ちょっと悪いひとたち ~さらば北方深海基地よ!~   作:シャブモルヒネ

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3-6:夜。浜波と護衛棲姫

 叢雲が散歩にでかけてしまい、夜の教室部屋に残されたのは2人だけ。浜波と、護衛棲姫トゥリー。ストーブの稼働音とラジカセのBGMが虚しく消えていく。2人の間には微妙に気まずい空気だけが漂った。

「……」

「……」

 言いたい放題やらかした後である。

 こうなってしまったらもう不自然にでも明るい話題を始めたほうがなんぼかマシというやつなのだが、いかんせん残された2人はどちらもコミュ力は低かった。ここに叢雲が残っていたらきっかけを作ってくれたかもしれないが、2人だけで面と向かって話をするとなるとダメだった。

「え、えーと、寒いね?」

「うん。そ、そうだね……」

 寒いわけあるか。

 ストーブのおかげで室温はむしろ快適でしかない。あまりにも苦しい話題の投げ方をしたせいでいたたまれなさ濃度はむしろ上がった。

「あぅ……」

 浜波もそれを察しており、なんとか会話を続けようと頭をフル回転させている。しかしその様子をトゥリーが更に察していて、だからこそ更に切りだしにくくなり……なんていう、苦行のようなやり取りが展開されていた。

 だがちょっと待ってほしい、どうしてトゥリーに『スキル:引っ込み思案』が発動してしまうのか? 彼女はこれまで平然と会話をしていたではないか。

 その疑問にお答えしよう。

 トゥリーはこれまで浜波を対等に見ていなかったから気構えなく喋れていただけにすぎない。

 浜波はこれまでずっとおどおどして、自分の意思を発していなかった。いかにも小動物的な態度で、艦娘としての経歴もド新人。……とくれば、艦娘時代は中堅ポジションとして活躍していた元大鷹からすれば浜波はあらゆる面で格下も同然。ゆえに園児の世話を焼くがごとく心の余裕をもって対応することができていたのである。

 だが浜波の実態は違った。いざとなると他人に切りこむ強さを持っていた。

 つまり、浜波はけしてコミュ障で無力な後輩ちゃんなんかではなく、対等に向き合うべき存在であると理解してしまったのだ。

 こうなるともう言葉がでてこなかった。それまで調子に乗って上から目線の発言を連発していた記憶が浮かび上がる。トゥリーはいまや「あのぅ、ええとぉ」と択捉型のシャイ娘のように上目遣いで相手を伺うしかできなくなってしまっていた。

 それでは、相手のほうの浜波はどうかというと――こちらもダメになっていた。

 つい先程、トゥリーに対して流暢な口ぶりでツッコミを入れられたのは勢いに任せた奇行なようなもの。我にかえると(あああ、わたし、すごいこと、言っちゃった……!)と俯くしかなくて、相手の視線から逃れるために前髪でササっと壁を作って瞳を奥へと隠す始末。

 やっぱりコミュ障じゃないか……と呆れることなかれ。誰だって苦手な分野はあるからして、立ち向かおうとしているその姿勢を評価していただきたい。

 さて。そんな浜波であったが、彼女はどもりながらもトゥリーに聞きたいことがあった。護衛棲姫になる前の大鷹だった時代について、ずっと気になる点があったのだ。

「……え? 艦娘を辞めた後は、どうするつもりだったかって?」

「う、うん。500万円は、あったん、だよね? そんなに貯めて、どうするつもり、だったの?」

「そりゃあ……まぁ、色々よ。お金はあればあるほどいいでしょ?」

「でも、艦娘つづけてると、死んじゃうかも、しれないし……。始めから辞めるつもりなら……3年も続けなくていい、と思う」

「そんなの、あたしの勝手じゃん」

「職歴、作りたいだけなら、1年で充分。それで、次の職にはありつける……と思う」

「……だろうね。やけに詳しいじゃん」

「うん」

「もしかして、浜ちゃんも『身売り組』なの?」

「……うん」

「へぇー……。確かに正義のために、ってタイプには見えないけど。そっか、浜ちゃんも身売り組かぁ……」

 身売り組。それは、浜波にとっては知られたい情報ではなかったはずだ。なぜなら『私は生活に困って仕方なく艦娘になっただけで志は低いです』と公言するに等しいから。

 とはいえ、知られたからといって見下すような艦娘や軍関係者はいないし、そのような者こそ軽蔑されるというありがたい風土が海軍にはある。しかし、それでも、身売り組はけして胸を張れるような肩書きでもないのは確かだ。

 バレて良いことなんて1つもない。

 なのに浜波は自分から藪を突ついて蛇を出した。

 何故なのか?

