ちょっと悪いひとたち ~さらば北方深海基地よ!~   作:シャブモルヒネ

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3-12:北端上陸姫VS防空棲姫

「ツ級対策、ですか?」

「そうです。敵に防空艦がいたからといって動けないようでは話になりません。今日は対空弾幕を掻い潜るための軌道と立ち回りを覚えてもらいます」

「はぁ、それはいいですけど……。あの、赤城さん? 質問があります」

「なんでしょう」

「どうしていつもぶっつけ本番なんですか? そんなやり方じゃ育つものも育たないって思いません?」

「ず、瑞鶴! 言いかた!」

「だって翔鶴姉、失敗したらまたご飯半分にされちゃうんだよ? コツぐらい教えてくれたっていいと思わない?」

「でも……いえ、そうね。私も、そう思います。……先輩方、私たちは未熟です。どこに注意したらよいかも分からないんです。甘いと仰られるかもしれませんが注意点だけでもご教授いただけないでしょうか?」

「五航戦。実戦で敵がいちいち何に気をつけろと教えてくれるのかしら」

「う……」

「あのですね、加賀さん! 前から言おうと思ってたんですけど!」

「ちょっと瑞鶴、やめなさい!」

「――まあまあ。言いたいことは分かりました。大鷹はどう思いますか?」

「私は特に……。赤城さんと加賀さんに従います」

「あんたはそればっかりね!」

「五航戦。ひとにあたるのは見苦しいわ」

「な、なんですってぇ……?」

「もう。加賀さんもちょっとひどいですよ。そうやって意地悪するからこの子たちもいじけちゃうんです」

「わ、私のせいですか?」

「うーん、確かに失敗続きですし、ヒントぐらいあげてもいいかもしれません。ですよね、加賀さん? それぐらいはいいですよね?」

「赤城さんがいいなら構いませんが……私を悪者にしてません?」

「こほん。えー、では艦載機が一番落とされやすいタイミングはいつでしょうか? はい、翔鶴」

「わ、私ですか? んんっと、そうですね、敵艦に攻撃するときでしょうか?」

「違います。はい次、瑞鶴」

「えっ。ん、ん~~? 真っ直ぐ飛んでるとき!?」

「は? 聞こえませんね」

「うぐっ、ス、スイマセン……」

「では最後、大鷹」

「……離着陸のとき、でしょうか?」

「はい正解。速度が出ない、軌道がばればれ。だから離陸は敵が見えるより先にやる。着陸は敵を撃滅しきってから。それが大原則です。分かりましたか?」

「は、はーい」

「よろしい。では回頭。後ろを向いてください」

「? ……あっ、千歳さん? 伊勢さんと日向さんも……どうしてここに?」

「私が呼びました。今日はわざわざ幌筵泊地から来てくれたんですよ」

「は、はぁ……それは遠いところをわざわざどうも……」

「私たち、これから訓練なんですけど……視察でしょうか?」

「いいえ。私たちも参加するんですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「あの、先輩方? 今日ってツ級対策なんですよね……?」

「そうですよ? だから彼女がいるんです」

「彼女って? あっ」

「こんにちわ、秋月です! 今日はよろしくお願いしますっ」

「はっ」

「まさか」

「翔鶴、瑞鶴、大鷹、始める前に言っておきます。艦載機が落とされた分だけ晩ご飯も減ります。全滅したらもちろんゼロパーセントですよ。頑張りましょう」

「ちょ、向こうは6人じゃん!? 戦艦もいるし!」

「こっちは3人ですよ!?」

「はい、よーいスタート」

 

 

「ぎゃああああ」

「いやああああ」

 

 

