来世は他人でいい   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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05 何もかもを

 

 

 

 12.

 

 

 

 〈搭乗者(パイロット)識閾野の活性化を確認〉

 

 

 

 13.

 

 

 

 (ふすま)の閉じる音がした。

 

 やわらかく温かなものに包まれている。布団のなかをそっと探ると、隣に一人ぶんの隙間が空いている。

 部屋は静まり返っている。障子戸越しに、微かな陽光が照らし込んでいる。伸ばした指先の触れた毛布に、自分以外の誰かの(だん)は残っていない。 

 身体の呼吸に耳を澄ませながら古い木調の天井を眺め続ける。それで、何か新しいものが見えてくるということはない。天井は天井に過ぎず、それ以外の意味は隠されておらず、また別のものに変化するということもない。

 起き上がった。

 視界の片隅で、硝子のようにきらきらしたものが粉々に打ち砕かれているのを一瞥しつつ、部屋を出る。

 

 廊下。目にした途端、奇妙な感覚に襲われる。木造の床。縦に長い通路。見覚えがある気がする。裸足で踏むたびに、軋む音が鳴り響く。はたと思った。何かを忘れている。

 ぶつかりそうになる。壁が路を阻んでいる。洗面所ではない。洗面所の扉があるはずの場所に大きな壁があり、一面に広げるようにして、洗面所の景色が絵画のように描かれている。洗濯機。洗濯籠。簡易収納棚。折り畳んで積み上げられている白いタオル。窓から差し込む光。洗面台。蛇口。蛇口から流れ、排水溝に吸い込まれている水。洗面台の向かい位置にある壁は、真っ黒に執拗に塗り潰されている。

 試しに押し込んでみる。壁はびくともしない。この屋敷が建てられた時からそうであったかのように、動きそうにない。

 違和感がある。“何か”がおかしい。“何か”が間違っていると思う。“何が”間違っているのかまではわからない。“どれ”に自分が違和感を覚えたのかも。

 踵を返す。洗面所が使えない以上、此処にいる意味はない。

 

 居間に向かう。テーブル。椅子。食器。小さなコップ。湯気の立つご飯を盛られたお椀。食器棚。カーペット。窓から差し込む光。カーテン。真っ黒に執拗に塗り潰されているテレビの画面。

 見覚えのある居間の景色。それらはすべて、やはり壁に描かれた一枚の精緻な絵になっている。洗面所と同じく。動かすことはできない。なかに入ることも。

 ほかの部屋もそうなっているのか。

 屋敷中を見て回った。

 

 結果は同じだった。扉も、窓も、窓から差し込む光も、よくよく見れば、いずれも本物ではない。

 人の気配もない。誰一人見当たらない。誰もいないのか。自分以外には。

 どこにも行くところはない。

 

 自然と足は、最初の部屋へと向かっていた。

 

 本物の扉がある。まだ絵にはなっていない。戸は閉められている。また違和感が起きた。戸が閉められているということ。自分がそうしたのだろうか。いつ自分は戸を閉めたのだろうか。覚えていない。思い出せない。本当に自分が戸を閉めたのだろうか。戸が、独りでに閉じたということはないのだろうか。

 

 引き手に触れる。

 

 

 世界が昏んだ。

 

 

 気が付くと、だだ広い場所に立っている。

 天蓋は白夜のような薄明かりであり、周囲は海の底のような色の水に囲まれている。流氷のような塊を浮き沈みさせながら、向こう(・・・)側は、しかし霧に遮られて見通すことができない。

 眼前には、地の底のような色をした大きな階段が続いている。段の一つずつに、朱い鳥居が立っており、それらが無数に列を為していて、“果て”は窺えない。

 振り返った。扉はどこにも無い。消えてしまったのか。初めから無かったのか。

 階段(これ)は、どこまで続いているのか。どこへと続いているのか。

 選べる路は、一つだった。

 