 その理由は簡単だった。

「同じ身売り組、だから……気持ち、分かる」

 トゥリーはどうして3年間も艦娘を続けるつもりだったのか?

「お金が必要だったん、でしょ? しばらく働かなくても、大丈夫なぐらい。それと、初期費用……?」

「……あー、バレてたのかー」

 トゥリーは踵を返し、浜波から顔を背けた。言い訳のように「めっちゃ恥ずかしいわー」とこぼした。

 身売り組は、総じて貧乏人である。

 貧乏人は、しょうもない夢を見るものだ。余人には理解しがたい、つまらない夢を。

「うぐぐ」

 貧乏人もそれは自覚している。だからけして口外しない。例え哀れまれることがなかろうと認識の差をつまびらかにされるのは耐え難いからだ。

 どうしてそういうことをするんだ、とトゥリーは文句を言いたかった。けれど、これはきっと腹を割って話そうという浜波の意思表示なのだと思う。

 この引っ込み思案の浜波が、自分から身売り組だと認めたのだ。

 自分だって恥ずかしい願望の1つぐらいは教えてやらなきゃ不公平だろう。

「あのさ、恥ずかしいからさ……叢雲には絶対に言わないでよ?」

「うん」

 トゥリーはぐるりと部屋を見渡した。

 黒板を。学習机を。ストーブを。まさに教室でしかない、己の部屋を。

 そして、どうしてこんな教室部屋を苦労してまで修繕して整えたのか、その理由を明らかにした。

「あたしさ、学校に行きたかったんだよね」

 浜波は笑わなかった。

 それがトゥリーにはめちゃくちゃありがたかった。

 

――別に、なにかを学びたかったわけじゃない。

 ただ普通の学生みたいな体験をしてみたかっただけ。

 例えば。

 誰かと待ち合わせをして登校するとか、

 講義中に居眠りして怒られるとか、

 レポートの提出期限がやべーと愚痴を言い合うとか、

 美味しいナントカ屋を見つけたから帰りに一緒に食べに行こうと約束するとか、

 飲み会に明け暮れて次の日のことなんて何も考えずに限界まで飲み比べをするとか、

 どっかのサークルに所属して好いた惚れたの噂話に巻き込まれるとか、

 その中心人物に自分がなってみちゃったりするとか、

 そんな、普通っぽい人生に、路線変更してみたかっただけ。

 

「――知ってる? なんでも世の恵まれた少年少女様たちは大学に合格すると入学祝いとかいって車を買ってもらえるらしいよ? すごくね、車って? ケーキじゃないんだからさぁ」

 そんな無駄遣い、トゥリーには想像もできない。こちとら誕生日に自販機の釣り銭忘れを回収していた身分である。お祝いで車ってなんだよ。それで調子こいて公道ぶっ飛ばしてオシャカにするようなクソガキが毎年発生するとはどういうことか。そんな連中は残らず全員、免許証・永久取得禁止の刑になればいい。

「まっ、金を貯めたところで学が無いから、ろくなガッコーにゃあ行けないんだけどね。名前を書けば入れる馬鹿校か、専門学校か……。まーそれでも行ってみたかったってわけ」

 トゥリーは再び、後ろを向いた。「おー、恥ずい恥ずい」とぼやく彼女は冗談めかした口調ではあるのだが、やはり耳まで赤く染まっているせいで顔が焼けるほど恥ずかしがっているのがバレバレだった。

