狂犬と消失少年   作:火の車

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アナザーヒロイン
もう1人のヒロイン


 俺には好きな人がいる

 

 日頃の素直じゃない態度からは分からないけど

 

 その子は優しくて真面目で礼儀正しい

 

 そして、すごく可愛い子だ

 

陽介「__と言う訳で、俺は美竹に告白しようと思ってるんだ。」

巴「なるほどな。」

ひまり「いずみんそっち行くんだ~!」

 

 朝、美竹が出てる間に俺は2人そう言った

 

 さて、まぁ決心自体はとっくに出来てる

 

 6人全員にキッチリ返事をしてきたし

 

 色々なけじめはつけて来た

 

巴「陽介はモカやつぐに告白されてたが、なんで蘭なんだ?」

陽介「!」

ひまり「そうそう!他にも友希那さんとかいたのに!」

 

 2人は不思議そうにそう尋ねて来た

 

 確かに、俺に告白してくれた皆は全員、心が綺麗で可愛かった

 

 誰を選んでも幸せになれる

 

 それ位に恵まれた選択肢だったのは間違いない

 

 じゃあ、なんで美竹を好きになったのか

 

 その答えは簡単なことだ

 

陽介「美竹と一緒にいたいと思った。」

巴「......受け入れられない可能性もあるぞ?」

陽介「それならそれでいい。むしろ、今まで運が向き過ぎてたんだ。だから、フラれたら潔く諦める。」

巴「そうか......なら、あたしから言う事はない!」

ひまり「うん!頑張ってね!」

陽介「あぁ、ありがとう。」

蘭「__なにしてんの?」

陽介「あ、おかえり、美竹。」

 

 宇田川、上原と話してると美竹が戻って来た

 

 気づかなくて少しだけ驚いたけど

 

 あんまりあからさまに態度に出すとバレるし

 

 結構、無理やり隠した

 

巴(強くなったな、陽介。)

ひまり(私の方が動揺してるんだけど。)

蘭「何の話してたの?」

陽介「なんでもないよ。」

 

 それから俺達は教室で他愛のない話をし

 

 担任が来てからはホームルームが始まり

 

 いつも通り授業を受け、放課後までの時間を過ごした

__________________

 

 ”蘭”

 

 あたしには多分、好きな人がいる

 

 そいつはあたしが見た仲で誰よりも苦労人

 

 去年だけで目を失って、親関係で色々あって......ずっと、1人で傷ついてた

 

 でも、今、そいつは幸せを掴もうとしてる

 

蘭(......陽介、誰を選んだんだろ。)

 

 陽介が幸せになることが嬉しい

 

 こう思う辺り、きっと好きなんだろうね

 

 ほんと、あたしも面倒な性格だよ

 

 モカをけしかけておいてこれだもん

 

蘭「モカかつぐだと、いいな。」

陽介「__美竹、やっぱりここにいたのか。」

蘭「陽介?帰ったんじゃないの?」

陽介「今日は美竹に用があってな。」

 

 陽介は笑いながらこっちに歩いて来て、あたしの横に並んだ

 

 てか、陽介があたしに用ってなんだろ?

 

 また花のこと聞きたいとか?

 

蘭「どうしたの?また花のこと?」

陽介「少し......いや、かなり系統が違う。」

蘭「?」

 

 なんか、すごく真剣な顔

 

 こんな陽介、初めて見た

 

 これ、どういう感情の顔なんだろう

 

陽介「今日は美竹に言いたいことがあって来た。」

蘭「それって何?」

陽介「まず、俺は......告白してくれた皆に断りを入れた。」

蘭「え?」

 

 あたしは目を見開いた

 

 今、陽介は全員断ったって言った?

 

 なんで?

 

 陽介はあの中の誰かと付き合って、幸せになるはずじゃないの......?