 呼吸が、僅かに乱れている。鳥居に手を置き、身体を支えた。登り始めてから暫らくしたとき、この鳥居が檜や杉といった樹々ではなく、朱染めした太縄であることに気が付いた。柱も、笠木(かさぎ)も、(ぬき)も。しめ縄のように樹木に巻いてあるのではなく、全部が縄で造られている。

 どれだけ登り続ければいいのか。背後の路は、霧に沈んでいて見えない。

 登り続けることに意味はあるのだろうか。ふと疑問が浮かぶ。何のために登っているのだろうか。どうして登らなければならないのだろうか。脚が止まっていた。躰が重くなっている。息をするのも辛くなっている。

 

 足先に、何かが触れた。

 

 黒ずんだ水だった。

 登ってきた階段が、水に浸かっている。いつの間に水位が上がったのか。

 濡れるのを避けようとして、再び思った。そんなことをする必要があるのだろうか。このまま躰が水に沈んでしまうのは、果たして悪いことなのだろうか。

 それは、誰にとっての悪いことなのだろうか。考えてしまう。膝下が水に浸かっている。泥濘に捕らわれたように、脚が動かなくなっている。

 躰が冷たくなってゆく。これでいいのだろうか。こうしているのが正しいのだろうか。躰が有耶無耶になってゆく感覚に身を預けながら、それでも、ふと心を過ぎる。

 これで消えてしまって、だけど私は本当に後悔しないと言えるのだろうか。

 

 透き通るような鈴の音が聞こえた気がした。

 

 浸かっていたはずの水が、消えている。脚は、どこも濡れていない。

 指先が、ポケットに触れた。何かが入っている。

 リボンの髪飾りだった。金銀の鈴が両端に付いている。

 見覚えはない。にも関わらず、虚を衝かれたような感覚があった。知っている、自分は“これ”が何であるのかを。どうして知っているのか。握りしめる指に、力が入った。

 重く、裡から沁み出してくる想いがある。自分には、かつて譲れないものがあったはずなのだ。大切な“何か”があったことを、心が覚えている。“これ”はその一つだ。“これ”は“それ”を思い出すためにある。“それ”はとても大切なものだった。“それ”が何であるのかを忘れたまま、このまま此処で朽ち果ててゆくのか。

 

 ――それだけはごめんだ

 

 終わりのない階段。本当に終わりはないのか。だとしても、強く思った。だからこそ、と。

 どうしてかはわからない。だが今は思い出していた。知りたかった答えは、この“果て”にこそあるのだと。その(いただき)で、“それ”は自分を待ち続けているのだと。

 

 長い髪を一本に束ね、きつく結って留めた。挑むように睨みつける。

 選べる路は、元より一つ。

 深く息を吸った。踏み出す。躰は、自然と動いていた。

 踏み出した脚が止まることはない。すべきことを知っているかのように。どんどん進む。迷うことなく、深い場所を漂うものたちを置き去りにして。

 前だけを見据えながら。

 

 千段を超えて。

 万段を超えた。

 

 終わりは来ない。不思議と疲れは感じなかった。

 

 その倍の段数を超えて。

 更に倍の段数を超えた。

 

 数えなくなった。

 まだ歩ける。まだまだ歩き続けられる。

 

 〃――、

 々――、

 

 ひたすらに。無心に。決して俯きはせず。

 折れたりもせず。絶対に、諦めはしない。

 

 前に進んだ。

 

 変わらないはずの景色に、明らかな変化があったのは、どれほどの時間が流れたあとか。

 

 延々と並んでいた鳥居が途切れている。あれだけ続いていた階段も。無くなっている。

 霧が濃い。地面も隠れている。裸足が伝えてくる感触はやわらかく、雪でも踏んでいるかのようだった。しかし冷たくはなく、かといって砂のように重たくも固くもない。

 物音が聞こえる。頭上。ぼんやりと明るい。太陽が出ているのか。音の発生源が忙し気に動き回っているのがわかる。一つや二つではない。正体は判らない。それでも音の動きから察するに、此処は存外に広い場所なのかもしれない。