「――惨憺たる結果ですねえ。翔鶴は大破したので8割カットです。瑞鶴は中破で、艦載機は半分。うーん、これはどうしましょうね?」

「うぐぐ……納得いかないわ!」

「あら」

「こんな奇襲みたいな始まり方、ありえません! 実戦ならちゃんと偵察してますから!」

「ではどうしてさっきはしていなかったんですか?」

「するもなにも、いきなり始まったじゃないですか! 離陸のときが一番危ないとか言っておいて、こんなのってないです!」

「五航戦。赤城さんは、どうして始まるより前に離陸しておかなかったのかと聞いてるのよ」

「前っていつですか! ブリーフィング中でしたよね!?」

「それがあなたの死ぬ理由?」

「なんですって……?」

「先輩が喋っていたから艦載機を出すなんて失礼だと思った。まさかブリーフィング中に接近されるとは思わなかった――そんな言い訳であなたは死ぬつもり?」

「……そ、そんなの暴論です」

「じゃあ逆に聞くけど。現実に同じことが起こらないとどうして言い切れるの?」

「むむむ……」

「まあそういうことですね。実戦では開戦の合図はないんです。24時間365日、なにがあろうと油断してはいけません。ましてやあなたたちは空母じゃないですか? 死ねば艦載機の援護を信じてついてきた随伴艦の皆さんはどうなります?」

「そ、それは……」

「あなたたちは艦隊全員の命を背負うんです。それを分かっていたら、周囲を警戒していませんでしたなんて言い訳はできません」

「補足します。偵察うんぬんの前に、海に出ておいて周囲を把握せずいられる神経がまずおかしいと思いなさい。あなたたち、無意識のうちに油断していたのよ。ここが安全な演習海域だから。あるいはなにかあっても先輩たちが気づいてくれるはずだから。……いいの、それで? 私たちがそろって敵を見逃す可能性だってなくはないのよ?」

「……ぐう」

「赤城さん、他にはなにか?」

「うーん、そうですねえ。コツを教えるのはいいですけど、あてにされても困ります。他の事態は必ず起きるんですから。あなたたちの仕事は、想像すること。もしもに備えられなかったとき、あなたたちは仲間を殺すんです。いいですか?」

「は、はい……」

「返事」

「はいっ」

「はいっ」

「はい。……っ!」

「よろしい。では、第2戦、いきますよ」

「えっ」

「えっ」

「……」

「はい、よーいスタート」

 

 

「ぬわああああ」

「ひいいいいい」

 

 

「……まったく、ぜんぜん反省してませんねえ。一戦終わったあとにすぐ敵襲、なんてよくあることなのに。……ちゃんと飛ばせたのは大鷹ぐらいですか。加賀さんが気に入るのも分かります」

「あの子はちゃんと分かってます。いざというときに自分を助けてくれるのは自分だけということを。……でも」

「でも?」

「どんなに気を張っていても対処しきれないことは必ずある。それを誰かに任せられるようにならないといつかパンクしてしまいます」

「珍しいですね、加賀さんがそこまで言うなんて」

「だって他人事じゃありませんから。私も、赤城さんも、そうでしょう? 一人だけでは一航戦は張れません」

「……そうですね」

「誰か、あの子を変えてくれるような友達でもできるといいんですが」

「あの子も強情ですからねえ」

「も、ってなんですか?」

「いいえー、誰のことでもないですよ?」

「……そういうことにしておきます」

「ふふ」

「でもこういう話はどうにも不得手です。これも誰かを頼るべきでしょうか」

「そうですねぇ。適任なのは……うちの秘書艦さんでしょうか」

「叢雲さんですか? いいかもしれません」

「今度相談してみますか。報酬は間宮券……いえ、スタンプカード……いえいえ、割引チケット……」

「そこは出しましょうよ、間宮券」

「む、むう」

「気前よく10枚ぐらい」

「むがっ」

 

 

 ジャーーン!

 ダンッダカダ、ダン、ダカダ、ダンダン!

 ダンッダカダ、ダン、ダカダ、ダンダン!

 ジャジャーーン!

 ときは来たれり、北方艦隊決戦!

