ちょっと悪いひとたち ~さらば北方深海基地よ!~   作:シャブモルヒネ

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3-10:北端上陸姫のお優しい犯行予告

 ドヴェはたくさんの名前をもっている。

 種族名は深海棲艦、分類名は北端上陸姫。

 民衆からはピースメイカーの名で知られ、かつては北極海の覇者として名を馳せた。

 だがそれらは全て、仇名であり、カテゴリー名でしかない。

 「あなたの名前はなんですか?」と問われて「人間です」「日本人です」「会社員です」と答える者がいないように、彼女にもれっきとした個人名があるのではないかとトゥリーは問うたことがある。ドヴェと名付けられるよりも前はどう名乗っていたのか、と。

「以前はナプラーヴァと名乗っていた」

 それが彼女の回答だった。

 なんとなく数字シリーズよりもまともっぽい響きがあると思ったのを覚えている。

「意味とかあるんスか?」

「うん。ロシア語で“右”という意味があるね」

「みぎ? なんで右?」

「そうだね……ピースメイカーが2人いたのは君も知っているだろう?」

「ええ、まあ。双子のリーダーだって有名だったんで」

「そう、私たちは双頭。それぞれが艦隊を率いる長だった。連携をとってよく敵を挟み撃ちにしていたよ。そのときの私は、敵からみて右側から攻める役割を担うことが多くてね、それで相手からは「あの右側のやつ」とか「右野郎」とよく呼ばれていたのさ。それが由来だ」

「えーっ、そんなんで名前を決めちゃったんスか?」

 もっとちゃんとした意味がこめられていると思っていた。例えば“右翼”の右だとか。深海棲艦としての右翼、保守派、アンチ人間イズム……等々、そのような意思表明を含ませているのではないかと勘ぐった。しかしそんな理由もないらしい。

「名前なんて記号だからね。判別できればいい。ちなみに私のもう片割れの名はナリェーヴァ。左という意味だった」

「適当だなぁ……。それより前はなんて名前だったんです? 生まれたときは?」

「生まれたときから名前があるやつなんていないだろう」

「それじゃ“右”って呼ばれるまでは名前がなかったんスか?」

「なかったね。部下たちからはボスと呼ばれていた。それで何も支障はなかった」

「うーん? でもボスが2人いる艦隊だったんですよね? 互いにはどう呼び分けていたんです?」

「呼び分けていない。どちらも私だった」

「……ん? っていうと?」

「そのままの意味さ。私と片割れとのあいだに区別はなかった。いうなれば……私たちは双子というよりクローン、いやそれよりも同一性が高かった。思考回路が同じであるゆえに判断が別れることはなく、言葉を介して意思を疎通する必要もなかった。あれは確信以上の事実だったと思う。だから互いを隔てる呼び名も要らなかったんだ」

「……あ~、一卵性ソーセージってやつスかね?」

「さぁどうだろう。そうかもしれないし違うかもしれない。いうなれば別の自分、が近いかな。……このように説明して伝わった試しはないけれど、君はどうだ?」

「いやー、あたしには姉妹がいないんで。まったく分かんないッス」

「ふむ。まあとにかく、そのような関係で不便はなかったのだけど……あるときから片割れの考えが分からなくなってきてね。あれは厄介で不可解な体験だった……。人間でいえば“孤立する”という感覚に近いのかもしれない。しかし悪いことばかりでもなかった。独立独歩の必要性は私の精神を一歩成長させた。目的意識がより強固になったんだ」

「ふぅーん。そうなんすねー」

 そのように言われても、分からねーよの一言だった。

「……私のことはいい。ここで君に伝えておきたいのはね、2人のピースメイカーから同一性が喪われたきっかけだよ」

 ドヴェはふわりと屈みこみ、ロングブーツ状の艤装を外してみせた。

 晒された生足は青白く、本人の外見と同じように幼さを残す華奢な指をしていたが、それに似合わぬ深い傷痕が両の膝上にぐるりと一周走っているのがよく見えた。

「なんスか、それ」

「自己改造の痕だ」

 彼女が言うには、その太股の傷痕は、他人の足を移植したためにできた接合痕らしい。

「私たち2人のピースメイカーは陸上型であるゆえに防衛戦を得手としていたが、同時に海を渡れずに攻め手に欠けていた。……だから水上艦の航行機能がどうしても欲しくてねぇ? こうして足の速いやつから必要なパーツを拝借したというわけさ」

