ちょっと悪いひとたち ~さらば北方深海基地よ!~   作:シャブモルヒネ

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今回でようやく、いかにも解説なパートは終わるんで……。お兄さん許して。


3-4:北の魔女ってなんじゃらほい

 深海棲艦の研究は世界各国で行われている。

 人類の英知たちがこぞって研究を進め、資金は惜しみなく投入されたが、海の底からやってきた謎の生物の仕組みについては全く分からなかった。

 そもそも生き物なのかも分からない。本来ならば死んでいるはずの肉体と無機物とが複雑なパズルのように組み合わさって、フランケンシュタインの怪物のようになっている。そんなでたらめな構造では動くわけがないのだが、しかし現実では不具合を起こさずに稼働している。

 生まれ方、構造、動力源、能力、目的。何もかもが分からなかった。

 となれば、一つずつ地道に研究を続けるしかない。

 ここでは動力源について掘り下げてみよう。

 深海棲艦が生物であるにしろ機械であるにしろ、動くからには何らかのエネルギーを消費しているはずである。では、そのエネルギー源とは何なのか?

 燃料として油を取り入れているらしいと分かったが、それはあくまで機械部分を動かすためのエネルギー。では生物部分の方はどうなっているのかと調べたら、食事による経口摂取でエネルギーを賄っているのではないか、という仮定が挙げられて、それは概ね正しいという実験結果も出た。

 しかし、同時に。

 その仮定だけでは説明できない事例も報告されていた。

 飢え死にしかかった深海棲艦が、意識を失って倒れてからものの1分ほどで回復したのだ。栄養補給を済ませたように快調な状態で。

 更に研究が進められ、この現象に必要な条件が絞られた。

 答えは、倒れた場所だった。

 海の上で倒れたなら、エネルギーが枯渇していようと復活できる。

 地上で倒れれば、そのまま餓死して、どれだけ放置しても復活しなかった。

 つまり、深海棲艦は、燃料でも食事でもない第三の動力源によってもエネルギーを得ていると推察された。

 第三のエネルギー。

 栄養でもない。燃焼によるエネルギー変換でもない。

 これが一体なんなのか、人類には予想すら立てられなかった。なぜって、海は言ってしまえばただの水。熱しようがろ過しようが混ぜようが、たった1分で全快するようなエネルギーを得られるわけがない。ついでにいえば、作物を植えても育たないし、飲料にするのも非効率的。役立たずの塩水だ。

 それが、深海棲艦にとっては生死の不可逆性を打ち破るほどの触媒になっている。ならば人類にとっても使い道はあるのではないだろうか、と科学者たちは考えた。

 もしかしたら、石油や原子力に代わる新たなエネルギー源になるかもしれない。

 その言葉の響きは、人類にとってあまりにも魅力的だった。

 もしも原理を解析できたなら。

 そして、実用化に一番乗りできたなら。

 世界のリーダーにとって代わるのも夢ではないかもしれない。

 ともなれば。研究に莫大な予算が割り当てられるのは当然だった。深海棲艦の研究項目に、“海に関する研究”も追加された。

 

 とある科学者がいた。

 彼は、その“海の研究”の第一人者だった。

 彼が着目したのは、海の色。

 深海棲艦が群れて、戦う海は、赤くなる。

 一定量の規模勢力が現れると赤くなり、撃滅されると自然の色に戻る。

 そのときは、深海棲艦の存在が海に影響を及ぼしているのだろうと推察されていた。

 『深海棲艦は“影響する側”であり、海は“影響された側”』

 それが最初の前提だった。

 海の色は変化する。それは前述した通りだが、その原理はまるで分からずにいた。戦場から赤くなった海水を採取してきても、時間が経つと透明な色に戻ってしまう。ならばと戦場に実験器具を持ち込んで、砲弾飛び交う海上で調査をしてみたが、やはり芳しい成果は得られなかった。

 赤い海水と、ただの透明な海水。その間にはまるで違いがみられなかったのだ。

 ……そもそもの話、何をどう調べても赤色に見える要素が存在しなかった。色素がどうだとか、電磁波の波長分布がどうだとか、そのような科学的な調査をあらゆる角度から検証してみても、数値としては『透明である』としか出なかった。

