦場となるリングを見渡した。
そこは、四つの島に囲まれた赤い海。ヒトの姿は影一つもない。住むのは人外の化け物――深海棲艦だけという死の領域だ。
そんな最果ての海で行われる戦いに国際条約が適用されるはずがない。ルールも無ければ仁義も無い。勝利こそが全てであり、そのためならばあらゆる手段が許される。それもそのはず、この赤い海には審判がいなかった。立会人すらいない。こんな戦いにはおそらく神や悪魔でさえも「勝手にしやがれ」と見放すだろうに違いなかった。
なぜなら、かの空想上のお偉方がご興味をお持ちあそばすのは人間様に対してのみであり、ソレから外れた廃棄物たる深海棲艦の諍いなど視線を向ける価値も無いのだから。
だから、護衛棲姫は思うのだ。これから始まる決戦に観客が全然居ないのも自分たちが人間様じゃないからなんだろうなぁ……と。
そんなことを考えながら素足をぷらぷらと冷たい風に晒していたら、いよいよ選手入場のときがきた。
東より現れたるは、我らが主『北の魔女』が一番の部下、戦艦棲姫。
黒髪であるところは一般的な戦艦棲姫と同じだが、その髪先は雅にカールがかかっていて長さも肩までしかない。目は小生意気そうに釣りあがってはいるがキツイ印象はなくて、どちらかというと幼ささえ感じる。それは彼女の背丈が戦艦娘にしては低いせいでもあるだろう。ちっちゃい戦艦……そう本人に指摘すると「もっと尊敬と畏敬の念を持ちなさい!」と怒らせてしまうけど。
続いて西から現れたのは、北の魔女一派の挑戦をことごとく退けている絶対王者、防空棲姫。
こちらの外見はまさに資料通りといった感じで、護衛棲姫がかつて艦娘だったときに写真で見たそのままの姿だった。艦種は駆逐艦……のはずなのだが、特筆すべきはその防空力と装甲の厚さだろう。どちらも駆逐艦に収まりきらないインチキじみた性能で、この一戦に限れば後者が大きな役割を果たすはずだった。その装甲は徹甲弾をも弾き返すというから恐ろしい……というより呆れてしまう。そんな駆逐艦がいてたまるか。これがシミュレーションゲームならバグもいいところのユニット性能だ。
そんな両者が揃ったところで、これまでの戦績を思い返す。我らが戦艦棲姫様は敵方の装甲の厚さに阻まれて、三回、いや四回は負けていたはずだ。
じゃあ今日で五回目の決戦になるわけか、と護衛棲姫は感心した。よくもまぁ頑張るなぁと。……敵である防空棲姫に対して。
先程『取り返しがつかない一戦』といったが、あれは半分嘘である。こちらは何回負けても失うものは無い。対して、向こうの防空棲姫は違う。一回負ければお終いだ。『取り返しがつかない』のは相手だけ。なんと不公平な戦いだろう。こちらの挑戦権は無限にあるというのに。
要するに護衛棲姫が言いたいのは、「そんな絶対に負けられない防衛戦をよくもまぁ延々と続けられるもんだ」という、敵さんに向けた呆れの意味合いだった。
――さっさと諦めちゃえばいいのに。
だが、遠く百メートルほど離れたリングの海では、両雄――両雌?――の戦意は漲るばかり。睨み合って火花を散らしていた。今にも開戦してしまいそうである。
「うーん、なーんか盛り上がりに欠けるなぁ」
応援も五回目ともなれば緊張感も薄れてしまうわけで。護衛棲姫は持ち込んだラジカセに手を伸ばし、一本指でスイッチを押下した。
ザザっとした雑音が走る。
辛気臭い空気を吹き飛ばすようにラジオのパーソナリティが陽気に喋りだす。
『――このコーナーは! リスナーの皆さんから頂いた素敵なお悩み相談を華麗に解決するコーナーでぇっす! ……素敵なお悩み相談ってナンだよ!? 悩みがステキって青春かぁ!?』
護衛棲姫は「にひっ」と笑う。
人生は楽しくなくっちゃあいけない。悲壮な顔してシリアスモードに浸っていたって良いことなんて一つも無い。ケセラセラ。何事もこの小さな両手に収まる範囲の問題にだけ取り組むようにすればいい。それ以上は分不相応、許容量オーバー、投げ出しちまえばいいのだ。前世は無理して抱え込んだせいで死んでしまったのだから、今生こそは適切適度な生き方で面白おかしく楽しんでやろうと護衛棲姫は思っている。