「そ、それってつまり……?」

「言葉通りだよ。足を頂いたんだ」

 つまり、とっ捕まえてきた相手の足をぶった切り、ついでに自分の足もぶった切って交換したということである。

 さすがにドン引きした。

「よ、よくそんなの平気でやりますね。抵抗感とかなかったんですか?」

「特には」

「……さいですか。てかその足、よくくっつきましたね。血液型とか、そういう相性的な問題はなかったんですか?」

「それはない、不思議とね。誰のどんな部位だろうとくっついてしまう、それが深海棲艦の性質なんだ」

「……はぁ、そういうものなんですか」

「うん。このパーツ交換はね、手術などの外科的手法によって成し遂げられたわけではない。修復過程を利用したんだ」

「あの、もうちょっと分かりやすく喋ってくれません……? 頭が追いつかないッス」

 ドヴェはのっぺりとした表情を崩さなかったが、言葉は少し流暢になっているように感じた。知識を披露するのが好きなのかもしれない。それは一向に構わないけれど、こちらの知らない概念を世間話みたいなスピードですらすら喋るのはやめてほしいと思う。普通に理解が追いつかない。

 しかしそんな機微はやはり分からないのだろう、ドヴェは解説の速度を落とそうとしなかった。

「深海棲艦は、轟沈しても復活する……これはね、人間の回復のように“治癒”しているわけじゃない。近場の死骸から足りないパーツをとりこんで補っているだけ。うん、“補修”といったほうが近いかな」

「ん? いま轟沈って言いました? 補修? えーと……」

「複数人のパーツが組み合わさって新たな1つの生命として息を吹き返すということだよ。これが深海棲艦が復活するプロセスだ」

「……。ちょっと待って、深海棲艦は轟沈しても復活する、それはパーツの組み換え? によって成立する……これで合ってます?」

「合っているよ」

「うーん? すごく機械的ッスね。自動車の整備みたい。艦娘の入渠とは根本的に違うんですね」

 傷を治すのとはまるで違う。

 代替品を交換してるだけ。

 深海棲艦における復活とは、フランケンシュタインの怪物のようにツギハギゾンビになって再起動することを指すのだろう。

(……ん? それを利用したっていうことは……?)

 ドヴェは性能の良い足がほしかった。

 だから轟沈からの修復過程を利用した――ということで。

「それってつまり、先生はわざと轟沈したってことスか?」

「そうだよ」

「そうだよ、って……いやいや、だってそんな、いくら海を渡る足がほしいからって……」

「変かね」

「変以外のなにものでもないと思うんですケド」

 ドヴェは心外だ、とばかりに顎を撫で擦る。

「やらずにいる理由も特にないと思うんだけどね……。まぁそれが常識的な感覚というやつなのだろう」

「あたしだったら指の一本だって他人のものになるのは嫌ですよ?」

「みんなそう言うね。うん、確かにそうだったよ。私のように性能目当てでパーツを取り替えようとする深海棲艦はいなかった」

「そりゃそうでしょ……」

 薄々、感じていたけれど。

 このドヴェという女、情緒というものに欠けている。人間が本能的に嫌悪するような行為に対しても平然と是を示す。そう、あるときなどは、こんなことも言っていた。

 

――人間は、敵の兵器工場は爆撃しても良しとするのに、妊婦を撃つのは避けようとする。これがどうしてなのか、私にはよく分からない。

 

 どちらも“敵戦力を生み出す”という点で一致しているじゃないか、と言っていた。

 かなり最悪だと思う。

 が、当人も最悪と思われるのは知っているらしい。だからこそそのような行為は避けている、と玄人気取りで言っていた。

――どう扱うべきなんだろう、こういう本性の生き物って。永遠に未遂でいられるのなら普通人と区別しなくてもよいのだろうか。

(まぁ、今んとこ実害もないし、先達としてお世話になってるけどさ……)