「それで、行けなくなって……せめて教室だけは再現したくて、この部屋を作ったの?」

「そーだよ、未練たらしくなっ! ……分かってるなら、わざわざ聞くんじゃねーっ!」

 振り返って怒鳴ったトゥリーは、その顔の全てが見事に真っ赤だった。そこまでムキになることもないのに。おかしくて、浜波は笑った。

「なんなんだよオメーはよー。こちとら身売り組の先輩様だぞ、ちっとは敬えや!」

「ふふ、ふふっ。ごめ、ごめん……」

「ちえっ、話すんじゃなかった!」

 浜波は笑いが止まらず、眼の端に涙さえ浮かべた。

 笑われてるトゥリーはまったく面白くない。

 が、厭な気分でもなかった。

 こういう馬鹿みたいなことで笑い・笑われる関係性こそおそらく普通と呼ばれるものだから。

「でも、そんな目標があって、あと3ヶ月で達成ってとこまできてたのに、それでも叢雲さんをかばって、助けたんだから、やっぱり大鷹さんは、いい人、だと思います」

「はン、そんなんじゃねーから。別にあいつのためじゃねーし」

「またまた……。友達、だったんでしょ?」

「友達ぃ?」

 すぐには否定できなかったのがトゥリーは悔しい。

 腕を組んで考えた。あの八方美人との関係をどう表現したものか。

「むむむぅ」

 胸の奥底にしまいこんでいた文句が次々と浮かび上がってきた。

 己の顔が、梅干しのようになってくるのが分かった。

 あの生意気な駆逐艦娘について愚痴を言いたいと思った。誰かに不満を聞いてもらいたい。けど、それを吐き出すとなると、同時に自分の情けなさも追加で披露するはめになる。

「むむ、むむむむ……」

「……大鷹、さん?」

 それでも、やっぱり聞いてほしかった。だってこの機を逃したらきっと次は無いから。艦娘時代の愚痴なんて、この島の誰にも話せるわけがないのだ。アドナーやドヴェには言っても理解されないだろうし、チェトゥーリになんて禁句もいいところ。ましてやノーリに打ち明けるぐらいなら夕陽に向かって叫んでいたほうがマシだろう。

「むがー!」

「ひゃっ!?」

 がばっと浜波の両肩を捕まえる。こうなったらとことん聞いてもらうと決めた。

「浜ちゃん、聞いてよ! 叢雲はね、ひどい奴なんだよ!」

「え、えぇ? なんなの、一体……」

 目を丸くする浜波にがっぷり詰め寄って。大湊警備府にいたときの叢雲との関わりについて暴露した。

 

 この自分、大鷹が、ほんのちょっぴり薄皮一枚分くらいだけ問題児だったこと。

 それを解決するために叢雲が余計なお世話を焼いてきたこと。

 そのせいで駆逐艦娘たちとめんどくさい関わりを持つはめになってしまったこと。

 例えば、秋雲のエロ漫画作りを手伝わされたせいで報告書をつくる時間がなくなって徹夜するはめになってしまったり。

 「素敵な催しがあるから絶対来い」と力説されて休日返上で渋々行ってみれば駆逐艦寮の雑草抜きの手伝いだったり。

 水雷戦隊の打ち上げになぜか呼ばれて「空母だからたくさん飲めるでしょ」と意味の分からないアルハラを受けたこと。

 仕事人間の皮をかぶっていたせいで「クールで礼儀正しくて大人っぽくてステキ!」とほぼ初対面の娘からラブレターをもらって苦労したこと。

 挙句、『駆逐空母』という不名誉な称号を頂戴したこと。

 

「……ふぅ~ん」

 力説するトゥリーを眺めて、浜波は半笑いだった。

 楽しそうじゃん、と顔に書いてあった。

「なーによ、その顔は。言っとくけど酷いのはここからなんだから」

「そうなんだぁ」

「叢雲はさ、そうやって事あるごとにあたしに関わってきたワケ。ま、どーせ問題児だったあたしをどーにかするためだったんだろうけどさ、いちいち鬱陶しいくらいに熱いもんだから、こっちもなんか絆されちゃったのよねぇ。「あれ? これってもう友達なんじゃない?」とか思っちゃうわけ。でもね、これって不可抗力なの。だってこっちは今までそういう経験、ないんだもん。自分のために一所懸命になってくれる人なんていなかったんだからさ、免疫がないの。だから簡単にありがたがって、入れこんじゃってもしょうがないのよ。ねぇ、分かる?」

