のんびりとしたペースで書いていきます。最低月一。あとは気分次第です!
暁葉はいつも朝早く登校する生徒だ。日直よりも先に教室を開けることもしばしばある。教室の様子を見ては手早く掃除する姿も目撃されている。それを見た他の生徒も協力するため、教室はいつも綺麗な状態だ。
そんな暁葉だが、最近は登校時間が遅い。始業時間の5分前に教室に入る。初めはクラスの誰もが驚き、事故でもあったのかと心配された程だ。暁葉は事情を説明し、これからしばらくは遅くなると伝えた。話を聞いたクラスメイトたちは全員納得し、同時に暁葉らしいと思った。真面目過ぎるほどの真面目さ。それが暁葉の特徴だ。
そうして登校を続けていたある日、暁葉が教室に入るとクラスが静まり返った。あまりにも露骨な変化にさすがの暁葉も動揺したが、いつも通り阿田和が空気を変える。というか、今回は阿田和がクラスを代表して暁葉に詰め寄った。
「どういうことだ下田ァァァ!!」
「何がですか!?」
「お前……お前いつの間にあんな美少女と……!! お前だけは……お前だけは……裏切るような奴じゃないと思っていたのに!!」
「なんの話ですか……!」
襟を掴まれ、ガクガクと激しく揺さぶられる。頭をくらくらさせながら暁葉は近くにいる男子に助けを求める。
阿田和の気持ちに大いに共感している男子たちだったが、このまま放置するのも忍びないと判断し、暴れそうになっている阿田和を羽交い締めにする。4人で四肢を一つずつ抑えてやっとである。
「フシャァァァァ!!」
「人間をやめていらっしゃる」
「お前ノせいだァァ!!」
「やめろ下田! それ以上阿田和を刺激するな!」
「何なら大丈夫なのかも分からないのですが……」
クラスメイトが説明しようとしたところで担任が教室に入り、阿田和をひと目見てから何事も無かったように教卓の前に立つ。
「お前ら席に着け~」
「スルーですか先生!?」
「いつものだろ? 席に着いてないのはお前たち4人だけだぞ」
「うそん!」
「どうやって抜けたんだよ阿田和!」
着席していた阿田和は、肘を机に着くGENDOUポーズを取って立っている4人に目をやる。ちなみに暁葉も着席している。
「君たち。ホームルームが始まらないじゃないか」
「うぜぇぇ! お前は一生彼女できねぇよバァァカ!」
「ふっ、一足飛びに結婚か。ドラマティックでいいね」
「こいつ……!」
「乗るな! あいつの思う壺だぞ!」
他の男子が4人を鎮め、全員が席に座ったところでホームルームが始まる。席替えをしているために、隣同士だった樹とは離れている。いったいどういう話だったのか気になるも、ホームルームや授業の最中に話すようなことはしない。授業終わりの休み時間で聞くことにする。
「下田ァァァァ!!」
「阿田和を抑えろぉ!!」
そんなことはできなかった。
阿田和が暁葉に迫ろうとし、それを男子たちが抑える。阿田和の席と暁葉の席が離れているのが幸いだった。距離の7割を縮められたところでようやく抑えられるほど、阿田和の勢いが凄まじかった。暁葉の側では、それを眺めている廣坂が苦笑いしている。暁葉はただただ困惑した。
「運動会とか勝てそうですね」
「アレに狙われてる下田がそう言ってることにビックリだわ。怖くねぇの?」
「慣れですかね」
「そんな慣れるほどの経験あったっけ? ……あー、あの時期か」
「そういうことです」
暁葉はとある時期に殺されかけている。見逃してもらえたためにこうして学校に通えており、クラスメイトは心配していたものの、深くは聞かなかった。公にしないと乃木家とも決めていることもあるが、暁葉自身が話したいと思わなかったから。優しいクラスメイトに感謝したのも比較的最近の話だ。
暁葉は手術を受けた後、無理を言って早く退院した。そのため学校を休んでいた時期は短いのだが、体育は見学だった。着替えの際に、包帯を巻いていた暁葉に男子一同顔を引き攣ったものだ。