 霧に溶け込むように、異臭が漂っている。熟し過ぎた、腐りかけの果実のような甘い香り。探り〃々にそれを辿っていると、不意に影が浮かび上がった。

 駆け寄ろうとする。突如として、凄まじい風が吹き抜けた。圧し飛ばされそうになる。立っていられない。屈んで踏ん張りながら猛威に耐えていると、前触れなくまた風が止み、静かになった。

 瞑っていた瞳を、おずおずと開く。

 

 視界を阻んでいた霧が、きれいに消え去っていた。

 

 空を、赫燿(かくよう)と燃えるような色の雲が覆い尽くしている。雷轟を孕みながら、無限にどこまでも続いているのが遠目にもわかる。降り積もっていたものが吹き払われたおかげで、隠されていた足元に気が付くと、思わず躰が竦んでしまった。

 硝子のように透明な地面(・・・・・)の遥か下に、暗澹とした色の海が広がっている。今にも足場が崩れて空中に放り出されそうになる錯覚に襲われ、声が出そうになる。どれほど高い場所に立っているのか。此処から落ちればどうなるのか。

 だが地面が底抜けることはなかった。叩いても問題はない。透明ではあるが、壊れる心配は無いらしい。

 息を整えながら見回した。すっかり砂を散らされたはずの地面には、既に白いものが積もりつつあった。空から降るそれを掌に乗せてみる。臭いはない。砂とも違う。でも雪ではない。擦ると指にこびりつく。ようやく正体がわかった。これは、灰だ。

 

 地響き。黒々とした巨大な竜巻が、雲の狭間から伸びている。一見して竜巻のようであったそれは、近づいてくるにつれ違うものであると判った。真相は夥しい数の“何か”が、さながら黒蠅の集群のように同一方向に動くためそう見えているに過ぎない。その証拠に竜巻は生き物のように曲線を描き、空を駆け上がってゆく。“あれ”らの先を行くように、別の“何か”が飛んでいた。“あれ”らは、“何か”を追っているのか。

 竜巻から爆炎が噴き出した。黒い渦のなかから何かが飛び出す。膨らむようになった竜巻はすぐさま纏まりを取り戻すも、立て続けに爆炎が炸裂した。竜巻の数が増え、瞬く雷のように輝きながら、飛行する“何か”を取り囲むように追尾している。竜巻が退路を塞ぎ、“何か”を呑み込んだ。

 世界が引き裂かれるような雷鳴と光。そして、立っていられないほど鋭い殺気が放たれた。

 次の瞬間、竜巻は煙のように散り散りになっていた。

 

 頬に、何かが跳ねる。雨ではなかった。重たげに落ちてきたものが、湿り気を含んで跳ね、転がっている。

 

 指。

 胴。

 脚。

 腕。

 仮面(かお)

 黄金(ひとみ)

 

 細切れになっている。大量に、繋ぎ合わせれば一つになる、かつてヒトガタであったものが雨のように撒き散らされ、地面を赤く濡らしてゆく。

 降ってくるものがあった。漆黒。“それ”は着地ではなく雪崩れ込むように墜落し、大きく広げた翼で肉片を吹き飛ばした。

 

「―――」

 

 目を奪われる。夜のように黒い龍だった。凄絶な(あぎと)には、噛み千切られた首がくわえられている。背には、少年が乗っていた。一目みた途端、胸が締め付けられるような、声を上げて泣きたくなるような、理解できない想いが衝き上げてきた。

 

 知っている。この人のことを、自分は、本当は(・・・)知っている。

 なのに、どうして――

 

 少年の背には数本の折れた槍のようなものが突き刺さっており、躰中の傷からは、蒸気のように血が滴っている。

 表情なく、しかし凍り付いた眼差しで肩を荒げている少年の手には、赤黒く濡れた太刀が握られていた。

 

 

「遅かったな」

 

 

 女が立っている。白衣(しらぎぬ)姿で、一つに繋がった頭巾を深くかぶっており、表情はわからない。

 

 少年が、獣のような雄叫びを上げた。

 

 

 

 14.