「分かるかも……」

「でしょっ!? ……なーのに叢雲は違うのよねぇ。あいつにとってあたしはその他大勢の一人でしかないの、すーぐに分かっちゃったわ。だってあいつ、誰に対しても同じように全力なんだもん。暴走機関車かってカンジ。そのエネルギーはどこから沸いてくるんだって呆れたわ」

「分かる……。ふーちゃんも、はーちゃんと距離近いし……。別に嫌じゃないけど、なんか、もやもやするとき、ある……」

「浜ちゃん、あんた……分かってるじゃん!」

「分かる、分かるよ!」

「う~、一緒にお酒、呑みたい! 呑まずにはいられないっ! けどここにはお酒がないんだ!」

「あ、お酒はいいです」

「はァ? なに言ってんの? 呑めっつったら呑め! 先輩命令だぞ、コラァ!」

「ア、アルハラ……」

「んな単語はこの島には存在しないっ! 浜ちゃんにはリバースするまで呑んでもらうぞぉ!」

「いやいや、ええっと、無いんでしょ? お酒」

「ああっ、そうだった! くそぅ……お酒ェ……」 

 そんなふうにわちゃわちゃと盛り上がっていると、

 遠くから、いきなり甲高い破裂音が轟いた。 

「おおっ!?」

 音の残響は、すぐに消えてなくなった。

 静寂。

 トゥリーと浜波は顔を見合わせる。

「……なに? 今の音」

「交通事故に、似てるかも……」

 言われてみればそんな気もする。

 が、このゴミ島に乗用車は走っていない。いるはずがない。であるならば、そんな破壊音をもたらす原因は深海棲艦の攻撃でしかありえない。

「ウチのモンかな? いやでも喧嘩・マジバトルはご法度だしなぁ」

「あ、あの、叢雲さんは……」

「あ!」

 そうだった。今、叢雲は外を出歩いている。トラブルの原因になるとしたら彼女しかいない。

 ――やばいかも。

 僅かに残っていた緩い空気をうち消して、2人はにわかに立ち上がる。

「いやいや、でもでも! 艦娘には手を出すなって言ってあんだけどー!?」

「どど、どうしよ?」

「行くしかなーい!」

 身を翻し、引き戸を思い切り開いて飛び出した。

――闇。

 外は、一面の闇だった。

 世界はまったく緩くない。いつだって厳格だったと思い出す。

 室内の明るさとはまるで違っていた。異次元のようにただ黒い。捜索は一筋縄ではいかないだろう。

「っ」

 まずは、どこに向かうべきか。当てずっぽうに飛び出しても時間を無駄にするだけだろう。ならば――

「浜ちゃんは部屋で待ってて。何が起こってるか分かんないけど、艦娘は出歩かないほうがいいと思う。どうせどっかの馬鹿が言いつけ破って攻撃したんでしょ。あたしが行けば、解決するから」

「そ、そう?」

 指をくわえて口笛を吹いた。

 すぐに鷹型艦載機たちが現れる。

「上から探してみる」

「み、見えるの?」

「大丈夫、少しは夜目がきくから。暗さに慣れればなんとかなる」

 黒色のカラスたちがトゥリーの両腕をがしりと掴む。細い身体が上空へと一気に飛びたっていった。

 

 

 結局、叢雲は見つからなかった。

 いや、こう言ってしまうとなにやら悲劇の幕開けのように聞こえるが、単にトゥリーと入れ違いになってしまっただけだった。

 あの後すぐに叢雲はなに食わぬ顔で教室に戻ってきて、浜波を飛び上がらせるほど驚かせた。

「え、何かあったの?」

 叢雲はすぐに事情を聞きだすと、上空で捜索しているはずのトゥリーを呼び戻そうとした。が、そのとき既にトゥリーは島中を探し終えて隣の島へと飛びたった後だった。

 こうなるともう連絡手段がない。

 トゥリーは4番・1番・2番の島を順に捜索し、それでも見つからないものだから焦りに焦って4つの島をぐるぐると旋回し続けた。運悪くすれ違うこと2回――つまりトゥリーは4つの島を、3周も探し続けるはめになった。

 へとへとになって戻ってきて、引き戸を開けると捜し求めた女がいた。普通に。ストーブに手をかざしていた。

「遅かったわね」

「……はァ?」

 トゥリーは金魚のように口をぱくぱくと開閉し、罵詈と雑言を喉元までせり上げた。感情的になりすぎて言葉にならず、トゥリーは唇を噛み締めてそれらを封殺。肩を怒らせて煎餅布団を床に叩きつける。横に寝そべって背を向けたまま、