 他の仲間たち――アドナーやチェティーリはこんなんじゃなくて本当に良かったと思う。周りがみんなコレだったら……ぞっとする思いだ。

「しっかしどうして他人の身体がくっついちゃうんスか? 仮に自分の足がとれたとして、その部分がまだ綺麗に残ってたらどうなるんスか? そっちがくっつくんですか?」

「自他の区別は関係ない。近いものが優先される、それだけだ」

「近い? 遠くにあったら自分の足でもだめ? 一体どういう原理なんスか?」

「誰も知らない。そういうものだ、としか分かっていない。……だがね、私は最近になって、恐らくこれだろうという可能性に気がついた」

 ドヴェは腕を組み、北方深海基地を取り囲む赤い海に目を向けた。

「深海棲艦を修復させている赤い海……それはノーリ様のような上位存在であるわけだが……彼女たちは、どうやら個々の区別というものがついていない。我々が魚の顔を見分けられないのと同じように、彼女たちは全ての生命を同じように見ているのだろう。……ときどき魚類と結合している深海棲艦がいるだろう? あれはきっとそういうことだ。なんとなく欠損部位が埋まればよい……その程度の感覚なのだろうね」

「そんな、形の違うジグソーパズルを力づくでハメこむような……」

「その例えは的を射ているのかもしれないね。だがね、驚くべきなのは強引ながらもそれを実現させてしまう点だ。――いいかい、軽巡洋艦ト級の姿を思い出してみたまえ。頭が3つに腕が2つ、そして胴体が存在しない……こんな構造の生き物が普通に動いているんだ。運動性能を損なうこともなく、人間でいうところの拒絶反応もない。これがどれだけ凄まじいことか分かるかい?」

「はぁ……医学的にはすごいことなんでしょーけど」

 それをいうならそもそも深海棲艦自体がよく分からない生き物であるわけで。今更そのおかしさ加減で驚けといわれてもピンとこない。

「ちなみにね、これも覚えておいてほしいのだが……そうやって他者のパーツが混じると、記憶も混ざるんだ。私のケースだと、この足の分だけ別人の記憶が混じった。思考回路に影響をうけて、性格も少し変わったらしい。つまり私は『ナプラーヴァ』から『ナプラーヴァ’』に変化したというわけだ」

「えええ……? 頭ンなかも変わるんスか……」

「つまり、私たち2人のピースメイカーが道を違えた原因はこの足、自己改造にあったのだよ」

「じゃあ……深海棲艦は轟沈しても復活するけど、それはもう別人ってことなんスね?」

「記憶は引き継がれている。けれど混ざっているのだから以前の本人そのものとは言えないだろう」

「テセウスの舟みたいな? それって“今の自分は一度きり”ってことじゃないですか」

「なぁに大丈夫さ。ノーリ様はもう私たちをしっかりと記憶した。この大ホッケ海に限るなら轟沈してもちゃんと本人のパーツを選んでくれるだろう。きっと100%の同一性を保って復活できるはずだ」

「なーんだ、それなら死んでも大丈夫かぁ……とはならねっすよ?」

「轟沈は嫌か」

「当たり前ッス! ……あ、いくら復活できるからってゾンビ戦法みたいな作戦は立てないでくださいよ?」

「分かってるさ。ひとが嫌がるようなことはしない。基本だろう?」

「……」

 こんなに説得力がない台詞もなかなかない。

「む、その顔は信じてないね? 私はね、不服を命令で抑えつけるような真似はしたことがないよ?」

「ほんとかなぁ……?」

「君ね、言ったばかりだろう? 記憶は引き継がれるんだ、乱暴な命令を繰り返していればいずれ誰も従わなくなる。死ねば終わりの人間とは違うのだよ。そういう意味では深海棲艦は人間よりもずっと“お優しい”といえる。……そう、そして、その違いこそが人間の優位性でもあるね。人間は死ねば終わりなのだから無茶を背負わせて使い倒すことができるんだ。そう、彼らは一度限りの人生をまともに生きたければと不平不満を飲みこませて搾取構造を構築し、資本を集中運用して技術発展の礎を……」