 

 

 

 統合指令室(コントロールルーム)の肘掛け付き船長椅子に腰かけている女は、リアルタイム映像の投影された複数の半透明空中画面(ウインドウ)に囲まれながら作戦状況の推移を一つたりとも見逃さないよう注視している。

 広々とした指令室にいるのは女だけであり、女の助手である少女と、女にとって掛け替えのない存在である弟は今は此処にはいなかったが、しかしシステムは全自動であるため操作に滞りはない。事態の流動に合わせて目まぐるしく変化する空中画面(ウインドウ)投影式入力端末(キーボード)で操作していると、システムの一つが警告(アラート)を発し、女は僅かに見開いた。

 

「へえ。そう」口角を吊り上げて、呟く。「そっかそっか」

 

 “いつか”のように、軍事基地をハッキングして五〇〇〇発超の長距離弾道ミサイルを日本へ向けて発射させたのが五分前のことであり、自衛隊所属機の〈IS(インフィニット・ストラトス)〉が緊急出動したのはコア・ネットワークを介して()うに確認済みだったが。

 “計画”を実行に移す段階で複数勢力の介入が予想されたため戦力を釣り出しつつ目眩ましするのが目的であった本作戦は、それでも全ISを引きずり出す結果には至らなかった。女たちの本命である作戦領域内には、新たなISが接近しつつある。

 数にして五。公式の軍事基地から発進した機体でないことから、妹を護衛監視していた勢力の手先である可能性が高い。支援要請は依然と妨害していたが、これは部隊からの連絡が途絶えたことそのものを重視しての判断か。だとしたら、わりと的確で素早い状況認識だと評価できる。どうやら暗部にもそこそこ(・・・・)考えの回る奴がいるらしい。

 それも、想定の範囲内だった。愛する家族の生死を左右する重大な舞台にこの天才(わたし)が何の保険も掛けずに挑むわけがないだろう。せいぜい盛大に歓迎してやるさ。

 笑みを浮かべながら女は端末を操り、正面の空中画面(ウインドウ)に目をやった。

 距離を縮めつつある敵ISへ、作戦前に自発的(・・・)に志願した“彼女”が迎撃に向かう様子が映し出されているのへ、そっと、喜色の滲んだ声で語りかける。

 

「頼んだよ、百識(びゃくしき)

 

 

 “騎士”は、不動で直立していた。

 地上ではない。虚空を踏むようにして、全身装甲(フルスキン)の機体越しに一点を見つめている。背後では、成分を書き換えることで電場妨害と防音を兼ね揃えた濃霧が絶対防衛圏である街を沈めており、その領域内では無人機(ゴーレム)が脅威対象と戦闘を繰り広げていたが、特殊な磁場を構築する粒子に覆われる“騎士”の躯体がこの場を動くことはない。

 指令室から回線を通じて受信。これから一二秒後に襲来する未招待客五名の情報。全資料の分析には一秒と掛からない。

 

 〈機体登録名:ミステリアス・レイディ〉

 〈専用搭乗者:更識楯無(さらしきたてなし)

 〈兵装録詳細:―――〉

 他、四機。

 

 “騎士”は唯一武装〈雪片改弐〉をデータ領域より召喚(コール)し、〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉から〈決戦撃滅形態(パラディオン)〉を選択。両刃に変形(フォームシフト)した刀剣を人体の手指間接を再現したマニピュレータで握りしめ、背面に触れるほど大きく振りかぶって体勢を固定。エネルギー充填(チャージ)完了まで残り八秒。夜気が微かにふるえ、刀剣が波打つように揺蕩う光を纏い始める。

