◆=サンラク視点・プロゲーマー
◇=秋津茜視点・陸上選手となります。
◇=秋津茜視点、陸上選手
◇
今日は私達2人にとって大切な日です。
GH:Cの世界大会、
陸上競技の祭典、世界選手権の女子200m走の決勝
奇しくも舞台は同じ東京、
予選では上手い具合にスケジュールが被らず、それぞれ応援することが出来て、とても励みになりました。でも生憎、決勝はスケジュールが被ってしまい応援出来ません。
でも後日、それぞれの決勝の録画を2人で見ようと約束しました。直接応援されないのは残念ですが、分かれる前に最大級のエールを送り合いました。
「2人で勝ちましょう、楽郎さん」
最後にそう呟いてスタートの合図を待ちます。同じ場所にいなくても、この瞬間に見ていなくても、それでも隣りにいてくれている。そんな気がするから。たとえ世界屈指のランナー達と競う時だって
───できないから諦めるのか? 違うね、やめたいから諦めるんだ
───頑張った先の未来にはいつだって憧れの自分がいるんだよ
───今の自分にできるのは、せめて過去の自分に誇れるようにいることくらいだろ?
あの日から何度も私を励ましてくれたこの言葉が、今日も私の背中を押してくれる。今の私に出来ることは過去の自分に、
パンッと合図が鳴り響いた──────
◆
【ケイオースシティ】
最初は中国拳法の対処に手間取り1ラウンド目を取られたが、それにも慣れた。第2ラウンドをとり返し、その勢いのままに攻めていたのだが……
「そこだ」
「がっ!?」
有利であるが故のわずかな気の緩み。差し込まれた蹴りが俺の胸に刺さり、一瞬の硬直が発生する。
「初めて戦った時と似たシチュエーションね! でも! 今の貴方にはその身を守る剣はない!
ミーティアスの脚が蒼い粒子を纏い始める。敗北の二文字が頭をチラつき、蒼く幻想的な光景がどこか遠い。
───2人で勝ちましょう、楽郎さん
ふと、紅音の声が聞こえた気がした。
「負けて、たまるかぁぁーーー!!」
ネガティブな感情を振り払うように雄叫びを上げると、脳が息を吹き返すように様々な情報を掻き集め精査する。
接触、炸裂、判定、破片、栗きんとん、超必殺、間隙、貫手、タイミング、GGC、後退、音、声………
あの日と違って後ろに栗きんとんの幼女はいない。それでも、余計なプロセスを排した俺の脳が全身へと放ったオーダーはあの時と同じ「逃げるな」のただ四文字!
迫るミーティア・ストライク
距離あと2メートル……
………ここだ
「
呪鎧に亀裂が広がる。言わずと知れたミーティア・ストライクの直撃の定義は接触。……ちょっとした疑問だ。ミーティア・ストライクの接触判定はどれくらいのサイズや重量で成立するんだ?
例えば足に小石が接触しても、影響はないだろう。……今は正確なサイズや重量は知らなくていい。少なくともカースドプリズンになら、纏った状態の呪鎧に接触したならミーティア・ストライクは成立する。では、その破片なら?
試したことなんてない。だから、カースドプリズンを地に囚え続けた呪鎧が今、俺の命運を左右する最後の盾となる!
呪鎧が飛び散るまでの一瞬の内になるべく大きな破片を選定し身体をひねる。直後、脇腹を守っていた一際大きな破片が、最後の役目を果たさんとミーティアスの足にブチ当たる。同時にプリズンブレイカーの脚力をフルで使い後退……
爆ぜて──
即座に爆煙へ突っ込む! 爆風は全力後退したことでギリ耐えた! 体力はミリ単位しかねぇが、まだ負けてない! 賭けに勝った余韻に浸ることなく、目を大きく見開くミーティアスとの距離を一気に詰める。
「……んなっ!?」
GGCん時の印象が未だに強く残るこいつにとって即座の反撃も想定外! 過去の俺が意図せず残した不発弾! 二重に不意を打たれたミーティアスの残り少ないゲージを削り切るため、瞬時に詰め寄り拳を振るう。だが、流石と言うべきか三発目を殴る頃には硬直は解けて動き出している。
一つの隙では止められないのは承知の上。昔とは違い、さっき俺の脳が精査したのはミーティア・ストライクの対処と
構えた右手の五本指をピンと伸ばし、
「同じ手は喰らわない!」
「だろうな」
貫手かと思ったか? 一応正解だミーティアス。ただ、素直に喰らってくれるなんざ思っちゃいないし、実際そのガードを抜くのは難しい。
だから、その前に一捻りならぬ一声を加えてやるのさ。手足を使わずとも隙は作れるって教えてやるよ。息を吸い込み、右手の出し始めに合わせ……
一瞬で良い!