「のんきちゃんかオメーは! 次はもう探さねーからな!」

 叢雲はなにも言わなかった。

 それがますますトゥリーを意固地にさせた。右手で頭を支えて舌を打つ。

 浜波だけがおろおろと両者を見比べて。

 そのまま時間だけが過ぎていった。

 

 

 朝である。

 いの一番に起きたのは浜波だった。慣れない寝床のせい……ではない。昨夜の険悪な雰囲気を引きずっていたからだ。明日になったらどうしよう、とうつらうつらと考えているうちに外が明るくなったので起きることにした。

 のそりと身を起こして女の子座りをしながらぼうっと壁時計を見上げる。時針は5、分針は真上を指すところだった。

 がばっ、と。

 左右で寝ていた2人がまったく同時に身を起こした。

「ひぃっ!?」

 トゥリーは寝ぼけ眼のまま腹をぼりぼりと掻いていて。

 叢雲は流れるように立ち上がり、テキパキと煎餅布団をたたみ始めていた。

「……」

 何かを言おうと思っていたけれど、既にそんな雰囲気ではない気がする。

 トゥリーはゆっくりと顔を上げ、壁時計を見つめている。

 朝の5時。分針はミリ単位でその先に進みつつある。

 その事実をトゥリーは親の仇のように睨みつけていた。

 叢雲が布団をたたんで定位置に片付けると溜め息をついた。

「……朝飯、食べる?」

「食べる」

 叢雲は当然のように応じた。

「どこにあるの?」

「隣の島」

「どっちの?」

 ここ3番島には2つの島が隣接している。西には2番島、東には4番島が。それぞれの島にはその数字に対応した深海棲艦が住んでいた。

「チーちゃんのほう」

「ふうん、4番さんね。ま、ピースメイカーのほうよりずっといいわ」

「なんで上から発言なんだよ。金とるぞ」

「一円も無いわよ」

「知ってらあ」

 トゥリーはのそりと立ち上がり、自分の布団を半折りにして教室の隅へと放り投げた。ぼすん、と角に収まるのを確認してから欠伸を一発、

「くあぁ~……。じゃ、行こっか」

「そうね」

 そうして2人してスタスタと出口へと歩いて行く。

 浜波は慌ててついていくしかない。

 外に出て、トゥリーは真っ先に粗大ゴミの山へと向かった。

 皮のはぎとられたソファーの前で立ち止まる。用があるのは、その上に積み重ねられた調理器具だった。一番上に手を伸ばす。

 どでかい中華鍋。

「なんなの、それ」

「お土産」

「ふぅん? まだまだ使えそうね」

「でしょ? こういうレアもんがたまに流れてくんの。そういうのを見つけて、欲しいやつに配るのがあたしの仕事……みたいなもんかな」

「へえー。あの駆逐古姫が欲しいって? あの子、料理するの?」

「しないよ。すんのは、あの子の……家族かな」

「……家族?」

 叢雲の声が少し硬くなる。

「どういう……家族なの?」

「ま、血は繋がってないね。前世からの縁? みたいな感じ。一応言っとくけど、当人たちに変なこと聞かないでよ? 親父さんがこえーから」

「どんな人なのかしら?」

「戦艦棲姫ってさ、主砲もってるでかい奴がいるでしょ? アレよアレ、むきむきマッチョマン。あと喋れなくて、気に入らないことがあるとすぐにグーで殴ってくる」

「DV野郎ってわけ?」

「あー、そういうんじゃない。こっちがアホなこと言わなきゃ何もしてこないよ。ただ沸点がものすごく低いだけ」

「昭和のカミナリ親父、ってところかしら?」

「そんな感じ。あと、グーって言ったけど、腕の太さが業務用の冷蔵庫ぐらいあるから気ぃつけてよ。パンチってレベルじゃない。先輩……ここの戦艦棲姫のひとがよく悪口を言ってぶっ飛ばされてる」