 (シンボル)は二、三編隊で依然と飛行中。変化が見られないことから、まだ“騎士”は認識されていないと判断。急速に跳ね上がる熱量値や黄金色の光源を、〈欺瞞粒子(ステルスリーフ)〉は完全に“無いもの”として偽装している。

 第二作戦領域内に撃墜対象を補足。

 命令(コマンド)は既に入力されていた。

 

「――頼んだよ、百識」

 

 充填完了。射程圏内。〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉・〈決戦撃滅形態(パラディオン)〉、機能解放。

 

 振り下ろす。

 大気が哭き、恒星の如き極光の断層が天地を割断した。

 

 静寂。予測された反動は慣性制御機構(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)が問題なく相殺。放出を終えた“騎士”の位置は、最初から微動だにしていない。

 射線上にいた敵機二体が活動不能(システムダウン)状態であることをコア・ネットワークが知らせている。

 強制冷却。“騎士”は〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉を通常状態へ移行。大量消費したエネルギーを回復するべく、“コア”と〈情動装置(ホラーデバイス)〉を接続。

 ――観測器官および制御回路に齟齬(ノイズ)発生。

 ――この感覚には常に戸惑いを覚える(・・・・・・・・・・・・・・・)いつまでも慣れることはない(・・・・・・・・・・・・・)

 修正完了。

 〈情動装置(ホラーデバイス)〉の機能によって第二拡張領域(オルタナティブ・バススロット)に搭載されたメインとサブそれぞれの〈無限反鏡増幅光炉(エーテルリアクター)〉のエネルギー生成効率は三一%上昇。完全稼働時に予測される理論値には遠く及ばないが、一旦は〈決戦撃滅形態(パラディオン)〉使用で三割弱まで落ち込んでいた動力源(シールドエネルギー)は六割にまで回復しつつある。

 警告(アラート)誘導弾(ミサイル)捕捉(ロック)されている。

 “騎士”は視覚補正機能(ハイパーセンサー)をも誤認させる〈欺瞞粒子(ステルスリーフ)〉はもはや不要と判断し、近接用に変形(フォームシフト)した片刃刀剣を脇に構え直した。

 動力源(シールドエネルギー)は八割まで復帰。戦闘続行に支障は無い。

 “騎士”は腕部/肩部/脚部に装備している第四世代型用に開発された試作装甲を多方向推進装置(マルチスラスター)として可変展開し、迅雷となって突撃する。

 上下反転。回避運動。多段分裂誘導弾(マイクロミサイル)が殺到。機関砲(ガトリングガン)。掻い潜る。荷電粒子砲。闇夜に爆ぜる光の交錯。

 いずれも“騎士”に当たることはない。

 眼前に三機。異常感知(アラート)。空間の湿度が極端に上昇している。解析(アナライズ)。〈水〉を(まと)うIS、〈ミステリアス・レイディ〉による霧の如き無形の攻性要素(ナノマシン)と推測。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で踏み込む。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)・〈零落白夜(れいらくびゃくや)〉起動。反応の遅れた機体を先に狙う。刃状に強力な対力場(アンチ・エネルギーフィールド)を形成する〈雪片改弐〉で機関砲(ガトリングガン)を躱しざま〈絶対防御〉ごと斬り伏せ、返す刀でISバリアを裁断。宙返りから盾殺し(シールド・ピアース)さながらの蹴撃を叩き込む。

 地表に激突。轟音を響かせる。シールドを貫通する一撃を放ったが、搭乗者(パイロット)は死んではいない。意識を失い、肋骨は粉々になっているかもしれないが。生存反応はある。

 残り、二機。

 

「そんなっ」

 

 専用機ではないほうの搭乗者(パイロット)が取り乱したように叫んでいる。

 誘導弾(ミサイル)の弾幕。追いかけてくるが、敵機の捕捉機構(ロックオン・システム)が脆弱であるためか個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の機動には届かない。