「あ~、また長いの始まっちゃいます? そういう講義はまた今度にしてくれません?」

 

 

 叢雲が海へと消えて30分ほど経ったころ。

 浜波と並んで赤い内海を眺めていたら、不意にそんな会話を思い出した。

 照月がこの先どうなるか、なんて話をしたからかもしれない。

 あいつが決めた道だから知ったことではない、と口では言ったけど――

「浜ちゃんさ、浜ちゃんだったら……」

「?」

「いや、なんでもないや」

 照月は、人類の側につくと言っていた。トゥリーは逆。人類なんか知らんもーん、と気楽な道を選んだ。どちらに正義があるかは明白ではあるけれど――だったらなんだというのか。

「めんどくさいなー、マジで。浜ちゃんもそう思わない?」

「え、え? なにが?」

「無駄に張り切っちゃったり解説好きのサイコパスだったり。どいつもこいつもめんどくさいって言ってんのよ」

「……?」

「はぁ~」

 正義。

 めんどくささの極致のような言葉だと思う。

 トゥリーは正しさなんて欲しくない。誰かに褒められたいわけでも認められたいわけでもない。単純に面白おかしく暮らしたいだけだ。前世では生まれが貧乏というだけで人並みの生活を送れずに艦娘という名の兵隊に身をやつさねばならなかった。同年代の少年少女たちが未来に欠片ほどの不安も抱かずに娯楽に興じているときに命を担保に血と汗と涙を垂らし続けねばならなかった。

 その苦労の分だけ今世はエンジョイしたいと思うのは間違っているのだろうか。

 

――一度限りの人生をまともに生きたければと不平不満を飲みこませることで搾取構造を成立させ……

 

 そう、“大鷹”の人生はまさに搾取される側だった。

 一般国民様が遊んでヘラって気持ちよくなるための時間を稼ぐための人生だった。

 つまり割りを食わされたのだ。だったら今世で取り返したっていいだろう。

 誰かに搾取されることもなく、責任を課せられず、ただただ気楽に、現代の少女らしく、普通に生きたっていいじゃないか。

 それを間違っていると言われたからなんだ。

 仮に悪かったとしても知ったことではない。

 善とか悪とか、そんな娯楽に興じる趣味はないのだ。

 力をもつ者の責任が、なーんて聞いたふうなことをぬかすやつはまとめてはっ倒してやればいい。

 ……そのつもりではあるけれど。

 戒めるように、一航戦の2人の顔が浮かんだ。

 あの2人の前でも同じ啖呵をきれるだろうか?

「うーん、無理寄りの無理ってカンジ……」

 盛大に溜め息をつく。

 どうにも吹っ切れきれない自分の中途半端さが恨めしい。どうすれば叢雲のようにズバズバと決断できるようになれるのか。

 いや、ならなくてもいいんじゃないかとも思う。

 人は人、自分は自分。適正ってものがある。自分は下っ端。兵隊。なんも考えてない世の中舐め子ちゃん。そんな立場こそ合っているし、適度に気楽で楽しそうだ。

(……でもそんなんでいいのかねぇ)

 じゃりっ、とアスファルト上の小石を潰す音がした。

「――難しい顔をしているね」

 背後からドヴェの声がした。

 噂をすればなんとやら。めんどくさい女の登場だ。

 浜波の肩がびくりと震えたのを横目に、トゥリーは前を向いたまま答えた。

「先生~、そっからあたしの顔が見えんスか?」

「まさか。だが君がなにを考えているかは分かるさ」

「そいつぁすげーや。ピースメイカー様はなんでもお見通しってことですか」

「なんでもは分からんさ。だがこの北方深海基地にいる数少ないメンバーの動向ぐらいは気にかけているよ。これは思い通りに生きるためのコツでもあるね。自分の周りの人物や、近い将来に関わる可能性のある相手についてぐらいは探りを入れて推測と対策を立てておくべきだろう」