そう、この軽薄なラジオの声のように。
『――っていうね、いつものツッコミもやったところでさっさと始めちゃいましょーい。……はい、では早速の一人目はラジオネーム『七面鳥と呼ばないで』さんから。常連さんですね! いつもありがとうございまーす!』
聞き覚えのあるラジオネームに「おっ!」と思わず身を乗り出した。
「あっ、ズイズイ出た! ちょっと浜ちゃん、これ瑞鶴さんのお便りだよ! 知ってる? 空母娘はみーんな知ってるんだけどさー、本人だけはバレてるの知らないんだよねー超ウケる。しかもこれを暴露したのが姉っていうのがまた面白くなーい?」
「ひゃ、ひゃわぁぁ」
笑う少女に、怯える少女。
更にラジカセを加えて、合計三名の声が、天高くそびえる大型バルジの上に響いていた。
そこは雑談するにはあまりにも高い場所だった。地上約30メートル……といわれてピンとこなければマンションの10階を想像してもらえれば分かると思う。落ちれば普通に死ぬ高さ。そんなところに連れてこられたら高所恐怖症でなくても怯えて当たり前だろう。
一人の少女が、震えながら抗議していた。
「お、降ろし、降ろしてっ。高い、高いよっ」
夕雲型の十三番艦、浜波。
へっぴり腰で、もう一人の少女――護衛棲姫――の腰にしがみついている。彼女の前髪は瞳より長く伸びていて表情は見えないが、声を震わせている様子から涙目なのは間違いない。
そんなテンパっている駆逐艦娘を見もせずに、護衛棲姫は「だーいじょうぶだって!」と無責任に笑っていた。
『――え~と、『七面鳥と呼ばないで』さんのお悩みは……「つい先日、後輩の身に不幸がありました。彼女を可愛がっていた先輩が落ち込んでいて見ていられません。私にできることってあるでしょうか?」……重い話ですねぇ。まぁいいですけど……』
「にっひっひ! な~にラジオに悲報送っちゃってんの、あの人! ってーかさ、この後輩ってあたしのことじゃね? あたしでしょ! ひゃはー、照れるんだけど!」
護衛棲姫は、やけに白い少女だった。
服も白ければ、肌も白い。髪も脱色したように真っ白だ。アルビノよりも更に白く、それは生物としては不自然な色合い。それもそのはず、彼女は深海棲艦だった。
元は艦娘、そのときの呼び名は大鷹。
今は深海棲艦、人呼んで護衛棲姫。深海の仲間たちからはトゥリーと呼ばれている。
彼女は布切れ同然の薄着をしているせいで腹も脚もあらわになっている。背丈は浜波よりはほんの少しだけ高かったけれど、細く頼りない体躯のせいで女というより少女と呼ぶに相応しい。額から伸びた一本角の先を撫でながら、彼女はラジオパーソナリティの声に耳を傾けた。
『――居なくなった人の代わりには誰もなれません。胸のうちに留めて痛みに慣れていくしかないんです。だからあなたができることは、大切な人の傍にいること。一緒に痛みを共有してあげましょう』
「いひひひ! ラジオの雰囲気がお通夜みたいになってんだけど! ズイズイさんちょっとー? お便りの内容は考えて送らないとー! そういうとこー!」
「うご、動か、ないで、こっここ怖い」
なおも笑う少女に、まだ怯えている少女。
彼女たちが座っているのは、粗大ゴミが寄り集まった島の中心部にでかでかと突き刺さった大型バルジの上だ。先程も述べたが高さは約30メートル。ここまででかいバルジは艦娘や深海棲艦のものではない。実艦のものだ。そんな代物が何をどうやったら縦になって地面に突き刺さるのか浜波には分からないし、この島の主であるトゥリーも分からない。けれど、在る物は在る。それだけが事実だ。