 意味のない絶叫。連携は崩壊している。自らの生み出した爆煙によって搭乗者(パイロット)は“騎士”を見失っている。後方に回り込むのは容易い。

 斬り裂く。悲鳴ごと。

 残り、一機。

 

「白騎士……!?」

 

 高周波振動する螺旋状の(ランス)を構えながら、コア・ネットワークに登録されていない“騎士”の出現に動揺を隠し切れていない様子で、水のヴェールを纏った少女が言う。

 答える必要を、“騎士”は見出さなかった。命令(コマンド)は既に入力されている。絶対防衛圏へは何者も立ち入れを許可してはならない。

 ――それがマスター(・・・・)と博士の敵であるのなら尚更に。

 唐突に、爆轟が熾きた。〈清き熱情(クリア・パッション)〉。衝撃が全方位から“騎士”に襲い掛かる。

 “騎士”は多方向推進装置(マルチスラスター)であった装甲の一部を即座に〈アイギスの盾(エネルギーシールド)〉として可変展開し、一瞬で気化した水蒸気による怒涛の爆発を防御。二連加速(ダブルイグニッション)で離脱を図るが、予測を上回る速度で〈ミステリアス・レイディ〉は四門の機関砲(ガトリングガン)と〈清き熱情(クリア・パッション)〉を連続発動。“騎士”に追い縋り、機水(ナノマシン)の支配空間に圧し込めようとする。

 捉えられはしない。だが本体に近づけない。〈ミステリアス・レイディ〉は“騎士”との間に機水(ナノマシン)を絶えず張り巡らせることで瞬時加速(イグニッション・ブースト)で踏み込めない距離を意図的に作り出している。〈雪片改弐〉が〈零落白夜(れいらくびゃくや)〉の粒子光を放つとその反応は顕著だった。“騎士”は、敵搭乗者(パイロット)の脅威評価を上方修正。

 〈ミステリアス・レイディ〉のヴェールが濃くなった。渦を巻いている。渦が解かれると、〈ミステリアス・レイディ〉が二機に増えている。片方は本物ではない。熱分布走査(サーモグラフィ)を用いることで判明。機水(ナノマシン)から作り出した偽物(デコイ)。“騎士”の動揺を誘うのが狙いか。しかし人間と違い判断基準を視覚情報に依存しない“騎士”には通じない。

 シールドが削られる。直ちに消耗したエネルギーが〈無限反鏡増幅光炉(エーテルリアクター)〉によって充填される。〈情動装置(ホラーデバイス)〉の補助を受けながら。動力源(シールドエネルギー)の残量に問題はない。

 ――観測器官および制御回路に齟齬(ノイズ)発生。

 機体装甲に違和感(・・・)。それは錯覚(・・)に過ぎない。内部と外部を把握するための観測器官が〈情動装置(ホラーデバイス)〉によって疑似的な神経感覚を構築し情報を加速させることで発生した数ある弊害のうちの一つ、“傷を負っていないにも拘らず出血している”“存在しない皮膚を剥がされ続けている”というような錯覚。通常ISとは異なる“騎士”の唯一無二の特異性故のもの。

 

専用換装装備(クリースナヤ )は無い……でも、このままだと」

 

 放置はできない。この違和感が“騎士”の思考判断に影響を及ぼす前に、〈ミステリアス・レイディ〉が増援と合流する前に。元凶を撃墜する。

 “騎士”は〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉から〈局所殲滅形態(ギガントマキア)〉を選択。両刃へ変形(フォームシフト)した刀剣が輝きを放つや〈ミステリアス・レイディ〉は距離を確保しようと動く。

 追うことはしない。多方向推進装置(マルチスラスター)解除。浮いた余剰を〈アイギスの盾〉維持に回し、残りは〈雪片改弐〉への充填に注力する。充填完了まで残り二秒。〈決戦撃滅形態(パラディオン)〉と比較して威力/範囲は大きく劣るものの要求時間は短い。それでも燃費は〈零落白夜(れいらくびゃくや)〉を“マンデリンコーヒー豆に例えた場合のビリヤードボールに匹敵する”ため、失敗は許されない。