 しかし、肉眼に映るのは、赤色でしかなく。

 その理由はしばらく判明しなかった。

 とある報告があった。

 偶々その観測船に、片目を失明した者が乗っていた。彼女は負傷して救助された艦娘で、苦痛に喘ぎながらこう証言した。

 

――見えないはずの右目で、何かが見える。赤い、蠢くなにかが、海いっぱいに居る。波じゃない。何か、アメーバのような生き物が……

 

 科学者の行動は早かった。

 すぐに色盲の人や、赤色に反応しにくい犬を戦場に連れ込んで、危険を顧みずに調査した。

 結果は、明らかな反応があった。犬は海に怯え、吠え立てて、全盲の人ですら“赤い何か”の存在を訴えた。

 判明した事実は2つ。

 1つ、この謎の赤色は、五感以外の何かで察知することができる。

 1つ、現代の科学力では解析することができない。

 彼は思った。

 

――この赤色のナニカは、人間や動物といった生き物にだけ感知できて、機械や薬品では検知できない。明らかに人類の科学力の外に在る。もしかしたら第六感的な……口にしたくはないが、霊的な領域の存在なのかもしれない。

 

 そして、ある日。

 別の報告が科学者の元に舞い込んだ。

 とある2つの国が少ない漁業域を巡って争っていたら、なぜか海が赤くなったというのだ。周囲には深海棲艦が居なかったはずなのに。

 新たな仮定が浮上した。

 この赤色は、深海棲艦に付随した存在ではない。独立して発現する。

 この頃、科学者はこの赤色に仮称をつけた。

 深海棲艦となんらかの関わりがある未知の存在――『深海Ⅹ』と。

 

 Ⅹに関する研究は更に進められた。

 世界各地から情報を集め、海が赤くなる条件が絞り出された。

 

・Ⅹは深海棲艦が居ない場所でも発現する。

・Ⅹは主に争いが起こる場所で発現する。

・しかし演習や模擬戦では発現しない。生死を懸けた争いでのみ発現する。

 

 更に、もう一つ興味深い統計も報告されていた。

 赤い海では、深海棲艦が発生する数が圧倒的に多いというものだ。

 ……人間は、自分が労力を注いだものには価値があると錯覚したがる生き物である。この科学者も例外ではなく、どうやっても手掛かり一つ掴めないその深海Ⅹを、人類ではけして届かない高位の存在と信じるようになった。それは何らかの意思を持つ存在で、争い事に惹かれる性質がある……等と、擬人化した感覚まで抱くようになっていた。

 彼の認識はすっかりひっくり返っていた。

 もしかしたらこのⅩが深海棲艦を生み出しているのではないか。

 『海こそが“影響する側”であり、深海棲艦は“影響される側”である』とさえ考えるようになっていた。

 ……考えているだけなら良かったのに。

 ある日、彼は、そんな絵空事を研究成果として発表してしまった。

 

――この深海Ⅹこそが全ての元凶である。

――この存在は、霊的な力、あるいは魂と呼ばれるものに影響を及ぼす力を持っていて、死体や無機物から深海棲艦を生み出している。

――これまでの観測結果から予想するに……Ⅹは、人間が生命の危機に晒される様に、もしくは死に際の……そう、魂の最期の燃焼に惹かれる性質があると思われる!

――あるいは、このⅩは、その光景を見るために深海棲艦を生み出しているのではないだろうか!?

――更なる戦争を生み出すために!

 

 霊的とか、魂とか。

 科学者が使っていい言葉ではない。

 こうして一人の科学者が追放されることになった。

 当たり前だ。彼の主張は、何一つ証拠を伴っていないのだから。ただの仮定と推論を積み重ねた不安定なバベルの塔にすぎなかった。そんなものは神でなくとも雷を落とすに決まってる。

 実に勿体ない話である。

 だって、そのバベルの塔はドンピシャの大正解を指していたのだから。

 

 

「その深海Ⅹが、私だぁっ!」

 と、北の魔女を自称する幼女は言った。

 なんでも、彼女が言うには。

 元々は、海に漂う原生生物のような存在だったらしい。思考能力を持たず、自我すら曖昧な、ひょっとしたら生き物ですらない存在であったと。

 そんな彼女は――彼女たちは、ただ海で、生命の営みを見ているだけだったと言う。時間の概念もなく、いつから居たかも分からない。地球誕生から居たのかもしれないし、宇宙発生から居たのかもしれない。彼女たちはただ何もせず、ずっとずっとたゆたう海を眺めていた。