その大型バルジはとてもよく目立っていた。このゴミ島のシンボルといっていい。上に乗ればこの赤い海に浮かぶ四つの島々を――北方深海基地の全体をよく見渡せる。……となれば、逆にどこからでも見えるわけで。どうせなら己の縄張りを示す表札代わりにしようと島を任されたトゥリーは考えた。そうして描いたのが“③”という文字記号。
今、少女たちが座っている大型バルジ、その足下に視線を降ろしていくと赤いペンキででかでかと描かれている“③”――それは、彼女を示す記号でもあった。
「でもいいこと言ったねぇ、このラジオの人。そう、死んだ人についてアレコレ考えたって仕方ないわけよ。だってもう居ないんだから! ……まっ、あたしは生まれ変わってこの世にしがみついてるんだけどね!」
少女はまたしても笑う。彼女は、深海棲艦に生まれ変わったという数奇な運命を受け入れて、かつての同僚と先輩たちに向けてあっけらかんと薄情に別れの挨拶を叫んだ。
「ズイズイさーん! 加賀さーん! あたしは深海棲艦として元気にやっておりまーす! そっちもどうかお元気でー!」
そうやって水平線へ大仰に手を振るもんだから身体が揺れて、浜波は顔を真っ青にしながら渾身の力でしがみつくしかない。その目は固く閉じられて、せっかくの大勝負の現場を見ていない。
トゥリーの瞼がぴくりと震える。自分だって目を離していたのを棚に上げ、彼女はぐいと顔を近付けながら不満げに唇を尖らせた。
「浜ちゃん浜ちゃん浜ちゃんさぁ? 単冠湾泊地に帰りたくないの? 待ってる人がいるんでしょ?」
浜波の小さな身体がぴくりと反応する。
「ふ、ふーちゃん……」
「そう、藤波ちゃんだっけ? その娘に会いたいんでしょ?」
「会い、たい……」
「だったらさー、ちゃんと応援しよーよ。あたしは単冠湾のことは分かんないけどさぁ、きっと浜ちゃんのことを皆心配してると思うよ? 帰って安心させてあげたいでしょー?」
「ぅ、うん」
「だったら応援だ! いい? さっきも言ったけど、これから始まる戦いであたしらが勝てれば外に出れんの。……あの戦艦棲姫のほうが味方ね。分かる?」
「分かる、けど。どうして一対一……?」
浜波は恐る恐るトゥリーを見上げて、顔色を伺った。
勝てばいいならどうしてあなたは加勢しないのか、と。
「だからさー、あの辺の海って二人以上で行くと羅針盤がすげー狂っちゃうわけ」
そう言って、トゥリーは周囲に目を向けるように首を巡らせてみせた。
眼下には、決戦場である赤い海が見える。
そこを中心として、囲むように四つの島が円状に浮かんでいる。
「まともに航行できるのはね、この島を含めた四つの島を繋ぐドーナツ状の範囲だけなんよ。その中心の、今決戦場になってるあの辺の海は、たかが直径三百メートルもない狭い範囲なんだけど、入ったら最期、出てこれなくなっちゃう不思議空間なんだってさ」
「な、なんで?」
「知らなーい。あたしも新入りだし。ただ、ボスがいうには「条件は単艦ッ! 二人以上なら無限ループにご案内よ! フゥーハハハ!」……らしいよ?」
「だから、一対一でしか、勝負できないってこと、なの?」
「そういうことー。ちなみにね、もう何度も何度も何度も言ったけど、ここ四つの島々の外側はもっとやばいからね?」
トゥリーはぐるりと首を巡らせて、四つの島の外側を、真っ赤に染まった水平線を見回した。
「羅針盤を安定させる条件はナシ! 東西南北完全ランダムに空間が歪みまくってる次元の狭間状態だからぜぇーったいに外海に出ちゃだめだかんね? 前にあたしも迷い込んじゃって1000キロ直進しても海しかなかったんだから。あんときは焦ったよー。飢え死にだけはしたくないからね。……深海棲艦って飢え死にすんのかな? ま、いいケド! ここに戻ってこれたのも奇跡みたいなもんなんだよ?」
「分か、った、分かった……けど。でも、どうしてあの戦艦棲姫さんが勝ったら、外に出られることになるの?」
「それはねぇ、話すと長いんだけど……ああっ、始まっちゃった! 行けーっ、せんぱーい! ぶっ飛ばせーっ!」
「ちょ、ちょっ、お、落ちるっ」
@
深海棲艦は人類の敵である。