「──ヴァアアッッ!!!」
「……っ!?………ぐぇ!?」
喰らえ! 短縮版
「死ぃぃにぃぃさぁぁらぁぁせぇぇぇーー!!!」
そして、摺り足でミーティアスの右側に回り込むと同時に、右手を引き抜き身体を素早くひねる。右足を軸にして遠心力を収束させた左足による回し蹴りを放つ。
本能的な硬直に捕われ、さらに今の俺の立ち位置はミーティアスの右側。可動域が前回のようなハイキックを阻み、真横には拳も威力を発揮しない。………だが、それでも尚、世界最強の
身体を左に倒すことで可動域という限界をクリアし、右足を高く蹴り上げるハイキック。その後の体勢の悪さを顧みない、意地で繰り出す反撃の一手。GGCと同じようにその蹴りが俺の胸に迫り……
あぁ信じてたさ。前回も、今回も、お前ならどんなピンチだろうが絶対に諦めることはしないってな!
来るとわかっていれば対処出来る! 引き抜いた右手を握り締め思いっきり振り上げる。ミーティアスのハイキックは上へ逸れ、顔に狙いを変えたのを、首を傾けて回避する。
「ぐふっ!!」
「……っ!!」
互いの蹴りが交差する。俺の顔を突き刺さんとした奴のハイキックは俺の頬を掠め、チリっとした感触がその威力の高さを物語る。奴の腰に突き刺さった俺の回し蹴りは、奴を吹き飛ばしてその衝撃が身体の内部にまで浸透しダメージを与えた。刹那の後に、システムによるダメージ判定が適応される。
「ふぅー………」
全ての力を出し切ったと、大きく息を吐き出す。身体の力が抜けることはなく、視界もブラックアウトしない。ようはそういうことだろうか。吹き飛んだ方を見れば、ピクリとも動かないミーティアスの姿。
俺は、天に拳を突き上げた。
「俺の勝ちだ」
【KO!】
【 W I N N E R:顔隠し 】
◇
合図が鳴る。
世界から音が消える。
長いような短いような、そんな静かな時間が過ぎ去って、気付けばゴールラインを超えていました。上がる息を整えて記録を見ます。
『隠岐選手、世界選手権にて日本人初の銅メダル!!! 日本記録も塗り替えたーーー!!!!!」
あ、日本新記録なんですね。とぼんやりとした頭で考える。思い返すと今までになく集中出来ていたと思います。
悔しさはあります。ですが、過去最高の走りでも、日本記録を塗り替えても、まだその上がいるという事実に悲観や絶望はなく、越えるべき壁があることに嬉しさすら感じます。
「次はもっと高い場所へ」表彰台の上でそう決意を新たにします。そこで、ふと思い出したのは最愛の人の楽しそうな笑顔。楽郎さんと一緒ならどれだけの高みにだって走って行ける。自然とそう思えます。
次に記者会見に移り、今の気持ちや今後の目標などを聞かれ、答えていきます。
「以前、隠岐選手は交際中の方がいるとおっしゃっていましたが、今日は応援に来ていますか?」
「いえ来てません。楽……彼も今、頑張っているので!」
「と言うことは、もしやお相手も陸上選手ということでしょうか!?」
楽郎さんも頑張っている。そう口にしてみると、どうしようもなく楽郎さんに会いたい気持ちが湧いてきて抑えることが出来ません。私は走り出していました。
「ちょっ、隠岐選手!?」
「ごめんなさい! ちょっと行ってきます!」
記者が私を呼び止めようとしますが、いてもたってもいられません。インタビューを抜け出すことは後で誠心誠意謝ります。でも今は一刻も早く楽郎さんのもとへ! 楽郎さんに会いたい!
競技場を出ると多くの人がいました。他にも様々な競技が行われていますし、この混雑も当然です。
「すみません! 通して下さい!」
同じ
「へい! そこの元気ガール!」
「え?」
振り返ると、一台のバイクが私の側に止まる。運転手がヘルメットを取り去りました。そこには、尊敬する女性の姿。
「あ、天音さん!? ど、どうして……」
「あいつのとこ、行くんでしょ? 乗りなよ。お姉さんが連れてってあげる」
「……はい! ありがとうございます!」
親指で後ろを指差して天音さんはそう言いました。渡されたヘルメットを被り、天音さんの後ろに乗りました。
「今は第3ラウンドの途中くらい! 飛ばすよ、紅音ちゃん!」
「はいっ!」
今行きます楽郎さん!
◆
まだ脳が熱い。会場が熱に満ちている。
『
笹原氏のアナウンスも歓声もどこか遠く聞こえる。
『
気付けば、俺はヘルメットに手を掛けていた。正式にプロゲーマーとしてデビューしてからもずっと被り続けた、俺が
「……ふぅ」
『え、
笹原氏からマイクを借りる。エンスト寸前なのに興奮が治まらない。あまり褒められたことじゃないとは思うが、今回くらいは許して欲しい。
『俺が、世界一だぁぁぁーーーー!!!!!』
「「「「「「「ウオオォォォォォォォォォォーーーーー!!!!!!」」」」」」
今まで飲み込んだ悔しさ全てを吐き出すように勝利の雄叫びを上げる。会場に雄叫びと歓声と拍手が響き渡り熱気に包まれた。それでも、一向に治らない興奮をどうしてやろうかと考える。
ふと浮かぶのは最愛の人の眩しい笑顔と秘めた想い。
いつだったか武田氏が、プロポーズは一生記憶に残るものでなくては、と言っていた。
これまで伝えなかったのは多分この言葉があったからだ。伝えるべきは今じゃないと無意識に想いを抑えていた。でも今なら伝えられる。いや、今しかない。どう伝えようか。
電話か? ……否だ。根拠はないがわかる。紅音は今、俺を見てくれている!
