暁葉の起床時間は変わらない。季節が変わろうと、就寝時間が変わろうと、疲れがあろうと変わらない。「決まった時間に起きる」というルーティーンによって、毎日調子を整えている。
そのルーティーンというものは、ちょっとした予期せぬ出来事が起きて崩されてしまうこともある。
たとえば暁葉の場合。
「……んっ、ゅ……」
目の前にはあどけない寝顔を晒している園子がいたりとか。
「なんで……」
抱きつきグセがあるのか、園子の腕は暁葉の胴を回っており、そのせいで園子のほぼ全身と密着している状態になる。女性特有の柔らかな肢体。二次性徴によって大人の女性らしくなっている。
昨日阿田和が大絶賛したように、園子は美少女だと暁葉も思っている。なおかつその園子は暁葉の想い人だ。あどけない寝顔に視線が釘付けになる。吐息がかかるほど顔が近く、少し動けばその唇に触れてしまいそうだ。
「朝ごはん作らなきゃ」
大半の男子であれば理性が崩壊してそうな状況。それでも暁葉の理性が崩れることはなかった。しかし、密着している園子の体に意識が向かないわけがない。暁葉の心拍数は急上昇し、顔が熱くなっている。それでも保てているのは普段の行いのおかげ。ルーティーンを完全無視してしまうことが怖い。普段の調子を保ちたいのである。
「あっき~……」
「起こしてしま…………寝言ですか」
甘い声で名前を呼ばれてドキッとする。まだ早朝であるこの時間に起こしてしまうのも忍びない。二重の意味で焦ったが、どうやら心配ないらしい。
それはそうと園子の腕は依然として暁葉を抱きしめている。朝食を作るためにも、園子の拘束から逃れないといけない。暁葉は小さな声で園子に謝り、園子の手から離れる。ベッドから下り、園子に布団をかけ直す。まだ起きる様子はないのだが、園子の手が何かを探すように暁葉がいた場所をもぞもぞと動いている。
部屋の中を見渡し、急いでリビングへ。ソファにはサンチョが置かれており、暁葉はそれを持って部屋へ。園子の腕の中にサンチョを入れ、園子が落ち着いたのを見届けてから台所へ。
「園子さんがいるし、少しいつもより……そんな事したら園子さんに何か言われる気がする」
暁葉としても普段と変わらないような朝食にしたい。様子見も兼ね、今日は変えないでおく。朝食を取りながら、園子にも意見を聞けばいいだろう。
暁葉は朝食を作り終える寸前に気づいた。
(園子さんいつ起きるんだろ)
朝ごはんは出来たてで食べてもらいたい。それでもこの時間に起こすわけにもいかない。昨日のうちに時間を聞いておけばよかったと後悔。ひとまず皿への盛り付けを済ませ、食器をテーブルに運ぶ。園子を起こそうかと悩んでいると、冷たい手に目を覆われる。
「だ~れだ?」
「園子さんでしょ。他に人がいたら怖いですよ」
「あはは、それもそうだね~。おはよ~あっきー。早いね~?」
「おはようございます園子さん。毎朝この時間ですよ」
園子が離れ、顔を向き合わせて言葉を交わす。園子はまだ眠そうにしており、目を半開きにしているのを可愛いと密かに思う。サンチョは置いてきたのか、園子は手ぶらだ。まだ寝ていても問題ない時間。
「ご飯作ってくれたの? ありがと~」
「これくらい当然ですよ」
「うーん、じゃあ晩御飯は一緒に作ろうね?」
「わかりました。今から朝ごはん食べますか?」
「うん。作ってくれてるんだもん」
園子と向かい合って座り、朝食を取る。暁葉も名家の出身であるため、所作が綺麗なものなのだが、その暁葉でも園子の所作は綺麗だと思った。時を忘れて見続けられそうだ。暁葉の手が止まっていることに気づいた園子は、眉を下げて暁葉の体調を聞いた。
「大丈夫ですよ。園子さんの所作が綺麗だったので、見惚れてしまっていました」
「そっか~。綺麗なのは所作だけ?」
「ぇ……いえ、そんな事は……」