 

陽介「もちろん、あの6人に不満があった訳じゃ断じてない。全員が俺を支えてくれた、かけがえのない人たちだ。」

蘭「じゃあ、なんで......?」

陽介「でも、俺を支えてくれた人の中で他に一緒にいたいと思う子がいる。」

蘭「一緒に、いたい人......?」

 

 陽介は病的に義理堅い、それを分かってる

 

 きっと全員の告白を断る時だって

 

 決して大袈裟ではなく心が押し潰されそうになったはず

 

 そこまでして一緒にいたい相手って......

 

陽介「俺は、美竹が好きだ。」

蘭「__え?」

陽介「俺は美竹蘭とこれから一緒にいたいと思った。」

蘭「え、ちょ、ちょっと......」

 

 待ってよ......

 

 絶対にそうじゃないじゃん

 

 つぐみは陽介のために頑張ってた、モカは誰よりも陽介の幸せを祈ってた

 

 なのに、なんであたしなの......?

 

蘭(......断らないと。)

 

 そうしなきゃ、誰も報われない

 

 絶対にダメ

 

 陽介には幸せになる道があるんだから

 

蘭「......ごめん。」

陽介「っ!」

蘭「あたしは陽介の気持ちに答えられない。きっと、陽介にはもっといい人がいるよ、だか、ら......」

陽介「み、美竹、どうしたんだ!?」

蘭「こ、これは違うから!」

 

 なんで?

 

 断らないといけないって頭では分かってる

 

 言葉だって全部絞り出した

 

 なのに、なんで......

 

蘭(なんで、涙が止まらないの......!!)

陽介「だ、大丈夫か?」

蘭「っ!さ、触らないでっ!」

陽介「!!」

蘭「あっ......」

 

 あたしは陽介の手をはたいてはっとした

 

 今、あたしは何したの......?

 

 陽介の、手を......

 

蘭「ご、ごめん......っ!」

陽介「美竹!!」

 

 あたしは陽介の声を無視し

 

 泣きそうになるのを抑え

 

 あてもなくどこかへ走った

 

 ”陽介”

 

陽介「美竹......」

 

 俺ははたかれた自分の手を見た

 

 少し赤くなってて、今も痛みがある

 

 そっか、俺はああなるまで怒らせたのか......

 

陽介(また、謝らないとな__って、あれ?)

 

 教室に戻るため振り向くと、屋上の真ん中に一冊のノートが落ちていた

 

 あれは、美竹がいつも書いてる歌詞ノート

 

 俺はノートを拾い上げ、それを広げた

 

陽介「__っ!」

 

 俺はそれを見て驚いた

 

 その中身は歌詞......だけど

 

 前に聞いた5人のバンドの系統とは異なる

 

 どこか、恋文のような文章が書かれている

 

陽介(こ、これって......!)

 

 ノートのページをめくって行くと

 

 最後のある言葉がページの端に小さく書かれていた

 

 それを見た俺はノートをそっと閉じ

 

 美竹が走って行った方を見た

 

陽介(追いかけないと。)

 

 俺は心の中でそう呟くと

 

 ノートを懐に入れ

 

 急いで屋上から出て行った

__________________

 

 ”蘭”

 

 ......罪悪感が、のしかかる

 

 陽介は純粋に好きだって言ってくれただけ

 

 なのに、あたしは何をしたの?

 

 怒鳴りつけて、手を叩いて、あんな逃げ方して......

 

蘭(もう、嫌だ......)

 

 あたしは川辺のフェンスに突っ伏した

 

 自分で望んだ失恋ってこういう気分なんだ

 

 自分に自信がないからって好きな人を拒絶する

 

 それはこんなに惨めで悲しい......

 

蘭「......どうせ、あんなひどい振り方したら嫌われただろうし。いっそ、この川の流れに一回くらい流されてみたい。」

陽介「__そう言うのは......少しだけ早いと思う。」

蘭「......!?」

陽介「よかった、青葉に聞いた通りだった......」

 

 川に向かってしゃべってると

 

 走ってたのか息が上がってる陽介が立っていた

 

 まさか、追いかけて来たの......?