「戦艦棲姫を……? その親父さんって、戦艦棲姫のパートナーなんじゃないの?」

「いんや? 勝手にパートナーにすんなって感じかな? めっちゃ仲悪いんだよねー。協力してんの見たことない。ちゃんと組めばてる……防空棲姫にも勝てるかもしれないのに」

「……? それじゃあ、どうやって戦ってるの、その戦艦棲姫は?」

「艦娘時代の装備を使ってる。でもどーにもフィットしなくて弱っちいっつーか……そんなのどうでもよくない?」

「ん。そうね」

 喋ってるうちに海岸に着いた。

 海を挟んで向こう側に小さく隣の島が見える。

 叢雲も、トゥリーも、すっかりいつもの調子に戻っていた。

 浜波はちらちらと2人を伺いながら、考える。

(もしかして、昨夜の喧嘩? はもう無かったていで、進むのかな……)

 2人とも本当に気持ちを切り替えてしまったのかもしれない。

 でも、浜波には分からないだけで、表面を取り繕っているだけなのかも。

 叢雲とトゥリー。2人は平然とした振る舞いで東の4番島を眺めている。そこにぎこちなさはほとんど無い。少なくとも、浜波には読みとれない。

――古参の艦娘とはみんなこういうものなのだろうか? 過ぎた出来事をいつまでも引きずらない……それはいかにも戦場のプロっぽいけれど、この2人も同じなのだろうか?

 

――突っこんだ話をしちゃったら喧嘩にしかなんないでしょ? だからあんまりめんどくさい話をしてほしくないんだけど?

 

 昨夜、トゥリーはそんなふうに言っていた。そうやって関係を壊さないように丁度よい距離感を測るのが大人なのだろうか?

 もし浜波が、藤波や早波と変な空気になったときは、まず謝る。どちらが悪いかはあまり関係ない。その後に腹を割って話すほうが大事だから。そうやって自分たちは今までやってきたけれど、そういうやり方は子どもっぽいのだろうか?