今もなお詮索する気がない友人に感謝しつつ、次の授業が始まると席に着く。そんな光景は昼休みまで続いた。
「給食の待ち時間が不安でしたけど、今日はついてますね」
「阿田和が今週の配膳係の一人だったからな。それに、あいつは給食で腹を満たせば午前中の嫌なことをすべて水に流す」
「なぁ聞いてくれよ~! 昨日結城先輩の手伝いしてさ~! ありがとうって言われたんだよ笑顔で! これって恋の始まりだよな!」
「お前の中ではそうなんじゃないか? 結城先輩は絶対にそうじゃないだろうけど」
「あぁぁ~。あの人マジ天使」
このまま昇天するんじゃないかと思わせるぐらい、阿田和は幸せそうな顔で空を見上げている。窓から射し込む光で神秘的に思えたのなら、それは阿田和に毒された証である。女子の中でたまに頬を叩き合っているのも、それから目を覚ますためだ。
「こいつ容姿を整えて黙っていたらモテておかしくないのにな」
「そんなことをしたら阿田和さんらしくないですけどね」
「中身を知っちまってるから余計にな」
「はい。っと、それで朝のあれはなんだったんですか?」
「説明しよう!」
「あ、復活した」
正気に戻った阿田和が無駄にポーズを取る。最近見たというアニメの影響のようだ。主人公よりも敵キャラを好きになるらしい。
「今日転入生が来たんだよ!」
「そうだったんですか。デジャヴですね」
「それはみんな思った! ちなみにその人が入ったクラスは、結城先輩と同じクラス! つまり東郷先輩や三好先輩とも同じクラスなのだ!」
「ここでもデジャヴですね。というか、転入生って連続で同じクラス入れるものでしたっけ?」
「クラスの人数は元々結城先輩のところが少なくて、三好先輩で他と並び、今回の転入生で一番多くなったらしい。問題らしい問題はないな!」
クラスの人数はもちろんなのだが、それでも立て続けに同じクラスに所属するのはどうなんだ。という疑問点が消えない。先生が物好きなのだろうか。嘘か本当か、ジャンケンで決める場合もあるという。そういうパターンなら納得するしかない。つまり、考えても大した話にはならない。
「それで、阿田和さんがそれだけ騒いでいるということは、朝に言っていたように素敵な女性なんでしょうね」
「That's right.それはもう美少女中の美少女! 歩く天使とはこの人のこと! 脳が蕩けるような美声! 文句のつけようのないPERFECTなスタイル!」
「その評価って結城先輩超えてね? 阿田和の中で順位変わった?」
「は? 何言ってんだオメェ。結城先輩は不動の一位だぞ? 脳内ハッピーなのか? 常に花火でもしてるのか?」
「悪かったから変顔で詰め寄らないでくれ」
触れてはいけないところを触れたようだ。阿田和の中で結城友奈という存在は、比較されること自体がおかしい特別な存在らしい。単純に言えば、意中の人のようだ。新たな転入生を大絶賛しておきながら揺らがないあたり、見た目で判断するような男ではないらしい。その性格も『黙っていればモテる』と言われる所以だ。
「その転入生の名前は?」
詰め寄られている廣坂の救済を兼ね、暁葉は肝心の部分を質問する。阿田和も「そうだった」と廣坂から離れる。
「Perfect girlの名前は──」
「今日から讃州中学に通うことになった乃木園子で~す。よろしくね~」
「そう、乃木園子さ……ん? …………ほわっ!?」
園子本人の登場に驚いた阿田和が飛び上がり、窓の外へと消えていく。廣坂が一応確認するも、阿田和は無事に走っているようだ。ものの数分で帰ってくるだろう。
「びっくりだね~。窓から落ちても平気なんだ。丈夫なんだね~」
「あ、あの……乃木先輩はなぜこの教室へ?」
「え? 朝も言ったと思うけど、あっきーに会いに来たからだよ?」
「いえ、ですからこのクラスにあっきーというあだ名が付きそうな人はいませんて」
「そんなこと無いよ~。現にここにいるもん。ね、あっきー?」
「乃木先輩。そいつ下田凛ですよ」