海からやってくるその怪物たちは、国土を海に囲まれた日本にとってけして看過できない存在だった。
対抗者として現れたのが艦娘と呼ばれる少女たち。日本の艦娘たちは国境狭しと出撃し、深海棲艦と一進一退の攻防を繰り広げた。北はAL海域の果てから、南はサーモン海のアイアンボトムサウンドまで。
今回のお話はその北方方面。北海道の更に北、大ホッケ海のど真ん中で起こったイザコザについてである。
大ホッケ海。
千島列島と樺太に挟まれた海。地獄のように赤い海。
流氷漂う極寒のその海に、北の魔女が率いる深海棲艦の集団が住んでいた。
深海棲艦……という名前ではあるけれど、彼女たちは海の中に住んでいるわけではない。怪物だって人のように呼吸はするわけで。寝床は当然、陸の上。
つまり島。
あるいは船。
そういった場所を縄張りにして住みつくのが深海棲艦の在り方だった。
では、今回の北の魔女。その一派がどこに住んでいるのかというと、これが島でもなければ船でもなかった。
ゴミの山。
ガラクタの墓場。
吹き溜まり。
そんな感じの、廃墟未満の島もどき。
それらが四つ、円を描くように等間隔に並んで浮かんでいる。
そのそれぞれに、姫級が一人ずつ住んでいた。
自称・北方四天王。元艦娘だったり、元陸上施設だったりする娘たち。彼女たちはけして仲が悪いわけではなかったけれど、自室を欲しがる思春期の少女のように自分だけの縄張りを要求した。寝る場所や私物を置く場所を確保するために。あるいは、“自分だけの場所”という、安心感や落ち着きを得るために。精神的な健康を求めるのは人も深海棲艦も同じというわけだ。だってそうだろう? どんなに仲の良い親友であろうとも、血の繋がった家族であろうとも、ケツの穴までは見せない。それと同じこと。プライベート空間は必要というわけだ。
つまりはここに住む北の魔女一派の関係性もそんな距離感だと思ってもらえればいい。人間社会における人と人との距離感と大体同じ。深海棲艦は怪物ではあるけれど、人から大きく離れた存在でもないのである。
閑話休題。
今はその四つの島もどきの中から最も雑然とした島を見てみよう。
ゴミ屋敷。あるいは汚部屋。……そんな表現が一番近い。
とにかく、歩く場所がない。
まず土台が、転覆した軍艦。そしてそれに乗り上げた漁船の群れ。数えれば50隻にはなるだろうか。津波がいくら押し寄せてもこうはなるまいが、それら全てが押し固まって複雑に絡み合い、一つの陸地となっていた。
そして、その土台の上と隙間には、“もう少し小さい物体”が無造作に積み重なっている。
砕けたアスファルトの塊。テトラポット。錆びた鉄骨。
そんなのの集合体が、この島の大地だった。
当たり前だが平面が存在しない。
裸足で歩けばすぐに血まみれになるだろう。
だが、呆れたことに、この島のカオスっぷりには続きがあった。できそこないの大地の上には更に雑多な粗大ゴミがばら撒かれている。大陸の文字が描かれた看板や、ギトギトの原色で彩られた謎の木材に始まって、割れたガラス片や、瓦に釘……これらはまだ序の口だ。タイヤの無い車。蓋の無い洗濯機。戦車のキャタピラ。土木工事用ショベルカー。皮のはぎとられたソファーの上には何故かフライパンや鍋が50個ぐらい山になっていたり、一昔前の黒いゴミ袋を見つけたと思ったら注射器の針がハリネズミのように突き出していて近寄れたものではなかったり、挙句の果てにはマネキン人形と言い張るには性的すぎるダッチなワイフまでが転がっていて、とにかく筆舌にしがたい混沌を晒していた。
ガラクタの集積地である。
あまりにも多くの人工物が積み重なり、ドキュメンタリー番組で紹介されるような『ゴミの楽園』と化している。
その中にあって一際目立つのは、島の中央部に垂直に突き刺さった大型バルジ。30メートルはあるその威容には一つの数字が描かれていた。
“③”
読んで字のごとく、3を意味している。