照れてしどろもどろになる暁葉に、園子は嬉しそうに目を細めた。それが追撃となり、暁葉は誤魔化すように箸を動かしていく。
完食し、少し落ち着いたところで、園子に聞こうと思っていたことを聞く。聞きたいことは二つ。まずは朝食の時間だ。
「んー。あっきーがこの時間に食べてるなら、私もそれに合わせるよ。ほら、私って何時に起きる~とかやってなかったから」
「……分かりました。頑張って起きてください」
「起こしてくれてもいいんだよ?」
「それは流石にちょっと」
一瞬表情を曇らせた暁葉だったが、すぐに切り替えた。園子が「重く捉えない」といった調子で話しているのだから。
暁葉のそれを読み取った園子は、表情を変えずに内心で謝罪と感謝をする。口にした方がいいのか。それともしない方がいいのか。判断しかねるも、暁葉に何か飲むかと聞かれてそれを遮られる。
「飲み物って何があるの?」
「冷蔵庫に入ってるものを除けば、コーヒーと紅茶もありますね」
「じゃあ~、あっきーとお揃いで~」
「初めからその気でしたね?」
「えへへ~」
隠すつもりもなく微笑む園子に、暁葉も微笑で返した。園子にはソファで待ってもらい台所に立つ。眠気覚ましであればコーヒーなのだが、暁葉は園子のおかげもあって眠気が一切ない。園子も朝食を取った直後ということもあり、特に眠気もなさそうだ。……そうでもなさそうだ。朝日を浴びて船をこいでいる。
「園子さん。砂糖とミルクはご自分でお願いしますね」
「コーヒーにしたんだ~」
「二度寝で寝坊されそうだったので」
「ふっふっふ~。私の睡眠をコーヒーで防ぐことはできないんよ~」
「自慢することではないですよ」
園子の隣に座り、コーヒーを口に含む。園子も自分で調整し、コーヒーを飲んでは暁葉を揶揄う。それに翻弄されるのは今後も変わりそうもない。それはそれでいいのかなと思いつつ、暁葉は残っている質問を園子にぶつけた。
「なんで僕の部屋で寝ていたんですか? 昨日の夜はちゃんとそれぞれの部屋に入ったはずなんですが」
「あっきーがびっくりするかなーって」
「それはまぁびっくりしましたよ。心音が煩く聞こえるくらいに」
「なら大成功だね~。私寝てたから見れてないけど」
大きな理由は別にある。それを暁葉は感じ取るも、園子がはぐらかすために追及は避けた。迷惑に思っているわけでもないのだ。心臓に悪いから控えてほしいものだが、園子のことを受け止めるという決意の方が勝る。
コーヒーを飲み終えると、暁葉は合唱コンクールに向けてピアノの練習へ。上里家が本気で防音加工をしているために、近所迷惑になることもない。園子もその部屋に入り、椅子に座って暁葉のピアノに耳を傾ける。課題曲も自由曲も既に弾けるようになっている。ただ、弾けるという段階だ。暁葉の求めるレベルにまでは達していない。
「あっきー。そろそろ時間じゃないかな」
「あ、そうですね。すみません園子さん。ギリギリまで待っていただいてしまって」
「いいのいいの。あっきーのピアノ好きだもん」
部屋に戻って制服に着替え、忘れ物がないかを確認してから部屋を出る。電気やガスを確認し、先に靴を履いて園子を待つ。制服に身を包んだ園子が部屋から出てくる。園子と共に家を出て、鍵をかけたら駐輪場へ。二人分の鞄を籠に載せ、後ろに園子を乗せて学校を目指す。
二人乗りは推奨されていない。むしろ注意される。暁葉は失念していたのだ。園子は自転車に無縁な生活を送っていたことを。車で通学していたお嬢様が、自転車の練習をするわけもない。従って、遅刻しないようにするためにも二人乗りをするしかないのだ。園子の自転車がないことも関係あるが。
園子であれば特に練習なく自転車に乗れるようになる。ということも暁葉は見落としていたが、明日からは家を出る時間を早めて徒歩にしようと考えていた。
「それでは園子さん。また放課後に」
「休み時間は~?」
「東郷先輩たちと過ごさなくていいんですか?」