 そんな永い時の流れの中で、あるとき、鮮烈な輝きを見たらしい。それは突如として発生し、彼女たちの棲み処である海の上でピカピカと、あるいはギラギラと、それまで観賞していた命の流れ――食物連鎖とは比較にならない煌めきを放っていて、深海Ⅹたちに強烈な印象を残した。

 ドヴェが補足する。

「――それは恐らく世界大戦だと思われる。何百人もの人間が軍艦に乗って生死をかけて争った、その姿・魂の輝きを見たのだろう。彼ら軍人たちは、国是のために、愛する者のために、生きたいと願う者がいて、死んでも責務を果たしたいと誓う者もいて、喜怒哀楽、愛や憎しみにとらわれて、互いにぶつかり支え合い、そして消えていった……」

 その魂の煌めきに、深海Ⅹは夢中になったらしい。

 人間という知性を持つ生き物が、文化の中で本能以上の生き甲斐を育んで、人生の総決算をぶつけ合う。その魂の輝きは、それまで見てきた食物連鎖とは一線を画していたからだ。

 しかし、ほどなく戦争は終わった。

 海では魂の煌めきを見られなくなっていた。

 深海Ⅹは待ち続け、何十年も経ってからようやく気付いた。どうやらあの輝きはもう見れないらしい。

 

――また見たいなぁ。

 

 深海Ⅹがそう思ったのが全ての始まりだった。

 かつて海上で争っていた人間たち。彼らはもう来ないけど、彼らの残骸ならスープとなって海中を漂っている。彼らの乗り物も海底に残っている。魂は、とろけて離れてしまっただけ。

 だったら、その肉と鉄と魂を合わせてやれば、また元に戻るんじゃないか?

 あの鮮烈な煌めきをもう一度見られるんじゃないか?

「――そうして生まれたのが深海棲艦というわけだ」

 世界中の深海Ⅹたちは、海に眠る死者たちをどんどん復活させていった。それは主に人間が死んだ場所・船が沈んだ場所から生み出され、生前に持ち合わせていた感情の残滓を拠り所に行動を開始した。誰かを守る。敵を倒す。そのために争いが発生し、また多くの魂が煌めいた。

 深海Ⅹは歓喜した。

 

――やった。

――きれいだ。

――もっと見たい。

 

 灯りに惹きつけられる羽虫程度の行動原理。このときはまだ知能を持っていなかった。

「――さて、このように深海棲艦は、過去の残骸から作られるわけだが……では、その材料が無い海はどうなると思う? 深海棲艦が作れない海……まぁ大ホッケ海、つまりノーリ様のことなんだがね」

 大ホッケ海に棲む深海Ⅹ――後にノーリと呼ばれる存在は、深海棲艦をほとんど作れなかった。単純に材料が無かったからだ。大ホッケ海は凪いだ海のままだった。他所の海とは大違い。南の海でも、東の海でも、西の海でも、美しい煌めきを見れているらしいのに、自分の海だけは閑古鳥。つまらない。面白くない。足りない材料が欲しいと他の海域に棲むⅩに意思を飛ばしてみたが、ミドリムシ未満の知能の存在が惹かれるものを融通するわけがない。流されてきたのは煌めきの残滓がまるで無いガラクタばかり。粗大ゴミ、執着の染みつかない漁船にボート、未練の散逸した死体。そんな材料では、動物程度の深海棲艦しか作れない。

 そこに一人の深海棲艦が漂流してきた。

 艤装の怪物を伴わない戦艦棲姫。後のアドナーだった。

 当時の大ホッケ海――ノーリはおおいに期待して、深海Ⅹとしては異例のコミュニケーションを試みた。

 

――お前の煌めきを見せてみろ。

 

 それに対する返答がこうだった。

 

――知らねーよ。てめーでやれっ!