 考えているあいだにも時間は進む。

 さっさと海辺へと進んでいく2人に遅れまいと浜波は慌てて足を踏み出した。

 が、陸地から離れる前に2つの背中は止まった。

「あ」

 遠く、水平線に浮かぶ4番島から誰かやってくる。

「アっちゃんだ」

「アっちゃん?」

 1人の人影が水面を駆けていた。

 黒い衣服に、白い肌。目を細めて確認する。当たり前のように深海棲艦。というか、その和服姿は昨日に見たばかり。

「駆逐古姫?」

 ――のように見えた。

「違う違う、駆逐古鬼」

「どこが違うのかしら」

 一応、武装の形状が違う、と海軍は定義している。けれど接近してくる少女は武装を持っていなかった。叢雲たち艦娘には区別が難しい。

 海上の少女はこちらの姿を認めると、袖をはためかせながら右腕をぶんぶんと振ってみせた。

「おはよーっ! いい朝ね!」

 晴れやかな笑みを浮かべ、朗らかに声を響かせる。

 それだけで昨日のチェトゥーリとは別人と知ることができた。

「ちーっす!」

 あっという間に上陸してきた駆逐古鬼にトゥリーが両手を挙げる。2人の姫級が軽やかに歩み寄り、スパーン! と景気よくハイタッチを交わした。

「いえーい!」

「いえーい!」

 謎のテンションに叢雲も浜波もついていけない。

「あーっ! なにそのどちゃくそでかリボン!? めちゃかわたん!」

「でしょでしょ? 最&高の出来栄えじゃなーい? 褒めちょおけまる」

 すぅ~っと息を合わせて、

「かぁ~わぁ~い~い~!」

 とユニゾンした。

 腹を抱えて笑い出し、と思ったら再びハイタッチ。右手で「いえーい!」、左手で「いえーい!」、最後に両手で「ズッ友ーっ!」、そしてまた大爆笑。

 ――なんだこれ。

 浜波、あっけに取られて横を見る。

「ちっ」

 叢雲。

 苦虫を噛み潰したような顔だった。

「うまくいえないけどすごく苛々するわ」

「分かるかも……」

 昨日からそればっかり言ってる気がする。浜波はとりあえず挨拶したほうがいいのかなと半歩だけ前に出た。「あ、あのぅ」と口ごもっていると陽気な古鬼が気付いた。

 にぱっと音がしそうな笑み。

「あ、もしかして噂の艦娘ちゃんたち? おはよっ、いい朝ね!」

「は、初めまし、て」

「……どうも」

「遭難してきたってほんと?」

「ほんとよ」

「大変ねー! けど安心していいわ。ここってわりと適当みたいだから」

「そうみたいね。拘束もされないし」

「捕まえるとか! 戦争ってほんと最悪よねー。やりたいやつだけ集まってオリンピックしてればいいのにー、ってことでお腹空いてない? ご飯持ってきたんだけど」

「え、ええ、くれるなら頂くわ」

 古鬼は背負っているリュックを揺らしてみせる。

「今日はおでんよ、お・で・ん」

 トゥリーは「朝からおでんかぁ」とぼやいた。

「なーに? 嫌ならあげないけど?」

「ウソウソ、おでん好き。めっちゃ好き!」

「ふふっ。じゃあ、あーげる」

「アっちゃん、もしかしてわざわざ持ってきてくれたの?」

「そうよ? だってこの島、なんにも食べ物ないじゃない」

「ありがとー! お礼にこれ、あげる~。じゃーん!」

「おーっ、鍋! やーっと手に入ったのね。せっかくだからこの鍋、使っていい?」

「おでんに?」

「おでんに」

「中華鍋を?」

「……だめ?」

「う~ん、ちょっとなぁ」

「えー? 食べられればよくない?」

「でもねー、見た目がねー」

 渋るトゥリーに、古鬼がしびれを切らした。

「しゅ~ぐ~政~治~!」

 がばっとトゥリーに正面から抱きついて両手を封じる。

「へ? なに?」

「他のお鍋でおでんを食べたいひとー!」

「え」

 なんか始まった。

 浜波は固まってしまい、叢雲でさえ困惑顔。

 意図を把握しきれない。

「このお鍋でおでんを食べたいひとー!」

 誰も動かないと思ったら、しゅばっ! とトゥリーの背中側から古鬼の手が伸びた。

「……はい。反対ゼロ票、賛成1票の圧倒的賛成により可決しました!」

 気付いたときには終わってた。

「え、えーっ」

「じゃあ食べよう、すぐ食べよう。ここでいいよね? 海を眺めて食べるご飯も乙なもんよ、きっとそう」

 コンクリートブロックを集めて即席かまどを作りだす。野戦部隊顔負けの早業だった。

「……はぁ、いいわよ、もう」

 溜め息をつき、叢雲は流木を拾い始める。消極的な賛成に古鬼もご満悦。

「あなた、分かってるじゃない」

「叢雲よ」

「そっちのあなたは?」

「浜波、です」

「ムラちゃんとハマちゃんね」

「あんたは? あんたも元は艦娘だったの?」

「いいえ、違うわよ?」

 リュックを漁りながらのんびりと答える。

「適正はあったんだけど、なる直前でキャンセルされちゃったの。軍縮条約ってやつのせいでね」

「ふーん。ちなみになんて艦娘だったの?」

「朝風」

「ああ、神風型の……」

「そう、そのカミカゼ型っていうの? 弱いから要らない、って内定お祈りされたのよ? 勝手な話よね。おかげでこっちは……ま、いいわ。ご飯よご飯!」

 そう言って、でんと掲げたのは見事に育った大根だった。出汁に浸して煮ればさぞ食いでがあるだろう。ただ1つ、問題があるとすれば……

「色が、黒いんだけど……」

 真っ黒い大根、のようなもの。

 首を傾げる艦娘たちを安心させるために古鬼は笑った。

「だーいじょうぶよ。何度も食べてるから」

「うん、見た目はアレだけど、平気へいき」

 トゥリーまで自信ありげだった。

 しかし叢雲たちの疑念は晴れない。黒い大根なんてやっぱりおかしい。

「ちなみにどこで採ってきたの?」

「うちの畑よ!」

「ああ、そういうことなのね……」

 摩訶不思議な北方深海基地で採れた野菜。

 ――そりゃアンタらは深海棲艦なんだから平気なんだろうけど。

 どうやって断ろうかと叢雲たちは頭を悩ませるのだった。




夜の叢雲パートを書いてたのと年度末進行と色々で遅れました。
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