「講義ならあとにしてください。今はちょっとおセンチモードなんですよ。前世の知人との別れが近いんでね」

「ひとに近い深海棲艦はすぐに嘘をつく。難儀なものだね」

「……何しにきたんスか? 夕方のタイマン勝負にはまだ早いでしょう」

 太陽は中天を過ぎたところ。まだ昼すぎといった時間帯である。

「遺言を伝えにきた」

「なんですって?」

「遺言さ」

 うんざりしながら振り向いてドヴェの正気を確かめる。その顔は平然と、なんてことはないいつも通りの様子だった。

「この戦いで私は死ぬだろう」

「はい?」

 言葉と態度がちくはぐすぎた。

「……もっぺん言ってもらっていいッスか? 先生は、照ちゃんとの戦いに負けて轟沈するって言ったんですか?」

「うん。私は負ける。そして死ぬ。そう言ったんだ」

「……照ちゃんはそこまで強いって?」

「さぁどうかな、実際に手合わせするのは初めてだ。だが彼女が強かろうとそうでなかろうと関係ない。私は負けることにしたんだ」

「ちょっと意味がわかんねーッスね」

「この勝負に限っては負けたほうが得になるってことだよ」

「……はぁ。まぁ先生の言うことが分からないのはいつものことですけど」

「少しは考えてみてほしいんだけどね」

「いや、いいッス。あたしはもう面倒くさいことはしたくないんで」

「そうかい。それでは何もしなかったがために不利益をこうむってしまう可能性も許容するんだね?」

「……」

 情緒のない深海棲艦という生き物は平然と痛いところをついてくる。遠まわしに機嫌が悪いと匂わせてもまるで配慮しちゃくれない。蛙の面に水。そういう意味では艦娘はよかった。要らないことまで気遣ってくれた。

「……はぁ。で、遺言ってなんですか?」

 振り向いて、ドヴェの姿を確認した。周りを見渡してみる。

(……ん?)

 なにか足りないと思ったら、いつもぴったりと張りついている番犬役の重巡棲姫がいなかった。

「いつものボディガードさんはいないんスね。あのひと、ぜんぜん喋らないから名前も知らないんですよ」

「クロンシュタットだ」

「どういう意味なんです?」

「ソ連の重巡洋艦の名を使っているだけだよ」

「ふーん。で、どこに行ったんです?」

 ドヴェは目を細めて微笑んだ。

「私の遺言は2つ」

 なんか誤魔化したなこいつ……と思ったが、面倒なので追求しなかった。

「遺言遺言って。もうちょっと重みのあるモンだと思うんスけど」

「まぁ聞きたまえよ。1つ目は、この海での復活について。君にはまだ伝えていないことがあるんだ」

「こないだ教えてもらった、ツギハギ式再起動のことですか?」

「そうさ。それを実行しているノーリ様は、どうやら修復中に対象の記憶を覗きこんでしまうらしい」

「どーいうことですかぁ?」

「轟沈者のそれまでの人生を追体験してしまうのさ」

「じゃあ恥ずかしい想い出もバレちゃう、と。プライバシーもなにもあったもんじゃないッスね」

 ドヴェは軽口には応じなかった。ゆっくりと人差し指を持ち上げて自身のこめかみを叩く。

「人格は、経験によって形成される。……知らない思想にふれること、一世一代の決断と行動、それに伴う華々しい成功体験、そして焼けつくような後悔が……主様を飛躍的な成長へと導くだろう。1人分の人生にはそれだけの価値がある。短時間で一気に成長できるんだ」

「……ふぅん。なるほどねー」

 だったら、なんだというのだろう。勝手に成長すればいい。

――どうしてこの女はこうも回りくどいのか。

 苛立つトゥリーに代わって、浜波が疑問の声をあげた。

「あ、あの……っもしかして……あなたが負けたい理由、って、それですか?」

「それ、とは?」

「自分の記憶を、北の魔女さんに、見せる……」

「……おお!」

 ドヴェの瞼が大きく開かれる。

Вот именно(その通り)! ……いや、大したものだな。失礼、君を少し侮っていたのかもしれない。私はね、私の主様を成長させるために負けることにしたのだよ!」

 欲しかった質問を得たドヴェは喜色満面といった様子。

 対して、トゥリーは冷めに冷めていた。

――上司のために命を捧げる? なんだそりゃ?