 

「……目からウロコが落ちたんだ! 煌めきを見るんじゃなくて、自分で成る!? そんな発想は無かった! すごい、だって自分が煌めきなんだぞ……? なぁ、すごいよな、ドヴェ!?」

「……ええ、そうです。その一言だけはアドナーのお手柄です。奴の考え無しの返答が、今のノーリ様を方向づけた」

「私はな、新しいシンカイセーカンの身体を作ってな、タマシーは私のを乗っけたんだ!」

 そうして北方水姫と呼ばれる深海棲艦が誕生した。

 見た目はただの姫級でも中身は全然違う。大ホッケ海に広がる深海Ⅹ、そこに繋がるインターフェース。人類では検知すらできない無限のエネルギーを行使できる高次元からの使者だ。北の魔女が爆誕した瞬間だった。

 物質世界に降りてきたノーリは、早速アドナーに聞いたらしい。

 

――どうやったら煌めきに成れる?

――はぁ? 知らねーっ!

――どうやったら煌めきに成れる?

――うっせーなぁ。お前さ、あれだよな。見た目は大人なのに、中身は赤ちゃんだ。

――??

――赤ちゃんは大人の真似をして常識を覚えていくもんだろ~?

――オトナ? ジョーシキ?

――あ~……お前、よく分からねーけど深海棲艦の一種なんだろ? だったら深海棲艦らしく生きてみたらいいんじゃね?

――シンカイセーカンらしく?

――人間と戦うんだよ。

――ニンゲンってなんだ?

――ああ~、面倒くせーな! 習うより慣れろ、だ! 近くのナントカ泊地を攻めてみりゃいいだろ!

――そうしたら、煌めきに成れる?

――成れる、成れるよっ!

 

 こうして北の魔女は幌筵泊地に攻めこむようになった。

「……ここまで聞き出すのに丸々一年かかった」

 と、ドヴェは疲れきった顔をしてみせた。本当に大変だったらしい。なにせ、元々が未知の存在だ。生物ですらないとくれば常識なんて一つも持っていない。言葉をどうにか使えるだけで、共通認識というものが殆ど無かった。

 まず、生と死の概念が分からない。

 時間の概念も分からない。

 感情も分からないし、共感能力はゼロだし、善悪や倫理感なんて人間的な発想は微塵も持ちあわせていない。

「そして、つい最近まで“個”という概念も分からなかった。彼女たち深海Ⅹは、どうやら群生生物に近い在り方らしい。……まぁサンゴを想像してくれ。彼女たちは世界中で繋がっていて、認識も逐一共有されている。かと思えば海域毎に自我も別れていて、しかし切れ目ははっきりしない。なんとも、我々“個別”な生き物には理解が難しい」

 そんな在り方だったから、他の生き物も同じだとノーリは思っていたらしい。人類は、何十億人で1つの存在。深海棲艦も同様。だから、1人と話せば全体と意思疎通できると思っていた。勿論そんなわけがない。1人1人に意思があり、目的がある。行動も思惑もばらばら。その形態を理解するところまでは一年かけてどうにか来れた。だが実感は伴わず、時折間違えてしまうのだとか。

 ……さて、そんな北方水姫がどうして今は幼女の姿をしているのかというと、話は先月に遡る。いつものように敗北し、轟沈したときのことだ。

 勝利への執着がなく、そもそも勝とうとも思っていない北の魔女は性能頼りの素人だ。いや素人以下。今回もきれいだったなぁと全身バラバラ死体になりながら復活を待っていた。

 だが今回はバラバラが過ぎた。

 毎月しつこく攻めてくる北の魔女に業を煮やした幌筵泊地、そこに派遣されてきた北上という名の雷巡娘の仕業だ。シャッシャッシャッ、ドーン! と飽和攻撃を食らわされたノーリは、哀れ、爆発四散。損壊が激しく、復活までに時間がかかり……ノーリは暇を持て余した。身動きできない時間が長すぎる。ノーリは思った。簡単なボディを作って、そっちに意識を移して遊んでいよう。そうして仮ボディとして現在の幼女形態が作られて、今に至るというわけだ。

「――いやー、それがまさか本体を獲られるとは思わなかった! こっちの身体じゃなんにもできない! 戻りたいけど、防空棲姫が邪魔するし、触らないと戻れないんだ! なぁドヴェよ、どうしたらいい!?」

「防空棲姫を倒せばよいのです」

「でもアドナーはまた死んだぞ!?」

「そうですね。今の奴では今後も勝てないでしょう。ですがご安心ください。次は私が出撃しましょう」

「おーっ!? センソーだな!?」

「ええ、あなたの望む戦争です」




今回は少なめ。
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