 おのが信念をかけ、いざ全艦前進!

 パ~、パパラ~パ~パ~、パ~パ~パ~……

 

――といった感じの、前段作戦のボス曲的なBGMはまったく鳴っていなかったけど。

 決戦のときはきた。

 

 西より現れたるは『北の魔女』が二番の部下、北端上陸姫。

 陸上型のくせに船と同じく海を渡る、そのカラクリは値の張りそうなロングブーツの下にある。太ももに刻まれたえげつない接合痕、そこから下の水上艦の足。それは、自ら望んでとりつけた航行機能。

 かつてはその機能に加えて、深海棲艦に似つかわしくない柔軟な思考力、そして類稀なる統率力をもって北極海を制した経歴の持ち主だ。その事実は有名を通りこして世界の常識ですらあり、彼女の自伝によれば3倍の数の敵艦隊を完封した戦いもあるという。だが非現実的だと指摘する声も少なくない。すべては彼女の有用性を喧伝するための誇張だと一部のマスコミは指摘した。果たしてどちらが真実か? その一端がこの一戦で明らかになるだろう。

 続いて東から現れたのは、北の魔女一派の挑戦をことごとく退けている絶対王者、防空棲姫。

 こちらの外見はまさに資料通りといった感じで、2015年夏にサーモン海の東に現れた同種の深海棲艦そのままの姿だった。特筆すべきはそのインチキじみた性能と艦娘時代に積み上げてきた戦闘技術だろう。その対艦能力は艦種の垣根をとびこえて戦艦棲姫を相手に5回もジャイアントキルを成し遂げるほど。天を衝く対空機銃は伊達じゃない。かつては一航戦の艦載機すら残らず塵に変えたという対空性能に艦娘としての実力が加わればまさに鬼に金棒、彼女は降りそそぐ雨粒すら撃墜しきってみせるだろう。

 そんな両者が揃ったところで、トゥリーは互いの意気込みを思い返す。防空棲姫は絶対に負けるわけにはいかないと息を巻いていて、北端上陸姫は負けるつもりだと嘯いていた。

 だったらもう結果は分かりきっている、とトゥリーはもう何度目になるか分からない溜め息をもらした。わざわざ戦う意味もない。

 先程『決戦』といったが、あれはまったくの嘘である。この出来レースが終わったところで何も決まらないし、変わらない。ただ現状が維持されるだけ。

 防空棲姫は悪を撃退できて自己満足。

 北端上陸姫は上司のために命を捧げられて自己満足。

 なんとアホらしい戦いだろう。

 その自己満足に巻きこまれてしまう罪のない一般深海棲艦の気持ちも少しは考えてほしい。

 要するにトゥリーが言いたいのは、「そんなオナニストたちの自慰行為のためにどうしてこの自分が不自由を強いられなければならないのか」という、現実に対する憤りであった。

 ――めんどくせー、マジで。

 だが、放置するわけにもいかなかった。なぜなら遠く百メートルほど離れたリングの海で睨み合う件の女たちのうち片方は、自分とその友達を害する存在なのだから。たとえこの戦いで負けて死ぬと宣言していようと信じられない。この目で最期を確かめるまで安心できるわけがなかった。