「ご立派、っていえばいいんスかね? まさか先生が自己犠牲の精神をお持ちとは思わなかったですけど」

「なにを言う。これは自分のためだよ。主には立派であってほしいという願望を叶えるために沈むんだ」

「そっすか」

 よく分からないし、分かりたくもない。

「質問はあるかな?」

「いや、別に」

「そうか、残念だ」

 今日のドヴェはなんだかしつこいと感じた。自分は思っているよりも苛立っているのかもしれない。

 ドヴェは口元に指をあて、くすくすと癪にさわる笑いかたをした。

――なんだろう。

 どこかで見たことがあると感じた。

 あの笑いかた。

 ずぅっと昔に、よく向けられていた気がする。

 艦娘になるよりもずっと以前、なんのとり得もないただの小娘だった頃に……

「いいかい? じゃあ2つ目の遺言……これは教訓だ。よぅく聞きたまえ。――目的のためには手段を選ぶな、という言葉があるが、それを始めから選ぶ者は三流だ。手段はできるだけ選ぶべきだ。よりリスクが少なく、成功率も保てるようなやり方を」

「はぁ……まぁそうっすね」

「当たり前のように聞こえるかい? だがね、この世で最も効率の良い方法とはそのほとんどが誰もが知っているやり方なんだ。安易な奇抜さに正解はない。地道さを、つまらなさを忌避してはならない」

 人生の箴言、といった口調ではあるけれど。

 わざわざ遺言として伝えるほどの内容だろうか、とトゥリーは思う。

 が。

 次から一気に分からなくなった。

「その思想に則って、私は今回のプランに課題を設定することにした。リスクを背負わないこと。そのために決定権を持たないこと。そして最後は、どちらを選ばれてもリターンを得られるようにすることだ」

「え? プラン?」

「目的のための手段を選びぬいたんだ。加えて私には『嘘をつかない』という縛りもあるわけで……なかなか綱渡りだったよ。自分で自分に勲章を渡してやりたい気分だ」

「え……え? なんスか、一体? 今回のプランって? なに、なんかやったんスか?」

「いいや、私は、何も、やってない。繰り返すようだが、そのうえでリターンを得るのが今回のプランだった。覚えておきたまえよ? 私は、何も、やってない。それが大前提だ」

 わけが分からず、浜波と顔を見合わせた。

 互いに疑問符が浮かんでる。

 ドヴェが何を言っているのか?

 何を伝えたいのか?

 おそらく――いや間違いなく重要な話として伝えているのだと思う。彼女にとっては伝えておかなければならない情報なのだろう。しかしその内容も意図も読み取れない。それを解読するための手法すらトゥリーと浜波は知らなかった。

「ちょ、ちょっと、回りくどい真似はやめてくださいよ……。なんのつもりです? はっきり言ってください」

 ドヴェは微笑むだけだった。

「昨日言ったばかりだろう? “君たちが一日も早く一人前になってくれることを願ってる”と。少しは自分で考えてみるといい」

「なんスかそれ。分からなきゃ痛い目にあうってことですか? 怒りますよ? そういうの、趣味が悪いです」

「怒れば答えを教えてもらえると? そうやって思考停止するなと言ってるんだがね」

「嫌なことするぞって言われて平気でいられるわきゃねーでしょう?」

「やれやれ……。どうやら君は対処法を知らないらしい。どうやって推察したらいいか分からないんだね? だったら教えよう……いいかい、こういうときは相手の願望から辿るんだ」

「願望ぉ?」

「そうさ。口先の言葉なんていくらでも変えられる。そこから意図を読み取るのは至難の業だ。だからまずは相手のしたいこと・欲しいものを考える。それと言葉を結びつけて相手の方法論を探るんだ」

 願望、と言われても。

 ドヴェ、ピースメイカー、ナプラーヴァ。いくつもの顔をもつ古狐のしたいことなんて分かるはずがない。

 ぎりっと奥歯を噛み締める、そんなトゥリーの指先に小さなぬくもりが触れた。

 浜波。

「さ、さっき言ってた……。北の、魔女さんを……」

 成長させること。

「……それが先生の願望ですか」

「正解。できれば自分だけで解答にたどり着いてほしかったんだけどね」

「だったら勝手に轟沈して経験値を捧げてりゃーいいじゃないですか。あたしにはなにも関係……」

 口が止まる。

――関係、ない?