それはこの島を支配する深海棲艦、護衛棲姫の名前でもあった。
北の魔女の三番目の部下、自称“北方四天王”が一人、護衛棲姫。
名を、トゥリーという。
彼女は、北の魔女直々に命名されたときにその名前をことのほか気に入った。その簡潔でどことなく優雅な響きを、どこかの国の美女か美しい花あたりに由来するものと思ったからだ。
だから名付けられたときに聞いてみた。
「ボス。そのトゥリーってどういう意味なんですか?」
「3だッ!」
「……さん?」
「3ッ!」
「はぁ……??」
ただ3と言われても困る。
それが突飛すぎて、頭の中で名前と結びつかなかった。
見かねた先輩――ドヴェが教えてくれた。
「トゥリーとはな、ロシア語で“3”を示す言葉だ」
「……3って、数字の3? どうして3なんスか?」
なぜ3か。
それは、彼女が3番目の配下だったから。
そんだけ。
囚人番号じゃないんだから。
真実を知った彼女はわりと本気で怒ったが、顔を真っ赤にして抗議しても魔女は不可解そうに首を傾げてみせるだけ。あれこれと名前の大切さを説いてみても暖簾に腕押しで、元艦娘の護衛棲姫トゥリーはがっくりと肩を落として諦めるしかなかった。
そもそも北の魔女に命名センスを期待するのが間違いだった。北の魔女は生まれついての深海棲艦だったせいで人間的な情緒をこれっぽっちも備えていないのだから。なんというか世間知らずで、常識が無いというか、有体に言えば馬鹿だった。
その北の魔女は絶賛死亡中である。
つい先月に、幌筵泊地に敗北し、殺人蜂のような雷巡娘に魚雷で木っ端微塵にされてしまったらしい。
が、深海棲艦にとってはあまり大事ではない。
そう、大事ではないのだ。
「へぇ~、深海棲艦って沈んでも復活するんスか」
トゥリーは元々は艦娘――大鷹――だったので深海棲艦の生態について詳しいところまで知らなかった。初耳だった。
なんでも深海棲艦という生き物は、仮に身体がバラバラになろうともそのテリトリーである赤い海に浸かっていれば自動的に修復して復活するらしい。例えるなら、入渠して回復する艦娘のように。
そんな生き物だったから、ボスである北の魔女が死んだときも誰も心配しなかったらしい。
どうせ直る、そしてまた次の指示を出すだろう。そう思って棲家に戻り、ぞんざいに放置してしまったと、別の先輩――戦艦棲姫アドナーさん(1の意味)が言っていた。
それが全くの悪手だったらしい。
北の魔女の復活を阻む者が現れたのだ。
そいつは修復中の北の魔女の身体を奪い、タイマン以外不可能な北方深海基地の中心部に立てこもった。
犯人は、元艦娘の深海棲艦。
通称“防空棲姫”。
彼女は生前の任地・幌筵泊地を守るため、深海棲艦と化してなお人類の味方をした。
その少女は、照月と名乗った。
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「……ってわけでぇ、ボスの身体を取り返すためにあたしらは戦ってるってわけ。外の世界に出るためにはボスの力が必要なんだってさ。理屈はあたしもよく分かんないけど……せんぱーい、そこだー! 抉りこむようにしてぇ、撃つべし撃つべし! いっけー!」
腕を振り回してアドナーを応援するトゥリー。その視線の先は四つの島を結んだ中心点。赤黒く染まった海の上。二人の深海棲艦が戦う戦場だ。
一人は、北の魔女の遺骸を取り戻そうとする戦艦棲姫。
対峙するもう一人は、件の防空棲姫である。
互いの主砲と機銃の弾が容赦なく飛び交っている。
防空棲姫はくるくると器用に砲撃を避けながらカウンターをいれた。流石は日本の誇る水雷戦隊だっただけはある。細やかな動きでは戦艦娘の追随を許さない。一対一における技量差は明らかで、主導権は握っているのは照月を自称する小柄な少女の方だ。
戦艦棲姫は起死回生を狙って被弾を恐れず猛攻に出た。捨て身の前進に不意を突かれた防空棲姫はその一撃を喰らってしまう。
「おっ、やったかー!?」