「……あー、そっかー。忘れてたや」
廣坂が園子に応対し、認識の齟齬をそこで思い出す。暁葉はこの讃州中学に入学するにあたって、『下田凛』という偽名を使うことになっていたのだ。
誤解を解けたと安堵した廣坂も、それ自体が誤解である。園子の言う「あっきー」は上里暁葉のことであり、それは下田凛のことなのだから。
「ごめんねあっきー。りんりんの方がよかった?」
「乃木先輩!?」
「……いえ、あっきーでお願いします。それ以外の呼称をあなたにはされたくありませんので」
「……えっとー。下田説明求む」
「帰りのホームルームの時でいいですか? 一応みんなに聞いてもらった方がよさそうなので」
「りょーかい」
「ありがとうございます」
飲み込みの早い友人で助かる。暁葉の友人である廣坂がそう判断したのもあって、教室に残っていたクラスメイトたちもそれに同調した。
良い友人を持てている。それを目の前で見れた園子は頬を緩め、暁葉の手を引いた。暁葉もそれに従い、廣坂に一言断ってから園子と教室を出る。
後者の最上階。副教科等でしか使われていない階は、休み時間に来る生徒がいない。それを知らなくとも、園子は持ち前の直感でそれを悟って暁葉と最上階に来た。
「朝にびっくりさせようと思ったのに。あっきーがいなくてびっくりさせられちゃったよ~」
「すみません。ここしばらくは家でピアノの練習をしているので」
「そうなんだ? それなら仕方ないね。でも、さっきもびっくりしなかったよね?」
「びっくりしましたけど、阿田和さんの反応が大きくて逆に落ち着いちゃいました」
「え~」
分からなくはないが、それはそれとして面白くない。頬を膨らませる園子に、暁葉は困ったように笑う。それをいつまでも引きずる園子でもなく、けろっと切り替える。一歩下がり、鮮やかなターン。にこりと大人な笑みを溢され、暁葉があたふたする。
「ふふっ、どう? 似合ってる?」
「は、はい。もちろんです」
「やった~! 嬉しいなぁ~!」
「そ、園子さま!?」
「むー。さまは駄目だってばー」
「すみません。ついクセで……」
「あはは、あっきー可愛い」
「っ……!」
園子に飛びつかれて動揺し、駄目だと言われた呼称をしてしまってさらに慌てる。トドメに可愛いと言われて暁葉は顔を真っ赤にし、もたれ掛かるように園子に腕を回し返す。
「園子さんの方が可愛いんですよ」
「そう言ってくれるの嬉しいな~。言ってくれた男の子いなかったもん」
「それならこれから僕が何度でも言います。園子さんが魅力的な女の子だって」
「うん。あっきーから言われるのが一番嬉しいんよ」
回す腕に力が入る。そうやって認識する。目の前に園子がいることを。立ち歩くことが、体を動かすことができるようになり、友人と共に学校生活を送れるようになった園子がいることを。
同じ学校に通える。小学校の時は一緒だった。それでも、その時には一切面識がなかった。園子が卒業し、暁葉が6年生になってから面識を持ち始めた。大赦のとある一室で、包帯に身を包んだ園子と出会った。
全く体を動かせないと言っていた園子と、こうして学校で会える。胸の締め付けられるほどの喜びを感じた。
それは園子も同様だった。
「あっきー。これからもよろしくね?」
「もちろんです園子さん」
見つめ合う距離は近く、その距離を保ったまま昼休みの時間を費やした。
教室へと戻り、帰りのホームルームで暁葉は昼休みの件を説明した。自分の本名が「上里暁葉」であること、大赦の仕事の都合で別の名前を用意していたこと。園子とは面識があるということも。
混乱は生じたものの、阿田和の「じゃあこれからは上里って呼ぶわ」でだいたい落ち着きを取り戻した。適応力が高いのか単なるバカなのか。どちらにせよ暁葉にとってそれほど心救われる発言もなく、呼称はどちらでもいいという形で纏まった。
1週間後には全員が「上里』呼びになっていたことに、暁葉はひっそりと心温まる出来事だと感謝した。