 本当に?

 さっきドヴェはなんと言っていた?

 

――轟沈者のそれまでの人生を追体験してしまうのさ

 

 轟沈者。

 戦って死んだ者。

 それがドヴェでなければならない必要はどこにもない。要するに、轟沈する深海棲艦はトゥリーでもよいということで――

「――まさか先生、あたしにも轟沈しろってんじゃないでしょうね?」

「それこそ、まさかさ。いつか言わなかったかな? 反発や不信感を与えてはならないと」

「はは、さすがにね……?」

「だから私は「轟沈しろ」とは言わない。言わないだけだ(・・・・・・・)

――轟沈してほしいとは思ってる。

 言われずとも、それぐらいは理解した。

「もう殆ど正解を言ってしまっているようなものだけど、まぁそういうことだね。私は君に嫌われたくない。そのリスクを背負いたくない。だから、君が自発的に――そう、例えば、かの防空棲姫君に戦いを挑みにいってくれでもしたらいいなぁと思っているわけだ」

 こいつ、何を言ってるんだ? とトゥリーは思った。

 詐欺師が吐露した最終目的は、とうてい実現しないであろう妄想に近かった。

 苛立ちを呼気にのせて盛大に吐きだした。眉根の皺を揉み解して抑えこむ。

「……先生さぁ、正気なわけ?」

「私はいつだって正気だよ」

「あたしが照ちゃんと戦うわけがないでしょう? 勝ち目がないんだから」

「そうだね。じゃあどうしたらいいか、と私は考えるわけだけど、」

「やめて下さいよ、つーかもうやめてくんないスか? いい加減ちょっとさぁ」

「思うだけだよ。何もしていない。それだけは勘違いしないでほしい。私は本当に何もしていないんだ」

「だってプランがどうこうって言ってたじゃないですか」

「だから。それは、私が何もせずにすむためのプランだよ。決定権は君にある――おや、どうやら時間切れのようだ」

 白々しく。

 ドヴェは真横にくいと顎を向けた。

 島々の内海、そこに小さな人影が駆けている。

「叢雲君のお帰りだ」

 赤い波を駆りながら、こちらを目指してやってくる。

「彼女は私が嫌いなようだからね、邪魔者は居なくなるとしよう」

 踵を返して去っていく――そうはいくかと縫いとめた。

「先生がなにをしたのか知りませんがね、」

 ぴたりと足が止まった。

 その背に宣言する。

「あたしは、絶対に照ちゃんとは戦いませんからね。なんなら一生この島から出られなくなってもいい。あたしはね、人に利用されるのが大嫌いなんですよ」

「それもいいだろう」

 ドヴェは遠く、豆粒のような大きさの叢雲の輪郭に目を眇め、

「そもそもね……こんなことを君に言う必要はまったくないんだ。単に君を陥れたいだけならば何も言わないほうがいい。そうすれば疑問の余地なく事はうまく運ぶだろう。しかし君にはちゃんと考えてほしいんだ」

「何を?」

「何もかもを」

 ドヴェは首だけで大きく空に向かって仰け反るようにして振り返る。

「怠惰の道を進むなよ」

 そして彼女は内海へと足を向けた。

 上陸した叢雲とすれ違う。

 叢雲は傍目にも分かるほど強張りながらドヴェを睨みつけていた。

「さようなら、叢雲君。また会えるといいね」

 腕を振ることもない。

 小柄な女はそのまま内海に足をつけ、主機を駆動させて遠ざかっていった。

「……彼女、どうしたの?」

 戻ってきた叢雲が訝しむ。

 そんなの、トゥリーが聞きたいくらいだった。

「……知らね。負けに行くんだとさ」

「はぁ?」

 結局。

 やたら回りくどかったけれど、ドヴェの目的は分かった。

 

 トゥリーと防空棲姫を戦わせること。それも自発的に。

 

 そのための策を彼女は仕込んだはずだ。何もしていないと何度も強調していたがそんなわけがない。絶対に、そうせざるを得ないような状況を用意しているはず。

――でも、それってなんだろう?