しかし、防空棲姫は健在。
大口径主砲が直撃してけろりとしている。
そう、これが防空棲姫の恐ろしいところだ。
無敵の装甲。誰も彼女を傷つけることはできない。
戦艦棲姫は逆に反撃を食らってバランスを崩してしまう。
「あっ、やっべ!」
致命的な隙。
防空棲姫は身体を大きく前へと傾けた。クラウチングスタートを思わせるその姿勢は、必殺の連撃を叩き込むためのものだ。
防空棲姫から針鼠のように突き出た対空機銃。本来は対空用のそれらが全て水平方向へ――戦艦棲姫へと照準を合わされた。
嵐のような一斉掃射が始まる。
4inchの殺意が百を超え、千を抜け、万を突き破る。凄まじい量の銃弾が瞬時に戦艦棲姫に叩き込まれた。その猛攻が途切れたとき、戦艦棲姫は文字通り穴だらけとなっていた。断末魔の一つもなく、彼女はずぶずぶと赤い海へと沈んでいく。
「あ~、あ~あ~!」
戦艦棲姫の敗北だ。
トゥリーはがっくりと肩を落として悔しがる。
「せ、先輩~! やっぱあの装甲を抜くのは無理ですよぉー!」
アンタもそう思うでしょ? と首を傾けて浜波を見た。
「あ、あわわ」
少女は目を白黒とさせている。
目の前で、ヒトの形をした生き物が轟沈した。それが例え深海棲艦であろうともスポーツ感覚で話のタネにするのは憚られる……そう自制するぐらいの倫理観を浜波は持っていた。
「……お優しいことで」
トゥリーはつまらなさそうに半目でぼやく。
深海棲艦は轟沈しても数日すれば完全復活する。そう教えてあげたというのにこの駆逐艦娘ときたら未だに神妙な顔をしてみせる。ちょっと鈍いんじゃないだろうか。
「浜ちゃんってさー、志願組? それとも実は身売り組?」
「え、ぇ?」
困惑の色。
トゥリーはなおも怯える少女をしばらく眺めて、肩を竦めてみせる。
「なんでもなーい」
くだらないことを聞いてしまった。やれやれと溜め息をつき、その小さな指をくわえて口笛を吹いた。
すると。
ばっさばっさと翼を羽ばたかせる音を伴って、鷹型艦載機が現れた。
三匹、四匹、いや五匹。
瞬く間に集まったソレらのボディは艶やかな黒色をしていてまるでカラスのよう。しかしただの鳥類ではない証拠に頭部には巨大な単眼がついていた。深海棲艦の艦載機。地球の生態系からかけ離れた存在だ。
その異形たちが、浜波を連れ去らんと彼女の身体に群がっている。
鳥に似たカギ爪のついたニ本足がぬるりと伸びて、浜波の細い身体をガシリと掴む。
「ひっ、ひぃ」
何匹もの異形に捕獲された浜波は生きた心地がしない。対して鷹型艦載機たちはそんな繊細な感情などお構いなしに羽ばたいていく。
浮遊感。
足が浮く。
それまでしがみついていたトゥリーから手が離れた。宙を彷徨って何物をも掴めない。
「ぃぃぃゃぁぁああ」
空中に連れ去られていく。その稀有な経験は、昇るときを一回目としてもまだ二回目だ。当然慣れてなんていない浜波は戦々恐々、まさに神に縋る思いでひたすら祈る。臆病な彼女が失神しなかったのは奇跡かもしれない。
約30メートルの降下劇。
どうにか着陸したときには息も絶え絶えだった。
「……っ、……っ」
しばらくの間、地面から立ち上がることもできない。
そんな少女を見て、後から同じようにして地上に降り立ったトゥリーがからかうように声をかけた。
「なっさけなぁーいー。浜ちゃんが特等席で見たいって言ったんじゃん」
「……だ、だって、あんなところに昇るなんて、き、聞いてない、し」
がくがくと、足は生まれたての子馬のよう。
トゥリーはその正面にしゃがみ込んで「ほら」と手を差し伸べた。
「あ、ありが、と……」
その手を掴む浜波。
彼女は、いうまでもなく艦娘だ。
起こし上げたもう一人の少女は深海棲艦。
この二人は本来ならば敵同士である。
それがどうしてこのように手を取り合っているかというと、それはここ北方深海基地を支配する北の魔女の方針が適当だったからに他ならない。
――戦争とは宣戦布告してから始まるものである!