 

「なにしようっての。まさかっ」

 

 少女の表情。

 驚愕と恐怖。そして決心。

 

「一か八か、こっちだってっ」

 

 敵機は水平姿勢で停止。狙っていた、〈ミステリアス・レイディ〉の秘策を。状況を覆せるだけの奥の手を。

 

「【沈む床(セックヴァベック)】!」

 

 だが。

 “騎士(わたし)”のほうが速い。

 

 充填完了。射程圏内。〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉・〈局所殲滅形態(ギガントマキア)〉、機能解放。

 

 振り下ろす。

 極光の奔流が、水のヴェールを呑み砕いた。

 

 〈ミステリアス・レイディ〉は吹き飛ばされ、マンション屋上に墜落。浮上することはない。活動不能(システムダウン)を確認。周辺湿度も平均的な状態に回帰している。

 第一陣の撃滅を完了。

 “騎士”は〈霊機鉄槌(オルギアモード)〉を解除し、機体を翻した。〈情動装置(ホラーデバイス)〉は接続状態を維持。最初の位置に立ち返る。

 〈欺瞞粒子(ステルスリーフ)〉散布。

 背後の濃霧中に無人機(ゴーレム)以外の異質な高熱源反応を検知するが、突入は許可されていなかった。“騎士”に課せられている任務は他勢力からの絶対防衛圏の死守であり、それ以外に“騎士”に出来ることは何もない。

 第二陣が現れる間に戦闘報告書を作成。常時自動送信している内容とは別に博士から戦闘中に得た“騎士”自身の所感を記すよう要求された報告書へ、記録(ログ)を参照しながら展開装甲の使用感や〈情動装置(ホラーデバイス)〉の改善点――あるいはシールドを削られる体験に対して“存在しない皮膚を剥がされ続けている”というレトリックを連想したという情報など――を一つ一つ列挙してゆく。

 今は此処を死守すること。それこそが何よりもマスターと博士の利益になる。

 ――作戦が終わったあと、マスターは褒めてくれるだろうか。

 そんな、“騎士”が記録(ログ)には残らない思考を編んだところで、指令室から受信。

 斃すべき敵が現れる。

 “騎士”たちが夜明けを迎えるには、まだ早い。

 

 

「……え?」

 

 間の抜けた声だった。

 

「ちょっと待って。もう一回言ってくれる?」

 

 日頃から同じ内容を二度も聞き返すのは馬鹿だけだ――愛らしい身内に限ってはその仕草も愛らしいから許す――と蔑んでいた女は、自分がそうしているとも気づかずに、切迫する助手へ訊き返していた。

 

「突然精神界域(セカンドスフィア)が変性して……観測基点(アンカー)が消滅しました、いきなりっ、弾き出されて。再侵入(アクセス)できません、何度も試しているのに」

 

(ゆう)くんは」

 

「不明です。意識も戻りません」

 

 咄嗟に観測機器(モニター)を確認。弟と妹の。生体情報に、特に変化や異常は見当たらない。

 

「再侵入できないってことは」

 

「経路を封鎖されました。解除できるか、やっていますが――」

 

 空中画面(ウインドウ)を見やった。闇空を覆うほど巨大で赫黯(あかぐろ)く禍々しい“暴走体(シャドウ)”と、その攻撃に対抗するようにしてアシンメトリックシールドを展開しながら砲火を轟かす無人機(ゴーレム)たちと、弟らを守るためにエネルギーシールドを展開し続けている助手の姿が映し出されている。

 “暴走体(シャドウ)”の鎮まる気配は、一向にない。

 

「強制排出は?」

 

「反応ありません」

 

 まさか、と女は背筋が冷たくなるのを感じた。内部(なか)に取り込まれたのか?