 考えろ、と彼女は言った。

 考えて正解に辿りつけば回避策があるということだろうか?

 考えなければ……トゥリーは自分から防空棲姫に戦いを挑んでしまう? 相性が最悪で勝てないと分かっているのに?

「ちっ、ワケ分かんねーし」

「なにか、あったの?」

 叢雲が寄ってくる。

「……いや」

「あったのね?」

「……ああ、あったよ」

 こんなワケの分からない話を伝えてどうする、とトゥリーは思ったが。

 すぐ傍に浜波がいた。

 トゥリーの腕にしがみつくようにして濡れた瞳で見上げてくる少女。彼女もすべてを聞いていた。

 だったら秘密にしてもしょうがない。

「いやー、変な話なんだけどさぁ……」

 そうして全てを話した。

 話しながら、トゥリーは思った。

 3人寄れば文殊の知恵、むしろ相談してよかったのだ、と。

 こういう話は大抵、抱えこんだせいで破滅してしまうのがお約束だ。勘違いや見落とし、思い込みのせいで突破口に気付かないのが一番まずい。だから3人で力を合わせたほうがいい。そうすれば老獪なピースメイカーの策だろうと回避できないわけがないのだ。

「――って先生は言ってたんだよね。……叢雲は、どう思う?」

 全てを聞き終えると。

 叢雲は、口元を手で覆って、黙りこんだ。

「……ま、さすがの叢雲もすぐには分かんないかー」

 浜波も、特に思いつくことはない様子。

 いきなり暗礁に乗り上げた。

 ぼりぼりと頭を掻いていると、叢雲はゆっくりと顔をあげた。

「……あのね? 私も言わなきゃいけないことがあるの」

 その瞳は、珍しく迷いに揺れているようにみえた。

「なに?」

「昨夜に私、散歩にでたでしょう?」

「ん……、そうだね。あたしが探しにいって見つからなかったやつね」

「そう、それ。実はね、嘘なの」

「嘘?」

「うん。散歩なんて嘘。始めから目的があって外に出たの」

 叢雲は自らの手首をぎゅうと握りしめる。

「反省会をやるって言ってたでしょ? その様子を見に行ったの。何か重要な情報でも聞けないかなって……」

 ハンセイカイ。

 なにそれ? 浜波と一緒に首を傾げた。

 叢雲はむっとして、

「なんであんたら覚えてないの?」

「そう言われても……」

 本気で覚えがなかった。

 浜波は申し訳なさそうに上目遣いになりながらもじもじと人差し指の先を合わせるしかない。

「え、ええと……ごめん、分からない……」

「うっそでしょ! ピースメイカーが言ってたじゃない。チェティーリって子と反省会するって、夜の9時から!」

「そうだっけ……?」

 言われてもやっぱり思い出せなかった。つい昨日の話のはずなのに、まるで4ヶ月も間を空けたショートストーリーのように忘れてしまっていた。……いや、そもそも本当に聞いたのかとすら思う。んなこと今頃言われてもわからねーよって感じだった。

「はあぁ、信じらんない! ……ともかくね! 私はその、あれよ、スパイ行為をしに行ったのよ! 艦娘がいない会合ならポロっと本音が出るんじゃないかって!」

「はぁーん? 随分危ないことしますなぁ。敵の本拠地にやってきた初日の夜に?」

「いいでしょ、もう。それでね、確かに反省会は、やってたの」

「そんで? なんか聞けたの?」

「うん……。それがね、あんたがさっき教えてくれた話と少しかぶるんだけど……」

 数秒の迷い。

 葛藤が決意へと変わる時間。叢雲の瞳がキッと意志で固まるのをトゥリーは見た。

「ピースメイカーが狙ってるのはあんただけじゃない。私たちもよ」

 そして叢雲は語り始めた。

 昨夜、何があったのかを。




伏線はって回収する話を作りたいなら何ヶ月もあけちゃだめだってはっきり分かんだね。
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