北の魔女はどこかで聞いてきたそのフレーズを絶対のルールと信じ込み、人類と深海棲艦の間で起こる争い事を全て『よーいドン』から始まるレクリエーションのようなものと勘違いしている。故に彼女はこれまで毎月のように人類に対して『果たし状』を突きつけて、これもまた誰かから聞いてきたような“深海棲艦らしさ”を体現するために幌筵泊地に殴りこみをかけていた。
そこには信念や大義があるわけでも、恨みや憎しみがあるわけでもない。
まさに子どものごっこ遊びという他ないだろう。
だが、そんなのでもボスはボスだ。
世界中の深海棲艦に共通する鉄の掟、その一つに『主には絶対服従』というやつがある。破ったらどうなるか日の浅いトゥリーは知らないが、特に艦娘を嫌っているわけでもない彼女としては反発する理由も見当たらない。問答無用で殺しあうなんてナンセンス、仲良くできるならしたらいいじゃん、と思っている。
勿論、それは仮初の平和とは分かっているけれど……。
「ウゥーイ!」
いきなり奇声が響いてきた。
いや、呼び声か。浜波はびくりと震えて振り返り、トゥリーの陰に隠れた。
トゥリーは呆れて、
「ちょっとー、いい加減慣れなよ~」
と溜め息をつく。
しかし逆の立場なら自分でも堂々としていられない、とトゥリーは思う。なんせここは艦娘にとっては恐るべき敵の住処なのだ。
浜波は恐る恐る頭だけを出して、声のした方角を確かめていた。
そこに現れたのは、見知った三人の深海棲艦。
戦艦のタ級、軽空母のヌ級改、そして重巡のネ級。
女たちはカツカツと音を立てながら丸みを帯びた鋼材の上を歩いてくる。
「ぅぅぅ……」
浜波は哀れにも涙目になっている。
深海棲艦と艦娘は、本来ならば、互いに見敵必殺の対象だ。その敵方が接近してくるとなればいくら害意が無いと分かっていても穏やかではいられないのは当然だろう。浜波からしてみたら怪物たちが接近してくる悪夢のような光景でしかないわけで。そんな悪夢扱いされている三人の女たちは、深海棲艦特有の死人のような白い肌、そして意思を感じられない濁った瞳をしている。そのどれもが浜波に刻まれた条件反射を刺激しているのだろう。
……まあそれをいうならトゥリーも似たようなものだけれども、彼女はまだ艦娘寄りの外見をしているし、何より言葉が通じるのが違うのだろう。
タ級とヌ級改とネ級はそれぞれ両手を上げて、
「ウゥーイ!」
「エーイ!」
「エァー!」
と奇妙な声を上げた。
謎の言語……ではない。挨拶だ。
トゥリーも応じて「うぇーい!」と両手を上げてハイタッチを交わす。
パンパンパーン、と乾いた音が鳴った。
トゥリーは「お前も挨拶ぐらいしろよコラ」と、まだ怖気ついている浜波の首根っこを掴んで矢面に立たせた。
「ひ、ぃぃ」
なんてことするのぉぉ、と顔中に書いてある。と同時に、「抗議したいのも山々だけどそんな素振りを見せるわけにもいかないよぅ」ともあった。
浜波は、にへらとなんとか愛想笑いを作って顔を上げてみせる。
……この調子じゃなあ、とトゥリーは呆れるしかない。
もうちょっと胸を張ってコミュニケーションもとれないようじゃ、この先、人間相手でもやっていけないんじゃないだろうか。と、敵のくせに心配してしまう。
「ほれ、手ぇ上げなよ」
正面には上背のあるタ級がじろりと見下ろしていて、その左には半人間型のヌ級改が鎮座していて、右には腹から艤装が飛び出ているネ級が控えている。