「むむっ! それもそうですな!」
下駄箱で履き替え、2年生の教室の階で園子と別れる。1年生は2年生の階より上なのだ。ちなみに3年生が2年生のひとつ下の階である。降りていく方式だ。
暁葉自分のクラスのドアを開けようとし、急に開いたことに驚いている間に中に引き込まれた。外から見ていたら誘拐現場である。犯人は血涙を流す数人の男子たち。主犯は当然のことながら阿田和だった。
「羨ま死刑だ貴様ァァァ!!!!」
「いったいなんの話ですか……」
教卓の前の席に座らされ、教卓には阿田和が。イネスで買ってきた木槌と円盤もある。ドラマでよく見る「実際には置いてすらいない裁判長の木槌」を用意したらしい。暁葉の両サイドには二人ずつ男子がいる。弁護役と検事役だ。
阿田和が木槌を2回叩く。
「静粛に!」
「騒いでるの阿田和さんですよ」
「被告は極刑に処す!」
「えぇ……」
「お待ちください裁判長。罪の説明をしなくては」
「ふんっ。任せよう」
「ハッ!」
検事役の男子が、もう一人の男子から紙を受け取って読み上げていく。再現に全力だ。
「被告上里暁葉は、乃木園子様と共に登校。しかも自転車で二人乗りであります! 羨ましい! よって裁かれるのです!」
「私情が挟まり過ぎでは?」
「何言ってるんだ上里。二人乗りは駄目だぞ」
「それはそうでした」
「異議あり!」
「弁護人の異議を認めよう」
暁葉の弁護役をする男子が立ち上がる。こちらもまた隣の弁護役の男子から紙を受け取っていた。資料を作る速さに暁葉は感心した。成人すれば自分の所属する部署にスカウトしたい。
「上里暁葉さんは、乃木園子様と同棲されております! 羨ましいので極刑を求めます!」
「弁護してくださいよ」
「お前たち。ホームルームの妨害と受け取っていいのか?」
教室に入ってきた担任によって、形式上裁判が終了を告げた。暁葉以外の5人は反省文の提出を求められ、自分の気持ちに嘘をつかずにひたすら嫉妬の念を書き連ねたことに、担任も天晴だと天井を仰いだという。
それから数日。園子は所属している勇者部の部室で過ごしていた。勇者部は基本的に依頼があればそれを遂行し、なければ川原や浜辺でのゴミ拾いを行う。その日どうするのか。部長である風が指示することがほとんどだ。
今日もまたそうなるばずだったのだが、話の途中でアラームが流れ、園子を除く5人が姿を消した。代わりに一人の少女が現れた。園子は特に驚くことなく状況を分析し、少女と答え合わせをすることで現状を理解した。それが終わり、しばらく待つと勇者たちも戦闘を終えて部室に帰還する。そこで少女は改めて自己紹介した。
「上里ひなたと言います」
「上里!? 上里って言えば大赦でツートップの家じゃない!」
「あ、本当だ~。基本的なことを見落としてたよ~」
「あんたの家もそのツートップの一つでしょうが!」
「あれ? 上里ってもしかして……」
「どうしたのよ樹?」
上里という名前。その特徴的とも言える程に綺麗な黒髪。
樹はクラスメイトの一人の男子を思い出した。入学時は違う名前。大赦での仕事の都合らしかったのだが、最近になって本名を名乗るようになった少年のことを。
「お姉ちゃん下田くんいたでしょ?」
「そうね。たしか大赦の都合でそう名乗ってただけで、本当は上里暁葉って名前だったのよねあの子。樹から聞いたのを覚えてるわよ。……上里?」
「もしかして暁葉くんのご先祖様!?」
ひなた自身にはピンとこない話。視線は自ずと暁葉と関係の深い園子へと集まる。どうなのだと夏凜が聞き、ぼーっとしていた園子の目に光が戻る。
「あっきーのとこはたしかに名家だし、かなりんと似てるから間違いないと思うんよ~。……あっきーのご先祖様なんだ……そっか~」
「分かってなかったんかい!」
「……あっきーのご先祖様……!!」
「驚くタイミングおかしいでしょ!!」