「……にしてもー。辛気くさくて、ヤなカンジぃ」

 せっかくの2度目の人生、楽しく生きると誓ったはず。多少下り坂になったぐらいで不幸ぶっていたらきりがない。

 こんなときこそ気分をアゲるべきだろう。

 必要なのはBGM。

 それもとびきり陽気なやつ。

 トゥリーは持ち込んだラジカセに手を伸ばし、一本指でスイッチを押下しようとする。

 が、

 できなかった。

「あれっ?」

 ラジカセが消えていた。

 叢雲の腕のなかに。

「ああっ、なにすんだよー!」

「……あんたね。状況が分かってんの?」

「なんだよもー、いーじゃん別にぃ! いざとなったら逃げちゃえばいいんだからさぁ!」

 そう、叢雲たちはセーフティネットをもっていた。

 危険を感じたらすぐに安全圏へ逃げられる。

 大ホッケサークルから脱出してしまえばいいのだ。

 だからこそこうして暢気にくっちゃべっていられた。

 そして油断だってしていない。今だってちゃんと偵察機を巡回させて周囲を警戒しているのだ。

 だからラジオ番組くらい聴いたっていいじゃんよー、とトゥリーは唇を尖らせた。

 が、叢雲はにべもなく。

「ばか、そっちじゃないわよ。今から始まる戦いをちゃんと見ときなさいって言ってんの」

「いや、こうして見てっから」

 トゥリーは素足を前方下方へ指してみせる。

「……つーか、なんか注目するとこあったっけ? どうせ照ちゃんが勝つって分かってる戦いじゃん」

「あのね、ピースメイカーが戦うのよ? すっごく貴重な機会だし、ほんとに轟沈するかも確認しなきゃだめでしょ」

「そのぐらいさぁ、BGMが鳴ってたって問題なくなーい? ……ねえ、そろそろズイズイラジオが始まっちゃうから返してほしいんだけど。それだけがここの楽しみなんだからさぁ」

「横でジャカジャカ鳴ってたら集中できなくなるじゃない」

「そう? 別に大丈夫でしょ。ねぇ浜ちゃん?」

「う、うん……」

「私が集中できないの」

「はー? そんなの知らねーし」

 生意気な駆逐艦娘にむけて「返せよ、こらっ!」とぐいぃと身を乗り出した。

 対する叢雲はフリーになっている片腕を突っ張って全力で抵抗してみせる。

 そのせいで、間に座っている浜波の身体は盛大に揺らされた。

「ひゃ、ひゃわぁぁ」

 揉める少女に、怯える少女。

 合計三名の声が、天高くそびえる大型バルジの上に響いていた。

 彼女たちが座っているのは、3番島の中心部にでかでかと突き刺さった大型バルジの上だ。高さは約30メートル……といわれてピンとこなければマンションの10階を想像してもらえれば分かると思う。落ちれば普通に死ぬ高さ。

「だ、だから昇りたく、なかったのにぃぃ~」

 いくら観戦しやすいからといって手すりも安全ベルトもないただの実艦バルジの先端に座るなんてどうかしている。浜波は猛烈に後悔した。やはり他人任せは良くない。自分の意見ははっきりと主張するべきだ。

(……よし!)

 浜波はごくりと唾を飲み込んで、思い切り息を吸いこんだ。

「も、もうっ、こんなところで暴れるのは、やめてよっ!」

 ぴたり。

 両隣でいがみ合っていた2人の動きが止まった。

(や、やった!?)

 と喜んだのもつかの間で、

 右手、左手、右右左右左右。

「うわわわわ」

 2人のツッパリ相撲はすぐに再開された。

 一念発起がすぐに通用すれば苦労しない。浜波の小さな決意の灯火はこうしてかき消されたのだった。

 

 

 洋上の決戦場。

「初めまして、今日も良い天気だね」

「……」

 2人の女が向かいあっていた。

 かたや陽光に目を細めながらゆるゆると微笑んでいる女、北端上陸姫。

 かたや拳を握りしめ、引き絞られた矢のごとく神経を尖らせている少女、防空棲姫。

 今日も海は凪いでいる。

 天候はいたって良好。空には雲の一つも浮かんでおらず、せいぜいが頬を撫でつけるそよ風が漂っているだけで。目を瞑ってしまえば春一番もかくやというピクニック日和だった。