浜波はどうにか勇気を振り絞って片手を上げて、「うぇ、うぇーい」と深海式の挨拶(?)をしてみる。
するとタ級たちはにこりと笑って、
「ウゥーイ!」
「エーイ!」
「エァー!」
と浜波の手の平を叩いた。
それだけでもう浜波はいっぱいいっぱいだった。
「よしよし、頑張ったねぇ」
「ぅ、ぅぅ」
「……で、君たち。どしたの? なんかあった?」
タ級たちとトゥリーが雑談を始めたのを尻目に、こっそりと浜波は涙ぐむ。
――単冠湾に帰りたい。着任三ヶ月で幌筵泊地に送られたと思ったら、その道中で霧に包まれて、いつの間にか同行していた艦娘がいないと気付いたときには、深海棲艦の巣の中だった。あまりにも不幸すぎると思う。全周を囲まれたときは死ぬかと思った。というか気絶した。それ以来ここで養われている。これはなんの悪夢だろう、自分は前世でよっぽど悪いことをしたのだろうか? だったらもう許してほしい、今世では何でもしますから。
「……艦娘がまた来たってぇ?」
「ふぇっ?」
艦娘。
その単語に浜波は敏感に反応した。
この敵だらけのゴミ島にお仲間がやってきたのかもしれない。その可能性は浜波に活力をもたらした。
「ど、どこっ?」
「うわっ、いきなり元気だな」
「か、艦娘、会いたい」
「なんだよ、あたしじゃ不満かー? まっいいケド。一緒に会いに行くー?」
「ぃ、行く」
「ほんじゃレッツゴー」
なんでも外海側の浜辺に漂着しているらしい。浜辺……といっても砂地ではなく横倒しになった軍艦の横腹、ただの波打ち際なんだけど。
タ級たちと別れて、ゴミの障害物をひょいひょいと乗り越えて浜辺を目指した。
「さーて、今度はどんな間抜けが来たのかな……っと!」
軍艦の縁に手をかけて身を乗り出した。後はもう、海まで緩やかに下るだけ。
件の、漂着したという艦娘の姿はもう見えていた。赤い海から上半身だけ出してうつ伏せになっている。ぴくりともしない。どうやら気絶しているようだ。
「ぁ、あそこ、いたっ」
「あの艤装は……駆逐艦かなぁ?」
浜波が小走りに駆け寄って、その身を引き上げた。外傷は無さそう。ひっくり返して上を向かせると、ごほごほと咳き込んだ。
「あ、起きた。どれどれ、どんな奴……」
とトゥリーが顔を覗き込むと同時、漂着者の瞼がゆっくりと開かれた。
「……う、ここは……?」
顔を上げ、自分を抱える浜波を見て、続いて傍で覗き込んでいたトゥリーの顔を見た。おぼろげな瞳が焦点を結ぶ。
目が合った。
声が出た。
「あ」
「げ」
両者、知っている顔だった。
かつて同じ大湊警備府に所属していた艦娘同士で、更に加えていうならば浅からぬ因縁の仲でもある。
かたや、身代わりになって轟沈した者。
「た、大鷹……? 生きていたの?」
かたや、命を守られた者。
「む、叢雲じゃん……」
その二者が、奇しくも大ホッケ海のど真ん中で再会を果たしたのだった。
自分が書きたいという理由だけで、一番楽しくなりそうな三章からいきなり始めましたよ、私は。
書いてる分には楽しかったけど読む側の気持ちを全く考えていなくてバランスもいい。
過程をすっとばしたせいで情報密度が高すぎて作者のオナニーというほかない。
秋イベ前段作戦がひとまず終わったので書いてみました。
長期連載の始まりのくせに第二話は一文字も書いてません。次回はしばらくお待ちください。