セリフなんて考えていない。だが、今なお煮え滾る心という海から溢れるこの想いをもう抑えることはできない。
『もう一つ、言わせてくれ』
心のままに、いざいくぜ! 俺だけのエクストララウンド! 一世一代の大勝負!
ヘルメット後ろに放り、マイクを構え、大きく息を吸った
───誰もが俺の言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける
───カランッ、とヘルメットの音が木霊する
───こみ上げる想いを、全力で叫んだ
『紅音ぇー!! この賞金で指輪買って帰るので俺と結婚してくれぇぇーー!!』
◇
「紅音ちゃん、行って!」
「はい! ありがとうございます!」
「………頑張ってね!」
会場前に着き、その言葉を背に走り出しました。会場に入り、通路を抜けた先で目に入ってきたのは。
【 W I N N E R : 顔隠し 】
「え………」
会場内のそこら中に投影される勝者の名前。勝っ……た? 楽郎さんが勝った? その疑問を裏付けるかのようにスピーカーから大音声が響きました。
『俺が、世界一だぁーーーー!!!!!』
「ほんどなんだ………」
自分の涙声を聞いて自分が涙を流しているのだと気付きます。シルヴィアさんには今まで勝ったことがなくて負ける度、次こそはと悔しさを飲み込んでいた楽郎さんを私はすぐ隣で見続けてきました。
その悔しさがようやく報われたのだと思うと、自分のことのように嬉しく涙が止まらない。
『もう一つ言わせてくれ』
喜びを噛み締めていると再び楽郎さんの声が。楽郎さんは何を言うんだろうか、と言葉を待ちます。
『紅音ぇぇーー!! この賞金で指輪買って帰るので俺と結婚してくれぇぇーー!!』
……え?
「……えっ?」
今、なんて……え、え? けっ……こん? けっこん……結婚!?
予想外の言葉に動揺しつつも、胸の奥から愛しさがじんわり広がって私を包みます。
「プロポーズされちゃいました……」
そう無意識に呟くと同時、私の心に驚きと喜びが溢れてきて。自然と、声を張り上げていました。
「楽郎さああぁぁぁぁーーーん!!!!」
『……んえ? 紅音?』
ステージ上の楽郎さんが、名前も知らない司会の人が、多くの観客たちが、複数のカメラが、私を見ています。
私の答えはずっと、ずっと前から決まっています。大きく息を吸って、私の想いを余すことなく伝えられるように……
「愛してます!! 楽郎さん!! 不束者ですが!! よろしくお願いしまぁぁぁーーーす!!!!!」
◆
え……?
『……え? 紅音?』
は? いや、えっと……え? 何でここにいんの? つーかよくこのクッソ広い会場だあんなに声響かせられるな。なんて、まだ混乱の治りきらない頭で考える。予想外の紅音の登場に上手く頭が回らない。
と言うか、愛してる? よろしくお願いしますって………は、え、マジで? いいの? 結婚してくれんの?
そう脳が理解した途端、マイクを押し返し、ステージを駆け下りて走り出していた。モーセよろしく道を開ける観客の間を走り抜ける。正面には同じように走ってくる紅音の姿。
「紅音っ!」
「楽郎さん!」
2人で抱擁を交わす。溢れる幸福感が心を満たしている。そんな中、ふと、これが夢やカフェインが生み出した幻ではないかとよぎり、思わず問いかける。
「本当に、俺でいいのか?」
「楽郎さんじゃなきゃ、嫌です!」
即答し、さらに腕に力を込めてくれる紅音が愛おしくて仕方がない。やっぱり改めて伝えたいな……
さっきは勢いで言った感があったことは否めない。それに、面と向かって伝えること。それがとても大切なことだと、俺にだってわかるから。
「紅音」
「はい」
呼びかけると俺の声音で何か察したのか、一歩離れて目を合わせてくれる紅音。
もう紅音しか見えていない。世界に2人だけになったような不思議な感覚。伝えたい想いがすんなりと出てきた。
「紅音、愛してる。俺と結婚して欲しい。俺はこの先の人生を、紅音と2人で走っていきたい」
「はい……はいっ! 私も愛してます! 末長くよろしくお願いしますね! 楽郎さん!」
世界の中心で、愛を叫んだ2人
( 周囲の状況に気付くまであと10秒 )
走る2人を書きたくて陸上選手にしたけど、秋津茜は将来の夢とかあるんですかね?