 そんな平和な空間のなかで、穏やかさの欠片もない曇り顔をしているのが防空棲姫だった。

「……おや、返事がない? これは嫌われたものだね。もしかして私の悪評を気にしているのかな? ピースメイカーの名は随分と嫌われているようだからね……」

 少しだけ淋しそうに笑ってみせる。細めた目はそのままに、眉をハの字にして困り顔。遠慮がちに相手をうかがった。

「……」

 互いに初対面である。

 しかし出会う前から互いを知っていた。

 アドナーとトゥリー、2人の深海棲艦を介して互いの存在は伝わっていた。

「挨拶ぐらいはしてもいいんじゃないかな?」

 北端上陸姫は、相手を利用しようと考えた。

 邪魔者なら邪魔者なりに役に立つだろうと。

「……」

 防空棲姫は、まったくの逆。

 特に考えていることはない。

 有名人? だからなに? 来れば殺す――それだけだ。

 徐々に空気が張り詰めていく。

 それが破裂しようとする寸前、北端上陸姫は懲りずに再び口を開く。

「1つ、聞きたいんだけどね。いいかな?」

 返事はない。

「2年前に、ここ北方深海基地に迷いこんできたという駆逐艦……それは君のことで合ってるかい?」

「……それが、何か?」

 やっと返事をもらえた。北端上陸姫はおおげさに「あはっ」と喜んでみせる。

「なぁに、確認だよ。アドナーが……ほら、君と5回も戦っていた戦艦棲姫が言っていたんだ。「あの防空棲姫は2年前にここに居た」ってね。それが真実か否かはとても大切なことなんだ」

 防空棲姫は応えない。

「ねぇ、照月君? だったら君はこの大ホッケサークルから脱出する方法も知っているはずだ。ちゃんと叢雲君に教えてあげたのかい?」

「……」

「照月君?」

「教えました。あなたたち北の魔女一派の手にかからないように。今頃は脱出しているでしょう」

 そう告げると、北端上陸姫の顔からすぅーっと表情が消えた。

「……ふぅん、教えたのか。そうかそうか……」

 北端上陸姫はひどくつまらなそうに呟いた。

 あの無表情こそが、北端上陸姫の本質。

 そう防空棲姫は思っている。

 言葉巧みにひとを惑わして、いいように操ってしまう扇動者……それは生前に観たTV番組での印象ではあったけど、あながち的外れでもないと彼女は信じている。

 だから話はしない、と決めていた。

 なのに、気がつけば会話に応じてしまっている。

 何故だろう、と防空棲姫は訝しむ。

 始めに人懐っこい表情を見せられたからだろうか? それが意外で、つい言葉に耳を傾けてしまった。気がつけば今の有様だ。

――こんな話をしても無意味なのに。

 開戦のために主砲の角度を動かして、

「――ところで、君はどうして戦うのだろう?」

 ぴたりと止めた。

 また、反応してしまった。

「……今さら、何を……」

 その質問には反応せざるをえなかった。

「君はトゥリー君――大鷹だったあの娘を知っている。アドナーも知っている。そしてこの私、ピースメイカーが仲間にいることも聞いていた」

「……だから?」

「これだけ特徴が異なる者たちが傍にいて、全員が無事に生きている……それだけで昔の北の魔女とはずいぶん違うと分かっていたはずだ」

「だとしたら、どうだというんですか?」

「話ができると分かったはずだ。ならば君は、その行き詰った状況を打開するために交渉しなければならなかった。だめで元々、やっても損はない。譲歩させる余地があるかもしれない。取引に応じるかもしれない。あるいは騙まし討ちにできるかも……しかし、君は頑なに話をしようとしなかった」