 

蘭「な、なんで......」

陽介「ノートの中、見たんだ。」

蘭「っ!!」

 

 陽介は懐からあたしのノートを出した

 

 しまった、あれ落としてたんだ

 

 って、あの中を見られたって事は......

 

蘭「そっか......」

 

 あのノートに書いたのは陽介への想い

 

 そして、最後のページには......

 

 『陽介が好き』って書いてた

 

 そっか、見られたんだ......

 

陽介「別にそんな意図はなかったんだろうけど、少し話を聞ききたい。」

蘭「......そのままだよ。それは、間違いなくあたしの気持ちそのものだから。」

 

 あたしは小さな声でそう言った

 

 陽介は驚いたような表情を浮かべてる

 

 そりゃそうだよ

 

 さっきあんな事された相手にこんなこと言われたら

 

蘭「でも......あたしは陽介とは付き合えない。」

陽介「!」

蘭「あたしが陽介と一緒になったら、誰も報われないから......」

陽介「報われない......?」

蘭「だから、あたしの事は忘れて__」

陽介「それは出来ない。」

蘭「え?」

 

 陽介ははっきりそう言った

 

 出来ないって、どういうこと?

 

 陽介にはたくさんの女の人が......

 

陽介「俺は美竹がダメだったら、あの6人と誰かに近づくなんてことはしない。そんなキープするような真似は誠実じゃない。」

蘭「じゃあ、完全に断ったってこと......?」

陽介「それで間違いない。」

 

 ......バカだ

 

 バカが付くほど、誠実

 

 あんなに思ってくれる6人がいたのに

 

 あたしを一途に思ってるって言うの......?

 

蘭「ば、バッカじゃないの......?なんであたしなんかに......」

陽介「お前が美竹蘭だからだ!」

蘭「......!」

陽介「それ以外の理由、必要か?」

 

 陽介は優しく微笑みかけてくる

 

 心臓が痛い

 

 この笑顔を見ると何かが崩れる

 

 あたしの決心を平気で壊しに来る

 

 ズルい、ズルいよ......

 

陽介「俺は、美竹が好きだ。」

蘭「......っ///」

 

 その言葉を聞くと

 

 私は静かに右の手を伸ばした

 

 その手は陽介の上着の胸元を摘まんで

 

 恥ずかしいから反対の手で口元を隠した

 

蘭「......あたしの決心、意味ないじゃん。」

陽介「!」

蘭「でも、なんでかな。今、すっごく幸せって思っちゃう///」

陽介「美竹__!」

蘭「蘭、だよ......///」

 

 あたしは人差し指で陽介の唇に触れた

 

 決心、意味なくなったね

 

 だって、結局、陽介が欲しくなっちゃったから

 

蘭「あたしも好きだよ、陽介......///」

陽介「蘭......」

蘭「付き合うからには、中途半端なことしないでよね......///」

陽介「あぁ、分かってるよ。本気で蘭を愛し続けて......いつか、その先に。」

 

 陽介はそう言ってあたしを抱きしめた

 

 あたしも陽介を抱きしめ返した

 

 外はまだまだ寒いはずなのに、暖かい

 

 こんなに心が温かいなんて

 

 これが、幸せって事なのかな......?

 

蘭「陽介、少し屈んで。」

陽介「ん?あぁ?」

 

 あたしは陽介を屈ませた

 

 目が合って一瞬、すごくドキッとした

 

 けど、ここからだから

 

陽介「なにするんだ?」

蘭「誓いのキス、一回目///」

陽介「!!」

蘭「愛してるよ///__」

 

 そう言った次の瞬間

 

 月明かりに照らされた2人の影は重なり

 

 あたしは心が満たされて行くのを感じた

 

 

 


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