 

「クーちゃんは引き続き支援。原因はこっちで探る」

 

「申し訳ありません」

 

 顔が見えないが、声は震えていた。ううん、と軽やかにかぶりを振った女は、すぐさま凄まじい速度で解析を始める。「いいんだよ、クーちゃんのせいじゃない」本当はぜんっぜんよくないけどね。しかし女は助手を叱るような真似はしない、これは、女にとっても予想外の事態だったから。

 準備はしていた。万全の用意を。そのはずだったが、やっぱりトラブルは起きた。

 

 警告(アラート)

 

「今度はなにっ?」

 

 コア・ネットワークに異常が起きている。大量のデータを受信。何処から? 脈絡不明の文字列と解読困難な数列。〈紅椿(あかつばき)〉からだった。「(ほうき)ちゃん?」しかし操縦者保護機能(ハーモナイズエフェクト)は正常に機能している。何が起きている。これは何を意味している?

 女の脳裏に、かつて妹の“暴走体(シャドウ)”が生み出した惨状がまざまざと蘇った。あのとき壊れてしまった髪飾りの代わりに、常に妹の近くで周囲にも本人にも気づかせないように守らせていたIS。これは、何かのメッセージなのか?

 

 発せられる、第一領域に接近するISの警告。こいつら、と女は髪を掻き毟りたくなった。ほんと邪魔ばっかするな。むしろ邪魔しかしないな、よりにもよって、こんな大事なときに限って!

 いっそのことコア・ネットワークにハッキングして防衛圏内を進入禁止エリアに書き換えてしまおうかとも思ったが。既に一度やろうとして、弟から止められていた。「わざわざバックドアの存在を明白にする必要はない」と。確かに一理あるが、今は本当にそうしてやろうかと半ば本気で考えてしまう。入ろうとした瞬間に強制的に活動不能に(システムダウン)して高度数一〇〇メートルから紐無しびっくりバンジー体験を漏れなくプレゼント、当然受け取り拒否は無しの方向で、とか。

 

 色々と愚痴を呟きながらも女の思考が止まることはない。何より一番なのは妹たちだ。どちらの身体も異常が無いにも拘らず意識が戻っていないということは、何か問題が起きたということになる。

 彼と彼女は、戦っている最中なのだ。科学でも解明しきれない人間の、霧の如き神秘に隠された精神世界の深淵で。

 巫女を依り代に顕れた、“太古の疫神”である存在と。

 

 それを外から見守るしかない自分は、一刻も早く、妹の相棒から発せられた緊急のメッセージを読み解かなければならなかった。

 

 

 

 15.

 

 

 

 雄叫び。

 

 黒い龍に乗った少年の荒々しい声が、燃えるような曇天の空に響き渡る。直後に現れた変化は、著しかった。背中に突き刺さっていた槍が独りで抜け落ち、血だらけだった躰の傷口が、瞬く間に塞がってしまう。

 

「いったい」

 

 呟いていた。

 

「なんなんだ、此処は」

 

 口に出して。それが初めて、自分の声(・・・・)であることに気が付いた。

 

「知っておろう。此処が何処だか」

 

 女が言った。頭巾で顔は隠されており、声質は男と女のどちらのようにも聞き取れるものだったが、目の前に立っているのが女であるということだけは、なぜか一目見た瞬間に分かっていた。

 

「誰なんだ」

 

「知っているはずだよ」

 

 女は、わらったのだろうか。

 

「そなたは知っている。何もかもを。わたしのことも、この世界のことも。あの男(・・・)のことも」

 

「おまえは」

 

「何故なら」

 

 女が、ふわりと頭巾を脱いだ。

 

 隠されていた黒髪が広がる。

 隠されていた相貌が露わになる。

 

 隠されていた双眸が、見返している。

 黄金瞳。

 

 その顔を、知っていた。

 

 

「――そなたは(・・・・)わたしなのだから(・・・・・・・・)

 

 

 

 (わたし)が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 我は汝 汝は我















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