「当たり前です。あなたたち深海棲艦を信じられるわけがない」

「頑なすぎた、と言ってるんだ。もしも君が本当に事態を好転させたいと願うなら、もっと必死にその手がかりを探して実行していたはずなんだ」

 少女の口がわずかに開く。

 しかし。

 反論は、出てこなかった。

 北端上陸姫はおかまいなしに次の矢を放つ。

「君はトゥリー君の説得をすべて否定した。吟味すらしていない。ただ反射的に拒絶した……さて、なぜだろう?」

 防空棲姫の肩が震えた。

 指摘の矢は、放たれるたびに精度を増していた。

 当てずっぽうではない。

 明らかに急所が見えている。

「君はどうやら現状維持を望んでいる。好転すら望んでいない。つまり、幌筵泊地を守ろうとしていないんだ」

 やめろと叫ぶ声はやはり出てこなかった。

 防空棲姫は金縛りにあったように動けない。その指だけがぴくりぴくりと震えている。

 女は気付いているのかいないのか、唇を歪めてしたり顔。

「ずばり、君の目的は、この大ホッケサークルから誰も出さないこと。そうだろう? ……私たち深海棲艦はもとより、艦娘も。いやむしろ、艦娘のほうをこそ、ね」

 防空棲姫の呼吸が止まった。

「だからね、君は叢雲君に脱出手段を教えないと思っていたよ。逆に邪魔してくれるんじゃあないかと期待さえしていたんだがね……」

 防空棲姫のなかで圧力が高まっていく。

 これ以上は危険だった。

 言葉の矢じりで穴が開く。

 そうなればどうなるか。どす黒い感情が一気に噴きだして、目の前で得意げに喋っている女になにをするか分からない。

――いや、違う。

 やつは敵。

 むしろ、そうしなければならなかった。

 防空棲姫は重心を僅かにずらす。

――やつは、戦うためにここに来た。

 ならば私のすることはただ一つ。

 今すぐ黙らせてやればいい。

「これは純粋に疑問なんだけどね。君はどうして叢雲君を――始末しなかったんだい?」

 弾かれたように少女が飛びだした。

 つんのめるほどに重心を落として両舷一杯、砲身を敵へと定めて火を噴かす。

 命中を期待してのものじゃない。あくまで牽制、目くらまし。にも関わらずその弾道は正確に対象へと吸いこまれていった。

 北端上陸姫は、自身の艤装で受けた。

 斜めに弾く。

 そのわずかな時間だけで防空棲姫はトップスピードにのっていた。

 敵も主機を駆動させ始めたが、遅すぎた。

 そもそも、軽量快速が旨の駆逐艦を前に停止するという暴挙を選んだ時点で勝負はついていた。速度に乗るまではただの的。2桁は銃弾を叩きこめる。ましてや防空棲姫は熟練の水雷屋だった。全速で動きながらピンポイントに攻撃を命中させる技術をもっていた。どれだけ硬かろうとキツツキが穴を穿つようにして削りぬいてしまえばいい。

 結末はすでに見えていた。

 頭は海面すれすれに。対空機銃は揃えて水平方向へ。標的はもちろん北端上陸姫。

 嵐のような一斉掃射を、

 海面に、黒い影。

「ッ!?」

 直感だけで膝を曲げる、

(影! 魚雷違う下じゃない!)

 踵を突きだす、海面を蹴る。

(上何か飛んで艦載機!)

 ついさっきまでいた空間に爆弾が落ちてきた。

 爆発。

 水しぶきをくぐりながも女から目を切らない。

(どこから発艦見てないいつから上に会う前でも空には雲さえ隠れるどこに?)

 ここで視界を上げてしまうほど素人ではない。

 耳で確かめた。

――風切り音。

 おそらく一機。

(やはり。既に発艦させていた。でも、どこに隠れていた?)

 空には雲一つなかったはずだ。

 主機を回してカーブを描く。敵を睨みつけながらも意識は空へ。

 音で座標を割りだした。

 ぽん、と一発。落としてみせる。

 艦載機はひゅるると翼で大気を引きずりながら着水し、爆発炎上。

「ほう、見もせずに……?」

 北端上陸姫は悠々と速度に乗っていく。

 鷹揚に腕を広げ、手品のように何もない空間から艦載機を何機も発艦させた。

 防空棲姫の眉がぴくりと上がる。

「太陽、ですね?」

「ご明察」

 敵の伏兵は、太陽の光のなかに隠れていた。

 ずいぶんと古くさい手だ。

 けれど引っかかってしまったからには笑えない。

 むしろ飛行音を限界まで落としたうえで見つからないように飛ばしていた彼女の腕を褒めるべきだろう。

 2人はゆっくりと並走する。

 同航戦のかたちで睨みあう。

「……君が叢雲君を始末していたら、トゥリー君は仇を討ちにきただろう。そして当たり前のように返り討ち。……これが私のプランだった。誘導するのはなかなかの手間だったんだが」

「わけの分からないことを。どうして私が叢雲さんを傷つけなければならないの?」

「それが君にとっては一番手っ取り早くて確実な方法じゃないか」

「理解できませんね。都合が悪いからといって仲間に手を出していいわけがない」

「仲間? 艦娘が? 随分とかわいいことを言うじゃないか」

「……」

「自分でも信じてないくせに。信じていたら、叢雲君に助けを求めていたはずだ。違うかい?」

 歯を噛んだ。

「理解できない、と言いました」

「ふん……まぁいいさ。次のプランが動くだけだ」

 北端上陸姫はぼそぼそと、もう結果は決まっているのだと呟いた。

 その合間にも艦載機が飛んでいく。

 23、25、27、

 敵の艦載機が次々と、大空を自由に駆けまわる。その冒涜的な光景に眩暈がした。

「まさかとは思うけど。一応、聞いておきます」

「ん、なにをかな?」

「もしかして伝わってないのかな、って。アドナーってひとにも、トゥリーさんにも、言ったんですけど。ここに来たら沈めるって」

「ああ、聞いてるよ。だからなんだい? まさか殺しが怖いわけじゃないだろう」

「いえね、あなたがあまりにも無防備なものだから、おかしくなっちゃって」

「……なんだって?」

 北端上陸姫の艦載機はもう30を超えた数が悠々と大空を舞っていた。

 31、33、35、

 頭上に大きく広がって、あれでは対空弾幕を厚くしたところでほとんど落とせない。むしろそんなことをしていたら別の攻撃機が狙ってくる。撃ち落とす好機はとっくに逃してしまったのだ。

――とでも思っているのだろう。

 防空棲姫は、笑った。

 砲撃は、単純なようで奥が深い。距離があるほど命中しにくくなる。

 必要なのは、腕と、予測と、計算だ。

 海上というほぼ平面に浮かんでいる標的に対してですら、そうなのだ。

 これが艦載機相手となると、もうほとんど当たらない。三次元空間を自在に飛び回る相手にはこれでもかと対空機銃を撃ちまくり、曳光弾の軌跡を確認しながら射撃方向を修正していかねばならない。

 より高い集中力と、長い時間が必要になってくるのだ。

 だから、そこを手持ちの大型主砲で邪魔されたら防空艦はほとんど仕事ができなくなる。

 ――と。そんなふうに舐めているのだ。

 愚かすぎて、逆に面白かった。

 どうやら北の果てからやってきた田舎者は知らないようだ。

 日本が誇る防空駆逐艦、秋月型の真髄を。

「誰が艦載機を飛ばしていいって言ったのかな」

 

 ぽぽぽぽぽ。

 

 きっちり2秒。

 航行速度を落とさずに、顔も上げずに無造作に放たれた銃弾が。

 半径100メートル、ドーム状に展開されていた艦載機45機、その全てに命中した。

 大ホッケ海の上空に爆炎が咲き乱れる。

 北端上陸姫の瞳にいくつもの光の大輪が照らしだされた。

「……なんと、これは……」

 幾筋もの黒煙が結露のように垂れ落ちていく。

 こぼれる破片が戦場にばらまかれた。

「さぁ、始めましょうか?」

 降りしきる鉄の雨のなか。

 防空棲姫は今度こそ開戦の合図を告げた。

「撃ち方、始め」

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